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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
29/110

復元水晶



 一足先に演習場へ移動したルチルたちは不思議なものを目の当たりにする。


 両腕で抱えられるほどの大きさで、青く透き通った丸い水晶がフワフワと地面を離れて浮遊していたのだ。


「なぁにアレ」


復元水晶(リペアスフィア)という魔法具(アーティファクト)で受けたダメージを数値化してくれる代物だ。文字通りいくら壊してもひとりでに修復されるようになっているから遠慮は不要。今から一人一人にこれへ攻撃を加えて実力を見せてもらう。さぁやってみろ、お前たちの本気を知りたい」



 解説しながらミノ教官は挑戦を促す。


 ちなみに威力が表記される数値の基準としては、


 500くらいが屈強な男が剣や斧で袈裟斬りにした際の数字。


 1000くらいで中級魔法の威力によって出せる数字。


 2000から3000には上級魔法で達する数字。


 4000以上は相当な実力者でないと越えられない。


 といった具合のようである。ちなみにトップスコアは5000を越えているそうだ。



「じゃあ誰から行く? ボクはちょっと準備したいな」


「よければ(せつ)から試しても構わないだろうか? このような面白い催し、是非に自らの力量を確かめてみたいのだ」


「そういやまだお前の腕前を見てないんだよな。お手並みを拝見させてもらうぜ」



 一番手を買って出たメノウが刀を抜いた。魔力をこめた刀身に水が溢れる。


「しからば、僭越ながらその一端を披露してしんぜよう」


 刃に渦巻く水流をまとって彼女は水晶目掛けて駆け出した。


「メノウ・クサナギの魔法紋(ルーン)は《武水名別命(タケミナワケノミコト)》。水を変幻自在に操る支配系と申告していた。そこに魔力を水へと変換させる魔法具(アーティファクト)の刀──天叢雲アメノムラクモを組み合わせることでかなり戦闘能力を高めているな」


 ミノ教官の解説を聞きながら、その奥義を一同は眺める。


 ルチルも一度目の当たりにした一点集中の突きだった。


 ──草薙流()刀術・渦潮貫(うずしおぬ)き! 


 炸裂と同時に膨大な水飛沫が霧散し、轟音を響かせる。水晶も豪快に砕け散り、遅れて宙を舞った水がざあざあと雨のように降り注ぐ。


 ヒューっとサーフィアの口笛がそんな音に混ざった。



 それから破片がひとりでに引き寄せられ、元通りの球体になった。傷ひとつなくなっている。


 内部にはその衝撃がどれほどのものだったのか数字となって発光していた。



「3305。まずまずといったところか」


「おお、剣技でこれほどの破壊力を出せるとは大したものだ。両手指に入る記録だぞ」


「……ううむ上には上がいる、か。片手指ではないのは無念だ」


 と、メノウ自身は少々満足のいかない結果だったようだ。


「なるほど。そんじゃ、後続の生徒に見られる前に済ますとしますか。やる気失くさせちまうからな」


 次はサーフィアの番となったが、彼は挑む前に教官へ投げ掛けた。


「なぁ、攻撃までにちょっとばかし時間を掛けても構わないか?」


「問題ない。本領を発揮するまでに溜めの時間を必要とする者もいるだろうからな。よほど待たせなければ存分にやっていいぞ」


「よぉしわかった。じゃあアレ(・・)でいくか」



 言うなり彼は飛び上がり、空中で幅広の銀剣を足元に出した。


「よっと。ほっ、はっ」


 剣の腹を踏み場にして落下する前に跳躍。それを何度か繰り返し、どんどん空へと蹴り上がっていく。


「確かサーフィア・マナガルムの《銀剣錬製(シルバーレギオン)》は銀剣を生み出す物質系──魔力で物質を形作るタイプの魔法紋(ルーン)という情報はあったが、随分器用な真似をする」


