《魔知草》
模擬試合の前日。ルチルとサーフィア、そして鹿魔族のエメラルダは学院を囲う森の中を訪れていた。
「それでサーフィア、試験内容について聞かされていないのにどうしてこの森で実施するのが分かるの?」
「オレたちに足りないものを思い知らせるのにうってつけだからだよ……さてシカ女、それはなんでしょーか」
「えっ、何故にわたくし!? えとえーと!」
突然問い掛けを振られた彼女は狼狽えながら必死に回答を模索する。10、9、8……と数えながら意地悪くサーフィアは急かした。
「……土地勘、かしら!」
「森を選んだという意味ではそうだが30点」
「なんでよぉ!?」
「それだけじゃ済まねぇ。いきなり小隊編成での模擬戦だぞ。実戦経験のなさ、チームの連携力不足、そして格上との格差を痛感させる格好の機会だ。オレがもし同じように新入りを教育するならそうやってマウントを仕掛けるね。その方が教育しやすくなる」
テストを受けるにあたって傾向と対策は基本だろ、と。
「なるほどー手から黒子ー」
「それを言うなら目から鱗だからな?」
「貴方こんな言い間違いよく理解できるわね」
「とにかく、チームで競わせる形式なら十中八九旗取り合戦をやるだろう。互いの陣地に旗を置いて攻守に立ち回る合理的なゲームだ。師匠の野郎からそういう試験がある話が聞いていたが、こんなに早くやるとは想定してなかったぜ」
「それで、現地に呼びつけた理由をそろそろ教えていただいてもよろしくて? まさか今からこの森全土の地形を把握しようなどとはおっしゃらないとは思いますが」
「それもアリだが時間も足りねぇし効率も悪ぃ。だったら別の労力を割くべきだと思ってな」
「別の労力って?」
「情報共有だ。ルビィの視線発火とタヌキザムライの水の剣術は本人たちの性格と相まってシンプルだから真っ向勝負でもさせとけばいい。だがオレたちは別だ。応用の幅が利きいくらでも作戦に活用できる。ましてやあちらさんには能力を知られていないアドバンテージを大いに生かすべきだ。つーわけで……」
サーフィアは講釈を垂れながらエメラルダに目配せした。言いたいことを察した彼女はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「要するに魔法紋の仔細と闘い方を教えろ、ということなのでしょう? 隠し立てしても仕方ないし背に腹は代えられないのだわ」
言って懐からなにやら見覚えのある黒い種を一粒取り出した。
──《緑の恋人》
そのまま地面に落とすなり、植物の種が発芽した。ちっぽけなそれは時間を一気に飛躍するように急成長を遂げた。ルチルたちに並ぶほどに幹が伸び、枝をまんべんなく広げ、青々とした葉を生やした。
それからピンクの蕾が膨らみ、白い花弁が開いたかと思えば瞬く間に散って、鮮やかな果実が実る。
「わぁー林檎だー!」
ルチルは感嘆をあげ、ひとつをもぎって躊躇いなくかぶりつき、しゃくしゃくと咀嚼する。
「うん! 甘い美味ーい」
「おまッ……それこの前みてぇに爆発しねぇだろうな?」
「ブーッ! これ爆発するのぉ!? なんで早くそれ言わないの!」
「先に食うからだろうが」
「爆発はしないわよ。今回はただ生育しただけなのだから」
食い意地に呆れたようにエメラルダは手の内を明かし始める。
「わたくしの《緑の恋人》はご覧の通り植物の成長を促進させる増強系の魔法紋。蔦を絡めるように伸ばしたり木の根を壁のように張り巡らせたりとある程度融通が利くわ。自前の種を持ち歩いて状況に応じて育てるの。そして」
説明の途中で枝になっている林檎に手をかざす。
「これがわたくしの第Ⅱ覚醒、《緑の恋人》・《魔知草》……養分の代わりに色んな魔力を吸わせてその性質を持たせるように働きかけることができるわ。サーフィア・マナガルム、貴方と闘った際に果実を爆発させたのも火の魔力を与えた影響でしてよ」
ひとつをそっともぎり、あらぬ方向へと放った。
果実は草地に落ちる前に眩く赤熱し、地面を浅く砕くほどの小爆発を起こす。
「……とまぁ、こんなところかしら。お眼鏡に叶うといいのだけれど」
