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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
ヤルンウィドの村編
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黒猫の騎士


 朝から学校の教室机にルチルは頬杖をつく。先日の事件であれだけ女王陛下に怒られたというのに教師にまでこってり絞られたのは堪えた。


「なぁ、いつまで落ち込んでいるんだよルチル」


「別に落ち込んでなんかいないよ」


「いつもの能天気でお花畑なアホヅラはどうした」


「アホヅラじゃないやい」


「ならおとぼけヅラだ」


「おとぼけヅラでもないやい……」

 

「……じゃあ間抜けヅラ──」


「もういいよ! さすがにしつこいよ!?」


 遂に立ち上がるルチル。


「おっ、ちょっと調子戻ったか。いつまでもうじうじし続けるなんてお前らしくない。いくら魔法紋(ルーン)が期待してたモンとかけ離れていたとはいえ、いつまでも受け入れないわけにはいかねぇだろ」


「そう……なのかな」


 それだけではない。ダンジョン内での出来事はルチルに影響を及ぼした。


 実戦での命のやり取りによる恐怖。そして自身の無力感に打ちのめされている。


 あの窮地は女王の杖の力で脱することができたのであって決してルチルの実力ではないと思い込んでいた。


「まー別に? それでもお前がいじけるっていうのは勝手だけどよォ、ずーっっっっと見てる方だってだんだんうんざりするんだぜ?」


「……他人事だからそういうこと言えるんだよ」


「ああそうだなオレの問題じゃねぇ」


 サーフィアはぴしゃりと言った。双子の兄は遠慮がない。


「んじゃ仮に? お前とオレの魔法紋(ルーン)が逆だったとして? お前はオレを慰めるのかぁ? いーや大きなお世話だね、糞食らえだね。オレはオレでできることを見つけてやるよ」


「……」


「はい皆さんおはようございます」


 教師が入ってくるなり、パンパンと柏手を打って生徒たちの注目を集めた。


「早速ですが今日は転校生を紹介いたします。皆さんのお友達が二人増えますよ」


 教室がざわつく。突然の話で誰も聞かされていない。


「さぁどうぞ入ってらっしゃい」


 言われるがままに教室に入ってくる二人組。紅白の猫耳姉妹だった。


 各々が名乗りを挙げる。


「ベスティアヘイム王国第一王女! ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムよ!」


「……デ、デイア・フェリ・ベスティアヘイム。第二、王女……です」


 勝ち気で快活な名乗りと、か細く消え入りそうな自己紹介がなされた。


 仰天した二人は思わず席を立つ。


「女王様からお姫様が見聞を広められるようにとこの学校へ遣わしました。色んなことを教えてあげてくださいね。それと……くれぐれも粗相がないように」


 かくして、再会を果たした狼魔族の双子兄弟と猫魔族の双子姉妹。


 後に彼らの運命は密接に交わることとなる。



「急にこっちにくるんだもんビックリしちゃったよ」


「別荘があって住むことになったのよ。じょうそうきょういくのいっかん? らしくて、この機会にお城を出てもっと世間てものを知りなさいってね。お屋敷はまだまだ引っ越しの真っ最中よ。終わったら遊びにきなさいね」


