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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
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日輪滅炎弓



 鬱蒼とした森林の一端、とりわけ木々が寄り集まってドームのような様相を見せる景色があった。出入口はなく、数メートルの高く厚い幹の壁が中にある青旗を保護している。


「お紅茶シバきますわ!」


 その傍らでキレ気味に紅茶を啜っていたのは、褐色肌の鹿魔族のエメラルダ・ケリュネイア。映えある上流貴族ケリュネイア家のご令嬢にしていずれは五芒魔星(ペンタグラン)になるであろう期待の超新人……という肩書きを名乗っている。


 そんな彼女であったが、どこからともなく持ち出した茶器セットで独り茶会を嗜んでいる。誰もこないので暇らしい。


「これが落ち着いていられまして! サーフィア・マナガルムの思惑に乗ってみたものの、かれこれ一時間になりますわ! 一向に狼煙(・・)が昇る気配もありません! これホントに出番回ってくるのでしょうね!?」


 言うまでもないが彼女は独り、他人のいない木のウロの中で捲し立てている。


 その場に残された際も作戦を尊守し、余計なことはするなと釘を刺されていた。


 ──そんなわけだから、打ち合わせ通りお前は大人しく準備してろよ。樹をバリケードにでもして身を潜めてりゃあいい。カモフラージュするだけでも大分違うだろうし。


 ──ところで、もしも合図が届かなかった場合、わたくしのお役目が見張り番で終わってしまうのですが。その場合どうなさるおつもりで?


 ──んあ? その時は出番なし。


 ──なっそんなのズルですわ! 約束が違いますわ!


 ──仕方ねぇじゃん。つーかお前こんな森の中を独りで動き回れるだけの体力あんの? 深窓の令嬢サマにはちょっとキツいだろ。


 ──それは! そうなのですけれど!


 ──んじゃほら、調理部からかっぱらってきたクッキーやるから暇なら食ってろ。


「聞きまして!? あのお投げ槍な台詞を! この試合の立役者にこの仕打ち! なんですの! なんなんですのぉー!」


 キー! と怒りを思い出した様子でクッキーをザクザクかじっていると、


 遠くで、森林を揺るがす地響きが切り株の座椅子に伝わった。荒ぶっていたエメラルダがぴたりと落ち着きを取り戻す。


 大方予想はついている。その正体を察してか、ふぅと息をついた。


「全く、やることがお派手なことですこと。貴方(・・)もそう思いま──……はい? ふむふむ、あらあら」


 と、なにか報せでもあったように彼女の態度は一変する。


「そうですの。そんな状況でしたの。サーフィア・マナガルムが苦戦しているとは。願ってもありません」


 クスクスと薄く不敵な笑みをこぼした彼女は、懐からなにかを取り出す。


「ええ。ようやく、出番が参りましたわ。では、始めますわよ」


 そのままポトリといくつか落としたそれらは、なんら変哲のない豆粒だった。



 緑に覆われた大地の一端で、雪原と焼け野原が広がっていた。


 まるで互いの陣地を奪い合うように、冷気と熱気がぶつかり、熱のこもった蒸気が至る所で噴き上がる。


 その中心では爆炎が絶え間なく産み出され、何処からともなく顕現した氷の柱が相殺した。


「しつけぇのしゃらくせぇの往生際が悪いの。いつまで無駄に足掻くつもりなの」


「無駄かどうかを決めるのはアタシよ。こっちはまだまだ余力、残してんだから」


「チョーシに──乗んななのッ」


 凍酷熊の異名を持つ少女、クレシェ・ウルスラースは苛立ちを表すように銀の茨鞭を振り上げる。


 その動きに応じて鞭の節々で空気が弾け、無数の氷の結晶が形作られていく。杭のように打ち出され、標的に牙を剥いた。


永久冬獄(コキュートス)》。触れたもの──特に衝撃を加えたものを瞬く間に凍らせる、干渉系の魔法紋(ルーン)。鞭をしならせて発生させた衝撃波で空気を一塊に凍らせた。


「フンっ」


 腕を組んだままルビィはつまらなそうに鼻を鳴らし紅眼を妖しく光らせる。飛来する氷杭を捕捉するなり、それらは彼女に届くよりも早くひとりでに炎に包まれて蒸発した。


神の火(ウリエル)》。視線で見た対象を燃やす、同じく干渉系の魔法紋(ルーン)。寸分狂いのない精度だった。


 ──【水流(アクア)】×《永久冬獄(コキュートス)》!


