モグラの大将
地下のくり貫かれた一室で野太いいびきが響く。積まれた木箱を背もたれにして豪快に眠る土竜魔族の男がいた。
赤っ鼻に顎のエラや鼻下にまで豊かな髭を蓄え、ゴーグルをパサパサな髪に巻き、ベストは土と砂にまみれてさながら炭鉱従事者を思わせる格好だった。
足元には飲みかけの酒瓶が転がっており、傍らでは蝋が溶けかけた燭台の灯火が揺らめき、つまみのナッツが僅かに残っている。
英気を養うべく開いた祝宴を一通り堪能し、彼は爆睡中だった。
「ぐごぉー……んがぁー……」
「……しらぁ、おかしらァ!」
慌ただしく横穴から駆け込んでくる下っ端の大声に、寝息が途切れ身動ぎする男。
せっかく心地よく眠っていたのを邪魔され不機嫌そうに舌打ちしながら身を起こす。
「……んだようっせぇなァ……どしたー、そんな慌てて」
「敵襲だよお頭ァ! 奴等もう追手を差し向けてきやがった!」
「はァ? あれだけ痛め付けたのに懲りねェ連中がよォ、人質を取り返そうと必死なわけか」
壁に立て掛けた愛用の大スコップを手にモルグ洞賊団頭領モルグ・ボーリングは動き出す。
しかしちょうどいい。返り討ちにするがてらにお荷物を置いて離脱ができる。
「ボコした後に拐った女子供をのしつけて返してやろうぜ」
「え? 解放するんですかいお頭?」
「あいつらはこういう時の保険だよ保険。村にゃあ目ぼしいもんなかったし、交渉の旨味がねぇ。奴隷商に売り付けるにしろ足がつくリスクと端金じゃ釣り合わん。ここはあえて人質を返して手打ちにすんのさ」
長年盗賊業を続けて生き残ってきた秘訣のひとつに、大きな怨みを買わないという一線を守るということである。
「そうすりゃ奴等だって深追いはしてこなくなる。この後ずらかれば犬に噛まれたと思って諦めるだろ」
「さっすがお頭冴えてるゥ! その意気でいっちょ前に鎧着た奴等をボコしてやってください!」
「おう任せとけ……鎧?」
怪訝に思いながらもモルグは手下がたむろする大広間に足を運ぶ。
既にそこは戦地と化していた。闖入者たちにアジトの中心まで踏み込まれている。
手下たちが応戦しているが何人かが制圧され、圧倒的に劣勢な状況。
村人の反撃にしてはあまりに戦い慣れている。それに農具ではなく剣や槍といった武器を用いており、他にも盾や鎧とあまりに装備が整い過ぎている。
そんなモルグの疑問はすぐに払拭された。
「げげェ! 獣魔騎士ィ!?」
「モルグ洞賊団頭領、モルグ・ボーリングだな?」
一際図体の大きな重鎧の騎士がこちらへ。
「荷車卿、イーオス・アステリオの名においてこの場にいる者全員を拘束する。これまでの村町への幾多の略奪行為、断じて見過ごすわけにはいかない」
モルグは驚愕した。夜襲を仕掛けた昨日の今日で駆けつけるのが早過ぎる。
「……め、目を離している隙に好き勝手やってくれたようじゃあねーか! 奇襲をかけるたァ騎士のやることじゃねェな!」
威勢よく頭領は吠えるがイオ隊長は動じず応じない。
「生憎無法者に道理を合わせる筋合いはない。覚悟してもらおう」
「なにカッコつけてんだこのデカブツ鎧! やっちまってくださいよお頭!」
「お頭ァー! なんとかしてくれェーっ!」
モルグを連れ出した配下が唾を飛ばし、捕まった別の配下が地べたで助けを求める。
ボスの面目を保つべく、彼の中から撤退の選択肢を奪われた。
「あ、ああ……こここの落とし前は、つけてやらないと、なァ!」
意を決してかモルグは得物であるスコップを握りしめ、特攻を仕掛ける。
「うおおおおォ~っ!」
†
「えー、弱~~……」
大の字で倒れて完全にノびている頭領を見下ろしながらルチルは思わず言葉にした。ボスがあまりに呆気なかったのである。
