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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
41/108

汚名の騎士


 作戦が始まった。



 ──じゃ、アレを相手しに行くから後はよろしく。止められるのアタシ以外いないでしょ。


 冷気を感じた北にはルビィが撃退のために差し向かった。彼女曰く、このまま術者を放っておくと森が冬を二度迎えることになるそうだ。



 ──残りを分担するぜ。タヌキザムライは東、オレは西を捜索に出る。ルチルは南を頼めるか。


 ──心得た。


 ──りょーかい。他には?


 ──いいか。この作戦は臨機応変な行動が求められる。万が一敵と遭遇したら原則一対一で臨め。多対一なら撤退だ。それと──


 そうして言われた通り南へと散策を始めたルチルであったが鬱蒼とした木々の中をしばらくうろつくも、敵陣の旗を見つけられずにいた。


「うーん敵チームの旗何処にあるんだろー」



 魔闘五技・浸伝(しんでん)を未習得であるため、目と犬耳を駆使して探し回らなくてはならない。当然探索範囲が広大なせいで根気が要る。


「もしかしてこっちはハズレかなぁ」


 歩き通してほとほと困り果てていると、けたたましい火花の音が耳朶を打った。


「──見つけたぞッ!」


 頭上からの来襲。バキバキといくつもの枝を蹴破り、雄々しい獅子の獣人の影がルチルに迫る。


 ノマドとの電撃戦が前置きもなく始まった。


 間一髪飛び退いたその場の地面が粉砕され、振動が周囲にまで伝わってきた。飛び蹴り一発で並のモンスターを仕留められる威力だ。


 着地の衝撃で硬直している隙に臨戦態勢をとるべく、マジックメイスを引き抜いて構えようとした矢先──


 ──魔闘五技・飛脚(ひきゃく)ッ!


 ノマド・レグルクスは真正面に弾んだ(・・・)。魔力瞬動を活かして硬直をなくして間合いを詰め、息つく暇もなく追撃が飛んできた。


 彼の両手には無骨な拳鍔が握られており、殴打に特化した戦闘スタイルがありありとうかがえる。


「──シュッ! シュシュシュッ!」 


「ぐっ!」


 それらによって繰り出される拳は嵐のように苛烈だった。思わず前に出したマジックメイスを弾き、遠くへと追いやる。得物を一つ失った。


 すり抜けた数打が顔を掠め、かと思えば間合いを更に詰めてきた。


「ぬんッ!」


 額を割ろうと頭突きが飛んできた。防御が間に合わず、ルチルは怯んだ。


「どうしたッ! その背中にあるものは飾りかッ!」


 吠えるような挑発まで最後に送り付けてくる。


 転がるように後退したルチルは、背にあった魔動三節棍ウロボロスを手にする。


「そんなわけないよ!」


 ようやく反撃に出たルチルは黒い三節棍を繰り、二対の黒蛇を模した変則的な武芸で挑む。


 杖は遠くの地面に刺さり、回収する暇がない。彼は肉弾戦を所望してマジックメイスを先に奪ったのだろう。


 そこからは、さながら暴風と暴風の衝突であった。


 畳み掛けるような連撃。フェイント。死角を突いた一撃。ステップによる回避。そして一つのミスも許されない防御。それらの応酬に木々が震える。


 ──魔闘五技・波断(はだん)砲拳(ほうけん)ッ!


 体格差を活かしたノマドの大振りな一撃に跳躍を余儀なくしたところ、二手目に彼は空を振るい魔力を飛ばしてきた。


「フッ──」


 空中ではかわせない。だから棍を使って受け流す。そのまま後方の大木に当たった。


 嫌な音を立ててその木がくの字に折れる。当たりどころが悪ければ骨折では済まない。


 そして立て続けにノマドはラッシュする。


 ──波断(はだん)多連砲拳(たれんほうけん)ッ!


 おびただしい数の魔力遠撃がルチルの視界を埋め尽くした。


 草刈りもかくやという勢いで、前方にある森の木がへし折られていく。


 伐採され、次々と薙ぎ倒された丸太が山積みになった。そこに居たルチルの姿が見えなくなる。


 土煙の暗幕が覆ったところで、それを一陣の鋭い烈風が切り開く。


「ぬッ!?」


 ──【《超過烈風(オーバーウィンド)》】!


