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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
32/108

騎竜部



 ラボを出た後、部活動見学を再開する。炊事部というところでは野外での炊き出しなどの活動からちょっとしたおやつ作りなどを日頃からやっているようで、そこに入部を決めた猪魔族のボークがその腕前を遺憾なく発揮していた。


「パイ焼いたからルチルも食ってけよー」


「ボークって昔からおやつとかよく作ってたね」


「食いたい時は自前で用意するのが一番手っ取り早いんだぜ」


 次に向かった先はたくさんの植物が育てられ緑が生い茂る見事な温室。


 そんなデイアのいる薬学部に顔を出したところ、彼女からハーブ茶をご馳走してもらった。花や緑を見てくつろげるあずま屋に座る。


「どう? リラックス効果があるから大分安らぐはずよ」


「いい香りー。これここの庭園で採れるの?」


「ええ。彼女がブレンドしてくれたの」


「彼女って?」


「後ろにいる子」


 促されて振り返ると、物影から同じく入部した鹿魔族のエメラルダがそわそわとこちらを覗いていた。


 挨拶に手を振ると小動物のように引っ込み姿を隠してしまう。



「嫌われちゃった?」


「照れ屋さんだから気にしないであげて」


「そっかぁ、それなら仕方ないや。ところで、サーフィアってどこの部に入ったか聞いてる?」


「いいえ? ここにも少し前に顔を出したっきり」


「そっか。後で何処に入部するのか聞いてみるよ」


「ルチルの方はもう考えているの?」


「多分ね。これから行くとこ!」


 ルチルは入部する候補を既に決めていた。


「えーと、騎竜部の場所はたしか……」


 校舎から少し離れた厩舎(きゅうしゃ)に入るなり、驚くべき光景が目に飛び込んでくる。


「わぁ! フェザードラゴンがこんなに!」


「クゥ?」


「ククン」


 飼育されていたのは牛や馬ではなく、見覚えのある特徴を持った翼のある竜である。それも何頭も並んでいた。


 聞けば騎竜部はフェザードラゴンの餌やりや馬房の掃除といった世話だけでなく文字通り彼らに乗って飛行することも出来るそうだ。


 だが、知性の高さ故の気難しさから思い通りに騎乗することが至難の業である。そのため騎士の中でも乗り手が少なく、見事乗りこなせた者は竜騎士として賞賛を受ける。


 そんなフェザードラゴンと心を通わせた経験があるルチルとしては非常に関心のある部活動であった。


「ここにいるのはみんな生徒によって面倒を看ているドラゴンよ」


「学院で飼われているの?」


「ええ。何頭かは保護されているけれど、基本的には卵の時から育てられるらしいわ」


「へぇ~」


 やってくるルビィの説明を聞き、ルチルはドラゴンたちをしげしげと眺めた。


 鱗の色が深紅色だったり灰色だったりと個性的で、一様にしてこちらを窺っている。新参者の彼に対して興味を持っている。


 手をそっと伸ばしてみるとクンクンと臭いを嗅いできた。慣れている様子で大人しい。


「ルビィはこの子たちに乗っているの?」


「そう! それこそが騎竜部よ。許可が降りれば王都周辺を飛んで出掛けることだってできるわ」


「小さい頃はよくモッフンに乗ってたもんね、ルビィ」


「その経験が今に活きたのよ」


 腰に手を当て、彼女は合いの手に乗る。


「それにしてモッフンも懐かしいわね。元気にしてるの?」


「今も森にいるしずっと大きくなったよ! でもこの学院に行くにあたってすごく寂しがってたかなぁ」


「いっそこっちに連れてきちゃってもいいんじゃないかしら」


「そしたらまた一緒に過ごせるねー」


 あははうふふとひとしきり笑った後、少しだけ間ができた。


「……ありだったりする?」


「……ありなんでしょう?」


 冗談半分のつもりであったのだが、存外悪くない提案のように思えてきて二人は顔を見合わせる。



「野生のフェザードラゴン? 希少な彼らが増えるのは大歓迎ですぞ」


 渦巻き眼鏡に出っ歯が特徴的な兎魔族の男子生徒はそう快諾した。彼が騎竜部部長のジャック・アルネブである。


 彼は竜に乗るのは得意ではないながらも喜んで朝早くから世話をする変わり者だそうだ。部長という名目も、実質世話係であるからだ。


「個人的にもルビィ氏が交流したというそのフェザードラゴンには前々から興味がありましてな。聞いている限りだと従来の個体よりも高い知性を備わっているという可能性もあり、是非この目で確かめてみたいと思っていたところですぞ」


