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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
62/108

捲土重来


 人虎の前方、突如割れた岩盤の中から無数の石柱が勢いよく飛び出した。


 即座にマナガルムの双子は二手に分かれ、回避と同時に接近を始める。


 石柱の変化はそれだけに留まらず、横合いから次々と枝分かれするように細い支柱が伸びて行く手を阻む。


 しかし二人はそれも身軽にかわしつつ棍で砕き、あるいは銀剣で切り開いて難なく突破。


「サーフィア!」


「コテコテの支配系だ! 本体をたたけ!」


 支配系の魔法紋(ルーン)は地形や自然を操る性質が主であり、総じて強力になるものが多い。


 正攻法としてはサーフィアの指示通り、操作している当人を直接狙うこと。そうすれば集中を欠き、隙を狙える。 


 だが、虎魔族の少女は地面に両素手を突っ込んだかと思えば岩を引っこ抜き、五指が鋭利な手甲のように纏う。


 間合いを詰められるなり、その岩爪で白兵戦闘に臨む。


 最初に接触したのはルチル。魔動三節棍ウロボロスを手繰り、制圧に挑んだ。


「はぁああああ!」


「がぅああああ!」


 変則的な打撃と激しく乱暴な爪撃の応酬。火花が散り、欠けた岩石の破片が舞う。


 人虎の絶え間ないラッシュを捌きながら、意識を自分へ誘導させる。


 その隙に背後に回り込んだサーフィアが上段袈裟斬りを見舞う。恐らく刀身の刃を潰し、峰打ちによる気絶を狙っていた。


 が、首元に叩き込まれた一太刀は硬質な音を立てて弾かれる。さほど堪えた様子もなく、ギロリとひと睨みをきかせた。


(コイツ、騎士でもねぇのに魔闘五技・鉄皮(てっぴ)と同じ要領で防ぎやがった!)


 魔力による肉体強化を行っていた事実にサーフィアは脅威の認識をあらためる。


「ぐがぁっ!」


 彼女は挟み撃ちにしていたルチルたちに大振りの一撃を繰り出す。


 間一髪離脱して距離を取ろうとした二人の判断は功を奏した。


 その勢いで地面を削り取る所作をするなり、足場の土砂が噴出したのである。


 その中から、まるで元々そこに眠っていたかのように巨人の一部と見紛う大岩が掘り起こされた。ルチルとサーフィアの足下に影が覆う。


 ──偉大な岩爪(グランドクロウ)


 そのまま鎌首をもたげるように動き出し、押し潰そうと差し迫る。


 ルチルはすかさず片手を前に掲げると、手首に提げられた黒い腕輪の魔石から黄色い閃光が迸った。


 ──【《超過雷光(オーバーライト)》】!


 あらかじめバングルに装填されていた強化雷魔法を放ち、大岩の腕を中心から貫く。木っ端微塵に砕かれて小さな爆発が生じた。


 その土煙に乗じて再度肉薄を試みる。


「(倒す気でやるのがちょうどいい)」


「(了解)」


 ボソリと言葉を交わし、両腕で顔を庇っていた人虎の懐に飛び込んだ。


 ──ウロボロス・二頭咬み(ツインバイト)


