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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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原石活性

これまでのあらすじ

実地訓練として物資の輸送と配給の任を与えられた荷車(ランスロット)卿の率いる騎士隊にルチルたち生徒は同行した。


その道中で洞賊団の襲撃を受けた村に立ち寄り、誘拐された民と物資の奪還に参加することに。


するとアジトへ侵入していた野生児こと虎魔族シトリを追跡する最中、ルチルたちは崩落に巻き込まれてダンジョンへと迷い込んでしまった。


そしてそこに生息する神獣と呼ばれる幻の生き物との遭遇、荷車の隊長と因縁深き怪物ゲヘナヒモスの襲来といった事件に巻き込まれていく。


 不意を突き、ゲヘナヒモスにいくつもの太刀筋を見舞ったサーフィアは悪い手応えを感じた。銀の刀身に刃毀れが付いているのが目に留まり、顔をしかめる。


 硬いどころの話ではない。生き物ではなく堅牢な鉱石にでも斬りかかってしまったと錯覚してしまいそうなほど堅牢な外皮──いや、もはや甲殻だった。


 更に超獄獣は怯むどころか反射的に滞空するサーフィアを齧りつこうと牙を剥ける。


「──っぶねェ……!」


 間一髪、身を捻って噛みつきは避けるも、得物の銀剣が片方を食われバリバリと砕かれてしまった。人体であったのなら取り返しがつかない。


 防御と俊敏さ、そして純粋な腕力や咬合力といったすべてが従来のベヒーモスとは規格外。


「これでもくらえ!」


 ゲヘナヒモスの背後に回り込んだルチルがマジックメイスを大振りにして叫ぶ。


 ──【《超過雷光(オーバーライト)》】!


 迸る雷撃魔法に対して超獄獣は避けるどころか身を守ろうとする素振りも見せない。


 しかし、敵の身体を貫くどころか直撃すら叶わなかった。


 ルチルの魔法紋(ルーン)の恩恵を受けて強化され、太く束ねられた雷電がゲヘナヒモスの全身から突如として出現した光の膜に阻まれ、拡散したのである。


 更には反射するように枝分かれとなった稲妻が逆方向に飛び散り、術者へと襲いかかる。


「う、うっそぉ!? ──おわわわわわわわッ!」


 降りかかってきた自分の雷撃の雨を慌てて飛び跳ねながら逃げ回るルチル。その様子を横目にサーフィアは歯噛みした。


(魔法まで跳ね返しやがるのか。ただでさえ固ぇのに直接叩くしかねぇとか反則過ぎるっつーの! 原種とはまるで別の生き物じゃねぇかコイツ。それと……)


 ゲヘナヒモスの挙動を見ていて察したのは自分たちの反撃に対して、さほど敵愾心が感じられないこと。


 歪んだ口の端からおびただしい粘り気のある液体がしたたっている。唾液だった。


 脅威として見なされていないどころか、敵ですらなく、活きのいい餌としてしか認識されていないのだ。


(オレとルチルを見つけた途端に食うことしか眼中にねぇ様子からして、やっぱり狙いはオレらの中にある原石ってわけだ!)


 事前情報の通り。この指定特殊体(ネームド)は食性すら歪んでおり、獣人の原石を捕食するという。


 なら好都合である。自分たちという餌に夢中になっている間は戦闘不能となった神獣とイオ隊長、そして戦意喪失したミニュアを狙うことがない。


(とりあえず時間稼いで弱点を見つける……突破口をほじくり出すしかねぇ)


 神獣を倒した化物でありながらサーフィアの闘志は衰えない。戦闘力はさておき、あのえも言えぬ威圧感を備えていなかったことが幸いか。


 絶えず生成する銀剣の投擲で牽制しながらサーフィアは一定の距離をとりつつゲヘナヒモスの注意を惹き付ける。


兄弟(ルチル)! あの鎖棍棒主体でやれるか!?」


「半分分離して失くしたからリーチとか手数とか厳しいかも……!」


「失くしただァ!?」


 なにやってんだもっと早く言えこの馬鹿! と今更ながら戦力減衰を知り、サーフィアの苛立ちの種が増えた。


 ということはやはり自分主体でゲヘナヒモスを撹乱し、ルチルには魔法による援助を任せるのが妥当だろう。


 当然、このモンスターへの攻撃ではなく、妨害を率先して行ってもらうことだ。


「じゃあ魔石に装填する魔法は物質的な属性──氷と地属性を主体にしとけ!」


「うん! ……あっ、サーフィア待って! なんかおかしい!」


 怪物を挟んでのやり取りの最中、一番最初にその異変を察知したのはルチル・マナガルムだった。


 ゲヘナヒモスの猛進が止まり地面に爪を突き立てる様子を見せる。


 捕食を中断してまで行う奇行にサーフィアも一定の距離を保ちながら足を止める。


(なにを、する気だ)