 クレシェは手から空に向けて弾けるような放水を行った。そしてそのまま時間差で冷気を伝える。


 散らばりながら凍りついた無数の雫が、雹となって地面を穿つ。


 ──【《飴粒雨(キャンディレイン)》】!


 ルビィは慌てることなく、自らの眉間の先に目線を集中。炎を圧縮させたかと思えば、それは一枚のベールに広がって頭上を覆った。


 炎の天蓋。遮られた雹の散弾は例外なく蒸発した。


 そうしたように凍りつかせた氷を視線発火で迎撃。そんな一進一退の過程が幾度となく繰り返されている。


 間髪入れずにルビィはクレシェ本体を視野に入れた。


 不毛な攻防に痺れを切らし直接発火させて攻撃しようと試みてはいるのだが、


 彼女の懐で火花が散るだけで炎が発生しない。燃焼しないのだ。


「学習能力がゼロなの。クーの肌に触れた空気は超低温で常に凍らされているの。水の中で火を起こすようなものなの」


 触れるだけでなく近づいた時点で凍結させる状態だ。現に熊魔族の上級生の足元から薄氷が広がっている。


 一歩。また一歩とこちらへ接近し、追い詰めようとした。


 対策され、形勢としては不利なのだが、王女ルビィ・フェリ・ベスティアヘイムは立場上後退するわけにはいけない。


「間怠っこいわねぇ。だったら」


 今度は自らの間合いで発火。炎を灯してどんどん規模を増大させる。


「作った炎で押し流せばいいだけでしょーが」


 解放された火炎が解放され、津波となって押し寄せる。氷に閉ざされた一帯が塗り替えられていき、クレシェごと呑み込まんとした。


 冷気を身に纏うクレシェであれば、無傷とはいかずとも致命傷を負うことはないだろう。


「……ばーか、なの」


 無機質な美貌が歪む。


 熱気が消失し、ルビィの吐く息が白くなった。


 炎が凍り付いた(・・・・・)


 赤の世界が白へと裏返る。あろうことか炎の濁流が消火されるより早く大きな氷のオブジェへと変化したのだ。


「! 寒っ、凄い冷気」


 さしものルビィも驚きに見開き、クレシェから嘲りが続く。


「鈍いの無知なの間抜けなの。クーの力と対等である筈がないのがまだわからないの。その気になれば炎すら凍らせることができるの」


「アンタの魔法紋(ルーン)、ただ周囲を冷たくするだけじゃなさそうね」


「やっと気付いたの。《永久冬獄(コキュートス)》・《氷冷釜(コールドロン)》。クーの第II覚醒(フサルク)なの」


 試すようにルビィは火球を生成して数発を放つ。クレシェは防ごうとする動きを見せず、飛んできた攻撃に手を伸ばした。


 触れた途端、瞬く間にゆらめく炎が氷に包まれ、その中で時間が静止したように動きを止めた。音を立てて地面に落ちていく。自然ではあり得ない現象である。


「なるほど、氷に閉じ込めた炎を燃えた状態(・・・・・)で凍らせたってわけ。まるで時間の流れから隔離するみたいに」


「やっと理解したの。クーの氷は閉じ込めた物なら炎も光でさえも凍り付かせるの。つまり、お前は詰んでるの。視線発火の射程を潰し、炎自体も無力化できてお前に勝ち目はないの」


 言いながら、何度も地面に鞭をしならせた。逃げ場を奪うように氷の壁を広げてルビィを取り囲む。


 容赦なく、躊躇いなく、クレシェは間合いに詰め寄っていく。


「お前、この程度の実力でよく五魔芒星(ペンタグラン)になるだなんてほざけたの。魔女王(マーリン)の、五芒魔星(ペンタグラン)の娘だからって自分も同じようになろうなんてただの思い上がりなの。夢見てんじゃねーの」


「……」


 その言及に彼女はわずかに眉を潜ませた。


「このままめった打ちにして無様な氷漬けのオブジェにしてやるの。丸一日校舎のど真ん中に置いて晒すの。そして、負け犬にふさわしい言葉をありったけ書き殴ってやるの。要望があれば今の内に聞いてやるの。それがないならさっさと無様なポーズをして待ってろなの。それがクーを怒らせた報いなの」


