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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
43/107

敵陣接戦


 森の中、敵陣の青い旗が平和にはためいていた。


「イズナの大将も大袈裟なんだよな。下級生を相手に旗の防衛役を二人も置くとかよ。んなことまでして警戒する相手かねぇ」


 ざっくばらんな赤髪で切れ長目の女生徒は乱暴な口調でぼやいた。穂先から石突きまで真っ黒な槍を抱えて青旗を警護している。


 頭部には笹穂耳と後ろ向きのニ本角があり、二の腕から肘にかけて鱗が一部露出していた。真っ赤で丸太のように太い尾が地面にズシリと垂れている。


 蜥蜴魔族の獣人リザ・ニュート。


「相手を甘く見ていない証拠だ。油断していると足下掬われかねないぞリザ」


 黒混じりの灰色の短髪をしたアライグマの男子生徒。ねじれた古木の杖をつき、野暮った気な眼差しで周囲を見渡している。


 狢魔族の獣人ラクー・ストライプ。


 騎士候補生(エスクワイア)の三傑には含まれない二人だが、実戦経験のあるゴールドクラスの実力者である。


「そもそも俺たち上級生と入学したての新入生を試合させるなんて前代未聞だ。それだけ教師陣からは評価されているということだ。もしかしたら俺たち以上に……」


「ないないただの当て馬だろ、ラクーは心配性が過ぎんだよ。それによー聞いたんだわ。ノマドが武芸科の新入生どもへ挨拶し(シメ)に行ったって。そこにいた連中はほぼ全滅だとさ。その程度の小粒ってことだ」


「弱い者イジメは感心しないな。仮にも騎士になるのが確定している者が……リザ」


「はっ。おいでなすったか」


 話は打ち切られた。微かな茂みの動く音にしきりに反応する。


 ひょっこりと銀髪の狼魔族が敵の本陣にまでたどり着いた。


「お、オレのところが当たりか。こりゃあちょうどいい。守衛が二人なのは計算外だったが」


 サーフィアは両手を頭の後ろに回してふてぶてしく言った。


「驚いたぜラクー。三傑をすり抜けて新入りがここまでたどり着くなんてな」


「リザ、運がいいだけなのか実力で突破したのか定かではない。もしかしたらまだ仲間が潜んでいるやも」


「ねーよ相変わらずネガティブに考え過ぎだ」


 上級生二人も各々の武器を身構える。サーフィアも帯刀していた銀剣を抜いた。


(トカゲ女が槍、アライグマ野郎の方は護身杖。布陣からして簡単に旗への特攻を許しちゃくれなさそうだな)


 リーチの長い槍に対して剣は不利。そこに杖持ちの魔法支援があるのでかなりの牽制を強いられる。


「つーかよ新入生。戦闘に入る前にアドバイスしておくぜ。ノコノコ面を出したのは悪手だ。身を隠して急襲を狙うのが得策ってもんだぜ。こんな初歩の初歩もわかんねーとはな」


 リザからの高説を聞いたサーフィアは肩を竦めた。


「上から目線でのご忠告どうも。余裕綽々といったところで」


「当たり前だろ。こっちはニ対一でお前は入りたてのぺーぺー。負ける要素なんてねー。仲間呼んで出直しな」


「なるほど、仰る通りだがこっちも退くつもりはさらさらないんでね。なので余計なお世話だって返すよ三傑の取り巻き先輩」


「アァー!?」


 トカゲ獣人の女は男をも怯ませるほどの剣幕で凄んだ。サーフィアは涼しい顔で肩を竦める。


「おっと失礼。騎士候補生(エスクワイア)の三人については事前に把握してたんだが、残りのお二方はノーマークだったんでね。いやぁー失敬失敬、ついでにお見知り置かないと失礼だったか……どっちがモブ1号と2号になるんだ?」


「このクソイヌ~ッ……!」


「よせリザ。安い挑発に乗るな」


「だけどコイツ生意気だぜラクーっ。モブ呼ばわりされて舐められてんぞ!」


「俺はモブの方が気楽でいい目立たなくて済む」


「オメーはほんっといちいち暗いよなゴミパンダが!」


 後方の旗近くに控えていたラクーが諌めるも、リゼは矛先をサーフィアに突きつける。


「とにかく! 先輩に対しての礼儀がなってねぇ! ここで性根をたたきのめすのもコイツの今後のためになるだろ!」


「……あくまで冷静にな」


「ああ! 手心なら気持ちばかり加えてやらー! こいよ新人!」


「はいはいどうぞよろしく」


 サーフィアも鞘に納めていた銀剣を抜刀し、臨戦態勢をとった。


「そんじゃ、お手並み拝見と……行きますか!」


 言って、頭上目掛けて銀剣を放り投げる。武器を捨てる行為だった。 


「は?」


 放物線を描くそれに目を奪われたリザだったが、鋭い声でラクーは呼んだ。


「囮だ!」


「っ!? んなろ!」


 意表を突いた真似にハッとするリゼの視界に同じく銀剣が回転しながら迫った。間一髪槍で弾き飛ばす。


 困惑から驚愕に塗り替えられる。唯一持っていた剣を上に投げていた筈なのに、別の剣が飛んできていたのだから。


 リザが防ぐ間に遅れてもう一本の銀剣が通り抜ける。リザを死角にして旗を狙っていた。


 ──【烈風(ウィンド)】!


