モルグ洞賊団
地平から太陽が昇り出すも、いまだ鳥たちも囀ずらない早朝。
一足先に起床していた狸魔族の生徒が木刀で素振りしていた。
ただ無言で無心に。涼やかな空気を断つように。
「なんだ、一番乗りじゃねぇのか」
「おおサーフィア殿。おはよう。貴殿も早いな」
「日課があるからな」
そう言ってメノウの傍らでいつものように銀剣を出す。
呼気を整え、握り締めたそれを正眼に構え、上から下へと振り下ろす。
だが、空を斬る音がやけに鈍い。それにサーフィアの両肩もなんだか過分に力を入れているように見える。
ちらりとその業物を目にした彼女は一旦素振りをやめた。
「サーフィア殿、それを少々借りてもよいだろうか」
「んあ? 別にしばらく貸してやってもかまわねぇよ、また作りゃあいいし。ただ」
サーフィアから手渡された銀剣を受け取った途端、一気に重みが乗しかかりバランスを崩しかける。
「うぬぉ!?」
「素振り用に少しばかり重くしてある」
「す、少しと言うが四貫はあるように見受けられるが!?」
「おう。色んなサイズの剣を振るうためになるべく負荷をかけていった結果だよ。ひたすら繰り返すだけの持続力と相談してこれが今の妥協ラインだけどな」
違和感に気付いて確かめようとしたメノウの目に狂いはなかった。
「感謝する。もう十分だよ」
「なんでぇ、張り合いのない」
「拙の技は腕力に重きを置いていないのだ」
お礼を述べて返却する。サーフィアは普段通りの調子で素振りを再開。
(銀は鋼より重いというが、あらゆる形状の刀剣を扱うべくしてあのような鍛練を課しているのか)
動かすだけでもバランスを崩しそうな重量を伴った銀剣を、いとも容易く振り抜く。そこまで体幹を鍛えるのに、いったいどれだけの回数をこなしてきたのだろう。
(並々ならぬ研鑽の賜物……もはや狂気の域であるのは見受けられる)
驚愕を禁じ得ないメノウであったが、自らの鍛練に戻る。
「だが、そこまでして自らをとことん追い詰めるとは。拙も見習わねばなるまい」
「タヌキザムライ。昨日のコウモリ女との決闘、見てたよな?」
「うむ、騎士を相手にいい健闘だったぞ」
「つまらんお世辞はよせ。お前だったらそう言われて喜ぶか?」
打算のない賞賛であったのだが、サーフィアは受け取らなかった。
そして、指摘の意図に気付いてメノウは自らの迂闊な言動を恥じる。忌憚のない意見ではなかった。
「……失礼した。健闘ではなく、苦戦を強いられていたのだな」
「そうだ。騎士の下っ端一人にも手こずったんだ。まだまだ格上がごまんといるっていうのに。現状まるで実力が足りてねぇ。ガラにもなく割と本気でやったつもりだったのによ」
自らが井戸の中の蛙だったと、サーフィアは認めた。
「ただ騎士になるだけだったらそこで満足すりゃあいい。だがお前だってそうじゃないだろ」
「言わずもがな。拙が目指すは騎士になった先の誰もが無視できぬ武勲を立てること。凡庸なる騎士の肩書きと生半可な手柄では不十分なのだ」
それから二人は言葉を交わすことなく素振りを続ける。無心になって皆が起き出すまで鍛練に励む。
志は違えど、同じ道中を歩んでいるのだから。
†
二日目の遠征が始まった。
「さて学生諸君! 1日経ってそろそろ気が抜けてきてるんじゃないっスか!? ここから先はモンスターが活性化する地域なんでゆめゆめ注意を怠らないよーに!」
何故か学生組の荷馬車に乗り込んだミニュアが腕を組んで新入生に指揮を執り始めた。完全に先輩風を吹かしていた。
奥で控えていたサーフィアは細い目でその様子を眺める。
「昨日と違って偉く乗り気だな」
「ボクがとりなしたおかげだね」
「ルチルお前なぁ、とっておいたパイをアイツに寄越したんだって? 余計な真似すんなよ」
「どういたしまして!」
「そこぉ! 私語は慎むっスよー! これからこの一帯に出没するモンスターの特徴を説明するんスから」
意気揚々とミニュアは注意をする。昨日の諍いもなかったかのような振る舞いを見せた。
「へいへい」
肩をすくめ、サーフィアは従う。蝙蝠魔族の少女騎士は鼻を鳴らす。
水面下での和解。ルチルがやれやれと苦笑していると、
「──みんな今すぐ止まるだァあああああああ!」
突然別の荷馬車から張り裂けんばかりの大声が飛んできた。
慌てて急ブレーキをかけ、一同は驚愕と混乱に包まれる。
嘶く馬たちを御者がなだめる中、鎧に身を包んだ巨体で身軽に荷台から降りたイオ隊長が警告を発した騎士のもとに駆け寄る。
「どうしたヒポル」
「んだ! んだ! なんかはわかんねぇけどこれ以上進んてたらまずいだ!」
切迫しながら訴える河馬魔族の説明はいまいち様子を得ないものだったが、荷車卿は頷いた。
なんだなんだと騎士や生徒が荷台から降りてくる中、飛翔して出てきたミニュアはいち早く隊長の傍へ。
「隊長? 例の感応っスか?」
「違いない。ヒポルの魔法紋、《危機感知》が先へ行くなと知らせたということは無視できないなにかあるということだ。ラミド、頼む」
