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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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煉獄召喚


『単独で挑んで敗れるのもさもありなん。だが、生き長らえたことは幸いだ。後はワタシが担う』


 金色に輝く体毛を持つ神なる獣は、戦闘不能となったイーオス・アステリオを一瞥してゲヘナヒモスと相対する。


 共闘と言っても、本格的な戦闘になる場合彼女を巻き添えにする可能性が高い。よって、援護も最低限なものになった。


 よって本腰を入れて相対するのは、ここからである。もう配慮の必要はない。


 蹄を一歩進める。敵の鉤爪も一歩踏み出す。互いが歩み寄り、距離を徐々に縮める。


 それらは早まっていき、やがて疾走に変わった。一直線に突進する。


 大きな体躯同士による頭突き。激突の際に衝撃波とともかく地響きが起こった。


(想定以上に、堅牢だな……)


 焼けた岩に体当たりを仕掛けたような感覚に神獣は自己完結する。頭蓋骨を粉砕するつもりで見舞ったのだが同等の硬さを誇るらしい。


 神獣はそのまま枝分かれした冠角を振るって超獄獣を牽制。迂闊に近付けば目玉がくり貫かれ、顔面の皮膚を引き裂いただろう。


 しかしゲヘナヒモスは引き下がるどころか二足立ちになり、強靭な前脚で角を抑える。


 そのまま左右に押し、枝でもちぎろうとでもするように角を圧迫する。ミシミシミシ! という嫌な音が広がった。


『この間合いで、凌げようか!』


 そうはすまいと神獣の口腔が青白く火が灯され、目と鼻の先にてブレスが見舞われる。その体勢では避けようもなく直撃。


 ゲヘナヒモスの全身は余すことなく激しい蒼炎に包まれ、付近の遺跡ごと燃やされた。並みの生き物では蒸発してもおかしくない火力である。


 それから十数秒。冠角に掴みかかって硬直していた前脚が力を取り戻す。


(こやつ……!)


 火ダルマになった筈のゲヘナヒモスは、平然とブレスの中から突き破って顔を出した。


 皮膚を覆うようにあの淡い光膜を張り、ゼロ距離の必殺の息吹をやり過ごしたようだ。


 光のない無機質な獣の瞳孔がギロリと動く。


 ──グゥルゥォッォオオオオッ!


 剛力を引き出す咆哮と共に、神獣の図体が浮き上がる。冠角を引っ掛けて強引にスイング。


 振り飛ばされた神獣は石造りの建造群に身を投げ出し、盛大に激突する。誰にも脅かされなかった神秘的な体躯が初めて暴力に打ちのめされる。


 そして、ゲヘナヒモスはなぜか手前の地面を前肢で叩きつけた。次いでその足元から地面が赤熱を起こし始める。


 ぐっ、ぐっ、ぐっ、押し潰そうと言わんばかりに体重を乗せ、筋肉が膨れるほどに力を籠めていた。


 すると赤熱した地点が至るところで発生する。地下を融かしている(・・・・・・)