 三節棍の中心棍を握り、届かないラリアットでもしようかと振り抜かれた上下の棍が、遠心力と鎖の魔力操作で横並びに対象を襲う。


 ──剣現陣形ファランクス鋏蟷螂シザーマンティス


 両手の銀剣に加え、サーフィアの左右の前腕に直接生やした逆向きの銀剣を交差させることで同時に四つの斬撃を繰り出す。


「がっ!?」


 ルチルとサーフィアによる渾身の一撃を受け、後方二十メートルほど吹き飛び、転がる。


 両腕に纏われた岩爪を砕き、ガードを破り、胴体に届いたそれらにはかなりの手応えがあった。人虎が沈黙する様子を見て、戦意を徐々に緩める。


「ふぃーっ、一丁あがり」


「さすがに死んで、ないよね」


「骨は何本か折ったかもしれねぇが無事だろ。向こうが先に手を出してきたわけだし、正当防衛だ」


「そうだね。そこそこ手強かったし、ボクらもああしないと危なかった。とりあえず容態を見たら拘束しよ……」


 ルチルが言い掛けて口を止めた。横たわった野生児が身動ぎしたのを見逃さなかったためである。


 蹲るように手足を引き、身を起こそうとしていた。


「しぶてぇ。刃を潰してやったとはいえモロにくらったはずだ」


「ぐ、ぅ」


 よろめきながら立ち上がる彼女に渋い顔をするサーフィア。ルチルは意を決して再度投げかけた。


「ねぇ! もうやめない? これ以上やってもしょうがないよ。大人しく話を聞かせてほしいだけなんだ」


 言葉が通じるかも怪しい状況での試みだったが、人虎は反応を示す。


 キッと険しい目付きで睨み上げ、顔中の筋肉をこれでもかとひきつらせたのだ。


「……おまえ、たち……はは(・・)の、敵」


「誰のことだよ」サーフィアが声を上げる。


敵は(・・)潰す(・・)!」


 声音に乗せられた感情は拒絶とありったけの憎悪。戦意も衰えない。


「やっぱり説得は無理かー」


「とっとと気絶させるしかねぇ。嫌な役回りだちくしょう」


 気は進まなそうにサーフィアが進み出る。元より二体一な上に、野生児さながらとはいえ女を相手取っているのだ。


 しかし秘められた戦闘力を加味すれば遠慮するわけにはいかない。だからこそ心を砕いて倒すつもりでいる。


 だがそれでも、その認識はまだ甘かった。


 生け捕りにするということは、つまり相応の力量差がなければ成し得ない猶予のある選択肢だからだ。


 心のどこかで、こちらが優勢だったという見解を持って油断してしまっていたのだ。


 それが間もなく、裏返る。


 発端は人虎の徐々に荒々しくなっていく呼気からだった。息苦しそうに肩を上下し、両手指を地に突き立て、上半身を前のめりにする。


「グ、ガァ、ガアアアア!」


 狂暴性を高めようとでも言うように雄叫びをあげ、歯牙を剥き出しにした。


 そして目に見える異変が訪れる。


 彼女の闘争心に呼応するように、全身に黄色く光る紋様が浮かび上がった。


 底知れない量の魔力が溢れるだけでなく、圧迫感に近いものが、周囲を覆う。


「アレって……!」


「嘘だろ……!」


 唖然とするルチルとサーフィア。正体はわからないが、どういうものかは知っている。


 特にルチル自身は自らも幾度か経験した状態であり、他者が同じ現象を引き起こすことなど想像したこともなかった。


 明確なことはただひとつ。これまで以上に彼女は──


「──グァウウウッ!」


 と、目を離したつもりもないのに二人の間にまで一気に距離が詰められた。魔闘五技・飛脚(ひきゃく)に類似する魔力瞬動。それも途方もない魔力が練り込まれていた結果である。


「ぶ──」


「ぐ──」


 容赦なく顔面に張り手が炸裂し、先ほどのお返しと言わんばかりに双子をそのまま突き飛ばす。遠くに石でも投げたように距離を飛ばした。


 そして間髪入れずに人虎が地面を叩くと、進行方向に断崖のような岩壁を起こし、激突させる。


 それらは二人をめり込ませた後、倒れ込んで崩落。生き埋めにした。


 十秒ほど経つと、岩が破砕されルチルたちは復帰した。鉄皮の防御が間に合ったとはいえ、そこそこ効いたようで苦悶の色が滲む。


「~~っ、キッツい不意打ちだったぁ」


「気がかりなことだらけだが、こりゃ手加減なんてしてられねぇな」


「でも相手の目的もわからないのにこのまま闘うの?」

 

「状況考えろ、このまま本気出さなかったらこっちがやられるぞ」


「そりゃあ、そうだけど。一度撤退する選択肢だって」


「あっちがそれを許してくれるならな。そらきた!」


 紋様の発光を維持したまま差し迫る猛虎にサーフィアは手心を加えることを諦めた。


 釈然としないながらルチルも続く。


 そうして反撃に打って出たのだが、やはり魔力の出力が著しく上昇しているだけでなく身体能力も幾分か向上しているようで、変化前と違ってこちらの攻撃が避けられ届かなくなっていた。


「お前もまたアレになれないのか!」


「自力でなれたら苦労しないって!」


「ガウゥァー!」


 三節棍と銀剣のおびただしい乱舞を乗り越えた人虎は、ついには左右からの同時攻撃をどちらも素手で受け止める境地に至った。


 完全に見切られている。そしてガッシリと得物を掴まれた。


 ──《憤土轟(レイジアース)》……


「! 離れろっ」


 不穏な攻撃を嗅ぎ取ったサーフィアが警告を飛ばす。銀剣を手放しその場から離脱しようとした。


「っ! 尻尾切り(テイルカット)!」


 ルチルも三節棍の中心から分離を試み、解放されない片棍を捨てた。


 それだけ迅速な判断と対応であったのだが、それでも人虎の起こす行為には無意味であった。


 ──《大地の惨唱(ソングオブガイア)》……!


「──ガァアルゥラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 魔法紋(ルーン)第Ⅱ覚醒(フサルク)が発動された。


 喉を引き裂くのでないかと思えるほどの絶叫。それに呼応してか、空気が震え地が蠢いた。


 正確には足場の地面が彼女の声が広がるなり、小刻みな振動を起こし始め、非常に強大な反響音を起こす。


 熱も光もない音の爆発。被弾に呻くことすら猶予をくれなかった。


 

次回の更新は2月18日(土曜日)を予定しています!

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