魔女王、グラナタス
「こォんのバカガキどもがァあああああああああああああああ!」
その場で正座をさせられ、物凄い剣幕で怒鳴られたルチルたちはたまらずへにょりと獣耳を折った。ルビィもデイアの魔法紋である《聖域の抱擁》によって無事に治療されて元気になったところでお説教中だ。
「ひとつ間違えれば大惨事だったんだぞお前ら! 全員無事だったのも奇跡と思え! 洗礼式で魔法紋に目覚めた矢先にダンジョンへ潜るとは! それは身を守ったり生活を豊かにするためのものだ! 火遊びの道具と勘違いしているんじゃあないか!?」
「ワフぅ」
「ウキ」
「ブギィ」
狼魔族のルチル、猿魔族のエンキ、猪魔族のボークが鳴くように呻く。だが、三人と同じように座らされた猫魔族のルビィだけがツンとそっぽを向いている。
騎士の整列に挟まれ、ベスティアヘイムの女王にガミガミとお叱りを受けるということはとても貴重な経験だろう。
マッドグリズリーも恐ろしかったがこの人物も別の意味で空恐ろしい。そう思いながらルチルは身を縮こまらせた。
「まったく! この時期は始末に終えん! 国中にダンジョン封鎖の令でも敷いてやろうか! 食料と資源が望めなくても子供の犠牲が増えるよりマシだろ!」
免れたサーフィア及びデイアは戦々恐々としながらルチルとルビィに悪童二人を見守っていた。
「特にルビィ、お前の行動は軽挙妄動にも程がある。力を手にして浮かれていただろう。だからお前たちにはまだ洗礼式をするのが早いと言ったんだ。わたしの子なら間違いなく強大な魔法紋が発現するだろうと見据えていたからだ。もちろんそれを持て余すことまでな」
ルチルはえ? と名指しで指摘されたルビィと姉妹のデイアを見る。サーフィアはやっぱりな……と腕を組んだ。
女王はここにいる赤髪と白髪の双子姉妹の母親。つまりはルビィたちはお姫様ということだ。
「なのにお前たちときたら王都に出掛けて御目付け役から逃げ出すはあげく勝手に教会で洗礼を受けるわ! お転婆も限度というものがあるぞ!」
「だって、母様がみんなとは違って今年の洗礼式を受けさせないって言うから……!」
「道理をよく理解できるようになってから受けろと言ったのだ!」
「そんなの同じじゃない!」
女王相手にルビィは反抗の態度を見せた。
「母様の言う通り、大人しく洗礼式を受けずにダンジョンでこのブタさんを助けに行かなかったらどうなっていたか!」
「プギッ!? オイラ、イノシシの獣人なんだけど……」
ボークの訂正は全く意に介されず問答は続く。
「それで助けられてこのザマか! 危うくお前はやられるところだったんだろ?」
「それは……!」
「まずマッドグリズリーは名の通り狂暴だが警戒心が高い。そこの猪魔族の少年も洞窟内で潜み続けて大人の救援を待っていれば難を逃れていた確率が高い。お前の不用意に使った火が、テリトリーを荒らされたと認知したヤツを呼び寄せたのではないか?」
痛いところを突かれ、彼女は言葉に詰まる。
「あれこれ推論してもキリがないが、いいか? そういう大それたことをしたいのならもっと力を身に付けろ。人助け側に相応しい立場になれ。でなけりゃお前のやってることはただの無謀で無策な自殺行為だ」
「じゃあ危険な目に遭ってる相手に対して『アタシが相応しくなるまでどうにか耐えて待っていてね』とでも言わないといけないの!?」
「余計な被害を広げるのなら当然だ」
段々親子喧嘩に近いものへと変わっていく成り行きにルチルたちは聞き入っていた。
「アタシはそんなの嫌! そうやって諦める方が民を守る王族に相応しくない! だから、アタシは間違ってないわ!」
「そうか、つまりお前は自分こそが正しいと思うわけか。だがな、誰がお前を支持する? 危険な真似をして、誰かに助けられるような行為をしたお前をよくやったと誰が褒めるのか言ってみろ。自分だけが正しいと思うそれはただの独り善がりというんだ」
女王の指摘は深く鋭利な刃のように容赦がない。
「しかしこのままでは平行線を辿るだけで拉致があかないな。デイア、お前はどう思う」
「……母様」
「ルビィが大事に至らなかったのはお前の魔法紋による賜物だ。肋骨を折っていたのにこんなに威勢よく母に逆えるくらい回復させたのはお手柄だ。だがそもそもの話、わたしの言いつけを破らず危険を省みていればお前の姉は死に掛けることはなかったぞ」
もう一人の娘に投げ掛けた。
少しの間を置き、おずおずと引っ込み思案なデイアは口を開く。
「母様の言ってることは、正しい」
自らの母である女王グラナタスの意見に沿った。
「でも、ルビィの言っていることも正しい。どっちも、間違って、いないと思います」
歯切れが悪く、しかし自分の意思を示す。
