聖女殿下と血みどろ聖母
学院を発って翌日、馬車に乗ったデイアが到着したのは救護を主な活動とする銀杯隊の騎士たちが設けたテント村に到着する。
事前に耳にしていた情報の通り、モンスターの襲撃と戦闘で被害を受けた百余名の死傷者がそこに収められており、衛生兵が目まぐるしく対応に追われていた。
すぐに降りた彼女は木箱を手に、テント群に躊躇いなく走った。
救命と医療活動に参加するためだ。
「こちらは学院からご提供いただいた包帯とポーション類です。まだ馬車に積んであります。重傷者を優先的に診せてください」
「むっ? なんだね君は、救命具の援助はありがたいが、ここは学生のくるところじゃないぞ」
最寄りの隊員に声を掛けたところ、制服姿のデイアを見て戸惑い半分で制された。
だが別の兵士がこちらに気付くなり慌てて駆けつける。
「待て待て! そちらのお方はお通ししろ! 聖女殿下であらせられるぞ!?」
ギョッとする騎士が自らの無礼を自覚し、すぐに平伏しようとしたのを彼女は「構いません、今は有事です」と制止して案内を求めた。
デイア・フェリ・ベスティアヘイムは身分にかまけず現地で傷ついた獣人たちを癒してきた功績により、王国から独断での医療活動を許可されている。
見返りを求めぬその奉仕行為から、聖月姫、聖女殿下などと呼ばれていた。
だが、それに従い過酷な現場に彼女はこうして呼び出されるのである。
重傷人が集められたテント内は血と肉の焼ける匂いと痛々しい呻きに溢れていた。全身に巻かれた包帯が真っ赤に染め上げる者、酷い火傷に覆われた者、手足が欠損した者と多岐にわたった。
「……では始めます」
その光景を目の当たりにしたデイアは怯みもせず、患者を観察してすぐに施術を始めた。
──《聖域の抱擁》
彼女の添えた手から淡い光が浮かび、患者を包む。
医癒の力でみるみる内に傷口が塞がる様子に、背後で控えていた兵から感嘆の息が漏れる。
蒼白だった患者の顔色も血色がよくなり、穏やかに眠る患者を見届けたデイアは振り返った。
「次の方をお願いします。私の魔力は軽傷者なら数十人、重傷者だと数人までしか行き渡りませんから。ポーションと仰せて治療致しましょう、そちらは経過観察で──」
「そんなことを言っているから貴女はまだ力頼りの未熟者だと、そう教えたのをお忘れですか?」
テントの入り口から、彼女を真っ向から否定する言葉が届いた。
「患者全員を独りで診察して解決しようなど、思い上がらないでください。医療はチームで行うものです」
「……遅いですよ、お師様。呼び出しをした私より遅れてくるなんて」
「単独で赴ける貴女とは違って隊で到着するのには時間がかかるのです。これでも半日早めての到着なので」
入ってきたのは立派な捩れた洞角を持った線の細い山羊魔族の女性だった。
真っ黒な修道服に同じ色の肩掛け、そして裾の大きな布頭巾を被るといったまさしくシスターと呼べる格好をしている。
だが、彼女もれっきとした騎士でありデイアに救援を呼んだ張本人である。
「それよりその呼び方はあらためるように以前も言ったはずでは」
「失礼。ご助成願えますでしょうか、コルヌ・アマルテア隊長──いえ、銀杯卿」
「そのために足を運んだのです」
そっけない態度でコルヌ隊長は治療に加わった。
彼女は二の腕まであるアームカバーを外し、素手になって右脚を欠損した男性患者のもとへ。男に意識はあり、虚ろな目で天井を見上げていた。
「返事はできますか?」
「……はい」
「とれた脚、どこかに保管したりは?」
「……いえ」
「そうですか」
デイアの魔法紋の力は傷口を塞ぎ切断された手足をくっつけて動かせるようにすることは可能だが、失くした手足を復元させたりすることはできない。あくまで回復力を極限にまで高めるだけだ。
これから生涯片足だけで生きていかなくてはならない。そんな事実に打ちのめされ、影を落としていたのだろう。
コルヌ隊長は少し黙考した後、失礼しますと告げて巻かれた包帯をほどき始める。
まるで溶岩に足を突っ込んだとでもいうように、その断面は炭化し黒くなっていた。
「な、にを?」
「おとなしくしてください」
固い命令口調で片手を彼女はグラスを持つように開く。
その手のひらから、ごぽごぽと音を立てて赤いあぶくが湧き上がった。血だった。
どんどん沸騰するように血液が産み出され、更にはぐちゅぐちゅとおどろおどろしい音とともに肉塊が形成され始める。
──《赤き祝福》
異様で異形な光景を目の当たりにした患者は正気を取り戻したように顔をひきつらせ、寝かせられた寝台の上で身を起こす。