 しかし追い詰められているルビィの返答は、呆れを含んだ質問だった。


「そんなに、アタシに裏切られて悔しかった? そりゃちょっと悪いことしたかしらね」


 ブチィ! というなにかがキレる音が聞こえたような気がした。


「ほんっっっとに苛立たしいの……! 新入りの癖に生意気なの!」


「あら? 飛び級で入学したから半年くらいしか変わらないのにそんなに差があったかしら?」


「うっぜェのッ!」


 銀鞭の届く間合いでクレシェは手加減を忘れて振りかぶる。怒りのこめられた一打がルビィを頭上から叩きつけられようとしていた。


 そこで、ルビィに異変が起こった。クレシェから見て彼女の全身が揺らめいているのがわかる。


 陽炎ができるほどの熱が発生していたのだ。


(関係ねぇの! まとめて氷漬けに──)


 しかし、攻撃は届かなかった。


「熱っ……!?」


 その前にクレシェが手にしていた鞭の持ち手が火傷しそうなほどの熱を持ち、思わず手放してしまったからだ。


 ルビィを中心として熱波が吹き荒び、最寄りの氷がみるみる内に蒸発していく。吹き出した炎の熱量が明らかに上がっていた。


 だが怯んで諦めるのが嫌だったのか、彼女は平手で地面をたたき、氷の柱を相手に目掛けて勢いよく伸ばした。


 しかし、それも視線発火する予兆もなく棒立ちのルビィに触れそうなところで砕け散る。そんな異変にクレシェは呆気に取られた。


「……なん、なの。なにしやがったの」


「アタシからもふたつ、言っておくわね」


 赤い前髪を払い、高圧的な態度でクレシェを呼びかける彼女だったが、これまでにない変化が訪れていた。


 深紅の双眸に炎が宿り、絶え間なく燃え盛っている。さらには猫魔族の特有の獣耳、そして細長い尻尾までもが、火に包まれていたのだ。


 視ることで火を起こすだけでなく、自らの身体に直接火を焚べている。しかし焼ける気配がない。


「ひとつ、アタシが五芒魔星(ペンタグラン)になるのは女王の娘として応えるためなんかじゃあないわ。アタシは母様の席を奪うことが目的なの。だから同じようになるつもりはないし、もっと思い上がってるのよ」


「……意味わかんねぇ、の」


「別にそこはいいわ、わかってもらうつもりはないから。そしてもうひとつだけど、その目で見てわかるでしょう?」


 言ってルビィの手からどこからともなく炎が灯り、柱のように噴き上がる。


 ──《神の火(ウリエル)》・《受肉(インカルナティオ)》!