 だがラクーは努めて冷静に風魔法を放って撃墜。更に上空に杖をかざして次なる魔法の迎撃に移っていた。


 ──【岩塊(ロック)】!


 先ほど遥か高く投擲した銀剣が遅れて旗の下へ降ってくるところを生成した無数の岩石に閉じ込める。


 そして、一塊になったそれをサーフィアに向けて狙い定めた。


 回避すべく機敏な動きを見せるが、杖先の挙動はブレることなくその動きに合わせた。


「返すぞ」 


「チッ」


 射出された岩石砲が避けられないと分かり、サーフィアは本来より大きな銀剣を生成して対応した。


 砕け散った岩の隙間からぬぅっと槍使いの蜥蜴魔族が姿を現した。乙女らしからぬ野太い掛け声と共に襲来する。


「オぉルァァァー!」


 サーフィアが飛び退いた後、地面が爆発するほどの一閃が繰り出された。


(……師匠(オニキス)の野郎ほどじゃねぇが、なんて破壊力だ。なんらかの魔法紋(ルーン)による仕業か。まぁそんなことよりとっとと本命を狙うか)


 巻き上がった土と砂煙に乗じて、サーフィアは旗の方角に走る。


 が、開けた視界に飛び込んできたのは紅蓮の大火であった。


 ──【業火炎(アルファイア)】!


 示し合わせたように絶妙なタイミングでラクーの中級炎魔法が待ち構えていたのである。


 回避の余裕もなく直撃。


「やったか!?」


「リザ、それはダメだった時のお約束だ」


 ──剣現陣形(ファランクス)防壁(フォート)


 数秒の間を置いて鎮火したその場にいたサーフィアは無傷。彼の前で背の丈もある大剣が幾重も突き立てられて盾となっていた。


 銀剣を消しながらサーフィアは称賛を投げ掛ける。


「さすが、くさってもゴールドクラスの上級生ってところか」


「当たり前のピチピチじゃボケェ!」


「リザ、鮮度の話はしていない」


「ぬぁっく……!」


 蜥蜴魔族の女生徒は赤面する。そして頭を振って先行した。


「向こうの手の内はバレたんだ! とっとと潰して片をつけりゃーいい!」


 槍を用いた白兵戦に臨む。サーフィアも応戦した。


 当然リーチの差でリザが優勢。徐々に追い詰めていく。


 そして渾身の突きが繰り出され、刀身で受けようとしたところ、


「ハッ! 甘ぇっ!」


 硬質な銀が不吉な音を立てた。


「おれの突きはな、ガード不可なンだよ!」


 穂先が閃光を発し、堅牢な銀剣を意図も容易く貫く。


 無惨に武器を破壊されたサーフィアだったが、想定していたのか動じない。


(やはり、トカゲ女の魔法紋(ルーン)は破壊作用の類か)


 ガラ空きになった彼の懐にリザが追撃すべく肉薄。


 これで終わりだと言わんばかりに薙ぎ払おうとする。

 

「下がれェッ!」


「……ッ!?」


 ラクーの鋭い警鐘がリザの迫撃を中断した。


 そして無防備に見えたサーフィアの胴元から銀剣の刃が飛び出したのである。リザの鼻先まで届くも空振りに終わる。


 弾かれるように両者は距離を取った。


「コイツ……! 剣を直接身体に生やせんのか!?」


「誰も手から出すだけとは言ってないぜ。だが、せっかく一張羅に穴空けたのに躱されるのはちょっとショックだ」


 穴の空いたシャツをビラビラさせてサーフィアはぼやく。


「つーかあくまで試合なのに危ねーじゃねーか、串刺しにする気か!」


「大丈夫だ。さっきみたいにここぞって時には刃を潰して出してるから。腹にめり込んで悶絶するだけで済んでただろうよ」


「そこまで応用が効くのか。銀剣を生み出す物質系の魔法紋(ルーン)。単純な力の筈だが、練度の高さは新米のそれとは違うな」


「テメー、さっきの不意打ちもだが剣をいくらでも出せる癖にわざと鞘にしまってやがったり、やることが汚ねーぞ」


「持てる手段を駆使してるだけなんだがね。まぁそっちのアライグマのモブ先輩、初見殺しのつもりだったんだがよくこうもあっさりと防いでくれたもんだ……」


 おどけた態度を見せながらサーフィアは言った。


「オレのフェイント、トカゲのモブ先輩を死角にしての投擲、そして旗を狙った時間差の投擲、身体から直に銀剣を生やした不意打ちまで、的確に対応し、砂煙に紛れた時には既に出てくる場所を回避のできない瞬間に攻撃してきた。こうなるともう予めオレがやろうとしたことを知っていなくちゃおかしいぜ。なんか、カラクリがあるだろ?」