「しかし、あんなに高く昇ってサーフィア殿はなにをするおつもりなのだ?」


「まぁ、見ていればわかるよ」


 見上げる教官とメノウの傍らにいたルチルは彼の意図をよく知っている。



 水晶の真上から落下するサーフィアは身を捻り、これまでとは比べ物にならない規模の銀剣を展開する。


 突然現れた巨大な刃を前に二人は目を見張る。


 ──剣現陣形(ファランクス)衝突角(ラムホーン)


 柄を抱える形で振り下ろした超重量の銀剣を、従来ならば振り回しようもないので落下の勢いを利用して復元水晶(リペアスフィア)に叩きつける。


 学院の敷地が揺れ、振動が伝播した。



「なんと……! あれほどの大きな得物を具現化し巧みな手段で扱うとは!」


「剣士タイプでありながら上級魔法にもひけを取らないな」


 銀剣が消え、大きく陥没した地面の上で何事もなかったかのように戻っていく水晶にその衝撃の威力を数字は産出された。


「……3840。どうだい大将?」


「記録としては七番目だ。大したものだな」


「チッ。これでもまだまだトップになれねぇか」


 ちょっぴり悔しいようで、彼は顔をしかめた。



「じゃあルチル、そろそろ準備できてんだろ。代わりに仇をとってくれ」


「えっ?」


「こうなりゃ意地でもトップスコア叩き出してもらうぜ兄弟。目指せ5000だ5000。せっかく挑戦するんだからそれぐらいの意気込みで行けよ」


「ええー……しょうがないなぁ、やるだけやってみるよ。でも期待しないでね」



 激励を受け復元水晶(リペアスフィア)の前へ向かってルチルはマジックメイスを構える。


 ──【《超過火炎(オーバーファイア)遅延(ディレイ)》】


 ──【《超過烈風(オーバーウィンド)遅延(ディレイ)》】


 ──【《超過雷光(オーバーライト)遅延(ディレイ)》】


 ──【《超過氷結(オーバーアイス)遅延(ディレイ)》】


 次々とあらかじめ内蔵させていた魔法を繰り出し、目の前に展開していく。


 オーブ状になった四色の魔法が彼を中心にゆっくりと回っていた。


「ルチル・マナガルムの《英知の利器(フラクタルオーバー)》は道具の潜在能力を引き出す増強系の魔法紋(ルーン)。その特性を利用して魔法具(アーティファクト)を介した魔法の威力を高める戦闘スタイルのようだな」


「あれほどの魔法を同時に操る芸当、あらためて見事だ。素人目からしてもそれくらいはわかる。並大抵の術者では実現できまい」


「まぁな。あの一発一発が中級魔法に近いレベルで組み合わせると何倍にも威力が跳ね上がるんだとよ。言っておくがアイツは──」


 轟炎の塊、暴風の塊、雷撃の塊、冷気の塊、一斉に放たれ、同時に着弾することで連鎖を起こす。

 

 ──【《四重超過(クワトロオーバー)》】!


「オレより強ぇぞ」


 眩い閃光が迸り、これまで以上に大きな衝撃が学院中を揺るがした。森の奥で鳥たちが飛び去る。


 土煙が晴れ、地形が変わった爆心地の真っ只中に遅れて水晶は復元されていく。


 被害の規模だけでなく浮き彫りになった数字がその威力を物語っていた。


『4210』


「うーんやっぱダメかー、ここまでやっても5000を超えられないや」


「いやそれでも十分だ。五番目に食い込めただけ学院の歴史に名を刻む快挙だぞ」


「うむ! 恐れ入ったぞルチル殿。平地で直撃させたからこの程度で済んだものを、山を削ってもなんら不思議ではない」


「ところで教官、今のアレ以上に高いスコアを出した一位は誰なんだ?」


「かつてグラナタス女王陛下も在籍時に挑んだとされる。その数値は魔法の頂点たる指標となった5260。陛下は学生の身で既にその域に達していたそうだからな」


「へぇ、さすが女王様」


「そして三位もつい先日、記録を塗り替えている。娘のルビィ殿下が叩き出した4725だよ」


「ルビィ、すごいや……へばっ!?」


「お前たちもそんな歴史ある記録に易々と食い込んだんだ。誇っていいんだぞ。今期は将来有望な人材が多くて大いに結構。明日以降もどんどん鍛えていこうじゃないか。なんなら他の生徒が戻ってくる間、追加トレーニングを一緒にやっても構わないぞ」