 帰り道にルチルたちは並び歩いた。


「そういえば二人のことは姫様って呼んだ方がいいのかな」


「堅苦しいのはごめんだわ。今まで通りでいいわよ」


 ヒラヒラと手を振ってこちらに気安さを求める。



「それに、ここへきたのはただ学ぶためだけじゃないの」


「他になにかあるの?」


「決まってるでしょう」


 煉瓦の堀に飛び乗って渡るお転婆なルビィ。



「アンタにまだなんの見返りも用意していなかったからよ。命を救われておいてなにもせずさよならなんて王女の名がすたるわ」


「お礼?」


「その功績を讃えて将来はアタシの専属近衛騎士に任命してあげる」


 フフン、と誇らしげに彼女は言ってのける。しかしルチルの顔には躊躇と憂いがあった。


「なによ、不服かしら」


「そんなことないよ、ボクなんかがそんなものになっていいのかなって」


「どういうことよ」


「ボクたちクラスでも魔法オンチで通っているんだ。生活に困らない程度には出せるけど、他の子たちと比べたらからっきし。そんな落ちこぼれには、大変な役割だと思うんだ」


「気にしなくていいわ。アタシだって魔法は上手くないから。護身用の杖を借りてたのもそういう理由だもの」


「でも……」


「あーうじうじうじうじ鬱陶しいわね、アンタのそういうところは嫌い!」


「き、嫌い!?」


 見降ろして指を差す彼女に否定されショックを受けたルチル。


「魔法が下手で魔法紋(ルーン)まで弱いと思い込んで自信がないのでしょうけれど、それでもダンジョンに入ってモンスターに立ち向かった。アタシみたいに半端な力を持ってる奴よりよっぽど度胸があるってことじゃない」


「そう、かなぁ」


「そうよ! 実力があるだけじゃダメなんだって母様は言ってたわよ。だからみっともない顔をするのはやめなさい。もっと誇りを持ちなさい」


「う、うん」


 その有無を言わさぬ物言いにルチルは頷くしかない。でもお姫様にそこまで認められたことはちょっぴり嬉しく思っていた。


(そっか……これから強くなればいいんだ)