 恐らく追いかけっこをするには分が悪いと踏んで、別の手段を講じていると推察。力任せで暴れるだけのケダモノというわけでもなさそうだ。


 異変と予兆は、すぐにやってきた。


 ただでさえムッとするような空気が更に上昇するのが肌で感じた。頬を伝う汗が蒸発していくのがわかる。


 大地に押し付けたゲヘナヒモスの両前脚が赤く禍々しく発光を起こしていた。赤熱していた。


 ありったけの火属性の魔力を地下に送り込んでいると、サーフィアはすぐに察しがついた。


(──様変わりした地形、周辺の溶岩、既に一回噴火した証拠……ヤベェっ!)


 高温とは裏腹に血の気が引いて背筋にヒヤリとした悪寒が走る。慌てて叫ぶように弟へ呼び掛けた。


「痺れ切らして一帯を焼く気だッ氷で相殺しろッ」


「わかってるっ!」


 ルチルは既に氷魔法の準備に取りかかっていた。しかしその表情は焦燥や葛藤に駆られている。


(勘だけど規模からして【超過氷結(オーバーアイス)】を三発掛け合わせてやっと防げるかどうか……でも、マジックメイスを順次発動する【遅延(ディレイ)】を挟んでいたら準備が間に合わない……!)


 瞬間最大出力を引き出すためにもうひとつ手段があるのだが、それには──


 ゲヘナヒモスの足元を爆心地として今にも地獄の釜が開かれようとしていた。もう猶予は残されていない。


「……やるしか、ない!」


 ルチルは覚悟を決める。この窮地を脱するため、引いてはみんなで生き残るため。


 ──シトリの原石はここにある。お前らのがどこにあるのか知らん。戦う時、熱くなるだろ。その熱が特に集まるところがそうだ。


 原石の使い方を虎魔族の野生児から教授されたが、まだ実践したことがない。土壇場だ。


 覚醒のきっかけは、熱。体内にある原石へと意識的に集める。恐らくは右肩の鎖骨周り。


 集中する。高める。昂らせる。失敗は許されない。


 感覚を意識しながらマジックメイスを手繰った。


 全霊の氷魔法を見舞うべく、沸騰する大地に杖先を突く。その間際、得たいの知れない魔力が身体中を駆け巡る感覚を確信した。


 ──【極限超過氷結(フルオーバーアイス)】ッッ!


 景色が赤い輝きに包まれるや否や、視界が白む。


 立ち上る農霧が地底を包み、一時の静寂が支配する。


 まるで真冬の一夜が過ぎたかのように一面が薄氷に覆われていた。その凍結規模は凄まじく、地下遺跡の広範囲に行き届いている。


「……でかした!」サーフィアは白い呼気を漏らしながら賞賛する。


 ──グゥゥゥ……?


 ゲヘナヒモスの火炎噴火は不発。完全に抑えつけられた。


 しかし、代償もあった。


 ビシビシと音を立てたマジックメイスは、その役割を果たして力尽きるように砕け散る。嵌め込んでいた魔石まで粉々になり修復の芽は潰えた。


 全身から山吹色の光る紋様を纏う姿となったルチルは結果とは裏腹に沈痛な声音でぼやく。


「やっちゃっ、た……」


 原石の力を意識的に引き出せたのはいいが、彼が本気で発動する魔法に凡庸な魔法具(アーティファクト)が耐えきれず自壊してしまった。だがそうでもしなければ全滅は免れなかったというジレンマである。


 当然それは魔導士役を担えていた唯一の武器を失ったことを意味する。致命的な損失だ。


 ……否、まだひとつだけ残っていた。


 ルチルは手からそのまま使うには心許ない【氷結(アイス)】の魔法を出力し、もう片方の手首にあったバングルの魔石に無理やり装填する。いつまた同じ噴火を起こされるかわかったものでない故の事前対策。


 腕輪は悲鳴あげるように軋み、そのまま酷使するか全力で解き放てばマジックメイスと同じ末路を辿るのが予期された。


 親愛なる猫魔族の王女ルビィから授かった思い入れのある魔法具(アーティファクト)だった。


「ごめんねルビィ……後でいっぱい怒っていいから」


 葛藤を一瞬で済ませ、刮目した獣の瞳孔に気迫が宿る。


 尻を向けるゲヘナヒモスの尾が蛇のごとく鎌首をもたげ、虫でも潰すつもりのように地面を幾度も叩く。獲物の踊り食いを諦めつつあった。


 腰を落とし、目にも止まらぬ挙動でルチルはそれらをなんなく回避。魔闘五技・飛脚ひきゃくを使わずに単純な跳躍だけでこれまでにない速度を引き出す。


 普段以上に身体中の力が漲った。今なら、どんな相手でもやりあえる気がする。


 片節だけの魔動三節棍ウロボロスを手に接戦を挑む。


「ゥオオラぁっ!」


 ──ギイィ!