 強化された風魔法が交差した両腕で庇うノマドの全身を打ち、10メートルほど後退させた。


 しかし、獅子魔族の男は揺るがない。それどころか「そうこなくてはッ!」と愉悦そうに高笑う。


 術者であるルチルは片手を前に突き出した状態でその場にたたずんでいる。無事にやり過ごしていた。


「モロに受けてるのにピンピンしているだなんて、凄く頑丈なんだね」


「貴公こそなかなかやるッ! あれをかわし凌ぎきるとはッ! しかも先ほどノータイムで放った魔法ッ、下級でありながら中級に近い威力を引き出しているなッ! その腕輪が貴公の隠し玉かッ!?」


 ただの魔法ではないことを一見で看破された。


 ルチルの手首に嵌められた黒いバングルはルビィから贈られたプレゼントであり、魔法具(アーティファクト)だ。


 マジックメイスと同様に魔法をストックすることができ携帯性に優れているのだが、魔石が一個しかないため一度に一発の魔法しか装填できないという扱いの不便な骨董品だ。しかもマジックメイスで放つよりも出力も精度も悪い。



(中級程度の威力じゃ普通に当てても牽制が関の山。防御が手薄な時に放つか耐久を無視してもっと威力を上げるかしないと決定打にならない。やっぱりメイスがいるなぁ)


 サーフィアの忠告が頭によぎる。


 ──相手が格上だってことを常に頭へ入れておけ。ましてや普通にやり合って勝とうだなんて考えるな。


(ごめん。サーフィア、簡単には逃がしてくれないのもあるけどさ)


 倒すための手段を、ルチルは模索していた。


(やっぱりさ、負けられないじゃんか)


 三節棍を片手に、空いた手で【烈風(ウィンド)】を出して魔法を装填しつつ警戒していると、ノマドはひょんな問いを投げ掛けた。


「ところでッ! ひとつ訊ねたいことがあるッ!」


「?」


「名前を聞きそびれていたッ! (オレ)は手合わせした相手の中でも強者と認めた者について忘れぬようあれこれ知っておきたい質でなッ! 名を教えてくれッ!」


 豪胆に自己紹介を求められ、おずおずとルチルは答えた。


「……ルチル・マナガルム」


「そうかルチル・マナガルムかッ! 覚えておくとしようッ!」


「まさかこんなすぐに対決することになるとはね。偶然って怖いや」


「否ッ! この会敵は半ば必然だッ!」


「なんで? あらかじめボクがここにいるってわかったってこと?」


「そうだともッ! (オレ)は先に貴公の兄と遭遇しッ! 一戦交えようとしたところで聞いたのだッ!」


 ──オレよか弟のルチルの方がつえーから。あっちの方角をあたってみろよ。


「えっ、えぇーっ! サーフィアのヤツ~! ボクを売って戦闘を避けたなァ~!?」


 舞い込んだ情報に愕然とする。作戦のためとはいえ、これはあまりにひどいではないか。


「……待てよッ!? マナガルムと言ったか!? 聞き覚えがあるぞッ!」


 ふと、なにかを思い出したような反応に狼魔族の少年は困惑する。心当たりがなかった。



「貴公はかの王立獣魔騎士の隊長であった男ッ! ベリル・マナガルムの子息ということだなッ!?」


「! お父さんを、知っているの?」


「古参の兵士からの話であったがなッ! かなりの凄腕な騎士だったと聞くッ!」


 そうなんだ、とルチルは少し気を緩ませた。


 父の名が出たことが誇らしくまるで自分が認められたような気分になった。




「──だが大層な悪名で知れ渡っていたッ! 王を見殺しにした史上最悪の騎士としてなッ!」


「…………え?」


 しかし想像とはかけ離れた話がノマドから突きつけられた。


「詳しくは知らんッ! 先代国王のいる戦場からおめおめと逃げ帰りッ! 責務を放棄した結果王は戦死したッ! 世間には身内の恥である故に隠匿されているようだがッ! 他の騎士たちに糾弾されッ! 隊長の座どころか騎士という資格も剥奪されたそうだなッ!」


 終始英雄として名を連ねた騎士ではなく、その対極に位置する不名誉な大罪人として。


 ──じゃあ行ってくるぜ。チビども、母ちゃんの言うことを聞いていい子で待ってるんだぞ──


 朧気な父ベリルとの今生の別れになる間際の笑顔が……最後の言葉が脳裏に浮かぶ。


「現女王により恩情を掛けられて処刑を免れ田舎に身を埋めたと聞くがッ! まさかその血筋が同じく騎士の系譜を目指すとは驚いたッ!」


 捲し立てる言葉がまるで横殴りの吹雪のようにルチルに降りかかる。表情が固まり、思考が絡まった。


 身内の恥? お父さんが、面汚し?


