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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
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原石の正体


 地上では底の見えない奈落がぽっかりと顔を出していた。崩落の規模は甚大。覗く者を今にも呑み込みそうな深淵が広がっている。


 その最寄りで猫魔族の女生徒はなにかを拾い上げた。


「これって、ルチルのよね」


 彼女が見つけたのは彼の愛用する武器、魔動三節棍ウロボロスの分離した片割れ。それが落ちていたということは、


「戦闘途中で足場が崩れて落下した、ってところか。しかもあの中はダンジョンときた。いやーこの高さで大丈夫なのかこりゃあ」


「オイラだったら無事でいる自信ないな……」


 後ろから猿魔族のエンキと猪魔族のボークが続く。


 モルグ洞賊団のアジト内で地震に見舞われた荷車(ランスロット)隊と生徒数名らは、消息を絶ったイオ隊長と狼魔族の双子の消息を捜索すべく地上へ進出していた。


 そして手掛かりを見つけるも、このダンジョンの奈落へ足を踏み入れることを一行は躊躇う。


 唯一、彼女を除いて。


「全く、あの二人は世話が焼けるわねぇ。こっちはいつも振り回されてばかりよ」


 首を軽く回し躊躇う様子もなく、ルビィは更に前へ進み出る。


 嫌な予感を覚えてエンキは恐る恐る声をかけた。


「なぁお姫さんよ。まさかとは思うが、こんなデカイ穴の中に入るとか言うんじゃあ……」


「ええ、アンタたち、今からこのダンジョンを潜るわよ。ついてきなさい」


「だー! やっぱ言うと思った!」エンキは頭を抱える。


 お目付け役になった恰幅のいい騎士の一人も慌てて遮る。河馬魔族のヒポルだった。


「そ、それは駄目だぁよ! 王女殿下とあろう御方をそんな危険な場所に行かせてはいかんべ!」


「そうだぜ、このダンジョンにはあの超獣(・・)がいるかもしれねぇんだろ? 流石に俺たち学生の手には追えねぇって~!」


「アンタらほんっとに薄情よね。ルチルたちにダンジョンから助けられた恩を忘れたのかしら」


「そこ突くのは卑怯! つーかそうやってダンジョン入った時に手酷く叱られたこと忘れたのかよ! 無謀もいいところだ!」


「オイラたちのは度胸試しで自業自得だったけどな」


 ルビィはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「忘れるわけないでしょう。むしろ、だからこそ、よ」



 実母、女王グラナタスの叱責を受けた苦々しい過去が脳裏に蘇る。


 ──そういう大それたことをしたいのならもっと力を身に付けろ。人助け側に相応しい立場になれ。でなけりゃお前のやってることはただの無謀で無策な自殺行為だ。


「あの時無様にもモンスターに返り討ちに遭ったアタシを叱った母様は、助けに行くのにそれだけの力を身に付ければいい、と言ったの。だからアタシはこの数年、力をつけてきたんだから」


 ベスティアヘイム王国第一王女、ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムは以前から魔導士の頂点たる五芒魔星(ペンタグラン)となり、魔女王(マーリン)を冠する実の母をその席から降ろすことを公言していた。


 その目標に見合うべく幼少から自らに宿った魔法紋(ルーン)の力を磨き、学生の身でありながら宮廷魔導士をも上回る実力を既に身に付けている。


 実際、先日も対抗試合で騎士候補生(エスクワイア)の上級生を一蹴したという実績があった。


ヘビィマウス(・・・・・・)だがなんだか知らないけど、Bランク程度のモンスターじゃ相手にもなりゃしないわ」


「ベヒーモスだぞ」一応とボークは訂正を入れる。


「ぼ、僕は反対だね!」


 尚食い下がったのは馬魔族の貴公子ヘングスト。いつになく顔を青ざめ、頑なに拒否する。


「如何に力があろうと危険なことには変わりない! 僕らは学生なんだ! 弁えた行動をすべきさ!」


「……ハァ、すごく退屈な模範解答。あのね、お坊ちゃん。ちょっと下世話な話を聞いてもらうわ」


 うんざりした調子で溜め息を吐いた後、彼に詰め寄った。


「アンタは学院でゴールドクラスになって卒業したら騎士になって出世したいのよね」


「ききき急になんだね?」


「だから偉くなりたいのかって聞いてんのよ。すぐに返答! はい! どっち!?」


 おずおずと彼は頷く。返事の直後にルビィの苛烈さは増す。


「だったら手柄を立てられる機会をみすみす素通りするんじゃないわよ! 救出に成功すれば点数稼ぎになるじゃないの、ビビってチャンスを逃すとかやる気あるのかしら! そんなんじゃ万年ブロンズのまま抜け出せるかも怪しいでしょ!」


