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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
69/108

先住の祖

長らくお待たせしました……!

どうにか更新ペースを取り戻して行く所存です!



 ルチルとイオ隊長は虎魔族の野生児シトリの案内でダンジョン内部を円滑に移動する。離れ離れとなったサーフィアとミニュア

の元へ向かう前に、彼女の呼ぶ『はは』と合流しようとしていた。


 そして、その『はは』とやらは獣人ではないという。


「ねぇ、君のお母さんって何者なの?」


「がお……説明難しい。だが、サンジュー、って言ってたような」


「30歳っていうこと?」


「ああ、違う。トシじゃない。センジュー……でもない。なんだったか」


「──神獣、か?」


 神妙な声音でイオ隊長は言う。


「がお! それだ。はは自分をそう呼んでたぞ」


「……え? 神獣、それって」


 ルチルは戸惑った様子で反応する。


「ボクら獣人の伝承に出てくるあの神獣のこと? ただの言い伝え……おとぎ話でしょ?」


 幼少の頃から嫌というほど聞かされた獣人の成り立ちに関わる伝説上の生物。知性や魔法紋(ルーン)といった力を授けたと言われ、神聖視されている。


 曰く大地が創造された時代から生き、曰く人類以上の知性を持つ。それには様々な逸話が各地で広まっていた。


 時には獣人たちの文化を補助し、時には愚行に怒り狂って災害として牙を剥いたとも言われたという。


 しかしルチルは神獣と呼ばれるものにこれまで出会ったこともなく、ドラゴンといったモンスターのように実体が認知された情報も聞いたこともない。架空の生き物なのだと思い込んでいた。


「いや、神獣は実在する。太古の昔、目撃され一部交流のあった文献も残っているし、王都に遺骨が奉納されている」


 それがたった今、ひっくり返された。


「なによりアジール大陸の東国ヤマトでは神獣の血を引く生き証人(・・・・)が治めているからな。我々の数十倍は生きておられるそうだ」


「……ほ、本当に、そんな人いるんですか?」


「さてな。しかし過去に代替わりしていないということは、そういうことだろう。実在の有無は直にわかるさ」


 にわかに信じがたい話をイオ隊長は語る。


 岩壁の至るところに根の張り巡らした空間が顔を見せ、それを伝って登っていく。


「むっこれは……!」


 先導していたシトリは急に立ち止まり、手で制する。


 警告から間もなく、衝撃が起こった。


 行く先の横から壁を勢いよく突き破って、その巨体は姿を表す。


 返り血でも浴びたような赤黒い剥き出しの肌。はち切れそうなほどに膨らんだ筋肉質の体躯。とりわけ膨張した前脚から伸びる爪が鋭利に煌めく。裂けた大顎からおびただしい乱杭牙が覗き、白煙を含んだ呼気が漏れた。


 左右くの字に折れた外向きの双角を激しく揺らす。


 ──ギィィォオオオオオオオオオ!


 ビリビリと洞窟を震わせる咆哮は生けるものに恐怖を植え付けていく。かろうじてルチルたちはそれに対抗した。


 初めて遭遇する獣の怪物である。


「これが、神獣……? なんか思っていたのと、違うぅ?」


 ギロリと走らせた視線の動きは獲物を見定めるそれだった。


「なんというかすごく肉食系お母さんだね! あ! しかも襲ってくる気満々っぽい、ねっ、シトリ大丈夫なのこれシトリ!?」


「がるるるるっ」必死の呼びかけに答えず唸る野生児。


「えと、どうしますイオ隊長? 隊長……隊、長──」


 彼女からも返答はない。鎮圧の協力を求めようと振り返ろうとした間際に、


 背筋にひんやりとした圧力が駆け巡る。音もなく、動きもない。


 それは二度目の経験だった。


(これ、師匠がやったのと同じ……魔圧(・・)! しかも……)


 隊長格が行ったそれは単純な魔力放出による威嚇。従来はモンスターの戦意喪失を狙う技術なのだが、今回は意図とはかけ離れていた。


 肌で感じた魔力からありありと伝わる感情。それは警戒でも畏れでもない。


(怒って、いる? どうして……!?) 


