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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
34/108

デートと迷子



「このクレープ三種ちょうだい。どの味も気になるから味見しないと。ほらぁ! ちゃんとついてきなさいよぉ!」


「ルビィ、さすがにちょっとはしゃぎ過ぎだって~」


「時間は限られているの! 買い物を急ぐんだから!」



 城下町の露店巡りを満喫するルビィ。それに振り回されながらルチルは付き添っていた。


「ハイ、これ奢ってあげるから食べた後には色んな店内を見て回りましょう」


「……まぁ楽しんでいるみたいだから別にいっか」


 クレープを受け取りながら小さく息を吐く。彼女が適正な金銭を払って普通にお買い物をする様子がちょっぴり微笑ましかった。


 それから服屋を見て見繕い合ったり、日用雑貨屋で寮生活に使えそうな物を探したりした。


 そんなこんなでお買い物が順調になった頃にルヴィはそこはかとなく訊ねる。


「ところで、ルチルは王都での買い物はいつぶりなの?」


「みんなで行った収穫祭以来だよ。ずっと村で訓練と勉強の日々だった」


「アタシたちと会っていない間なにか大きな変化はあったのかしら。その、仲のいい村人が増えたとか」


「? 特になかったと思うよ」


「……ふーん。それなら心配はいらないわね」


「心配ってなんの?」


「き、気にしなくていいわ! さぁはりきって次行くわよ~!」


 そう言って細工店を通りがかったルビィはとある商品を目に留める。


「店主、これはなにかしら。小さな魔石が嵌っているみたいだけれど」


「ん? そいつは魔法具(アーティファクト)のバンクルだ。魔法をストックさせて有事の際に放てるっつう代物だ」


「カッコいいねぇ、でもちょっとお高いな~」


「低品質とはいえ元々はお貴族様が護身するための装身具だからな。一度に一発分、それじゃあ実戦向きとは言えねぇし、並の魔導士にとっちゃ気休め程度にならんが戦士にとっては重宝できなくもないんだぜ?」


