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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
42/108

イズナ・カンナギ


 森の東を担当する狸魔族のメノウ・クサナギであったが実はこちらがハズレであることを彼女は早々に気付いていた。


 地面の上で水溜まりを作り、浮かべた羅盤による占術を行い、周辺の状況をいち早く把握した為である。


 集団戦である以上敵のいないところに旗を放置するわけがなく、このまま待ち伏せしていても無意味に時間を過ごすことになる。


 すぐに移動して加勢に赴こう。そう判断したメノウは羅盤を回収してその場を立ち去ろうとしていたのだが、


「む!」


 彼女はいち早く無数の蠢く気配を察知した。おかしい。生き物がこうも近くまで接近しようものなら羅盤に反応する筈なのに、引っ掛からなかった。


 理由はごく単純だった。それらを補足するにはあまりに小さすぎたのである。


 草の中から掻き分けて姿を現したのは、立体的に紙で折られたウサギであった。手のひらに乗せられそうなほどのサイズで、まるで本物のように細かな挙動で跳ね回っている。


 折り紙が動くというのは普通の事象ではあり得ない。相手方の能力であるのは明白。


 メノウは天叢雲(アメノムラクモ)を抜刀。こちらの戦闘の意思に呼応するように折り紙でできたウサギたちが一斉にとびかかる。


 しかもそれらはひとりでに形を変え、一枚一枚の紙切れとなって道中の枝や葉を鋭利に切断する。


(これは紙を操る付喪紙鬼(ツクモシキ)による妙技、刺紙舞(ししまい)……!)


 よく知る攻撃にメノウはその対応に動く。


 ──草薙流()刀術……──


 すかさず彼女は刀身に魔力をおもいきり送り込み、大量の水を生み出した。そのまま薙いで宙に放つ。



 ──蛇食流(だくりゅう)


 竜の頭を象った流水が飛来する紙の群れを迎え討った。その身を切り裂かれながら、顎を開いて呑み込み身をくねらせて相殺する。


 水を吸った紙たちは地面に落ちていき、力を失ったように動かなくなった。


 紙ウサギが現れた方向へメノウは駆け出し、辺りを見渡す。


(支配系の魔法紋(ルーン)といえど、一定以上に離れながら状況に応じた攻撃に転じさせるといった遠隔操作は至難の業。そう遠くないところに潜んでいる筈!)



 占術によって近辺には誰もいないことがわかっていたことだが、その前提はある可能性によって破られた。


 知己の彼ならば、その索敵手段を免れていてもおかしくはない。そう、動きを察知されずに移動するといった対策を講じているのなら。


「──こちらです」


 一本の木を通りすぎた矢先、前触れもなく声を掛けられた。

 反射的にメノウはその木を斬り倒す。開けた視界には誰もいない。



「個人の固有魔法紋(ルーン)ありきの技を()刀術と名乗るとは、師範が聞けば立腹なさいますよ」


 そして倒木の間際に小さななにかが跳ねて逃れるのを見た。


 今度は紙で折られたカエルだった。それから同じ声が出てくる。


鳴紙(なるかみ)蛙之折(かわずのおり)


 囮にまんまと誘導されたと遅れて気付く代償は頭上から。


 枝に忍ばせていたと思わしき無数の半紙がヒラヒラと降りてきた。


 それらは針のごとく細く丸められ、一斉に飛来する。


 ──紙螺縫(しらぬい)……!


 不覚をとったことを歯噛みし、転がるように回避を余儀なくされた。紙千本は次々と地面に突き立っていく。


 完全に手玉にとられている。翻弄されている。戦略は明らかにあちらが上であることを見せつけられた。


(だが……本命は見出だした!)


 ──飛沫撫斬(しぶきなぎ)り!