それを聞くとグラナタスは鼻白む表情を見せた。
「よくわかった。つまりお前たちは言いつけが絶対ではないと言いたいのだな。この女王グラナタスの言いつけを。ならば勝手にしろ。もう知らん」
「──っ! か、母様……!」
それから踵を返して兵たちに指示を出す。
「引き上げるぞ、子供の起こした騒ぎに時間を割き過ぎた。お前たちは自分で此処まできたんだ。自分の足で王都に戻ればいい」
突き放すようにそう言い捨てる。デイアは嗚咽を漏らした。
魔導帆船プライウェンに搭乗していく母の背が見えなくなるまで、ルビィは毅然として睨んでいた。
その深紅の瞳には今にも溢れ出しそうな涙を溜めて。
†
「難儀なものだ」
出発したプライウェンの甲板に立ったグラナタスはそう口にした。
「民のため、立場を笠に着せずして御身自らを捧げる覚悟があることを認めることはできない。赦せ、娘たち。お前たちの命はお前たちだけの物ではない」
伝えられない陳謝。こうして外にこぼすだけが精一杯だった。
あの跳ねっ返りさに昔の自分と姿を重ねる。世間というものを嫌というほど思い知る前の自分だ。
デイアの方にも割りきれない正しさを鉛のように呑み込む度量がまだ足りていないとつくづく痛感する。
なによりもあの無謀さは不安定で危うい。
それにルチル・マナガルムが王女を守ったという点においては至極評価されるべきことであった。
だが、讃えるわけにはいかない。ただでさえ熊のようなモンスターに遭遇し生還すれば英雄談にしがちだ。あの少年が誤った勇気を受け入れて無謀をよしとするような成長はして貰いたくない。
このふたつの難題を紐解くためには、どうすればよいか。
「……磨かねば、な」
一人の母はなんらかの覚悟を決め、魔女王の顔つきとなって憂いを脱ぎ捨てた。
するとそこで声が掛かる。
「お呼びで? 女王陛下」
30代前後と思わしき黒髪金眼の猫魔族だった。鎧を着ているのにそれでも線の細さが見て取れ、飄々とした雰囲気を持っている。
女王は思考を切り替え口を開いた。
「オニキス、ひとつ任務を請け負え」
「はい、いーですともなんなりと申し付けてください。この不肖オニキス、モンスター退治や護衛から悪党の巣への殴り込みに子守りまでなんでもござれ」
「そうかちょうどいい、あのバカ娘たちと、ついでに狼魔族のガキどもを見てやれ」
「かしこまりまし……うん?」
そう二つ返事で承諾しようとしたオニキスは目を点にする。
「意図が分からないようだな。あの二人を我が国の戦力になるように育てよと命じているのだ」
「え、ええっ、マジに子守っスかぁ? しかしあのぅ、面倒をみるとなると自分には他にも任務があって長丁場には……」
「毎日つきっきりで世話しろとは誰も言っていない。時間が空いた時にでも顔を出す程度で構わん」
「げぇっ休日返上ってことじゃないですかー!」
「うるさい。これを見てみろ」
言って朽ちた護身用の杖を前に出す。魔法具の核である魔石は砕け散り、修復不能な状態となっていた。
オニキスは怪訝そうに受け取りそれを眺めて感嘆する。
「はぇ~、それって娘さんに渡していたヤツですよね。ずいぶんとまぁ派手にぶっ壊したというか、戦場で長らく酷使してもこうはならんでしょ」
「聴取をしたところ、弟のルチルがそれを使ってマッドグリズリーを跡形もなく吹き飛ばしたらしい」
「陛下の魔法は強力ですからねぇ、そんなの内蔵して使っていれば杖だって耐えきれなくなる」
「いいや、魔石にはそれほど強い魔法なんぞ入れていない。当たり前だろう。子供に持たせるんだぞ」
そこまで話を聞いて彼は黙りこくる。ぼんやりとした顔つきに真剣みが帯びた。
「仮に虚偽だったとしても、ダンジョン内を調査したところ大分広範囲を魔法で焼き尽くした形跡があったのは確認している。奥の階層まで丸焼きだったらしいぞ。サーフィアの方も面白い魔法紋に目覚めたらしい」
「陛下がそこまで肩入れするということは……つまりそういうことで?」
ああ、と女王は薄く笑った。
「あの双子はわたしの娘たちと同じ、原石だ。そしてかつての日鷹隊に席を置いた隊長の一人、ベリル・マナガルムのせがれどもだよ」
因縁じみたものを感じてオニキスは息をつく。それから雲が並ぶ甲板の上で跪いた。
「では現在の日鷹隊を率いる貴様──日鷹卿、オニキス・キャスパリーグにあらためて命を降す。ルチル・マナガルム並びにサーフィア・マナガルムの両名を見極め、国のために使えるようにしろ」
「お言葉のままに」
次回の更新は10月3日(月曜日)を予定しています!
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