「うーん、どうしようか」


 黒い腕輪をしげしげと眺めて悩んでいるルチルを横目に、彼女は意を決して口を開く。


「それならお代はアタシが払うわ!」


「え? どうして急に?」


「ご褒美! 言っておくけどこういう時に受け取らないのは失礼に値するからね!? だからありがたく受け取りなさい!」


 問答無用でルビィはそれを購入し、そしてぐいと差し出してくる。


「あ、ありがとう」


「大事にしなさいよね」


「うん」


 おずおずと受け取るのを見て彼女は達成感に鼻を鳴らす。


「じゃあ次は──あっ」


 路上の真ん中に立っていたルビィが突然バランスを崩した。誰かにぶつかったらしい。


「ルビィ大丈夫?」


「ちょっと! なにすん……!」


 噛みつくようなルビィの声は尻すぼみに消える。何故なら激突して尻餅をついていたのは小さな猫魔族の男の子だったからだ。


 鳩が豆鉄砲でも受けたようにキョトンとした表情を浮かべていたかと思うと、


「……ビェええええええええええ~ん!」


「すごくデジャブを感じるわ!?」


 急にワッと泣き出した子供を前に彼女は毒気を抜かれてたじろぐ。


 ルチルはその様子を鑑みて、男の子が迷子になっているのだと察した。


「君もケガはない? お名前は?」


「ふえええええぇ~……マーマァ、マーマぁ~!」


「この辺に住んでるの? お母さんとはどこではぐれ……うーんダメかー」


「わぁぁぁぁん」


 いくら聞いてみても嗚咽ばかりでなにもわからない。


「……仕方ないわね。ルチル、交代よ」


 嘆息しルビィはしゃがんで同じ目線に合わせた。


「あーもう涙と鼻水でグショグショじゃない。ほら、これでチーンしなさい」


 ハンカチで顔を拭き鼻をかませ、埃を手で払ってあげながらなだめる。


「男の子がメソメソするもんじゃないわ。女の子に笑われるわよ。お姉ちゃんに任せなさい」


「ぐずっ、ぐずっ……」


「いい? 今は泣かないようにだけ頑張りなさい。アタシとの約束よ」


「……ぅん」


 そんな彼女の介抱により、子供は徐々に落ち着きを取り戻していく。


 あれだけなだめるのに手を焼いていたが、あっさりと泣き止ませたことにルチルは舌を巻いた。


 さてどうしたものか。街の憲兵に預けるのか、家まで送り届ければいいのか。


 しかし考えるより早くルビィは切り出した。


「ルチル、この子の親を絶対見つけるわ、お買い物は中止よ」


「……わかったよ」


 その指示に従う。このお姫様は即決で男の子のために動くことを選んだ。


「ここら辺でお母さんとはぐれたのね」


「……うん」


 男の子の話を頼りに、ルチルとルビィは街中ではぐれたという母親捜しを始めた。


 残念ながら自分の住んでいる家がどこかも分からないようで、呼び掛けて回る他なかった。


 王都は広く人も多い。大通りから外れれば迷うだろうし、見失ったら一大事である。


「親御さんもこの付近にいるかもしれないね」


「この子を知っている人がいないか聞き込みして回りましょう」


「ところでルビィ、なんというかその……お姉さんだねぇ」


「当たり前じゃない。(デイア)がいるんだから」


「そういう意味じゃないんだけどなぁ」


 その成果の甲斐もあって子供を捜している主婦がいたという目撃談があった。


 どうやら行き違いになっていたようで、闇雲に捜し回るよりも広場で待機して周囲にその旨を伝えて貰うように働きかける方向に。


「ママァ……」


「安心なさい。ここにいることを誰かが伝えてくれるわよ。それよりりんご飴でも食べるかしら?」


「……アイスクリームがいい。チョコミントバナナのヤツ」


「くっ、しれっと贅沢ね……」


 ベンチに座ってうずくまる男の子をルビィは面倒を看ていた。すかさずハンカチを用意したりおやつを考えたりと彼女は本当に気が利く。



 そんなこんなで待ち合わせをしている間に時間は流れ、ようやく合流した頃には日も傾き始めていた。


 再会できた親子が抱擁する姿に一安心する。


 聞けば少年の母親は王都中を奔走し、頭を下げて回っていたという。


「本当になんとお礼を言っていいのやら……!」


「これくらいなんてことないわ。まだ小さいんだから目を離しちゃダメよ」


 ペコペコと詫びる母親に対してヒラヒラと手を仰ぐ。


「……お姉ちゃん、バイバイ」


「アンタもアタシとの約束、覚えておくの。いい男になりなさい」


「うん!」


 そうして迷子騒ぎが解決し別れたところでルビィは一息ついた。


「フゥ……無事に会えてよかったわ」


「そうだねぇ」


「にしても、昔のアンタだってあんな風によくべそかいてたわよね」


「そ、そんなに泣いてないよぉ~!」


「フフン、どうかしらね~。アタシがいなくなって枕を濡らしてたんじゃないの~?」


「あ、あー、えーと、それはー……」


「ほぅらごらんなさい」


 言葉を濁すルチルをからかう。


「じゃ、今日のところは帰りましょうか。さすがに日が暮れても学院に戻らなかったら大目玉よ」


 ルビィの笑顔は夕陽に照らされ、眩しく見える。お出掛けの時間は殆どなくなってしまったが、彼女にとって充実した一日になったようだ。


「……っと、大事なことを忘れていた」


 しかし彼女はなにかを思い出したかのように踏み留まり、踵を返してルチルに向き直る。


「ルチル、帰る前にやらなくちゃならないことがあるわ。それがなにかわかる?」


「え? わかんないけど」


「……ホントに?」


「ホントに」


「全く、そ、そんなことじゃアタシの付き人失格よ。いい? こ、こういう時はね……最後に思い出になることの、ひとつでも作っておくものなのよ!」


 妙に歯切れの悪くなったルビィの意図が皆目見当もつかず、ルチルは首を捻るばかり。


「そういうものなの?」


「そそそうよ! だ、だだ男女がデートの間にすることと言ったら決まっているでしょう!?」


「えーっこれってデートだったのー!?」


「もぉおおーっ察しろーっ!」


 やきもきしていた猫魔族のお姫様は顔を羞恥の色に染め始めた。ルチルも気まずそうに頬を掻く。


「……あ、あー、そっかぁ、それじゃあ、思い出作りのひとつくらいしないとだよね」


「……そ、そうよ。この前は、アタシからしたんだから今度はルチルの番よ……!」


「……なにを?」


「あ、アレに決まっているでしょ! さぁ!」


 言ってルビィはどこからでもこいと言わんばかりに固く目をつむる。


 彼女が示唆するアレとは、数年前に再会を誓い合った時のキスのことだろう。


 突然の催促にさしものルチルであっても照れが先行して踏み切れずにいる。


「さっ、さっさとしなさいよ」


 こちらからの接触を待つルビィはピンと立ったまま緊張でプルプルと震えている。


(──あ!)


 ひらめいた狼魔族の少年はその場で片膝をつき、手をとった。


 目を閉じていたためビクッと反応を見せたが堪えている。


 要望に応えてかつ上手くやり過ごすための名案。それは──


 ルビィの手の甲へ口づけ。忠誠と敬愛を示す行為であった。


「ッ!」


 ほんの一瞬の接触で火傷でもしたかのように素早く手を引っ込め、たじろいだ。


「そ、そうくるの! 意気地がないわ!」


「これが、精一杯かなぁ」


「……仕方ない、わね! 今回はこれで勘弁してあげるっ」


 手の甲を抑えながら彼女は今度こそ帰路を急いだ。


 しかしその足取りは軽く、上機嫌であるのを隠しきれていない。


 その様子に肩を竦めたルチルは後に続き、学院に戻るまでかけがえのない一時を過ごしたのであった。

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