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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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因縁


 薄暗いダンジョンの底に広がる遺跡群の中で、銀髪の狼獣人の少年は力なく座り込む。これまで張りつめていた糸が切れた。


「……んだよ、敵じゃねぇって。そんなのありかよ、これじゃあ無意味にビビり散らしていたオレが間抜け過ぎるだろ」


「ぶ、無事でよかったじゃん! ボクらだって助けて貰ったんだからさぁ」


 双子の弟ルチルがフォローを入れようとする。サーフィアは向き直った。


「お前がアイツに出くわした時、どう思った?」


「え? うーん。なんというか、モッフンに会った時みたいに分かり合えそうだなーって。話してみたら結構気さくで……なんでそこで俯くの?」


「オレとはやっぱり、違うんだよな。センスというか、天性のもんだろうなァ……」


「えぇー! 逆効果!?」


 が、付け焼き刃なようで、憔悴し自己嫌悪の沼にはまっている彼には響かない。


 相手がどんなに格上だろうと最初から戦うことを避けようと思うことはなかった。尻尾を巻いたことはなかった。


 そんなサーフィアが浴びた神獣の別次元の魔力によって気圧され、生まれて初めての挫折を覚えた。戦うことすら放棄した事実が自尊心に傷を付けたのだ。


『いいや。その場をやり過ごした汝の判断は懸命だった。挑んでくるのなら、こちらも相応の対応をしなければならなかったからな』


 金毛が煌めく神獣は頭上から嗜めた。


『獣人からすればワタシは災害も同義。土砂を乗り越え、嵐を黙らせようとする者はいまい。誇れ。自らの矜持を折ってまで賢明になろうとした己を』


 少し黙考した様子を見せた後、サーフィアは切り替えるように立ち上がる。


「……なぁアンタ。オレを銀青の原石とか呼んだな。するとなんだ、オレも原石持ちってことでいいんだよな?」

 

『いかにも。汝ら双子、どちらにも長い月日で蓄えられた魔力の結晶を内に秘めている。これは稀有なことだ』


「それの使い方、教えちゃくれねぇか? このままじゃ文字通り宝の持ち腐れだ」


 銀狼の少年は師事を乞う。転んではただで起きないように、この好機を見出だす。


「もっと強くならなきゃならねぇ。頼むよ」


 そう懇願するも、小さな吐息で拒否を示した、


『……ワタシと汝は異なる存在。空を飛ぶ鳥が魚に水の泳ぎ方を教えるように指南することは(あた)わぬ』


「つまり、別の生き物として門外漢ってことか」


『が、担い手ならばそこにいよう』


 虎魔族の野生児を一瞥し、神獣は促す。


『シトリ、扱いの知る我が娘に聞くといい』


「がお、任せろ。シトリが教えてやる」


 意気揚々と応じた彼女は自ら地黒肌のほんのり浮いた肋骨辺りを指す。


「シトリの原石はここにある。お前らのがどこにあるのか知らん。戦う時、熱くなるだろ。その熱が特に集まるところがそうだ」


「じゃあボクは右肩の鎖骨あたり、かな?」心当たりがあるのかルチルは反応した。


 当のサーフィア・マナガルムはしばし考えるも、


「……わかんね。気にしたこともねぇや」


「まぁいい。そのジリジリーをバリバリーにすることから始めろ」


「あん? ジリジリでバリバリ?」


「ねぇシトリ、ボクが原石の力が出る時ってバリバリ~っていうかビリビリ~っなんだけど」


「ビリビリーはバリバリーより甘い。そこからグオオンってしないと」


「あー! そういうのか! 確かにそういうのがくるよ! でもどうしたらあんな風になるのかわかんないんだけど」


「最初はギュゥウウウでグォオオンしろ」


「……とりあえず音表現(オノマトペ)なしで解説してくれねぇかな。バリバリだのビリビリだのじゃサッパリなんだわ」


「がおぉ……あっつい熱を溜めて身体中が痺れるように変える……とか?」


「おー、なんとなくわかったよ!」


(ああダメだ。コイツら感覚派だ)


 原石の力を引き出す二人組が盛り上がるのをよそに、まともに聞こうとしたことをサーフィアは後悔し始める。


「……なにやってんスかね、こっちは忙しいのに」


 そんな傍目で蝙蝠魔族の少女騎士は討伐したベヒーモスの遺体から解体作業をしていた。外皮、牙、爪、そして体内の魔石と有用な部位はミニュアの《秘匿の宝物庫(ブラックボックス)》によって次々と整理収納されていく。