「……あっぶなー」
「へぇ、面白ぇ能力だな。色々な用途に活用できそうだ」
脅威を目の当たりにしたルチルはかじっていた林檎もそっと手放し、サーフィアは早速戦略の組み込みに没頭しようとしていた。
「ではお二人の力について開示してくださる? それでこそ公平というものでしょう」
「あん? オレが銀剣を出すところはお前も見ていただろうが。ああやって好きな形状好きな大きさに生成する。んでそいつで斬って投げて盾にしたりする。それ以上でも以下でもないぜ」
「ボクの《英知の利器》は持ち物の力を引き出すのと扱いを上手くする恩恵があるよ! それで杖に籠めた魔法を──」
「それはもう周知の事実、とっくに存じているのだわ。第Ⅱ覚醒といったそれ以上のものを知りたいと言っているの」
「まだ会得してねぇよ」
「うん。ボクらができるのはそれくらい」
即答で否定されたエメラルダの顔が呆気にとられた。
「ご冗談!? それでよく歴戦の上級生に啖呵を切れたものね! てっきり奥の手のひとつでもあると思っていたのに!」
「あるにはあるんだが、いまいちアテにならねぇからなァ」
チラリとサーフィアが見やると「てへ」とルチルは舌を出した。含みのある言葉に鹿魔族の令嬢は眉をひそめる。
「だが、そんなもんに頼らねぇと敵わないようじゃあオレたちの実力なんざその程度だったってこと……違うか?」
「うっ」
先に魔法紋の次なる段階へと昇華していても足元をすくわれるぞ? と遠まわしな牽制にエメラルダはだじろぐ。
「そんなことよりシカ女、お前に花を持たせるための提案がいくつかある」
「……なにかしら?」
「お前、試合になったら後方待機な」
「はぁ!?」
†
更に時間を経て、試合前夜。
満月の夜空の下、校舎の片隅にて。
黒髪で狐魔族の小柄な上級生がぽつんとそこにいた。手のひらに紙で折った蛙を乗せている。
「──ということでして、現在確認されているのは王女殿下のお二人。候補の段階で三人。今期の新入生は豊作といっても過言ではないでしょう」
──それは中々の吉報じゃな、イズナ。褒めてつかわす。
「ありがとうございます」
紙蛙から聞こえてくる声と彼はやりとりを交わしていた。傍から見れば奇抜な光景である。
──して、学長の天導士……いや、特に魔女王には気取られてはおるまいな?
「それについてはご安心ください。善良で勤勉な交流生として振る舞っておりますから」
──なら、よいのだがのう。引き続き間諜を真っ当せい。
古風な口調で落ち着き払った女性の声は、尊大な態度でそう命じる。
「かしこまりました……あの、ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
──申してみぃ。
「そうまでして他国の原石について探るのはヤマトの勢力に抱き込むため、というお考えで相違ないと?」
静かに風の音が一際強く横切った。折り紙の蛙はやがて返事をする。
──否、とも言いきれぬな。
「と、言いますと」
──妾にも判断がつきかねるからじゃ。状況次第ではその可能性も在り得る。なんせこの回りくどい真似がアレの望みに応じてぬしを動かしているからのう。曰く、『観測者』に知られてはならんのだとか。だがアレの思惑なんぞ誰であろうと測りかねるよ。
「それはまた、責任重大ですね」
──そんな畏敬は不要であろう。ぬしはただ、影に潜んで報告だけをしておればええ。
そこまで言いきるなり、蛙はゲコゲコと鳴くだけで言葉を発することはなくなった。向こうからの会話が打ち切られた。
ヤマトにいる誰かとの通信を終え、イズナは深く長い息を漏らす。
「……どうかお許しくださいヒミコ様。ひとつ報告を伏せました」
聞こえないと分かっていながら懺悔する。
「原石の一人──妹分が学院に門戸を叩いたこと、処遇が見えないのでは、すぐに御伝えできません」
次回の更新は11月3日(木曜日)を予定しています!
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