「な、なにをする気だ!?」
「おとなしくするように言ったはずです」
終始辛辣な態度を貫くコルヌは膝から先を失った右脚の断面にそれを押し当てる。
「大丈夫ですよ。ひんやりするのは痛覚を麻痺させているからてす。少しそのままでいてくだされば、すぐに終わりますから」
抵抗しそうな雰囲気を察してかデイアも寄り添い、不安と恐怖を払拭すべく微笑んでなだめた。
それでも冷たさと得たいの知れない不気味さに呻く騎士の男をよそに、施術は進む。
肉塊をくっつけてくるシスターに身を任せて数分。
その間も彼女の手からプルプルとした血肉は産み出されているようで徐々に盛り上がって伸びていく。
やがて骨が形成され筋肉が形作られ、シルエットが綺麗に整えられる。そして肌色の皮膚に覆われていった。
「あ……ああ……」
「一日はそのまま安静にしていてください。そうすれば完全に馴染むので走り回っても問題ないでしょう」
そして、失ったはずの片脚はまるで何事もなかったように元通りになった。驚きと感動に言葉を失ってる男性にコルヌは一方的に告げて離れた。
彼女の《赤き祝福》は主に誰にでも適合する血肉を生成し、移植させることができる魔法紋だ。
それを用いての医療活動はお世辞にも綺麗な光景でないため、必要最低限での活用に留めている。それは同時に本当に必要な状況には必ず使えるようにするための節制も兼ねていた。
つっけんどんな態度と相まって彼女は血みどろ聖母、あるいは冷血の聖山羊などといった通り名で兵や市民には畏敬の念を持たれていた。勿論当人としては不本意であるが。
だが力以外にも卓越した医療の技術と知識もあり、患者の容態や怪我の様子から分析することにも長けているのだ。
「妙ですね」
「どうなされたのですか」
一人一人の患者を適切に処置し見事に完治させて行きながら、ある程度片がつく頃にぼやいたコルヌに弟子のデイアが問う。
「此度の作戦でダンジョンに潜った剣鉈隊が予想外のモンスターに遭遇し、壊滅的な被害をもたらされた結果と伺ったのですが、情報と合致しない怪我人が多くいます」
「確かあの超獣と出くわした、という話でしたね」
デイアも道中で事前に今回の経緯を聞いている。
地下洞窟のダンジョンで周期的にモンスターの大量繁殖で起こり地上になだれ込む暴動──大反乱という現象を阻止すべく数を事前に減らして間引く作戦中のことだった。
そこのダンジョンの生息域ではないばずのとある大型モンスターと会敵し、相当な被害と犠牲者を出しながらもどうにか地上に撤退したという。
モンスターの名前はベヒーモスと呼ばれる四足獣の怪物で、牛数頭並べられる巨躯に加えて発達した四肢と強靭な顎を持っており、超獣というあだ名までつけられる存在だ。
ギルドでは脅威度として村や町に壊滅的被害をもたらすとされるBランク相当に制定されており、非常に危険視されていた。
だがコルヌはいぶかしむ。患者を介してそのベヒーモスに疑念を抱いていた。
「デイアもおかしいとは思いませんか? 彼らの被害が報告と辻釣が合わないというのに」
「……怪我人の割合が裂傷よりも火傷が多いこと、でしょうか」
「ええ、サラマンダーやラヴァトータスといった火傷に起因する攻撃能力を持つモンスターからの被害を受けた話は耳に入っていません。ましてやベヒーモスに、そんな能力はないはず」
しかし実際には大多数が大火傷をするほどの熱をもったなにかに蹂躙されたのである。
混乱の最中で炎魔法を用いて同士討ちをしたぐらいの懸念ぐらいしかコルヌには思い浮かばなかった。だが彼らとて常日頃から統制し訓練された集団である。そんな真似をするとは到底考えられない。
「俺、見てましたよ。火傷の原因」
すると先ほど脚を生やしてもらった男性が、ひとつの事実を伝えた。
「アイツとの戦闘中、突然炎が現れたんです。応戦した時に俺の脚もそれで焼けてしまって」
「続けてください」
「ともかくそうなった時ヤツ以外にモンスターはいませんでした。洞窟内ですから密室だったので、地獄の光景でしたよ」
「まさかベヒーモスが口から火を噴いたとでも? アレの体組織に火を生成する器官なんて……」
「いや、そうじゃなくて」
必死に思い返そうとするように目をつむり、体験した状況を絞り出した。
「足元でした。いきなり、なんの前触れもなく、地面がチリチリと音を立てて、周囲が真っ赤に光って……」
まるで噴火みたいだった、と。
次回の更新は12月11日(日曜日)を予定しています!
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