寄生虫と罵られた蝙蝠少女
ミニュア・デストリゴイには騎士となる前に冒険者だった経歴がある。
物心ついた頃には身寄りがなかった彼女であったが、冒険者として辛うじて自立できていたのは生まれ持っていた特異な魔法紋のおかげだった。
彼女の《秘匿の宝物庫》は持ち物を自身だけが干渉できる亜空間の中に出し入れすることができるという力。空間系に該当しており、増強系、支配系、干渉系、物質系のいずれとも異なり極めて稀な種類である。
戦闘面には優れていないながらもその利便性から一定の需要があり、加入した冒険者のパーティーからはもっぱら道具の管理を一任されていた。
ただしそれはつまり、言ってしまえば体のいい荷物持ちである。しかも手で持ちきれない荷物などは《秘匿の宝物庫》では収納できないため背負う形となり、戦闘時には殆ど加わることができずにいた。
そして活躍の薄い立ち位置になるのは至極当然のことであり、報酬の分け前は少なかった。モンスターの討伐を重点に置く冒険者たちからは冷遇され、カーストは常に最低限に位置付けられるのである。
そういった内情に納得が行かずにいたミニュアであったが、いくら抗議しようと誰にも取り合ってはもらえず、幾度となくパーティーを脱退する目に遭った。彼女が冒険者業を続けていくには単身で闘い生き抜くか、どこかのパーティーの傘下に加わり大人しく従うかの二択しかなかった。
恨むなら非力な自分を怨めと突き放されたこともあれば、荷物持ちしか能のない寄生虫とまで罵られたこともあった。
そんな境遇の中、ある日彼女に転機が訪れる。
相も変わらず加入したパーティーで冷遇される日々を耐え忍んでいたミニュアであったが、モンスター討伐の依頼で窮地に立たされる出来事があった。
当初に想定された数以上のモンスター郡に囲まれ、絶体絶命に追いやられた時である。
偶然通りがかった騎士の小隊に助けられ、からくも危機を脱することができた。それが他でもない荷車隊であり、その隊長イーオス・アステリオとの出会いだった。
彼女は冒険者たちの中に紛れていたミニュアに声を掛け、勧誘をしてきたのだ。
──君の素養が欲しい。差し支えがなくば、我が隊で働いてみないか。
同情でも憐れみでもなく、才を見出だされたこと。
それがなによりも蝙蝠魔族の少女の心を大きく揺るがした。
†
今度はミニュアが亜空間から取り出した双剣を投げ放つ。飛来するそれにサーフィアは大銀剣の刀身を盾にして防いだ。
その間に彼女は再び黒い歪みを呼び出して中に手を突っ込んだ。いくつかの黒く丸い物体を一掴みにして、取り出す。
それを地面に叩きつけるなり、おびただしい量の白い煙幕が発生。その中に紛れてミニュアは姿を消した。
もうもうと立ち込める白煙がじりじりと迫ってきたところで、キラリと光る飛来物をサーフィアは見逃さなかった。
数本のダガーが正面から迫ってくる。彼が飛び退く形での回避に動くと、足元に影が射した。
「──シィッ!」
「チッ」
煙幕に乗じて上空から回り込んだミニュアの急襲に、サーフィアは銀の大剣を手放し同じく二刀流の銀剣で応戦することを余儀なくされる。
接触と同時に離脱。ミニュアは空に逃れた。
一撃を加えては距離をとる彼女を追うべく、再びサーフィアは銀剣の足場を作って跳躍を繰り返す。
そこで彼女は《秘匿の宝物庫》を開き、また別の道具を数個ほど取り出し追跡者に放る。
親指くらいに小柄な球状の物体を視認して間もなく、視界にいくつもの太陽が突然現れたように眩い光が覆った。閃光を起こす魔法具だった。
たまらず目を塞ぎ怯むサーフィアの犬耳に、不穏な風を切る羽音が届いた。
その方角を頼りにすかさずサーフィアは両手の銀剣を消して身の丈を越えた大剣を前面に現出させ、空中で盾にした。
不意打ちを妨害されたミニュアは旋回して攻撃を中断。その間にサーフィアは視力を回復させてどうにか着地する。
「飛び回りながらあの手この手の小道具で付け入る隙を作るたぁ、汚ねぇヤツだ」
「立派な戦術のひとつっスよ。自分の持てるモノを存分に奮ってなにが悪いんスか。それとも、それが騎士のやることかと模範的な糾弾でもするつもりっスか?」
「……言わねェよ。実戦っていうのはそういうモンだからな。少なくとも、卑怯だとして卑劣じゃねぇ」
けど、とサーフィアは遅れてゆっくり降りたミニュアを睨み付ける。その視線は一定の強者を見定めるそれへと変化していた。
「だったらなんで今、地上に降りた? 開き直ってお得意の空中戦で攪乱し続けた方が有利な状況だったはずだ」
「……ハンデっスよ。不利だとわかっているならさっさと諦めて降参すればいいものを」
「いやちげーよ馬鹿。俺はどこまでが限界なのかを尋ねているんだわ」