「ぬっ、ぐっ」


 ヘングストはたじたじになって返す言葉もなくした。


「アタシはどっちでもかまわないわ。せいぜい、探す人手が増えた程度にしか期待していないから。ついてきたくなかったら勝手にすればいいじゃない。アタシも好きにやるだけ……で、騎士の人。これ、命令なら制止もできなくなるわよね? ダンジョンについてきなさい。アタシ王女だから」


「横暴だぁよー……」


 ヒポルは根をあげた。反論を悉く叩き潰し、ルビィはダンジョンへの突入を敢行する。


「絶対に連れ戻すわよ。アイツらを置き去りにして撤退するなんてあり得ないから」


「ところでルビィ姫、(せつ)らが救出の案に同意するとしてだが」


 口論を終始静観していた狸魔族のメノウが話を切り出した。


「具体的にどの様にしてあそこへ潜られるのかな? よもや普通に飛び降りるとは思っていまい」


「そうねぇ。アタシひとりなら飛んで降りられるけど、その他大勢となると事情は変わってくるかしら」


 どうしたものか、と思考を巡らせて数秒。頭上に閃きが宿った。


「あのヒゲモグラのおっさんがいるじゃない」



「原石とは、有り体に言えば獣人の中でも稀に現れる特異体質のことだ」


 ダンジョンを歩き出したイオ隊長がいまだ目覚めぬ人虎をおぶりながら先頭を進むルチルに語りかける。


 崩落前に問い掛けた質問だったのだが親切に教えてくれた。


「ルチル・マナガルム、君はモンスターの体内のどこかで時折魔石が生成されることは知っているな?」


「はい。たしか長年蓄えられてきた魔力が凝縮、結晶化したもので、王都だと飛行挺の動力源や魔道設備の燃料に使われていて重宝されていますよね」


「それは獣人にも起こりうる現象なんだ」


「そうなんです?」


「諸々の事情で世間では伏せられている事実だがね」


「つまり、この子の中には魔石が……」


 そして自分にも存在する可能性がある、と。


「原石持ちに見られる兆候として幼少から魔法の発達が著しく遅れることが多い。体内の魔石生成に魔力を持っていかれて制御が利かないからだと言われている」


「!」


「心当たりがあるようだね。とはいえ、あくまで要因であって断定しきれないが」


 まさしくその通りだった。幼い頃から自分たちは魔法が不得手で悩むことも多かった。


(じゃあ、もしかしてサーフィアも原石かもしれないんだ)


「明確な特徴として内部の魔石が活性化する際、獣人の魔法紋(ルーン)と呼応し、全身に光る紋様として溢れる状態になる。それまで溜め込まれていた魔力が一気に流れてくるわけだから普段以上の力が発揮されるのだろう」


 それが彼女と自分に訪れた変化の理由。これまで抱えていた謎がひとつ解けた。


「どうやって使いこなすのかなぁ」


「そればかりは当人たちにしかわからないな。現状、原石持ちが確認されているのは五芒魔星(ペンタグラン)の三席……その内のお二方はグラナタス女王陛下と君たちの学院たるアレキサンダー学長であらせられる。騎士の中にも数名いて、その内の一人が日鷹(カヴェイン)卿オニキス・キャスパリーグだ」


「師匠もかぁ。最初から教えてくれればよかったのに」


「恐らく君が自らが特別だと自惚れないようにするためだと思う。ああ見えて彼は厳しい人だからね」


 ヘラヘラしながらスパルタな訓練を課せられた日々がルチルの脳裏に浮かんでいく。


「だがせっかく生まれ持ったのなら有効に扱うようになるといい。目覚ましい活躍を期待しているよ」


「ありがとうございます、イオ隊長」


「……まだ、なにか言いたいこと……それとも聞きたいことがあるんじゃないのかい?」


「え?」


 思わずルチルは立ち止まる。そして、すぐ心当たりに気付いた。


「ミニュアが伝えてくれたんですか」


「いいや。君がずっとなにかしらの意図があって私に接触を試みていたことはすぐにわかった。だが少なくとも悪意の類いを感じとれなかったことは見てとれたのでな。きっと話合いの機会を窺っているのだと踏んでいた。今なら話せるんじゃないか?」


「そう、でしたか。騒ぎでそれどころじゃなかったですよね」


 お見通しだったようでイオ隊長はこんな状況でも耳を傾けてくれる。


 感謝に絶えない。その気持ちに応えるべく、ルチルは意を決して彼女に打ち明けた。


「ボクの父……ベリル・マナガルムが騎士だった頃の話を知りたいんです。汚名の騎士と呼ばれた、その真相について」


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