 ミノ教官はそう言ってルチルの肩を倒れそうになるほど強く叩いた。声の調子はずっと平坦なのだが熱血すぎる。


 そうして武芸科の初日の授業課題をこなした三人は後続の生徒たちを待った。


「お前らさぁ、あんなスパートかけるとか、ほんっとにどこからそんな体力出てくんの」


「結構鍛えてたつもりだったのに、へこむわー」


 しばらくしてゴールするエンキとボーク。他の生徒も次々と時間を置いて森から出てくる。


 みんな息も絶え絶えで疲労困憊だが、なんとか辿り着いていく。伊達に試験を合格したわけではないのだろう。



 ところが、一人気掛かりな人物だけがいつになってもゴールする気配がなかった。あのヘングストは前半組に走っていた筈だ。


 彼を除く最後尾の一人がヘロヘロと地面に手をつく生徒にルチルは尋ねた。


「……ハァハァ……ヘングスト? ああ……あの馬魔族のお坊ちゃんのことか。……アイツならペースが明らかに遅いもんだから、途中で追い抜いたぞ。そういえば、足引き摺りながら歩いていたみたいだが、怪我でもしていたんじゃないか」


「そう、なんだ。ありがとう」


 事情を聞いて出口をルチルは見る。彼が出てくるような気配はいまだにない。



「おいルチル、まさかとは思うがあの野郎にお節介焼く気じゃあないだろうな? 啖呵切ってきた相手だぞ」


「え? ダメかな? すぐ戻るから」


「まーた悪い癖が始まりやがった……」


 サーフィアが頭を抱えている間にルチルは森の中へと入っていく。


 森の中にモンスターはいないとはいえ、ルートを外れて迷子になっては大変だと案じたがそれは杞憂だった。


「あ、いた。おーい大丈夫?」


「……ルチル・マナガルム」


 ヘングストはすぐに見つかった。証言通り足を痛めているようでその足取りはひどく緩慢でこの調子では日が暮れてしまうだろう。


 彼のもとへ駆け寄り、声を掛ける。


「ボクらについていこうと無理して挫いたんでしょ? 今更だけど自分のペースに合わせた方がよかったんだよ」


 しかし額の汗をぬぐってなんてことはない様子を装う。


「……なんの真似だい? まさか心配して引き返しただなんて言わないだろうね」


「いけない? ほら、歩くのも大変なら支えるけど?」


「余計なお世話というものさ。この程度、どうということはないね」


 バッサリと彼はルチルの申し出を蹴った。


「とはいえ、僕のような貴族には少々適していないトレーニングだったようだ。なに、不慣れな山道だっただけですぐに追いつくから安心したまえ」


 強がった台詞に、ルチルは閉口する。


「こんなやり方では、下っ端としての適正ぐらいしかわからないのさ。あの二人は僕を嘲笑っていたが、今に見ていればいい。僕が騎士になったあかつきにはもっと効率のいい授業に変更させるし、雑兵としてこき使ってやるさ」