「でも全員無事を確認できたのはよかったっス。それどころか神獣様にも会ってベヒーモスの素材も採れてむしろラッキーでしたよねー……イオ隊長?」


 ミニュアは反応がないことが気になり、作業の手を止める。


 重鎧を纏う荷車(ランスロット)卿は転がっていた超獣の首を見下ろし、黙り込んでいた。


「……違う。こいつらでもない」


「どうしたんスか?」


 ようやく呼び掛けられたことに気付いたのか、我に返った様子で返事する。


「すまない。解体を手伝わなくてはな」


「助かるっス。一段落したら地上を目指しましょう。またモンスターが沸いても今度は隊長と一緒だからウチらも安心っスね! もう怖いもんなんてないっス!」


 深紅の瞳を信頼で輝かせるミニュアだったが、隊長は苦笑をこぼす。


「……私は、尊敬されるような騎士じゃないよ」


 謙遜というよりも弱音にも似た響きがあった。


「少し待っていてくれ。それよりも先に──神獣殿」


 その真意をミニュアが推し量れずにいる間にイーオス・アステリオは切り出した。


「仲間と合流したところで、貴女に申し出なくてはならないことあるのだが、よいだろうか?」


『……聴こう。みなまで言わずとも、心当たりはあるが』


 向き直り、牛魔族の騎士に歩み寄る。


「察しの通り、貴女の娘が原石であるとこちらも承知している。我等の国ベスティアヘイムが女王、グラナタス陛下より常々とある王命が降されている」


 神獣はじっとしたまま彼女の話を聞いていた。


「ひとつは貴女──神獣の捜索。生ける神話たちが現在どれだけ存在するか、あるいは対話が可能であるのかを把握すること。しかしそちらの生活を脅かしなにかを強制する意思はないという点についてだけは念頭に入れていただきたい」


『無理もない。獣人を脅やかす懸念を監視することは道理にかなっている。過去にも幾度か衝突があったことは認めている』


「そしてもうひとつの王命は、原石を持つと確認された獣人の報告と確保。ここのマナガルム兄弟、貴女の娘のシトリなどが見出だされた時点で国として保有しなくてはならない」


「……ボクら、王国のものになるってこと?」


「元から騎士目指すのに学院に所属してるんだから今も変わらねぇさ、別に違う国へ移住とか考えなきゃ平気だろ」


 一瞬不安になったルチルだが、冷静さを取り戻したサーフィアが注釈を入れる。


「そのため、シトリを王国に迎え入れることに同意していただきたい。身柄の安全については、獣魔騎士と我が主君の名において約束する。誠に勝手な話であるが──」


『応じよう』


 二つ返事だった。言われることが既に分かっていたようにあっさりと承諾する。


『遂に訪れたのだな。汝らに返すその時が。シトリ、こちらへ』


「がお?」


 状況がうまく呑み込めていないシトリが素直に近付く。


『娘よ、これから言うことをしかと聞きなさい』


「なんだ? シトリはいい子だからちゃんと聞くぞ」


『汝はこの者たちを出口へ案内し、共に地上へ迎え。そしてワタシに代わり、彼らの言うことに従うように』


「わかった。ははも後からくるのか?」


『いいや。ワタシは獣人の世界と相容れぬ立場だ。汝だけで行かねばならぬ』


「そうか。じゃあシトリだけで行くしか……うん?」


 遅れてシトリに疑問が沸き出る。


「じゃあ、シトリはいつ戻ればいいんだ?」


『否、戻る必要はない。戻ってはならない』


 沈黙。理解できずにいた虎魔族の野生児は硬直した。


 いや、理解を拒んでいた。


「……な、なんでだ」


『シトリ、我が愛しき娘。汝は在るべき場所で健やかに暮らせ。そうすることがワタシの役目』


「違う! なんでシトリが戻っちゃダメなんだ!?」


『巣立ちの時を迎えた。これまで過ごしたこのダンジョンは元より獣人の住まうところではない。故に、汝を見送らねば』


「い、いやだ!」


 頑なに首を振った。すがるように神獣の前足にしがみつく。


「シトリはここで暮らすんだ! これまでみたいに! ずっと!」


『そうはいかぬのだ。別れの時である』


「……わからない! わからないぞ!」


 聞き分けのない子供のように駄々をこねるシトリ。だが、神獣はぐいっと前脚を抜いて、優しく突き放した。


『往々にして宿命というものがある。汝にも、ワタシにも』


「シトリを追い出すのは、シトリがははの本当の娘じゃないから、か……?」


 彼女が絞り出すように漏らした一言は、地下遺跡の空気をひんやりとさせた。


『シトリ、ワタシは──』


「行かない! シトリはぜったい行かないぞ!」


 神獣が言い聞かせようとするも、脇目も振らず一目散に駆け出した。


「あっどこ行くのシトリ!?」


『……しばし葛藤の猶予を与えてやれ。どちらにせよ、休む暇が要る』


「おいーコラー男子どもー、話が拗れそうならこっち手伝って欲しいんスけどー」


「……しゃーねぇな。どうせすぐに動けないからやること済ますぞ」


 ミニュアに叱られたルチルは後ろ髪を引かれる想いをしながらサーフィアと解体作業に入る。


 一区切りついたので、あらためてイオ隊長は神獣に問いかける。


「今更ながら、彼女は拾い子で?」


『昔、サナバンという村でな。息絶える間際の実母に託され、赤子の時から……どうした?』


 語らい始めた途中で、イオ隊長から異変を察した。


「今、サナバン、と申したか?」


『既に滅んだ村の名だ。心当たりがあるのか』


「心当たりもなにも」


 イーオス・アステリオは動揺を露に告白する。



「……サナバン村は私の故郷だ」


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