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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
荷車の騎士編
55/107

野営サバイバル


 配給活動が一時中断するほどの不穏な喧騒の正体は、中肉中背の村人とずんぐりした河馬魔族の騎士の押し問答だった。


「前回言ったよな!? こんな量じゃ全然足らねぇって! もっと酒を融通するって約束したよなぁ!? なんでこれっポチしか配らねぇンだバカ野郎!」


「だ、だどもオラも言っただよ? 酒類は嗜好品だから優先順位は落ちるって。この村にだって水魔法を使える住民がいるから飲み水には困らねぇんだど」


「ハァーッ!? だったらそこにある酒樽はなんだってんだ! まさか空っぽですとかのたまう気じゃねぇだろうなアァン!?」


「こ、これは他の村から国に向けて贈られた返礼を兼ねての献上品で……」


「ざっけんなゴラ! 手前らだけ美味い酒浴びるくらいキープしといて下々の俺たちにゃあこんなうっすい安酒で我慢していろってことかよオイ! どうせ運びながらグビグビ呑んでんだろうがっ」


 顔を真っ赤にした男はがなり散らしながら支給されていた酒瓶を蹴り割った。


 どうやら荷台にある酒が目に入り、不公平だと訴えているようだ。あわよくばそのいちゃもんで酒樽を分けてもらおうと画策しているのかもしれない。


 どちらにせよ説得も頑として聞き入れてもらえず、言い寄られた隊員もほとほとに困り果てた様子を見せる。


 そんなやりとりを遠巻きから生徒たちは眺めていた。


「おーおー静観していれば随分大はしゃぎしちゃってまぁ。配給しなけりゃ難民として住むところ見つからずのたれ死んでるかもしれないのによ」


「そう憤慨めされるな、困窮は余裕を奪うもの。しかしかくいう(せつ)も少々聞いていて気分のよいものではないが」


「だろうな。限度ってもんがあるだろうによ……あ、ルチル、ステイ。酒運んでた騎士の問題だ、口出しすんなよ」


 見かねて飛び入ろうとしたルチルに対し先手でサーフィアが止める。


「えぇー? だって騎士の人困ってるし止めた方がいいんじゃあ」


「なぁに、オレたち学生ごときに助けられるほど落ちぶれちゃいないってことだ」


「──という建前で、めんどうごとに関わるのはごめんだぜ……って思ってるでしょ?」


「バレたか」サーフィアは悪びれもなく肯定した。


 だが彼の言う通り、事態の収拾にルチルたちは不要だった。


 甲冑の音を立て介入してきたのは、この隊を仕切る荷車(ランスロット)卿、牛魔族のイーオス・アステリオ隊長。


 大柄な体躯の鎧姿は、物言わずとも相手を威圧するような気迫を備えており、見上げた相手も威勢を削がれた。


「な、なんだお前……!」


「この隊を預かるイーオスだ。部下に不手際があったのなら詫びよう」


「……そりゃ、不手際だろ。酒の配給が、不公平、なんだからよ」


「ふむ。村に配る酒類についての異議申し立てという認識でよろしいか」


「あ、ああ!」


 しどろもどろになりながらも男は食い下がる。


「詫びるってんなら、そんなイカつい兜をかぶって表情隠してりゃ誠意なんて感じられねぇだろ!」


「なるほど確かに一理ある」


 イオ隊長は相手の主張を素直に受け取りながら物々しい兜に手をとる。


「あまり褒められた容姿ではないのだがな」


 無骨なフルフェイスヘルムが外された。


 桃園の花が咲いたと錯覚するような長いピンク髪が降りる。



「え?」


「はぁ?」


「む?」


 ルチルとサーフィアとメノウらの目が点になった。


 伏せた長い睫毛がスッと瞼を動かし、アーモンド型の瞳がパッチリと開いた。凛々しく整った顔立ち、薄くも艶のある唇。


 素顔が顕となった面長の美女を前に、一同は呼気を止める。


 戸惑う相手に構わずイオ隊長は話を続けた。


「あらためて誤解を招き、配慮が至らなぬところがあったと謝罪する。飢えに喘いで明日どうなるかもわからない状況の中、貧富を見せつけてしまうような光景になってしまったのはこちらの落ち度だ。面目もない」


「お、お、おう」


 高身長から物腰柔らかに頭を下げる──そこで同じ頭身になった──美女騎士を前にたじたじになった男。完全に毒気を抜かれている。


「これは以前から国からの支援を受け続けていた別の村が無事に復興し、そこの葡萄畑から取れた果汁酒で、感謝の気持ちを贈るという形で受け取った返礼品だ。決して隊の者が手をつけてはいないと誓う」


 終始穏やかに低姿勢で、それでいて毅然とした態度で苦情に応じた。


「不公平に思えるだろう。だがもし真に公平に期すというのなら、配給そのものが打ち切りになってしまう。何故なら今この村に配っているのは王都に住まう民の血税から賄ったものだからだ。無償で、見返りを求めず、善意で分け与えていたはずなのに、感情の矛を向けられるとするならばあちらからも抗議の声が殺到するだろう。それで届けられなくなるのは我々としても心苦しい」


