腹を割って
遅れてしまって大変申し訳ありませんでした!
逃げるように森の渓流まで走ったミニュアは、岩場でうずくまって膝を抱える。
「ちくしょう……アイツらチョーシに乗りやがってぇ~。デザートなんてこっちがどれだけご無沙汰だったか……!」
そんな怨み節をこぼしていると、近くのしげみが音を立てて動いた。
弾かれたように身構えるミニュアとは反対に、ひょっこりとルチルが現れる。
「あっ、いたいた。すぐに見つかってよかったよ~」
「な、なにしにきたんスか」
警戒から敵愾心へと切り替える。
「悔しがる顔が見たかったら残念だったっスね。別に、食えなくたって死なないし、あんなもん食べ損ねたぐらいで……!」
「はいこれ」
切り分けられた一切れのアップルパイが、平たい木椀と共に差し出された。
「わざと残してあったみたいだよ。サーフィアとミニュアのどっちが食べてもいいように」
「……もしかして同情のつもりっスか? 大きなお世話っス」
にべもなくいらないと一蹴。それどころか憎々しげに睨み付けた。
「それともなんスかね。取り入るための好機と思って近付いてきたわけっスか。賄賂なんて糞食らえ!」
「……意固地になるのやめなよもー。別にボクまで邪険にする必要ないじゃんか」
「敵の味方は敵、っスよ。当然でしょ」
「だからさぁ、敵っていうのがおかしいんだって」
呆れた様子でルチルは鼻を鳴らす。
「ボクらも将来騎士になる同志なんだよ? 背中を預ける日だってくるかもしれない。なのにこうやっていがみ合って、お互い損するだけだって」
「ハッ、騎士になるのが既定路線ってわけっスか。ああそっか! そうっスよね、王女殿下に見初められたって聞いたんで納得が行きましたっスよその口振り! だから高見の見物を決められるんスねぇ」
「違うよそうじゃなくて──」
「──それのなにが悪いってのよ?」
乱入者の鋭い声が二人の注意を引いた。
燃えるように紅く鮮烈なツインテールと気丈なツリ目にアイシャドウ。口をへの字にし、気難しい表情でズンズン突き進む。
噂の王女殿下、ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムのお通りだ。
「え、ルビィ。いつから聞いてたの」
「最初からっ。ずーっと騎士団の連中にべったりくっついてアタシそっちのけでなにをやってるのかと思えば好き勝手言われてるようだから出てきてやったわ」
「……それって、構ってくれなくて妬き……」
「焼くわよ」
そこまで言いかけて否応なくキツイ一瞥で押し黙らされた。それから蝙蝠魔族の少女騎士に視線が向かう。
「そこのアンタ。さっきの言い種だとアタシの立場はわかっている口振りだったわよね? 学生という体で参加しているとはいえ、アンタらは地位を完全に無視してぞんざいに扱えないことを理解していると考えていいわよね?」
「ぐっ……お、お心のままに」
さすがに仕える国の姫を相手に噛みつくような真似は出来ないようで、ミニュアは膝をついた。
おそらくここに荷車卿、イーオス・アステリオがいたとしても同様に頭を垂れていたことだろう。
王族として振る舞う彼女にルチルはことの成り行きをただ見守っていた。
「アンタの指摘は認めるわ。コイツがいつか必ず騎士になるようにするつもりだしなんなら専属の近衛騎士としてとりつけるつもりだから。で? 文句ある? アタシが昔から決めていたことなんだけど?」
「……ございませんス」
「そうよね。そう言わざるを得ないわよね。じゃあそれ以上の詮索も嘲笑も揶揄も糾弾も許さないし否が応でも納得して貰えるということでいいかしら?」
返事はひとつしか許されなかった。閉じた口の奥で歯を噛みしめながら、項垂れるように彼女は承認した。
「結構。サーフィアと喧嘩するのは勝手にすればいいけれど、ルチルに喧嘩を売るということはお抱えにするアタシにも喧嘩を吹っ掛けることと同義と受け取りなさい」
傲岸不遜にして傍若無人にこの場をおさめ、ルビィはフンと鼻を鳴らす。
勝敗は完全に決した。
「ついでにもうひとつ命を下していいかしら。コイツの持っているこれを」
ぐいとルチルの手を引き、ミニュアの下まで近付けた。