 握りしめたそれは、剣の形を模した。質量があった。


「アタシも使えんのよ、第II覚醒(フサルク)なんて。リードした気でいるなら大間違いだわ」


「っ! だからなんなの! 炎が更に出てきたところで丸ごと凍らせればいいだけなの!」


 銀鞭を凍らせながら拾い上げ、警戒してか少し後退する。その合間に氷の杭を飛ばす。


 生み出した炎剣で容易く迎撃している内に周囲の氷壁が少しずつ溶けながらも迫る。質量で物を言わせる気だ。


「そぉら骨の髄まで凍てつきやがれなの!」


「確かに、氷に閉じ込められたら、熱量が上がっても凍らされるわね。でも、そんなの簡単よ」


 ルビィはかざした左手から炎を出して円のように伸ばした。ラウンドシールドのような形にして握り締める。


 炎の円盾を上空に突き上げると、小爆発を起こす。それに伴い、熱と衝撃が生まれた。


 クレシェが瞠目する。


「閉じ込められる前に吹き飛ばしちゃえばいいだけよ。炎が断続的に爆ぜる性質を加えてやったから、もう氷にも包ませないわ」


「んなっ!?」


「《受肉(インカルナティオ)》は発火した炎そのものを強化し、物質性を与える。剣として作れば鋭く切り裂き、盾にすれば堅牢に阻む。それと、こんな風に──」


 彼女の背に身の丈よりも大きな双翼が生えたかと思えば、火の粉を散らしながら羽ばたき飛翔する。


「飛ぶ羽根だって作れる!」


「ぐっ!」


 そのまま特攻し、炎剣の一太刀をクレシェに見舞う。銀鞭と氷で庇うも、熊魔族の少女は耐えきれず吹き飛んだ。その衝撃と予熱だけで氷に閉ざされた地面が剥がれた。


 受け身をとり、すかさず身を起こして歯噛みする。余裕を見せるようにルビィはひらりとその場に降り立った。


「邪道なの反則なの卑劣なの! 魔導士タイプが白兵するなんてありえないの!」


「別にアタシ近接戦闘が苦手なんて言った覚えないけど。むしろ得意分野──」


 惚けた調子で返事をしながら、燃ゆるルビィの瞳が一段と妖しく煌めく。


 迫撃の視線発火に気付き、即座にクレシェは氷壁を展開。間もなく発生した爆炎に彼女はまた地面に転がされる。


 地面に爪をたて、幽鬼を彷彿させる動きで起き上がる。戦意と敵意と激情を露わにし、熊魔族の少女は顔を上げた。


「ギィいいいい! クソクソクソったれがなのっ!」


 当たり散らすようにやたらめったらに鞭で周囲を叩きのめした。だが自棄になって暴れている訳ではない。


「この森ごと全部凍らせてやるのォ!」


 再び大地を凍らせ、地の利を塗り替える。ありったけの魔力で氷を増やしていき、山のように大きくしていった。


 ──霜纏の墓群(フロストグレイブ)


 ルビィごと押し潰そうと言わんばかりに氷山が迫る。その気になれば飛翔して回避することも容易なのだが、彼女は地上から離れない。


 好戦的な微笑が溢れていた。


「やぶれかぶれな攻撃ね。でもいいわ、その不退転に敬意を評して」


 ルビィは翼をしまい、盾と剣も消す。


「ちょっとばかし、本気を見せてあげる」


 そして、目の前で産み出した炎を掴んだ。棒状に伸びる。それが孤月のようにしなったかと思えば、端と端で細長い炎が繋がる。


 炎弓に弦が張られた。ルビィは空いた方の手で矢を生成。つがえると、弓の両端部分に羽と瞳のような模様が意匠される。


 ──日輪滅炎弓(アポロウーサ)


 狙うは押し寄せてくる氷山の中心。間もなく、必殺の一矢が放たれる。


 接触の直前、周囲が眩い赤光に包まれた。


 分厚い氷の壁が貫かれて膨大な水蒸気へと変わり、大爆発を引き起こす。


 その爆心地で最寄りの木々が根ごと吹き飛び、土壌がえぐりとられた。


 炎の矢は勢いが止まることを知らず、そのまま跳ね上がるようにして上空の彼方へと消えていった。地面に着弾していれば森の大半が消失するところだっただろう。


 水煙が晴れた先、うつ伏せになったクレシェは、かろうじて這うように身動くばかりで復帰の気配がない。鞭もどこかへ行ってしまった。


 決着を察したルビィも炎をおさめ、歩み寄った。


「クレシェ先輩、直撃は避けておいたけど無事?」


「……ぅ」


「これは相手を舐めてた結果ね。そんなだから足下掬われんのよ。アタシは相手を見下さない。それがアンタとの差」


「うぅ」


 寝返りを打った。腕で顔を隠し、呻く。


「勝負は勝負。だからこそ遠慮はしなかったわ。手加減して負けるなんて、アンタからすれば却って侮辱になるでしょ。で、どう? 真っ向から出鼻挫かれた気分は」


「……ぐや、じいの。悔じいのぉおおおおおお! 覚えてやがれなのぉおおおおおお!」


「い、以外とあっさり折れたわね……」


 倒れたまま咽び泣くクレシェに少々だじろぐルビィ。駄々をこねるようにジタバタする様子には、冷酷で凶暴さに恐れられる威厳の欠片もない。


「でもね先輩、アンタのことそこまで嫌いじゃないのよね。王女相手に臆しもしないで好き勝手言うその度胸、内心買ってるんだから」


「オメーなんか大っ嫌いなのぉおお! いつか絶対泣かせてやるのぉおおお!」


「いや泣いてるのはアンタでしょ」


「うるっせぇぇのォおおおおおおおおおおお!」


「ああもう悪かったわ。謝るから落ち着きなさい」


 手のかかる先輩をなだめながらルビィはようやく一息入れた。


(アタシは勝ったわ。ルチル、次はアンタの番よ。負けたら承知しないから)



ルビィ「この技、スーパーノヴァバーニングビッグバンアローなんてどうかしら!」

デイア「お願いその名付けはやめて」


※デイアの制止によって改名されました。



次回の更新は11月8日(火曜日)を予定しています!

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