 ジャックはクイと瓶底眼鏡をつり上げて続けた。かなりのドラゴン好事家らしい。



「お迎えに行くにあたって教員に掛け合ってみますな。すぐ飛行の許可は降りると思いますぞ。ルチル氏の故郷は王都からそう遠くないでしょうから」


「感謝するわ! 流石ジャック部長は話がわかるわね」


「とんでもない。ルビィ氏のお力添えができて光栄ですぞ」



 とんとん拍子で話は進み、モッフンを学院に勧誘する作戦は日も暮れないその日の内に決行された。



「クォォーンッ」


 深紅のフェザードラゴンが青空の上で悠々と飛行している。目的地はルチルたちの住む村にある森。


 騎手のルビィと相乗りという形でルチルはその背にいた。


「この子大分速いねー!」


「当然よ! アタシの手綱の腕と学院一のスピードを持つフレアボールターボが組み合わさっているんだから! 元々怪我していたのを拾われたらしくて、野生育ちは違うみたいね」


「……フレ……なに?」


「フレアボールターボ! どう、カッコいいでしょう!?」


 自慢するフェザードラゴンの名を聞いてルチルは目を瞬かせる。


「その呼び名ってもしかして」


「アタシが名付けた!」


「わぁ、ルビィっぽい」


 キッパリ言ってのける彼女。かつてモッフンをウィングシュナイダーと名付けようとした経歴は伊達ではない。


「さ、もうすぐ着くわよ」


 そんなやりとりをしていく内に見慣れた民家、見慣れた緑が眼下を過ぎていく。ルチルの自宅もチラリと視界に入った。


「おば様にもしばらく会っていないわね。どうする? 寄っていく?」


「ううん。あそこを出たばかりだから今戻るのは遠慮するよ。合格したって手紙もまだ届いていないだろうし」


 決意を伴っての出立だったのだから。せっかくならもっと立派になってから顔を出したい。ルビィの申し出に首を振る。


「それに、サーフィアが知ったら『んだよ。もうホームシックになったのか』……ってからかってくるもん」


「あー言うわアイツ絶対そういうこと言うわ」


「でしょー?」


「それじゃ、一直線でモッフンのところに向かうわね。降下するから振り落とされないようにしっかりつかまってなさいよ」


「うん!」


 言われるがままにルビィの胴体をぎゅっと抱き締めた。途端に間抜けな声が前から漏れる。


「や、やややっぱり少し離れなさい!」


「でも振り落とされないようにするにはこうしなくちゃ」


「~~ッ。ああもう変なことしたら承知しないんだからね!?」


 赤面するルビィと全く無自覚なルチルがやいのやいのと騒ぐ内にフレアボールターボは森の中へと侵入した。



「おぉーい! モッフぅーン! どこにいるんだーい!?」


 馴染みの湖に降りたルチルたちは早速近くにある巣を訪れる。だが巣穴はもぬけの殻だった。


 近くにいるのではないかと思い、ルチルはこうして大声で呼び回った。



「モッフぅーン! ボクだよー!? 出てきておくれぇー!」


「此処も何年ぶりかしらねぇ。でも、肝心のあの子の姿は見えないのが気になるわ」


「モッっっっっっっフぅぅぅうううううううううううううううううううゥゥゥンッ!」


「さすがにうるさいわ!」


 その声は鬱蒼とした森の中で木霊するも、静まり返って返事はない。


 たまたま不在なのか、それとも……


「もしかして……その、いなくなっちゃったのかしら」


「そんな、モッフン……」


 言い辛そうにその可能性を指摘したルビィの言葉にルチルは肩を落とした。


 寂しい、寂しい、と旅立つルチルを引き止めようとしたモッフン。まさか耐えられずに発ってしまったのではないのか。


 そんな考えが浮かび、途方に暮れていたその時である。


『──ューン』


 風に乗った微かな鳴き声が犬耳に入り、弾かれるようにその方角へ振り返る。


 森の上から小さい影がこちらへ迫っていた。徐々にシルエットも大きくなっていく。


「……──キューイキューンッ!」


「モッフンん!」


 バッサバッサと翼をせわしなく動かしてよく知る緑色のフェザードラゴンが飛び込んできた。


 警戒することなく懐に着地したモッフンは、そのままいつもの愛情表現で抱擁してくる。応じるようにルチルも撫でくり回した。