「……くも」


 兜に覆われたイーオス・アステリオの素顔は窺えない。


 しかし、殺気立っているということがルチルは察知した。まるで別人のようだった。


 彼女は呟く。


「よくも……よくも、私の前に、ノコノコと……!」


 切れ切れに、呪詛を吐くように、押し殺した声音で。


 つい先ほどまで神獣との邂逅を心待ちにしていたとは思えないほど、イオ隊長の様子は一変した。


 さながら因縁の怨敵に遭遇したかのように、激しい怒りを露わにしている。これまでの穏やかな性格とはまるで別人だ。


 灰色の平短剣(アロンダイト)に手を伸ばし抜刀。戦闘の意思を見せる。


 怪物もそれに呼応してか迎え撃つ気配を見せた。前腕を振り上げ、爪撃を見舞う予兆が窺えた。


 が、両者の間にいたシトリは焦ることなく言い切った。


「大丈夫だ! ははがきた」


 その言葉の意味を示し合わせるように、横合いから怪物と同等……いや更に一回り大きな獣の影が割り込んだ。


 全貌は金。鱗もあり、鹿に似た体躯の生き物が蹄で怪物を突き飛ばす。畳み掛けるように長い口腔を開いたかと思うと喉奥から青白くゆらめく光が溢れた。


 間髪入れずに魔力を籠めたと思わしきブレスが吐き出され、体勢を立て直そうとしていた敵の身体を焼いた。


 ──ギィ、ェオッ!?──


 筋肉質な身体を貫き、外皮が膨らみボコンッという不穏な音が響く。内部で血液が一瞬で沸騰したらしい。


 断末魔をあげる暇もなく怪物は絶命。全身が茹でられたように水蒸気が立ち込め、体内で引火したのか火の手があがる。


 耳鳴りの余韻を堪能する。あまりに一瞬の出来事で、ルチルたちはその場に立ったまま呆然としていた。


 シュゥウウウ……と気煙を口から漏らす神秘的な金なる獣は、燃え盛る死骸を一瞥した後こちらに向き直る。


「……こ、こんにちはー?」


 戸惑いながら恐る恐るルチルは声をかけた。返答は、


『……ワタシに言葉を捧げるとは、殊勝な獣の子よ』


 一同の頭の中に、透き通るような声が響く。思念伝達ができるらしい。


「はは! 動けるようになったか!」


『シトリ、無事だな』


 虎魔族の野生児が嬉々として駆け寄り、金色の獣は鼻先を寄せる。情愛の仕草だった。


(じゃあこっちが本物……草食系お母さんっぽい。ていうか大きいなぁ)


 二回目の乱入者が正当の邂逅であったとルチルは悟り、しばし見上げる。


 そんな光景をよそに、イオ隊長はしばらく焼死体をじっと眺めてようやく我に返った様子で向き直る。


 兜をとり、桜髪の美貌を露にしてその場に膝をついた。片手を胸に当て、敬服の姿勢になる。


「私はベスティアヘイム王国獣魔騎士、荷車(ランスロット)隊を率いるイーオス・アステリオと申します。貴方様の神秘で麗しきそのお姿、まさしく神獣様とお見受けする」


『ここは雑輩のモンスターどもも立ち入らぬワタシたちの縄張り。何用で踏み入れた?』


「付近に潜伏していた賊を捕らえる作戦中、その過程でそちらの虎魔族の子を追い、結果としてこのダンジョンへ迷い込んだ次第で、敵対の意思はございません」


『こちらとて同じこと。共存ならば望ましい限りである』


「脱出にあたってご協力を願えないだろうか。さすれば早々に立ち去ることを約束致します」


『よかろう。地上への案内としてシトリを遣わす』


「がお! はは、その前にこいつらの仲間を連れ戻すんだ。多分ははとは反対側向かった」


『……なるほど。先ほどの獣人はお前たちの同輩か。見過ごして正解であった』


 思い当たる節があったようで少し眼をつむる神獣。


「あ、あのう」すまなそうにルチルは挙手した。


『なんだ』


「アナタのこと、なんて呼べばいいのかわからなくて、普通に神獣様? それともシトリのお母さん?」


『ワタシに名はない。神獣、先住の祖、古代種、麒麟竜……太古の時代から統一されずに呼ばれていた。好きにしろ』


 と、おおらかに許可する。想像以上に友好的だった。


『しかし、連れ出すというのなら急いだ方がいい。恐らくはまた他のベヒーモスがまだ他にも徘徊しているだろう』


 モンスターの焼死体をさして彼女は言った。兜を被り直したイオ隊長からまた僅かに闘志が帯びる。


「……ベヒーモスは縄張り意識の高いモンスターと聞き及んでいます。群れを形成しているとは考えにくいのですが、つがいで侵入したとでも?」


 ベヒーモス、別名超獣。存在が認知されれば近辺の住民は待避を余儀なくされる獰猛で危険なモンスターとして有名だ。


 主にダンジョンに生息するが、過去に何度も地上に進出し村町をいくつか壊滅に追いやったとされたとルチルは聞き及んでいる。


『否、コイツはただの斥候。様子を見にきた下っ端だ。あと数体残っていよう』


 そんな怪物が、今この地下深くにあるダンジョンに潜伏し、徘徊していると。


「承知しました。すぐに動きましょう。シトリ、彼らと合流する道を案内してほしい」


「がお。任せろ」


『ワタシも同行しよう。万が一超獣と遭遇すれば獣人たちでは手を焼くだろう』


 きびきびと動き出す牛魔族の隊長。そこにはこれまでとは雰囲気が少し異なっていた。


「た、隊長。さっきの……」


「どうした?」


「……いえ、なんでもないです」


 ルチルは出かかった言葉を呑み込んだ。そうか、異変があれば教えろ、と彼女は二つ返事ですぐに前を向く。地上からここに崩落した時でさえ見せていた余裕がなくなっているようだった。


(まだ少し、殺気立っている。あのベヒーモスと遭遇した途端、別人みたいだ)


 推し量れない憎悪を感じ取りながら、イオ隊長の背を追う。

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