 言ってる意味は分かるのに、話してる内容が許容できない。


 誰のことだ。違う。おかしい、そんな話聞いたことない。嘘だ。デタラメだ。信じられるはずがない。受け入れられるはずがない。


 この男が命を賭して村を守った父を虚仮にしている。それだけが確かだった。


 心臓が早鐘を打つ。徐々に血の気を取り戻した手に、三節棍を握り潰す勢いで力が入る。


「なるほどなるほどッ! 貴公はその汚名を払拭すべくここにいるというわけだッ! 親の罪を引き受けるとは大したものだなッ!」


 一人合点した獅子魔族は一方的に締めくくろうとする。


「貴公にも譲れぬものがあるのはよくわかったッ! だが(オレ)にも──」


「……せよ」


「ぬッ!?」


「父さんは、面汚しなんか、じゃない」


 ルチルの語句が途切れ途切れになった。


 なにかを吐き出しそうになるのを抑えるように。苦し気に。それでいて……


取り消せよ(・・・・・)


 なにかに憑依されるように、雰囲気を作り替えていく。


 普段の人懐っこくそれでいて穏やかなルチル・マナガルムとは別人のように張りつめたプレッシャーを放っている。


「少し待てッ! 決して貴公の父親を侮辱するつもりは……」


 悪気はないのだと弁明しようとしたが、途中で考えをあらためた。


「いやッ! やはり取り消さんッ!」


 ノマドはそうして挑発すればルチルの本気が引き出せるのではないかと判断した為である。


 そしてその判断は致命的であった。


「こういう場合は腕ずくで言わせるものだッ! 故にッ!」


 ──かかってこいッ!


 そうしてノマドが構えをとった矢先──


 一匹の狼が飛矢よりも速く疾った。


 これまでになく機敏で不規則な挙動で翻弄し、ノマドの視界から消える。


(これしきの急襲ッ!)


 しかし死角からの一撃を読んだノマドは身体をひねり、横から迫るルチルにクロスカウンターを見舞う。


 だが、ルチルの顔をとらえたはずの拳は空を切った。否、身軽な蛇のようにすり抜けられた。


 そのまま至近距離に肉薄し、三節棍が振り抜かれた。更に、垂直に振り下ろされたはずの棍撃が不自然に曲がり、間に合ったはずのノマドの腕による防御も潜り抜ける。


 魔力操作によって鎖の機動が変わったのである。それによりもう一方の棍も下段から振り上がっていた。


(なんッ──!)


 交差するような叩きつけでノマドの頭部に爆発するような衝撃が襲う。ついで瞬時に結合した三節棍は一本の長い棍となって強烈な一突きを胴体に見舞う。


 秒に満たぬ瞬間での三連撃。


 さしもの男の巨体が宙を舞って後方へと追いやられるも、ルチルは手を緩めない。


 手を反対側に突きだし、腕輪に内蔵した【《超過烈風(オーバーウィンド)》】を推進力にして勢いよく追撃に飛び出す。


 そのまま空中に身を投げ出されたノマドに追い付き、胴薙ぎの一打を振り下ろした。


 バウンドしたところに返す刀でさらにもう一打。


 グシャ、という音を立てて受け身をとれずに錐揉みする獅子魔族を尻目に荒々しくルチルは着地した。


 それが繰り広げられたのは息継ぎが間に合わないほどの時間である。


「ヴヴヴヴゥ……ッ」


 倒れ伏した背後で犬歯をこれでもかと剥き出しに食い縛り、威嚇の唸りをルチルは漏らしている。まるで野生に還ったかのように獰猛さを露にした。


 目に見える変化はそれだけではない。


 全身が山吹色の紋様のような光る斑紋に覆われ、脈動するように明滅している。まるでそれ自体が生きているようだった。



「………………くっくっくッ! よもやッ! 鉄皮(てっぴ)を貫くとはやってくれたなルチル・マナガルムよッ!」


 間もなくノマドは復帰した。如何に頑丈な彼とはいえ頭から血を流し、いくらかのダメージを負ったようである。


「いいぞッ! 格別な味だッ! その発光がなにかはわからんがそんなことはかまわんッ! 闘い甲斐に変わりなしッ!」


 戦意は全く損なわれず、明らかな異常な変化に対して喜びを見せる。


 そして彼もまた、全貌を青白く輝かせる。そしてけたたましい音を立てて電撃を纏った。


 ──《青電起(ペイルボルテージ)》ッ!


 ノマド・レグルクスの魔法紋(ルーン)が発動される。彼の本領が発揮し始めた。


「取り消しておくッ! 貴公はこれまで出会った中で片手──いや三本指に数えるほどの実力者と認めようッ!」


 あくまでルチルの父親の汚名に関しては訂正せず、彼は勝負の続行を臨んだ。


 ルチルはギギギと歯噛みし、再度猛襲を仕掛ける。


 そうして目まぐるしく第二ラウンドは幕を切った。

次回の更新は11月5日(土曜日)を予定しています!

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