騎士候補生
この日、学院の教員たちが集い卓上で会議が交わされていた。
牛魔族の獣人ミノース・アステリオは筋骨隆々な両腕を組み、提案をひとつ切り出す。
「今期の武芸科及び魔導科の新入生が行う予定の演習だが、学院外での活動を考えている。それだけの実力は身についていると判断していいと俺は思うぞ」
「むむむ、それは時期尚早ではありませんかなミノ教官」
キーキー声で異議を唱えたのは、大きな丸耳が特徴の小柄な背に灰色の髪と同じローブを羽織った鼠魔族の老人。
マウ・スコルド。新期生の魔導科顧問である。
「彼等は入学してまだ1ヵ月。実戦経験も浅く基礎訓練の真っ最中。そんな中で外部のモンスターと会敵する可能性がある行動は無謀極まりますぞ。もうしばらく学院ダンジョンの探索授業といった経験をですな」
「仰ることは承知の上。しかし、仮にもあの試験を踏破した以上は最低限の自衛に支障はないのではないだろうか。今年の新期生は優秀だ。武芸科のしごきに脱落した者が誰もいない。それに、王都近辺であればさほど脅威度の高いモンスターは出没することもあるまい」
「だとしても集団行動で全員の安全に目を光らせるのには限界があり、生徒の身に万が一のことを考えるとですな……」
「そういった経験があるのとないのとでは成長に大きな開きがある。優秀な生徒数名を代表に護衛と管理の任を与えればいい。そちらの秘蔵の王女殿下もとんでもない好成績を揮っていると耳にしている……先日も復元水晶で歴代に並ぶ高得点を出されたそうではないか」
「あ、ああー彼女は別格であるからして……あの場に居合わせた時は老体に肝を冷やしましたわい」
彼の脳裏によぎった光景。それは歴代のスコアに挑んだ際のルビィの御姿であった。
──《神の火》。視線を介して発火を起こす干渉系の魔法紋……その名にたがわぬ炎熱の力を持ったそれは、幼少の頃から秘めていた恐るべき威力を遺憾なく発揮した。
あまりに鮮烈で神々しく、近くで見る者を焦がしてしまいそうな灼熱を纏ったあの──
「しかし姫様のレベルを他の生徒と同列にしてはなりませぬ。そしてその立場を考えればこそリスクを避けたい……無闇に王族を管理の行き届かない場所に連れ出すなどとてもとても」
「それでは実力主義を掲げる我が校の意義に反する。血筋も立場も関係なく人材を育てるのなら、王女殿下も例外ではない」
大胆で強引なミノ教官と後ろ向きで慎重なマウ教授。正反対の両者の意見が食い違うのは日常茶飯事である。
「ううむやはり我々の教育方針は平行線を辿りますか。では教官。いつもの通り学長に判断を仰ぐことでよろしいで?」
「……やむを得まい」
言って二人は頭上の禿げた山羊魔族に意識を向けた。学長、アレキサンダー・タングニョースト。魔導士の頂点である五芒魔星の称号を持つ彼も同席している。
だが、コクリコクリと船を漕ぎ、居眠りの真っ最中のようだ。
「学長、学長? 聞いておりますか? ご判断を」
「……ほんが? おおマウ、ちょっと待っとくれ……さっきの一手はなしじゃ。ぬしの番まで戻し……」
「その対局でしたら先日に終わってますがな。今は会議の真っ最中なので」
「ほごっ」
「それよりも新入生の演習内容についてご意見をお願いします。学院敷地内での野外活動か、それとも……」
「……おお、おお、それじゃったらとうに決めておるよ、マウの意向にも沿った案をな」
と、即座に返す。
ほんとかいな……とぼやくマウ教授をよそに、学長はミノ教官に向き直る。
「実はだね教官、君の妹が近々此処を訪れる手筈になっている。主に物資輸送を担う荷車隊を率いてね」
「イオが? どういった用件で?」
「ほご、近辺にある貧困村の支援配給だね。その道中でウチの生徒たちの引率として実地経験を積ませてもらえないかと女王から許諾の返事を待っているところでね」
「それでしたら上級生の領分。であれば彼らにはまだ荷が重いのでは?」
「そこを見定めるためにマウ、試験という名目で模擬戦の場を設けるのはどうかね。上級生との交流試合だ」
†
──上級生と、ですと?