「受け取って冷たくなる前に今ここで食べなさい」
「えっ」
予想だにしない言葉に、ミニュアは顔を上げる。
「ええ。聞き間違いじゃないわ。このアップルパイを、欠片ひとつ残さず食べろと言っているの」
もはやルチルからアップルパイをもぎとり、直接ミニュアに押し付けた。
「王女からの命令だったのなら意地なんて捨てて食べられるでしょう。これはアタシ自らが携わった焼き菓子よ? 残したら万死に値するわ。ルチル、ちゃんと口にしてたか見張ってなさい」
「ルビィ……」
「アンタも、言いたいことがあるならアタシに言いなさい。すぐ顔に出るんだから、どうせサーフィアにも勘付かれているわ」
まったく、とこぼしてぶっきらぼうにルビィはその場を後にした。再びルチルはミニュアと二人っきりになる。
「……かなわないや」
「……同感っス」
諍いの空気を捩じ伏せられ、毒気を抜かれた彼女はもう邪険にする気力もないようで苦笑した。
「普段からあんな調子なんスか」
「そうだよ。ルビィにはいつも振り回されっぱなし。小さい頃、あの子にああして専属近衛騎士になるように言われて目指すことになったんだ。もう無茶ばっかりだよ」
「苦労してるんスね」
学生であっても、という言外の意をこぼすミニュア。
「本当にいらないんだったら、無理しなくていいからね。ちゃんと食べてたって後で彼女に言っておくから」
「いや、ありがたくいただくっス」
意を決して彼女は最後のアップルパイを口に運んだ。
静かに、ゆっくりと咀嚼する。
見事に焼き上がったパイ生地の食感が踊り、火の通ったリンゴの果肉が程よい甘味を醸し出す。中にはほんのりとした温もりが残っていた。
最後の一口まで終始無言のまま平らげ、頷く。
やがて悔しいことこの上ないが、ミニュアは遂に言葉にする。
「美味かったっス」
「そりゃそうだよ。ボークは本当に料理上手だもん」
「悪かったっス。八つ当たりして」
「ううん。気にしないで」
ようやく落ち着いたミニュアは冷静に自分を省みるようになった。
「ホントなにやってたんスかね自分。騎士の一員でおたくらを先導しなきゃならない立場なのに、公私混同もいいとこだったっス。でも……奴らに素直な謝罪するのは抵抗あるっスね~。やっぱクソ生意気だし!」
「そのへんは大丈夫。さっきも言った通りアップルパイをあえて残していたのは向こうが手打ちにしようって意味だから。これでこの話はおしまい」
「まっウチもそれでかまわないっス。でもおたく……ええと」
「ルチル、ルチル・マナガルム」
「そーそールチル! どうしてルチルはそこまでウチとアイツらをとりなしてくれるんスか? 今日知り合ったばかりの相手だし、隊長に媚びるのならわかるけど、ウチは下っ端の中でも下っ端だし、ぶっちゃけ内申点には響かないっしょ……と言ってもあの姫さんが嫌でも騎士にさせるんだろうし、まさか本当にただの親切心ってわけじゃないと思うんスが」
その問いかけはこれまでと異なり、邪推ではない純粋な疑問を向けてくる。
「もちろん、昼間言った通り騎士の人に用があるのも理由かな。さすがにそうでもないと揉めごとに首突っ込めないよ」
あははと屈託もなく笑うルチルに、ほんの少しミニュアも苦笑する。
「実はね──」
そして狼魔族の少年は切り出した。
「……そうっスか、親父さんが」
「ミニュアはなにか知ってる?」
彼女は首を横に振った。
「ウチは新参……というよりこの荷車隊の騎士たちは元々冒険者や農民だった連中がイオ隊長にスカウトされて入隊してるんス。だから、あまり他の隊や騎士たちの事情には疎いのが現状っスかね。こうして各地を回って王都に滞在するのだって少ないし」
「そっかぁ、じゃあやっぱり隊長さんに尋ねるしかないかな」
「力及ばずしてすまないっス。でもよければ明日、ウチの方から話が聞けないか隊長に掛け合ってみるっスよ」
「! 助かるよ、ありがとうミニュア」
「なに、お安い御用っス」
そうしてその晩、ルチルに騎士の友人ができた。
次回の更新は1月14日(金曜日)を予定しています!
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