「ヘングスト……あのさ、悔しいのはわかるけど、だからって仲間を貶すのはやめようよ」


「なに?」


「だっておかしいじゃんそれ」


 ルチルは真っ直ぐに鋭利な言葉で切り込む。ヘングストはこれでもかと目を見開いた。


「試練の点数も低ければ体力もない。でも自信だけはいっちょ前。そんな調子で威張り散らしてたらさ、周囲に鼻で笑われても仕方ないよ」


「……君になにがわかるんだい……! 僕がどんな想いでこの学院へやってきたかも知らずにずけずけと!」


「わかる訳ないじゃないか。お貴族様の流儀や考え方なんて君の言う平民育ちなんだから知りやしない。でもそれはお互い様、周囲を甘く見ていい理由にはならない」


 いきり立った様子で彼は食ってかかる。


「我がヘングスト家の未来は僕の活躍にかかっている! そのためにはどんな手段だって惜しまないさ! それに相応しい身の振り方をしてなにが悪い!?」


「違うよ。君のそれは、ただの癇癪だ」


 プライドに障ったのかヘングストは森の中で声を荒げる。


「僕と決闘しろ! ルチル・マナガルム!」


 突きつけるように指差し、彼は続けた。


「そこまで言うのなら今ここで白黒ハッキリつけようじゃないか! 僕と貴様、どちらが騎士にふさわしいのか!」


「しない。冗談はその脚だけにして」


「なッ」


「だってボクにメリットなにもないじゃん」


 だがピシャリとルチルは宣戦布告をはね除けた。


「この学院へ入学する為にどれだけ血の滲むような努力をしてきたと思っているんだ。これくらいの訓練は数年前からとっくにこなしてたよ。君は昔のボクらにも負けているんだ。それで手段なんか選んでいられない? 否定するなら決闘しよう? そんなことする前にもっと必死にやりなよ」


 絶句するヘングストだったが構わずたたみかける。


「ボクだけじゃない。君より身分が低い生徒も、お姫様のルビィとデイアだって相応に頑張ってきたんだよ。その結果が出ているだけなんじゃないかな。だからいくら地位が高くても簡単に出世できるほど甘くないと思う。ヘングストだってそれがわかっているからこの学院にきたんでしょ?」


 言葉に詰まっていた。痛いところを突かれたらしい。


「それと、ボクは同情とか情けから戻ってきたわけでもない。心配するのは当たり前じゃないか」


「当たり、前?」


「うん。正直言ってボクも君にいい印象は抱いていないよ。勝手なことばかり言うし、ルビィたちとの関係に口出しされたくない。でも邪険にしようとは思わない。このまま放っておいてざまぁ見ろと考えるのも嫌だったんだ。ましてや、そんないさかいを起こしたまま騎士になっても後味悪いでしょ?」


 ルチル・マナガルムはあくまで対等であろうとする。ゴールドランクとブロンズランクの違い、そして歴然とした体力差があることが分かっていながらも軽んじたりしない。


「余計なお世話ついでにアドバイスするけれど、ボクだって何度もそういう経験をした。弱くて弱くて、打ちのめされて……でもそういう時、その気持ちを前に進む力に変えるべきだって師匠に教えられたんだ。だからいくらでもボクに対抗心を抱いてもいい」


「君は、本当になんなんだ……」


「言っているじゃないか、クラスメイトだって」


 ニコリとほぼえみかけた。


「せっかく学院に入ったんだ。もう少し頑張ってみよう。そうすれば、皆の見る目も変わると思うよ」


 すると、ヘングストは足を動かし始めた。


「……自分で進める。絶対に手を借りるつもりはない」


「うん。それでも構わない」


 気丈に歩みを進めるヘングストを見守りながらルチルもその後をついていくのであった。


 後日談として、



「ルチル・マナガルム! 君の食事には華というものがないなぁ! まずは食器に拘るところから始めたらどうなんだい?」


「またエッグスタンドで食べるのー? 毎朝じゃーん」


「なぁ、サーフィア殿。いつの間にやらあの二人が仲良くなっているようだが」


「オレは知らね」


 その日を境にルチルに絡んでくる機会が増えたという。





次回の更新は10月25日(火曜日)を予定しています!

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