 煉獄召喚(イーラプション)。この怪物がゲヘナヒモスと呼ばれる所以となった力の片鱗を垣間見る。


 その正体は、有した膨大な火の魔力をありったけ地中に送り込み、一帯を極限まで高温にして噴火させるという至極単純な荒業である。


 焦熱に耐えられなくなったところから大地がグツグツと気泡が弾けるように爆ぜていく。連鎖的に繰り返され、一帯を焼き尽くす。


 岩の建築物が溶岩に沈んでいった。怪物に文化的価値に頓着もある訳がない。


 そして轟音を引き連れ、爆ぜる。熱と破壊の連鎖が繰り広げられた。


 どうにか起き上がる神獣もそれに巻き込まれ、逃れようもなく熱波に叩かれる。


 付近は静まり返り、瓦解と沸騰する物音以外残らなくなった。


 溶岩が散見され、地底の遺跡は見る影もなく荒廃する。地獄の釜でも開いたような様相へと塗り変わっていく。


 黒煙が蔓延し、焦げついた匂いとムッとした熱気が沸き上がる。


『……なる、ほど』


 焦土の中、どうにか四肢を立たせて復帰する神獣。


 だが、半身の体毛は無惨にも焼け爛れ、酷い火傷を負っていた。かなりの痛手だ。


『もはや戦闘力だけは、我々に比肩するどころか、上回るというわけか』


 彼女は悟る。この突然変異なる化物は恐らくこの大陸にてもっとも危険な生物であると。


 いずれは再び地上に現れ、あらゆる生き物を脅かす天敵となるであろう。獣人も、同胞の神獣たちすらも。


 あるいはこの大地そのものを滅ぼす可能性もあると。


 ここで止めなくてはならない。たとえ刺し違えてでも、悠久を生きてきたこの命が尽きようとも。



 激しい地揺れと轟音、そしてうだるような高温に、ルチルたち三人は引き返す道のりをこれでもかと早めた。


「これ、絶対ただの自然現象じゃないっスよね!? 本当に戻って大丈夫なんスか!」


「大丈夫かどうかで言えば、大丈夫じゃねぇだろうな。だが今更怖じ気付いても仕方ねぇだろ」


「イオ隊長、無事だといいんだけれど……」


 各々がそれぞれの考えを口にしながらも立ち止まることはしない。


 だが、ルチルたちは現場に到着してからというもの、絶句することとなる。


 あの閑散としていた地下遺跡の景色が、火の海へと変貌していたからだ。


 戦火の最奥──この異変の爆心地と思わしき地点にてそれらは見つかった。


 重なる二対の巨影。片や見覚えのある金色の神獣。もう片方は赤黒き肉食獣の怪物。


 両者は互いの喉元に食らいつき、拘泥していた。


 しかし、神獣の方が力尽きたようにズルリと地面に沈む。鈍い大きな地響きが虚しく地下空間を浸す。


 頭部を前肢で踏みつけ、ゲヘナヒモスは勝利の雄叫びを吐き出す。


 しばしの思考停滞を済ませた後、


「シトリの母さんが……」


「やられた……!」


 双子狼魔族の沈痛な呟き。あれほど強く頼もしい存在が、足蹴にされている現状が簡単には受け入れられない。


『……何故、舞い戻った……疾く、逃げよ』


 思念の叱責が飛ぶ。神獣は自らの危機よりもこちらを案じてくる。


『その、騎士を連れ、疾く逃げよ!』


「……イオ、隊長?」


 遠巻きで燃える瓦礫に半身を埋もれたまま倒れ伏す大きな牛魔族の騎士がいた。身動きひとつなく、桜花の長い髪が乱れて表情が窺えない。


 蝙蝠魔族のミニュアは膝をつく。とりわけ彼女が絶望的な現実に打ちのめされている。



「……終わっ、た」


 ──ギィエエエエァアアアアアアアアッ!


 超獄獣がこちらに気付くなり、一直線に向かってきた。動く者へ容赦なく襲いかかる。


 その挙動は、人の足ではとても逃げ切れるものではない。


 咄嗟の出来事でありながらルチルとサーフィアは弾かれるように動く。


 ──剣現陣形(ファランクス)大山防壁(タイタンフォート)ッ!


 両手を前に翳したサーフィア・マナガルムがいくつもの特大の銀剣を生成し、横一列に突き立てる。城塞のように大きな壁を為した。


 ──【《超過岩塊(オーバーロック)》】×【《超過氷結(オーバーアイス)》】!


 ルチル・マナガルムはマジックメイスと腕のバングルに装填していた魔法を同時に発動。


 予め打ち合わせを行うでもなく、阿吽の呼吸で最大の連携防御を成立させた。


 怪物は真っ向から突進。体当たりで破ろうとする。


 地中深くに刺した特大銀剣にそれを覆う岩と氷を織り混ぜた壁が傾き、僅かにズレた。


 ルチルが魔法を継続し、押し戻そうと必死に拮抗させている。長くは持ちそうにない。


「うっ……このモンスター……凄いパワーだ」


「チッ! 守りを固めるだけじゃジリ貧だな……コウモリ女! 早く立て!」


 サーフィアが檄を飛ばすも彼女は焦げた地面の上で項垂れたまま動こうとはしない。


「オイ! ボサッとすんな! このままやられてェのか!?」


「無理、っスよ」


 震えた弱音が絞り出される。


「ウチらだけでかなうわけがない……もうなにやっても無駄でしょ、こんなバケモノ……」


「ハァ!?」


 声を荒げるサーフィアと対照的に、乾いた笑いをあげるミニュア・デストリゴイ。


「だってそうっスよね? 神獣様が敗れ、この中で一番強い隊長もやられた……一体どうしろって言うんスか」


 銀狼の少年の顔が徐々に険しくなっていく。


「あの人はね、ウチにとって憧れで、目標だったんス。でもモンスターにやられてしまった。そして誰も止められない。だからもう終わりなんスよ、ここでみんな仲良くお陀仏──」


「──ざっけんじゃねぇ! おとなしく餌になるバカがどこにいやがる!」


 諦めきっている彼女を掴み上げ、目と鼻の先で睨み付ける。


「もう終わり!? なにやっても無駄!? それが騎士の吐く台詞かよテメェ! 失望させンじゃねぇよ!」


 怒っている場合ではないというのに、彼は超獄獣そっちのけで罵倒の限りを尽くす


「どうせ死ぬならッ! カッコつけて死ねッ! それが無理ならとっとと失せやがれ!」


「っ!?」


 言い捨て、ミニュアを地面に振り放ち、サーフィアは銀山岩氷壁を駆け登った。


 頂上から跳躍し、両手に生成した銀剣を携えて歯牙を開いたゲヘナヒモスの顔に躍りかかる。


 自分が囮になっている内に逃げろ、と。言外の意を残した。


「ごめんミニュア!」傍らのルチルも腹から声を出す。手にあったマジックメイスを強く握り締めている。


 叱咤を隣で聞いていた彼も呼応するように、果敢に飛び出した。


「戦えないなら下がってて!」


 ルチルもまたミニュアを置いていく。呆然と双子の無謀な背中を見送ることとなった。


「「ウオオオオオオオ!」」


 いずれは蹴散らされる、潰される、殺される。そんなことは火を見るよりも明らかなのに。


(……あの二人は、なんで……)


 地獄の権化(ゲヘナヒモス)を前にしてまだ動けずにいるミニュアは唇を噛み締めた。


(なんで……あんな風に、立ち迎えるんスか)



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