 ラクーはすまし顔で口を開く。


「戦闘経験の違いだろ──」


「テメーにゃ教えねぇよバーカ!」


「……バカはお前だ、それ言ったらあるって認めるようなものじゃないか」


「あ? あっ!?」


 駆け引き下手なリザにラクーは頭を抱えそうになる。サーフィアも少し同情してか苦い顔を見せた。


「ま、大体の察しはついてるんだがね。なぁ大将、アンタは何秒先の出来事まで(・・・・・・・・・)視ることができるんだ?」


「「!」」


 二人の顔に緊張が帯びる。


「魔法攻撃しか見せないところからしてとりわけ魔法紋(ルーン)の力に傾倒した戦闘タイプじゃないとは察しがついている。となれば支援に向いた力と考えるのが自然だ」


「……だとして、何故その発想になった」


「心を読む類の力でも説明がつくんだが、だったら相手だけに集中していればいいのに周囲をキョロキョロ忙しなく見てやがったからな。オレの他に伏兵がいるかどうかを警戒している動きだ。心が読めるなら、そんな必要ないもんな。そうとなれば、予知する方面がしっくりくる」


 極めつけに、と彼は講釈を締めくくる。


「勝手に突っ走るタイプのトカゲのモブ先輩がお前の指示に素直に従う時点で、結果を教えられる力でもねぇと説明がつかないだろ」


「お前、本当に新人か?」


「なぁに戦闘経験の違いだよ」


 いけしゃあしゃあとサーフィアは言ってのけた。


 リザはサーフィアを指差し、口をパクパクさせながらラクーを見た。ラクーも驚いていながらもすぐに平静を取り戻す。


「……だがな新入生。看破したとしてお前の勝機がないことをハッキリさせていくだけだぞ」


 動きを先読みされ、数の差に劣り、サーフィアには勝算の望みが明白に薄れていく。


「それに、物質系は魔法紋(ルーン)の中でもかなり魔力を食う。お前が銀剣を生成すればするほど、湯水のように消耗するのは目に見えている。さて、あとどれほど出せるかな?」


「さぁ、どうだかな」


 サーフィアは惚ける。ハッタリだとラクーの意思は揺るがない。


「あとは言いたいこと、わかるなリザ?」


「お、おう……そういうこと、だな!」


 ラクーの意図は防衛に徹して時間稼ぎをする作戦。それをリザへ遠回しに伝える。


(俺たち二人を相手にするとなれば、この新入生は銀剣が出せなくなるのも時間の問題だ。そうなれば脱落したも同然。まだ隠し玉を忍ばせている可能性もある以上、深追いは禁物)


(なーんて、当たり障りのないこと考えてるんだろうなぁ。ハッ、生憎だが願ってもない流れなんだよ)


 心の奥底でサーフィアは鼻を鳴らした。時間稼ぎならばこちら側としても本意なのである。


 増援を期待しているわけではない。ルチルたちが件の騎士候補生(エスクワイア)三傑と接触していれば加勢が難しいことはサーフィア自身も承知の上だ。


 しかし、既に手は打っている。もしもラクー・ストライプの力が短時間の予知ではなく読心の類であれば、サーフィアの思惑を察して立ち回りをがらりと変えているはずだ。


 もしサーフィアの狙いが分かったのなら、旗を守るのなら、できるだけ早く旗と一緒にこの場から脱しようとしなければならない。


 つまりはそれが答えだ(・・・・・・)


 問題はサーフィアが二人を相手取りながら魔力を枯渇させずに戦い続けられるか、であるのだが。


(見くびり過ぎだぜ、先輩がた)


 魔力を温存する素振りを見せず、サーフィアは両手に銀剣を生成。言わずもがな消費は倍だ。


「血迷ったか」


「生憎、至極真っ当な判断だろうさ」


「じゃあわからせてやんよ! テメーが意気がったバカだってことをよ! 出てくる銀剣全部ぶっ壊してやらー!」


 不毛な戦闘が再開された水面下で、その瞬間は刻々と迫っていることを上級生たちはまだ知るよしもない。

次回の更新は11月7日(月曜日)を予定しています!

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