「了解ー」
マイペースに追従してきた鼬魔族の副隊長は彼女の命令により先頭に立った。
片手を笠にして前方に目を凝らす。森の中でも木々が切り開かれて馬車の往来できるようになった道の途中である。
──《千里透視》
そのまま辺りをしげしげと眺める挙動を見せるラミド。
「……ふむふむ……なーるほどなるほど」
やがて彼はスタスタと単独で歩き出し、10メートルほど先で立ち止まった。
「ほい、【剛岩塊】」
手を前に出したかと思えば、中級の土属性魔法を唱える。
そして生成した大岩をそのまま正面に落とした。まるで道中を塞ぐように。
だが地面に設置するなり、重量に耐えきれずにバキバキと音を立てて崩落を起こした。
「落とし穴、か」
「とりあえずあったのはこれだけですわー。深さや判別できないほどの仕上がりを見る限り相当手慣れてる奴の仕業っぽくありません?」
ラミドの手によってなんの変哲もなかった所から馬車を呑み込むほどの大穴が姿を表す。障害を透視する魔法紋の賜物だった。
通り道に仕掛けられたそれに作為があったのは明白。意図は当然ながらここを通る者を罠にかけるため。
もしこのまま素通りしていたら大変なことになっていただろう。
イーオス・アステリオは思案する仕草を見せたあと、指示を放つ。
「すぐに穴を埋め立てるんだ。周囲に敵はいない。一刻も早くこの場から離れてギムレーの村に向かうぞ……予想が外れてくれると助かるんだが」
思い当たる節があったのか、兜越しのイオ隊長の声は憂いを帯びていた。
次なる村ギムレーへ赴く騎士と生徒たちだったが、危惧していた事態に見舞われることになる。
村人に出迎えられるなり、彼らから懇願されたのは支援の配給ではなかった。
それどころではなかったのだ。
†
「うわぁ、こりゃひどいや」
ギムレーの農村にたどり着いた時、真っ先にルチルが漏らした感想は目も当てられない光景だったためである。
民家の壁がいくつか壊され、備蓄していた食糧を略奪されたのか小麦の粒や作物の欠片が散らばっている。
そしてなにより目についたのは、村の中心地に先ほどの落とし穴に酷似した大穴がぽっかりと空いていたことである。
しかもどうやらそれは人が通れる地下トンネルとなっており、どこかに繋がっているようである。
「昨晩のことでした。その穴から賊が入りまして村の食糧を奪い、女子供を連れ去って行ったのです」
震える猫魔族の老婆の村長が嗚咽混じりに経緯を打ち明ける。
男たちは襲撃に対抗するも、歯が立たず怪我人をたくさん出したという。幸いなのは死者が出なかったことだろうか。
「騎士様、どうか、どうか……」
「事情はわかった。こちらも全力を尽くす故、落ち着かれるといい」
イオ隊長は老婆を宥め、決断を下した。
「荷台の薬品、包帯を用意し負傷者の手当てに回れ。生徒たちも手伝うように。エメラルダ・ケリュネイア、君の《緑の恋人》は薬草も植生できるだろうか?」
「ええ。それとわたくし、薬学部に所属しておりますから調合までお手の物でしてよ」
「それは頼もしい。救護担当以外は装備の点検を。ラミド副隊長、私が不在の間ギムレー村で待機と警護の指揮を任せられるか?」
「ということは潜るんですかい?」
「拉致された村人たちの身柄を配慮するならば、悠長に救援を待つわけにはいかない。戦力を分けて作戦を行うのがベターだろう。幸い連中の目処も立っている」
イオ隊長はトンネルの入り口にかがみ、中を伺う。真っ暗で奥がどうなっているか把握できない。
「モルグ洞賊団。敷地内まで地下を掘り進んで侵入を試みるのは奴等くらいだ。その手口で追跡が難しく、王都でも手を焼いている」
だがこれは好機だと彼女は断言した。
「被害が起きて冷めやらぬ内に駆けつけることができた。人質と身代金の交換するためにまだ遠くへ移動してない線が濃厚。制圧するのなら今しかない。とは言え、生憎我が荷車隊は戦闘面に秀でた隊員が限られているのだが、今は事情が違う」
立ち上がって生徒を見渡し、切り出した。
「危険を承知で頼もう。君たちの力を借りたい」
この場にいるのは武芸科と魔導科の新期生たち。誰も彼もが戦闘に対しての心得があり、自衛できるだけの力を持っている。その前提があってこそ、この遠征に連れてきたのだ。
「責任は全て私がとる。が、命の保証はできない。だから強制もしないし責めもしまい。それでも騎士として闘う覚悟のある者はいくらでも歓迎しよう。我こそはと思う者は今この場で名乗りを上げろ」
宣言とほぼ同時に狼魔族ルチルとサーフィア、狸魔族メノウ、猫魔族ルビィらは迷いなく挙手し、後から猪魔族ボーク、猿魔族エンキ、馬魔族ヘングストが続いた。
「讃えよう。若く勇ましき同胞たちよ」
かくして、モルグ洞賊団討伐隊は急拵えで結成された。
次回の更新は1月22日(日曜日)を予定しています!
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