 ご理解していただけないだろうか、と言外の意を伝える。


 旗色が悪いと自覚したのか、男は渋々引き下がり事なきを得た。


 踵を返していく様子を見送りながらイオ隊長は息をつき、糾弾されていた隊員に向き直る。


「あれほど荷を降ろす時には気を付けろと言ったろうに」


「す、すんませんだ」


「紛らわしい積み荷は速やかに目の届かない場所へ置いておけ。まだ他に運ぶ物は残っているんだぞ」


 兜をかぶり直し、何事もなかったように指示を出す。


「本当に……あのムキムキ強面なミノ教官の妹なの?」


 もう見られなくなった素顔が信じられない様子のルチルの呟きに、狸魔族のメノウもおもむろに頷く。


「……タッパ以外は完璧だな」とまでサーフィアに言わしめるほどの容姿である。


「フッフーン。ウチのイオ隊長は外面だけじゃないっスよ。二十代という若さから登り詰めたんスから。その実力は他の隊にも引けをとらないっス」


 反応に大いに気をよくしたのか、何故かミニュアが鼻高々に威張った。


「馬鹿なこと言ってないでお前も仕事にとりかかるように。今日中には移動しなくちゃならないんだ」


 聞こえていたらしくイオ隊長のお叱りが飛ぶ。しかしその声音は別段怒気のこもらない穏やかなものだった。



 数時間の滞在の後、ブンク村を後にした一行は鬱蒼とした森林を進む。抜けた先に次の目的地の村があるそうだ。


 だが、そこへたどり着くには一晩明かすほどに時間が必要だった。ましてや数十人規模での大移動である。


 それも見越しての出発であったようで、イオ隊長の指揮により馬車はその森の真ん中で止められた。日は傾いているがまだ落ちていない。


「今日はここで夜営を行う……のだが、諸君ら新期生にはやってもらいたいことがある」


 イーオス・アステリオの下、新期生全員が呼び集められた。


「我々騎士たちがキャンプの設営をしている間に、夕食の支度と食糧の調達を一任したい。つまりは自炊をしてもらう」


「え? 荷台にある食糧は使わないんですか?」ルチルが思わず尋ねる。


「ああ。それは配給用で手をつけるとしても緊急の場合だけだ。我々もある程度各自で持参しているが、生憎君たち全員に回るほどの蓄えはない」


 顔を見合わせてどよめく生徒たちを前に、ただしと続ける。


「それ故にキャンプ地をこの豊かな森の中に指定した。食材はそれなりに見つけられるはずだ。現地で集めることなんて騎士の任務では日常茶飯事。これも訓練の一貫と認識してほしい」


 そう。ただ騎士の任務を見学させるために連れてきたのではなく、教師に代わって実地での経験を積ませるのも目的のひとつである。


「採取の刻限は日が沈むまで。常に数人組での行動を心掛け、くれぐれも単独では移動しないこと。調理に必要な器具あるいは調味料などはこちらで用意しよう、検討を祈る」


 かくして前触れもなくサバイバル演習が始まった。


 ルチルとサーフィアは率先して調達班として野草や木の実といった採取を請け負う。森や湖といった地理を遊び場としていた二人は食べられる植物の知識がそれなりにあるからだ。


 他にもメノウと猿魔族のエンキは近くの河川で魚を狙うそうで、ルビィと猪魔族のボークに鹿魔族のエメラルダは調理班に回る。


「みんなで食材探して料理かー。面白くなってきたねー」


「油断すんなよ、収穫なしで晩飯抜きなんて笑えねぇからな」


「そうっスよ。もっと緊張感を持って探さないと」


 と息巻いて散策を始めようとした矢先にミニュアがちょっかいをかけてきた。


「出たなコウモリ女。用がねぇならあっち行け」


「おー? いいんスか? そんな邪険な態度とっちゃってー」


 小馬鹿にした態度で彼女は手元から黒い歪み──《秘匿の宝物庫(ブラックボックス)》の入り口だ──を開いてなにかを取り出した。


 薄い干し肉を見せびらかすようにかじって「美味い美味い」とアピールする。


「へぇ、その魔法紋(ルーン)は食べ物も出せるんだね」


「保存食なら数日は困らない程度に収納してあるっス。イオ隊長はお優しいんできっと最終的には分けてやれって言うでしょーねー。でもどうしよっかなー。そんな態度で施すのは少々気が乗らないっスわー」


「ハッ、高見の見物ってわけかい」


「まぁいつでも申し出るといいっスよ。学院でぬくぬくしてた生徒じゃ外でまともな飯作れるかも怪しいでしょうし! ペコペコ頼み込めば大先輩がー、お情けでー、恵んでやるっスからプフー!」


 ケラケラと笑うミニュア。完全に侮っている。


「その必要ないよー。食べられるものなんてけっこうそこらへんにあって……たとえば」


 横目に入った枯木を観察したルチル。


「サーフィア、そこ斬って」


「おう」


 出した銀剣で手早く樹木を伐採した。


「ちょ、はっ? なにしてんスか!?」


「こういう幹に穴が空いてる木の中にはいるんだよねー食べられるやつ」


「木の中にいるって……「あ、いた」──ギャあああああ芋虫ィいいい!? そんなきっしょいもん集めるなっスぅうううううう!」


 逃亡して言い捨てたミニュアに、さすがにルチルも眉を寄せる。


「んもー、そこまで言うことないじゃんかー」


「言わせてやれ兄弟。こっちにはアイツがいる。なぁ、そうだろトン吉?」


 サーフィアは挑発を受けて逆に鼻で笑う。調理の準備を進める同郷の生徒に投げ掛けた。ボークだった。


「ん、やりとりは聞いてたぞ。ちょっと腹立つな」


「なら話早ぇ。あのコウモリ女に目に物見せてやろうじゃねぇか」


()で沈めるってことだな。そっちは頼んだぞ、オイラも腕を奮ってやるせブヒヒ」


「なんか勝負みたいになっちゃってる……」


 悪巧みをする二人にルチルは少し困り果てる。

次回の更新は12月23日(金曜日)を予定しています!

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