戦火開戦
どこかから、鼓動にも似た地鳴りがダンジョン中に広がる。震源地はわからないが、徐々に、それは近付いているのは確かだった。
神獣曰く、大いなる災い──自身と同じ、モンスターの枠組みを越えた存在がこちらを目指しているという。
同時にイオ隊長曰く、その存在は彼女の故郷を滅ぼした指定特殊体であるという。
指定特殊体──モンスターの中で従来の種族とは異なる生態、特性を備えた変異種の総称。言わずもがな、脅威度も飛躍的に上昇することが多い。
実は学院に引っ越してきたフェザードラゴンことモッフンもこの指定特殊体に当てはまるようで、知性と社交性の高さは考えられないそうだ。
ただしモッフンの場合は危険がないと判断され、賞金首のような扱いはされずに済んだ。
ちなみに異名は発見者によって定めることが可能なそうで──
──新しい異名を付けてもいい、って?
──そうよ、せっかくだから新しい命名を申請してもいいんじゃないかしら?
厩舎で通達を受けたルチルとルビィとのやりとりがあった。
──そこで! フェザードラゴンの指定特殊体……まさにウィングシュナイ──
──いやそのままで。
──ええぇ~いいじゃない。ねぇモッフン!? 異名は別で付けちゃいましょうよ!
──ギューギュッ。
──やーだ、だってさー。
──なんでよもぉ! そっちの方がカッコいいでしょおー!?
ともあれ、それらに類する指定特殊体の存在からルチルとサーフィア、そして騎士ミニュアは隊長に命じられ上層階へと一時避難することとなった。
荷車卿の隊長イーオス・アステリオおよび神獣をあの遺跡跡に残して。
シトリと一度通った道を引き返しながら、ルチルは天井を仰ぐ。
「イオ隊長、大丈夫かなぁ。この変な音、だんだん大きくなってるし」
「心配しなくていいっスよ。隊長の実力はアンタらだって見たっしょ? ウチらがいても却って足手まといになるだけっス」
「つーかトラ女はどこ行ったんだよ。先にアイツが鉢合わせなんてしてたら笑えねェぞ……まぁ、ゲヘナヒモスとやらは地下深くからやってくるらしいが」
ルチルの心配、ミニュアの信頼、サーフィアの懸念とそれぞれが三者三様の念を抱く。
しかしこの場で拘泥しようと結果は変わらない。
だがルチルは立ち止まり、意を決して口にした。
「……やっぱり、戻ろう」
「ハァ?」
「……」
素頓狂な声をあげるミニュアと怪訝な表情を浮かべるサーフィア。
「あのねぇ、ウチらじゃ足手まといになるだけって今さっき言ったばかりっしょ? 隊長に任せておけば問題ないんスって」
「ううん、そういうことじゃないんだ」
「どういうことなんスか」
ジト目で蝙蝠魔族の少女騎士は問い質す。言い出しっぺのルチルはうーんと悩んだ様子を見せた。
「うまく説明できないけど、今のイオ隊長を放っておいたらいけないような気がするんだ……すごい胸騒ぎがする」
要領を得ない説明だった。
「なぁ兄弟、そいつは気のせいってわけじゃないんだな? 単なる思い過ごしと思ったら不味いと断言できるくらいにな」
「……うん!」
「ははーん。つまり我等が荷車卿隊を率いるあの御方にしんがりをお任せするのはいささか頼りなくて不安だって言いたいわけっスか。まー昨日今日知り合ったばかりの相手じゃあ信頼できるわけがないっスよね」
「えっ、いや、別にそんなことないよ!? ボクはただ……」
「よーしじゃオレも戻るのに賛成だ」
突然手のひらを返し、兄サーフィアはルチルの提案に乗り始める。二人も目が点になった。
「お、おーい! アンタまで急にどうしたんスか!? さっきまで懐疑的な反応だったのに!」
「わりぃなコウモリ女、そっくりそのまま返すが昨日今日知り合ったばかりじゃこの根拠のねぇ嫌な予感をアテにしたくねぇ気持ちはよぉくわかる。けどな、コイツが直観でそう判断している時は大抵杞憂じゃ終わらねぇんだ」
「でもイオ隊長は待避を命じたっスよ! 逆らうんスか!?」
「生憎オレたちは荷車卿の隊員でも騎士でもない。学生ってのは言いつけを破るもんだぜ」
いけしゃあしゃあとサーフィアは言ってのけた。
「それに、付き合いの長さを自慢してたがあの隊長さんの様子がおかしかったことぐらい、お前も分かっていたんじゃないか? いつも通りで頼って任せて従って大丈夫と言い張れるんだな?」
サーフィアがそれ言う? とルチルはちょっと突っ込もうとしたが空気を読んで黙認する。
今度はミニュア・デストリゴイが言葉を詰まらせる番だった。彼女にも心当たりはあった。直属の上司であるイーオス・アステリオの雰囲気が、異なっていたことに。
いつになく強張り、周囲への配慮が心なしか薄れているような気がしていた。
自分たちを遠ざけたのも、ただ安全を確保してもらおうというよりも……
「引き返すなら、急いだ方がいいな」
──ドグンッ。
一際大きな鼓動が、爪先から頭上まで浸透するのを体験してサーフィアかやりとりを締めくくる。
そして絶え間ない地鳴りが繰り返されるのは間もなくだった。
†
地下遺跡が揺れる。その一端から噴火でも起こすように地面が捲れ上がった。
不揃いな歯牙を持つ無数の顎。超獣ベヒーモスが三頭、同時出現する。
──ギィヤァアアアアア!