蝙蝠魔族の騎士は顔を強張らせる。
「翼持ちの獣人なんざ知り合いにはいねぇし、見るのも初めてだからどんな身体能力を持ってるかは計れない。けどな、その挙動と闘い方で推察はできるぜ、今テメェがなんのけなしに地面に足つけた理由」
「……」
「当ててやるよ。その皮膜の翼は長時間の飛行に向いてねぇってことだ。だから小休憩を挟む必要があって地上戦に戻った。温存しておかないとオレの攻撃手段で空中ですら完全に安全圏じゃないってわかっているからな」
看破し、サーフィアは持論を更に突きつける。
「更にはその空間系の魔法紋。獣人の中でも数千人に一人いるかどうかの割合な超レア系統。そして他のどの種別の魔法紋よりもとびっきり魔力を食うらしいな。だからちまちま出して発動を最小限にしているんだろ」
攻勢が逆転していたように見せかけて、サーフィア側にも勝機はまだ残っている。
「だとして、まさかこれで終わりと思ったわけじゃないっスよね?」
ハッタリなのか裏付けするなにかがあるのか、ミニュアの強気な態度は崩れない。
「まだまだ手の内が残ってるんで目にもの見せてやろうっスかね!」
「ハッ、面白ぇ。お望み通り全部破って吠え面かかせてやんよ」
やりとりが締め括られ、再開しようとした矢先に、
「そこまでだ」
というイオ隊長の制止が投げられた。
水を差された二人は不完全燃焼な感情を顔に浮かべる。
「隊長ーっ、これからが本番なんスよ!?」
「模擬決闘で持てる使い捨て魔法具を消耗しきるつもりか? 目的を違えるな」
「その目的が決着を付けることじゃねーのかよ、オレたちが任務に同行するに値するかどうかって」
憮然とサーフィアもくってかかる。だが兜に素顔を隠したイオ隊長は彼に向き直って言う。
「私はなにも勝敗で決めるとは言っていない。あくまで実力を知っておきたかっただけだ。部下の尊厳を守りたいし道具も資産も浪費させたくない。そして任務に君たちを連れていきたい。それなら最後まで続ける必要がどこにあるのかな?」
私は欲張りなんだよ、と隊長はおどけて言う。そんなのありか、とサーフィアは毒づいた。
「だがどうだった? うちの若手もなかなかやるだろう?」
「……ま、騎士を名乗るだけのことはあると認めてやる」
銀剣を消してサーフィアは戦意を渋々納めた。怒りは完全に落ち着いたらしい。
「ミニュアも彼らを連れていくことに依存はないな?」
「……隊長の決断に従うっス」
言いながら彼女も黒い歪みの中に武器を戻す。
「けど、仲良くやってくかどうかは向こう次第っスけど」
なんて憎まれ口をたたいていると、ルチルとメノウがその場に飛び込んだ。
「君凄いね! その黒いヤツってどこに繋がってるの!?」
「うむ! 身のこなしといい小道具の巧みな扱いといい貴殿の闘い方にはシノビに通ずるものがあるな! どこで学んだのか興味深い!」
「え、は? 急になんスか? シノビ?」
「あいや失礼、シノビというのは我が祖国ヤマトを影で支える者たちの名だ。サムライと異なり様々な武具を使いこなし相手を欺くことに長けている。奇襲と暗躍が主流だな。あ、サムライと言うのは高貴な家柄の貴人を守る武家より輩出せし者たちの……」
「本当に急になんスか!?」
わいわいと生徒に言い寄られる蝙蝠魔族の騎士の様子に隊長は微笑の息を聞こえないくらい小さく漏らす。
「ボクはルチル! でこっちはメノウでアジールからきたサムライっていう剣士を目指してる子! あらためてよろしく!」
「あーもうわかったっスっ。好きにしろっス。ただしウチらは遊びに行くんじゃないんスからね? くれぐれもピクニック気分でいないこと、それが条件っス」
ようやく折れたミニュアがそんな風に釘を刺す。
しかし一悶着が解決した傍らであちこちから騒ぎがあった。
まず、鮮烈な赤いツインテールの猫魔族の生徒に言い寄る見慣れぬひょろい鼬魔族の男が声をかけていた。
「へーいそこの彼女? これから一緒に王都へ出掛けてお茶しない?」
「誰よアンタ」
「アウチッ」
粉かけしようと近付いたところ、ルビィによる炎を伴ったビンタで玉砕された。
ラミド副隊長。言うまでもなく荷車隊の騎士である。
「大変だどぉ~!?」
ドタドタと恰幅のいい河馬魔族がこちらに駆け付ける。彼も荷車隊の騎士のヒポルだ。
「い、今厩舎を観に行ってたら、中にドラゴンがおって首に提げた板で挨拶してきたんだどぉー! こんにちはーって! 自分で文字描いてこんにちはーって!」
「アンタらこれじゃウチらの方がピクニック気分じゃないっスか!?」
次回の更新は12月5日(月曜日)を予定しています!
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