「よかったぁ! また会えた~!」


「キュルル~ン♪」


「ホントにでかくなったわねぇアンタ。アタシのこと覚えてる? ルビィよ」


「キュ? キュィーン!」


 ひとしきりハグを終えるなり、彼女のことに気付いたモッフンはそっちの挨拶に移った。


 それを受けたルビィも「こ、こら! わかったからそんなにがっつかないでよっ」と口にしながらも満更でもなさそうである。


『ひさしぶり』


「ええ、本当に久しぶり。また会えて嬉しいわ」


『こちらこそ』


 一息ついたところで、いつものように首に提げられたボードを使って言葉を伝える。そのやり取りをしながらルビィは感心する。


「色んなドラゴンを見ててあらためて思ったけど、モッフンって飛びぬけて頭いいのよねぇ。こっちの言っていることをわかっていそうなのはちらほらいても、ここまで意思疎通できるのはこの子だけよ」


「そうなの?」


「釣りとか火おこしとか箒使って自分の巣の掃除とかしているでしょう? そんなの他のドラゴンに教えようとしてもやったりしないわ」


「じゃあモッフンは特別なんだね!」


「キキュゥ」『それほどでも』


 えっへんとボードを持って胸を張るドラゴン。ルチルも思い返してみたが、納屋にいたドラゴンたちは二本足で立ち上がったりする様子を見せなかった。


 実際乗ってきた紅いフェザードラゴンもモッフンの一挙一動を不思議そうに眺めてクゥクゥ鳴くだけである。


「ルチル、そろそろ本題」


「あ、そうだった。それでねモッフン、今日君に会いにきたのは学院で君が過ごせる場所を見つけたからなんだ。モッフンの仲間も沢山いて、そこでなら人前に出ても大丈夫だしいつでも会える。一緒にきてくれないかな?」


『いく!』


「決断早いわね……。どんだけルチルと一緒にいたいのよ」


 条件反射のレベルで即答するモッフンに呆れるルビィ。


 そうしてルチルたちは今度は二頭それぞれの背に乗って王立ルースランド学院へと引き返した。



「ささっ、どうぞ空いている馬房はこちらになりますぞ」


 藁の敷かれた仕切り部屋の中をジャック部長に案内され、モッフンはしげしげと新たな寝床を確認する。


「いかがですかなモッフン氏。掃除は毎日行い、餌は野菜に果物と肉まで充実しており、ブラッシングもこまめにしておりますぞ」


「キュッキュッ」『すごくいい』


「おおーっ! それはなによりですな! 本当に竜とこれほどの交流ができるとは恐悦至極の至り……でゅふ、でゅふふふ……!」


 モッフンがボードで返事をするのを見て、兎魔族の部長は鼻息も荒く忍び笑いをしていた。


「でルチル、無事に学院まで連れてきた以上、これでほっぽり出すわけないじゃあでしょう?」


 ここぞとばかりにルビィは部員確保のために目を光らせる。


「騎竜部に入部するのよね? 今年はレースに出場する予定なんだから戦力は一人でも欲しいの。モッフンの相棒なんてアンタにしか務まらないわ」


「勿論だよ! ボクも入部して世話をするから、よろしくねモッフン」


「クコココ。クココココ」


「ん? よしよし、どうしたのー」


 甘えるようにすり寄ったモッフンは、普段聞かないような喉の鳴らし方をする。それにジャック部長は兎耳をピンと立てた。


「やや!? これは……!」


「この鳴き方に異常でもあるの部長?」


「……フェザードラゴンの求愛、ですな。ルチル氏を、番に所望しておられる……」


「は? え? 嘘っ……! モッフンってメスだったの!?」


「う、羨ましいですぞ~!」


「……てか本人、全く気付いてないわよね……」


 という小声でのやり取りなど露知らず、ルチルはモッフンを撫で続けていた。


「んも~、くすぐったいよ~」


「クココ♡ クコココココ♡」



次回の更新は10月28日(金曜日)を予定しています!

・面白い!

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・更新が待ち遠しい!


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