──ギィォオオオオオオ!
──ゴギャァアアアアア!
元来は縄張り意識が高い孤高の怪物たちが群れるという異常事態に加え、その後続から本命が出で座す。
同時に生温かった気温が茹だるような暑さに上昇する。溶岩が噴き出したのと見紛う様相がそこにはあった。
超獣の巨躯を一回りも上回る全貌。そして従来なら筋肉質の赤黒い肌はまるで火にくべられているように煌々と赤光を発している。
超獣ベヒーモスあらため超獄獣、ゲヘナヒモス。以前にそれと遭遇し、奇跡的に生き延びた者の証言いわく『移動する焦土』『牙の生えた煉獄』とその脅威を強く訴えた。
──ギィイイェ──エエエエエエエエエエエエエエエエエッ!
身の毛もよだつ大きな咆哮が空気を、地下空間を震わせた。付近の建築物は振動で崩れる。
迎え討つべく少し離れた距離で並び立つ神獣と荷車卿の隊長は動揺するでもなく、ただ標的を見据えていた。
『牛魔の騎士よ、残ることを選んだ以上は身の保証は困難である。万が一には、引き際を見誤るな』
「……は」
魔力念話で語りかけるも、イオ隊長はそれどころではなかった。
「は、はは……ハハハハハ。アハハハハハ! アーッハッハッハッハッハーッ」
イーオス・アステリオは笑いだす。高笑いだった。
フルフェイスの兜を被っているため表情は窺えないが、きっと攻撃的な笑顔を浮かべているのだろう。
温厚で誠実で、仲間想いである普段のイオ隊長では考えられないほどの変貌ぶりである。
「会いたかった! とうとう会えたぞ! この日をどれほど待ちわびたか……!」
灰色の平短剣──重剣アロンダイトを抜剣。猛烈な憎悪と戦意を剥き出しにした。
『届いていない、か。無理もないが』
神獣は彼女の暴走を察していながらも制止をしない。忠告以上のことは、大きなお世話だと弁えているからだ。
なにより、己の人生を滅茶苦茶にした相手に冷静になれ、という方が難しいだろう。
「貴様を! 殺すために! 滅ぼすために! 私は……!」
一歩、また一歩と踏み出した時、尖兵の超獣たちが飛び出した。
「私はなぁああああああああああ!」
応じて真っ向から向かって行く。策もなく力で捩じ伏せるべく特攻を仕掛ける。
そうするだけの強さを、この日この時のために積み重ねてきたのだから。
──波断・圧斥衝!
接触距離まで迫ったところでイオ隊長はアロンダイトを大剣サイズに肥大させ、振り下ろす。
彼女の魔法紋、《逆刑囚》を併用し闘技による魔力斬撃に重圧が加わった。
イオ隊長の前方、石造の建物郡を含めた一帯が見えない超重量物にのし掛かられたように沈んだ。否、潰れた。
二頭のベヒーモスが巻き込まれたことで似た末路を辿り、頭蓋がぺしゃんこになり圧死。直撃を避けて残った一頭は大振りの隙を狙って食らいつこうとする。
が、その横合いから青白い光芒が伸び、ベヒーモスの顔を焼いた。苦痛の孕んだ呻きと共に怯ませられる。
後方からの神獣によるブレス。イオ隊長は追撃に動いた。
質量自在のアロンダイトを更に大きくし、重量を《逆刑囚》によって軽減させて不自由なく扱う。
「ぅうォオオオオオーッ!」
雄叫びにも似た声と共に柱のような規模になった刃を横薙ぎに放つ。それはベヒーモスの胴体を捉えてバキバキ、という嫌な音を立てて吹き飛ばす。
建造物を巻き添えにしながら衝突事故さながらの悲劇に見舞われた超獣は転がった以降動くことはなかった。
ギロリ、と兜の奥でイオ隊長は残る親玉を視界に定める。ここまではただの前哨戦。邪魔な障害を取っ払っただけに過ぎない。
鼻腔から蒸気の息を漏らし、手下をあっという間に蹴散らした彼女を見下ろす。相手を認識した。
「あぁ待たせたな、超獄獣」