 至極短絡的で強引な言い分。


 だが、それだけでここ数日の暗鬱とした心境が晴れていくようだった。


「お前の姉ちゃん無茶苦茶だな」


「……ご、ごめんなさい」


「いや別に謝らなくていいぞ?」


 最後尾で委縮するデイアを気に掛ける。そちらの様子など露知らず、ルチルとルビィはまた別のことを始めた。


「じゃあ誓いなさい、騎士っぽくその場で跪いてアタシに服従すると宣言するのよ」


「騎士の真似だね、いいよ! えーと……」


 にわか知識でルチルは片膝をつき、胸に手を当てて子供なりに芝居がかった姿勢でルビィの前に頭を垂れる。


「いい感じね! じゃあアタシは女王様って設定で言ってみなさい」


「ボクことルチル・マナガルムはここに誓います」


「台詞が足らないわ。なにを誓うって?」


「えっとえーと……女王ルビィ様の生涯の伴侶となることを!」


 うんうんと満足気に頷いていたお姫様であったが、よくよく意味を咀嚼して飛び退くような反応を見せた。猫の尻尾が膨らみたちまち顔を赤らめる。


「──ニャんですってェー!?」


「えっ、違うの?」


 キョトンとするルチルは意味が分かっていない様子。デイアも同様に赤面して顔を両手に覆っていた。


「それは忠誠じゃなくて告白だ」


 終始冷静なサーフィアの冴え渡るツッコミにキッとルビィは矛先を向けた。



「ア、アアンタも誓いなさいよね! 将来はデイアの騎士になるのよ!」


「ハアァ? なんで俺まで」


「当たり前でしょう! アタシだけ騎士の付き人いたら不公平じゃない!?」


「とかなんとか言って勝手に取り決めた責任を分散させる気だろ」


 そんな調子で途中から姉妹と別れたルチルたちは自宅に帰った。



「お母さーん! ただい──マ"ッ?!」


「やっと帰ってきたかガキども」


 屈託のない笑顔を取り戻したばかりのルチルの表情が凍りつき、サーフィアも信じがたい人物の出迎えに目を見開いた。


 腕を組み、堂々と玄関に立ちはだかるはついこの前説教をもらったこの国の女王にして魔女王(マーリン)の異名で知られるその人である。


 さしものその場で硬直する双子はなんで女王がここに? とかどうしてウチにいる? といった戸惑いで混乱の局地から戻れずにいた。


「……なーんちゃって♪︎ 驚いたー?」


 しかし、そのキツい面持ちをたちどころに一変させて弛緩した笑みを繕い両頬に指を当てておどける。


 その変化に一拍間があって二人は気付いた。


「……あっ! お母さんか! びっくりしたなぁもう」


「息子にこんな悪戯でからかうのは母さんくらいだぞ」


「うふふごめんなさいね。ハイ解除~」


 まるでベールが剥がれるように淡い光が彼女を包んだ途端、ドレスを着た紅髪の猫魔族から空色の髪を伸ばした犬耳を持つ主婦の姿へと外見が戻る。


 コーラル・マナガルム。母である彼女の魔法紋(ルーン)は《お伽噺被り(メルヘンスキン)》という、平たく言えば他人の姿に化ける力である。


「おかしいと思ったんだ。女王サマが庶民の家に茶をすすりにくるわけなんてないんだから」


「そうねぇ。でもお客様がいらしてるのはホント」


「お客様?」


「よっお帰り」


 室内からやってきて気さくに手をあげてきたのは、黒髪金眼の猫魔族の男だった。


 面識のない相手に迎えられて困惑を隠せない。


「わんぱくで素直っぽいのがルチルでそっちのおませそうなのがサーフィアだな。お邪魔しているよ」


「どちら様?」


「俺はオニキス。王国に在籍しているしがない騎士のひとりさ」


 騎士……と男の名乗る身元に対してサーフィアは半信半疑な反応を見せる。


 くたびれたシャツとサスペンダーにズボンといった姿によって酒場の常連客のような冴えない印象しか伝わってこないことが拍車をかけた。


 詐欺師じゃないだろうな? という警戒心すら抱きかねなかった。


「貴方たちの家庭教師になってくれるんですって。これで武芸の成績も伸びてお母さん大助かりよ~」


「……家庭教師ってどういうことだオッサン」


「コラコラお兄さんと呼びなさい。女王陛下から命令を受けたんだよ。先日の騒動で見込みがあると思われたらしく、お前たち双子の面倒を看ろとのことだ」


「ほんとーっ?」


 とても耳触りのいい言葉にルチルは顔を輝かせる。


 だがサーフィアは違った。


「ずいぶん美味い話だな。なんでそこまで贔屓するんだ? 入会料とかぬかして金を騙しとるとかじゃないだろうな」


「疑っちゃってる? 俺こう見えても結構偉い立場なんだぜ、騎士をまとめる隊長の一人……とでも言えば子供でもわかるか?」


「お父さんと同じ!」ルチルは身を乗り出した。


「そうそうーそうなんだよー君たちのお父さんには後輩としてお世話になった身でね、君たちの話はかねがね聞いていた。弟くんの髪はお父さんそっくりだねー」


 つらつらと身の上話をしているのだがいまいち胡散臭い。サーフィアはいまいち信用できずにいた。


 その理由というのも、


「オニキスさんお茶のお代わりはいかが?」


「あっハァイお言葉に甘えていただいていいですかァ。すみませ~ん」


 とにこやかな母親に鼻の下を伸ばしているのを見逃さなかったからだ。


(未亡人ウヒョ~……!)


「てい」


 サーフィアがすかさず自らの魔法紋(ルーン)、《銀剣錬製(シルバーレギオン)》で銀の長剣を作り背後から峰で頭をガツンと叩いた。


「あでぇっ!」


「ちょっとサーフィアやめなよ。失礼じゃないか」


「安心しろルチル、この野郎はオレたちの敵だ」


「んなわけあるかっ。お前なー真剣を取り出すのは危ないだろ」


「しょうがないだろそういう力なんだから」


「駄目でしょオニキスさんに謝りなさい」


 コーラルの言葉にもふんぞり返る少年を見てオニキスは眉をひそめる。


(どうやらこりゃ基本を教えるところからだな)


 席を立ち、切り出すことにした。


「さてお前たち、早速だが外に出ろ。美人なお母さんが夕飯を作り終えるまでに済ませるぞ」




次回の更新は10月4日(火曜日)を予定しています!

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