──その通り。
同じ学院の敷地内、鬱蒼とした森林にて室内の会議が流れていた。
蛙が鳴いている。それも折り紙でできた蛙が会議の声を真似ているのだ。
「……これは興味深いことになりましたね。聞きましたか、お二人とも」
小柄な黒髪の少年がそう投げ掛ける。狐耳と大きな尻尾が特徴的で、その紙蛙の使い手である。
「よもや新入生たちと試合するだなんて。随分おもいきったことを学長はお考えに……」
「──異存はないッ! でかしたイズナッ! 貴公に盗聴を頼んだ甲斐があったというものッ!」
木々から周辺の小鳥が飛び立つほどの声量で答えたのは狐魔族の彼とは対照的に大柄でブロンド髪の獅子魔族の男だった。
筋骨隆々な肉体を締め付けるように腕を組み、仁王立ちの姿には覇気が溢れている。
「新入りに粒が大きいのがちらほらいると聞いて情報を集めようとしていたがッ! よもやこの目で確かめる機会が訪れるとは渡りに船というものだッ! 望むところだァ!」
「……ノマドさん、もう少し声を抑えてくれませんか。せっかく周囲に聞かれないように場所を選んでいるんですから」
「地声だからこれが関の山ッ! 許せッ! だが実に愉しみだッ! 貴公もそう思わないかクレシェッ!?」
問い掛けたのは後ろで木に寄りかかっていた青髪の獣人少女。線が細く、肌は白く、それでいて人形のように精巧な顔立ちをしていた。頭部にある耳は他の獣人と比べて丸く小さかった。
しばらく間を置いて、長いまつ毛に隠れた目を開いた。
「全くそう思わないの……むしろ、ムカつくの」
二人のもとへ近付いてきたかと思うと、突然手元にあったなにかを振り上げた。
さながら氷の茨。正体は節々が棘に覆われた鋼の鞭。その先端が会議の内容を漏らす紙蛙に叩きつけられる。
そして衝撃が爆ぜると、蛙の全身が真っ白な霜に閉ざされた。
「あぁ!? クレシェさん! 紙鬼を凍らせないでください!」
抗議するのは狐魔族、イズナ・カンナギ。アジール出身で、東の国ヤマトから交流のためにつかわされてこの学院へ在籍している。
背丈は子供のように低く、学業が優秀で物腰も低いためか親しみやすく下級生にも慕われている存在だ。
「冗談じゃないの舐められてるのいい度胸なの。クーを新参たちの当て馬にしようだなんてあり得ないの」
それを意に介さない熊魔族、クレシェ・ウルスラース。整った美貌とは裏腹にその粗暴な態度と言動で教師陣を困らせている問題児。
素行が悪い生徒を見ると「調子に乗ってるヤツはブチ凍らすの」と叩きのめしていくため、他の生徒にも恐れられており、学院内をある意味風紀している人物である。
「ハッハッハッ! 貴公は相も変わらず気性が荒いッ!」
吠えるように高笑う獅子魔族、ノマド・レグルクス。王立獣魔騎士、弓や魔法などの遠距離攻撃に偏重を置く射手隊の隊長ネメア・レグルクスの実子であり、父の隊とは対照的にガチガチの近接武闘派。
上級生の彼等は生徒の中でもっとも実力のある三傑に数えられている。騎士候補生と呼ばれる特殊な資格を有して既に実地での遠征にも参加しており、入隊の内定が確約されている。
そんな三人が関心を示すのは、この学院に門戸を叩いてまだ日も浅い新入生たちの存在。試験での活躍、測定での成績、既に在校生たちの耳にも届いてた。
「確か貴公、クレシェ・ウルスラースが復元水晶で叩き出したスコアは4105ッ、新入りたちにまんまと上書きされたことがさぞ腹立たしいと見るッ! だが恥じることはないッ! 記録とは先人たちを追い抜くための指標──おっとッ!」
指摘に有無を言わさず、クレシェは身を翻した。銀色の鉄鞭を繰り出し、ノマドに牙を剥く。
獅子魔族の上級生も間髪入れず跳躍。元いた足場に氷華が咲いた。
「ハッハッハッ! のろいのろいッ! 魔法紋を使うまでもないぞッ!」
「うるさいの黙るの口が減らないの。お前は一晩氷の柱漬けの刑にしてやるの」
「喧嘩はやめてくださいよ〜……」
「応ともッ! イズナの意見を尊重しようッ! では己は一足先に失礼するッ!」
二の句を継がせる間もなく、走り出したノマドの全貌が蒼白な稲光に包まれた。そして瞬く間に空へと飛び立ち、姿をくらます。まるで落雷の逆再生のような光景だった。
「チッ。逃げたの腰抜けなの忌々しいの。おいイズナ、アイツをクレシェのもとに今すぐ連れてくるの」
「無茶言わないでください、あの人を捕まえるのは骨が折れますよ? 光の速さで飛び回るんですから。争うのは模擬戦の時だけにしてください」
「チッ、無能なの役立たずなの使えねぇの。もういいの」
悪態をつき、熊魔族の少女もその場を後にする。
そして残された黒髪の狐魔族は嘆息した。
「我々はいまいちまとまりがないのが欠点ですね。いくら実力を持ち合わせていようと騎士を志すにあたっては統率力が求められるというのに。此度の試合で問題を起こさなければいいのですが」
そうひとりごちたイズナであったが、ピタリと動きを止める。
「……もしや、もう既にことを起こしてはいないでしょうね?」
不意によぎった一抹の不安が、本当に的中しているとは彼自身も思いもよらなかった。
次回の更新は10月30日(日曜日)を予定しています!
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