 後ろ脚に強烈な一打をくらわせる。圧倒的な体格差をものともせず、超獄獣の図体をわずかに仰け反らせた。


 それからルチルは手を休めず胴体にまとわりつき、翻弄しながら至るところに打撃を絶え間なく与え続ける。


 ヒットアンドウェイの極致。猛獣の牙爪を掻い潜りながら大立ち回りを見せる。


(とんでもねぇ衝撃……流石だな。けど……)


 戦局が好転したかのように見えるが、危機的な状況が覆ったわけではない。サーフィアはゲヘナヒモスの様子を窺い、確信する。


 ──フシュゥゥウウウウ!


 蒸気の吐息を漏らしながら、ギョロギョロと駆け回るルチルを目で追い、撃墜させようと前脚で空振りさせている。全く衰えていない。


(火力が、決定打が、まるで足りてねぇ。カスダメだ)


 原石の力で強化されたルチルの攻撃が全く堪えた気配がない。あと何百の打撃を浴びせてようやくダメージを負うかどうかだろう。


 だがそれを達成させる前に間違いなくルチルと自分が息切れを起こす。そうなれば全滅は免れない。


 そして無慈悲にも、打開策を模索する猶予も奪ってやろうと言わんばかりにゲヘナヒモスは動き始める。


 氷の平原が、怪物の接地した両前脚からあっという間に溶けていき、再び大地を赤熱させていく。


「この野郎ォ懲りもせずに……!」


 サーフィアが歯噛みし、光る紋様に覆われたルチルの顔が苦渋に染まる。


 また相殺しないとならない。そしてその為に魔法具(アーティファクト)の犠牲を払う必要があった。


 決断の時が迫る間際で、予想だにしない横槍が入る。


「──ルチルぅぅううう受けとれェええええ!」


 張り上げる声に振り返ったルチルが目にしたのは、弧を描き飛んでくる一本の長方物。


 咄嗟に掴んだそれが魔石がちりばめられた杖であると悟る。思ってもみない支援だ。


 状況が呑み込めないまま流れるように氷魔法を装填、地面にありったけ解き放つ。


 またや【《極限超過氷結フルオーバーアイス》】で広範囲を凍結させゲヘナヒモスの一帯噴火を阻害に成功し、魔法の受け皿になった杖が崩壊する結果が繰り返される。


「……ミニュア!」


 先ほどの声の主は蝙蝠魔族の少女騎士であり、武器を投げ渡したのも他ならぬ彼女だった。いつの間にかバリケードの壁から出てきて絶妙な支援を行ったのだ。


 横合いから黒い歪みを生み、中に手を入れる。その正体はミニュアの《秘匿の宝物庫(ブラックボックス)》であり、持ち物を異空間に収納できる魔法紋(ルーン)によってさっきのようにデザインの異なる杖を取り出した。


 無言で投げ渡したミニュアは震えながら口元を引き結んでいる。完全に立ち直ってはいないが、今自分にできることに尽力しようとしていた。


 手を休めず、今度は液体の入った薬瓶を引き出してこちらに見せる。その意図がわかり、ルチルは声をあげた。


 居るではないか。ゲヘナヒモスに決定打を与えうる人物が。


「隊長をお願い──うっ!」


 イーオス・アステリオが復活するまでの時間稼ぎをするために戦闘を再開。しかし一瞬目を離した隙にルチルの眼下に影が覆う。


 ゲヘナヒモスも一方的に防戦を強いられているわけではない。地面の厚い氷の破片を捲り上げ、こちらに放り飛ばしてきたのだ。


 回避か迎撃か、逡巡していたところで突然視界が眩く発光する。そして迫る氷塊に爆炎が生じた。


 なにもしていないのに粉砕された結果に戸惑っていると、少し離れたところから赤い瞳を輝かせた人物がいた。


 赤きサイドテールの猫魔族、ベスティアヘイム第一王女ことルビィ・フェリ・ベスティアヘイムが戦場に参入する。


「これどういう状況!?」

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