 そしてメノウは木々の合間に水の斬撃を飛ばした。


 自然の景色に溶け込んでいたなにかが弾ける。


 平たく、それでいて薄い壁のようななにかは継ぎ接ぎになった紙のハリボテだった。


 斜めの切れ込みが走る。左右に切り開かれ、本当の背景と狐獣人の姿が露となる。騎士候補生(エスクワイア)三傑の一人、イズナ・カンナギ。


「よくぞ紙隠(かみかく)しを見破りましたね、メノウ」


「奇襲の手口、結構なお手前であった、イズナの兄上」


 同郷の二人はそう呼び合った。戦闘を中断し、やりとりを交わす。


「兄上がおられるということはやはりハズレで間違いないな。ここにそちらが守る旗はない」


「その根拠は?」


「隠蔽する術がありながらその場をやり過ごさなかったこと。無為に戦闘を引き起こして旗を巻き込んでは元も子もないであろう? しからば拙を足止めなどしようものか」


「なるほど……3年といったところでしょうか。しばらく見ない内に随分と大きくなられました」


「兄上こそ、相も変わらず……」


 と言ってメノウは頭ひとつ小さなイズナの頭から爪先を眺めて相好を崩した。


「小さいままで大変愛くるしいなぁ! 抱き締めさせてもらえないだろうか!」


「ダメです」


 目を伏せてピシャリと彼は断った。にべもない返事にメノウは普段よりも子供っぽく唇を尖らせた。


「ご無沙汰であったのに幼馴染みの妹分に対してつれないではないか」


「仮にも試合中ですよ。もう少し緊張感というものをお持ちなさい」


「相も変わらず堅い。久方ぶりの再会なのだ。積もる話もたくさん……」


「なぜ、ヤマトを出てこの学院に入ったのですか」


 身内ということもあってか遠慮もなく本題に斬り込む。


「む? 藪から棒だな。それは勿論、兄上が国を発って幾数年。ヤマトへの帰国は愚か、音沙汰もなかったではないか。一体なにかあったのではないかと心配で心配でいても発ってもいられす、しびれを切らしてこちらから出向いた次第」


 芝居がかった仕草を交えてメノウは語る。


「しかし息災でなにより。きっと兄上のことだ、この学院を既に牛耳り、目覚ましき功績を称えているに……」


「メノウ、本当のことを申しなさい」


 イズナは取り合わない。彼女は観念したように語りだした。


「……兄上とて存じ上げている筈。拙の野望が如何なるものであるのか」


「ええ。サムライとなって武勲を立て、スメラギ(・・・・)様に仕えること。貴女の憧れでしたね」


「うむ。拙と兄上の家系……クサナギとカンナギの一族が御守りするヤマトの要にして統治者。二大守護家の正統継承者でなくばお目通りも叶わぬ天上の御方。サムライとしてこの上なき誉れだ」


「ですが、貴女は……」


 メノウは頷いた。


「拙は男ではない。これまで女の産まれでサムライが輩出されたことはない。いくら稽古に励み男児の中の誰よりも優れていようと、認められることはなく所詮は習いごとの延長線に過ぎなかった」


 東の国ヤマトのサムライは男だけがなれるもの。そういう摂理があった。


「しかしそれは前例がなかったが故に過ぎない。誰も到達することができなかっただけなのだ。そしてそれを訴えるにしろ、実績が伴わねば誰も耳を貸さぬであろう。世間知らずな小娘の絵空事と一蹴されるだろう」


 ならば、とメノウは動いた。


「ヤマトの外を出、より広い世間を知り、学び、培い、拙がその枠組みに収まらぬということを知らしめるべく、ここを訪れたのだ。各国の獣人を集めているここでの功績ならば、嫌でも無視することはできまい」


 その野望が彼女をこの学院に志願させた。


「この国はいい。実力のある者は老若男女問わず認められる。ヤマトもその姿勢を見習うべきだ」


「ええ、それには同意しますよ。ですがメノウ、貴女の志望には同意しかねます」


 イズナはそうハッキリと否定する。


「何故ならそれは茨の道です。今のヤマトにとって受け入れ難いものであり、困難に満ち溢れている。無謀と理解して到底応援することはできない」


「兄上……」


「だから、私ができることはただひとつ。貴女の試金石になることです。挑むに値するか、今ここで示してください」


 イズナは壁として立ちはだかることを選んだ。手元に複数の紙が集まってくる。


 折り畳まれながら寄り合わさり、一振りの柄のない模造刀が形作られた。


 ──紙支刀(ししとう)


 それを軽々と振るうなり懐に落ちてきた木の葉が真っ二つになった。紙でできていながらも切れ味は真剣そのもの。


 ──鉄皮(てっぴ)まとい


 更にその刀身が漆が塗られるように変色していく。恐らくは魔闘五技の応用で耐久性や撥水効果を付与しているようだった。


「相応の実力を示したのなら、私はもう貴女の道に口出しをしません。それに達していないのなら、力ずくでもヤマトに帰します」


 あくまで中立的に、私情を隠した態度で臨んでいる。


 愛刀である天叢雲を正眼に構えながらメノウはこっそり苦笑した。相も変わらず、面倒見のいい御仁だ。


「……願ってもない。次期カンナギ家当主たるイズナ・カンナギからのお墨付きをいただけるというのだな」


 いざ、尋常に。


 それから十秒の静けさを経て、掛け声も合図もなく両者は同時に刃を交えた。

次回の更新は11月6日(日曜日)を予定しています!

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