「言ってやるな。掘削による強盗手段で手を焼いていた相手だ。元より戦闘能力としての脅威を懸念していたわけではない」
だからこそ生徒を連れてきたんだ、と剣を抜かず素手で瞬く間に無力化させたイオ隊長がフォローを入れる。
拠点に突入し戦闘が始まって早数分。こちら側の被害は最小限の軽微に留めて鎮圧に成功した。
「誘拐された村人も見つけました。全員無事です」
「では後は奪われた物資の回収をしなくてはな。急いで探すぞ」
「それならもうコイツに居場所を吐かせた。奥にあるらしい」
銀剣片手に賊のひとりの胸ぐらを掴み締め上げたサーフィアが隊長の要望に応える。
「よし。では残りの捕縛と連行をしている間に見に行って確保を。全員取り抑えたとは思うが、地下だと私の魔闘五技・侵伝による魔力感知が網羅しきれない故に警戒するように」
指示の下、サーフィアはルチルと共に向かった。
下っ端の情報通り、アリの巣のように入り組んだ通路の穴を順序を守って進むと貯蔵庫と思わしき部屋を見つける。山積みの木箱やぶら下がった干し肉が目に入った。
「うへぇ、思ってた以上に凄い沢山。これ全部地上に持っていくとなると肩が外れるねぇ」
「それを言うなら骨が折れる、な。面倒だからコウモリ女の魔法紋に詰め込ませりゃいいんじゃねぇの」
という調子で滞りなくモルグ洞賊団の問題が解決していく最中で、
物資の山から影が動いた。
「っ。オイ」
「わかってる」
狼魔族の二人はすぐに臨戦態勢をとり、警戒を強める。
まだ賊が残っていたという危惧。それとも人質が救出より先にひっそりと脱走しようとしていたという懸念。
「──がぅ」
そのどちらとも当てはまらなそうな風体の獣人が食糧を物色していた。
引きちぎった干し肉をかじり、こちらに気付いた様子で木箱の影から身を乗り出した。
ざっくばらんな黒混じりの黄髪に、白い斑点模様の猫科な耳。縞模様の長い尻尾。獣の毛皮をなめしたものを身にまとったルチルたちと同じ年代の小麦肌の少女だった。
恐らくは虎魔族の獣人。そんな露出の多い装いは、未開の地に住む原住民を彷彿させる人虎である。
琥珀色の目とこちらの視線が合うなり、有無を言わさずその獣人は動き出した。
「ぐがぁっ!」
木箱を足場に跳ね天井目掛けて体当たりでもしたかと思えば岩壁を砕き、出口を強引に作った。
開かれた地上へと飛び出しアジトの脱出を図る虎魔族の野生児に、双子は顔を見合せ半歩遅れて動いた。
同じように物資を蹴って跳躍し、外に出たルチルとサーフィア。緑の少ない荒れ地を裸足な上に四足歩行で駆け抜ける獣人を追いかける。
「アレって賊の仲間かな!?」
「悪党の巣窟に潜んでたんだ! 少なくとも捕まってた人質とは思えねぇ! とりあえず確保しておくぞ!」
正体をはかりかねながらも、野放しにするのはいけない予感がするとサーフィアは警鐘を鳴らす。
素早い身のこなしで逃亡する人虎だったがルチルたちの脚も負けず劣らずの速度で追跡を続けた。
やがて開けた場所まで走り続けた彼女は、振りきれないと踏んでか急に立ち止まり、振り返る。
「ぐるるるるっ」
威嚇の喉を震わし、敵意を剥き出しにしていた。ルチルは黒の三節棍を構え、サーフィアは銀剣を生成。
「テメェ、なんであんなところにいた」
「賊の仲間じゃないなら、戦う必要はないんだけど。話し合うつもりとか、ないかな」
ルチルがそう持ちかけるも返事は、
「──がァあああああああっ!」
猛獣の咆哮と、片腕を振り上げて地面を叩きつける行為。
──《噴土轟》!
その直後に地揺れが起こり、大地が隆起した。
次回の更新は2月8日(水曜日)を予定しています!
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