天導士
「……サーフィア、ボクら騙されているんじゃないよね?」
「あ、ああ。夢じゃないと保証するぜ」
「信じられないや……」
ごくり、と生唾を呑む。
翌朝、ルチルとサーフィアは食堂に向かっていた。他の生徒より早起きして日課の自主トレーニングをこなした後である。
この学園に訪れて一番に度肝を抜く経験をすることになった。
「こ、これ全部ボクらで食べていいのーっ?」
「食いきれるもんなら食ってみろって調子だぞこりゃ」
スクランブルエッグに見事な焼き加減のベーコンとウインナー、ふんわり柔らかい白パン。ホクホクのポテト、トロリとしたシチューに皮がパリパリのチキン、プディングまで用意されていた。
生徒全員が大食漢であっても食べきれない量の料理がずらりと並んでおり、寝起きの新入生を盛大に歓迎していた。
「しかもこのご馳走がもしかして毎朝なんでしょ。くらくらするよ~」
「学院は王族や貴族まで在籍する以上これが基本なのかもな。とんでもねぇぜ」
用意されたこれらの朝食は全て無償。ビュッフェ形式で好きなだけ取り放題である。
昨晩は入学祝の宴で特別だったのだろうと思い込んでいたのだが、目の前の光景はそれが大きな勘違いであったと証明していた。
これほど贅沢三昧の日々が待ち受けているとは想像だにしていなかったのである。
「同感だ。よもや米まであろうとは拙にも嬉しい悲鳴だよ」
「あっ、メノウも早いねー」
「うむ。おはよう。せっかくの入学式だが少々雨天が危ぶまれるな」
「ん? それよりお前、生卵なんか持ち出してどうするつもりだ」
相席になった狸魔族のメノウは炊きたての白米を用意していた。
加えてサーフィアが指摘する通り何故か調理していない卵を手に持っている。
「フッフッフッ、これは給仕の者に頼んで貰い受けたのだ。新鮮だぞ? 貴殿らにヤマト流の朝食を見せてしんぜよう」
と、自信ありげにコツコツとテーブルにぶつけて卵を割り、慣れた手際で卵黄を白米の上に乗せる。
それから塩を少量まぶし箸でかき混ぜ始めた。
「これにて完成だ。では早速……」
黄金色に包まれた白米を豪快にかき込んでいく。
「うむ! 美味い美味い! 産みたての卵はやはり格別! ……どうなされた?」
「お前正気か……」
「なに、やってんの……」
ご満悦な当人と対照的に、狼魔族の双子は信じられないものを見るようにドン引きしていた。
メノウとは異なり彼らの生活圏では卵を加熱しないで食べるという習慣がない。
「ヤマトではよくこうして溶いた卵を白米に掛けて口にする。なかなか乙なものだぞ。今度試されては如何かな?」
「え、遠慮しておくよ」
「オレもパス」
「勿体ない、この味を知らぬとは人生の半分を損なっていると断言できよう」
「だって……鼻水すすってるみてぇだもん」
なにげないサーフィア・マナガルムの一言は、その場を沈黙に追いやるのには十分であった。
立ち上がったメノウはコォォ……と息を吐いて徒手空拳を構える。
「今のは聞き捨てならないぞ。取り消してもらおう」
「ハァ!? しょうがねぇだろ気持ち悪いと思っちまったんだから──あっぶね! 突きはやめろ突きはなんか正確に首狙ってきてんぞ!」
「その言葉は我がヤマト中の男児を敵に回したぞ!」
「お前女だろ!」
「ちょっと朝からやめなよも~!」
メノウとサーフィアが揉め始めるのを見て仲裁に入るルチル。
「全く騒々しい。せっかくの優雅な朝が台なしだね」
そんなやり取りに顰蹙を買う人物もいた。馬魔族の御曹司、ヘングストである。
同じく朝食をとっていたようだが全く気付かなかった。
「あっヘングストくんおはよう。君も早いんだね」
挨拶に対して彼は自信満々な様子で鼻を鳴らす。
「テーブルマナーも知らない諸君にはいい機会だ。僕の所作を学びたまえ」
そう言って彼はナプキンを巻き始める。
テーブルの上にはポツンとグラスのような器があり、そこに茹で卵が乗っていた。
スプーンを手に取り、黄身を上品にすくって口に運んでいた。味付けなしである。
「はむぅ。はむぅ。どうだい? これが一流の朝食というものさ」
「おお~美味しそうだなぁ」
「オイ騙されんなアレただの茹でた卵をエッグスタンドで飾ってるだけだぞ」
「我がヴァイス家での食卓なら、此処に山中で採れたてのミニロブスターが並んでいたところなのだがね」
「山にロブスターなんていたっけ?」
「ザリガニじゃね」
「アレは相当ヘドロを吐かせぬと泥臭いのだぞ」
ルチルたちのツッコミにも反応する気配がない。都合のいい思考をしているらしい。
「フフ……とまぁ、こんな具合さ。真似て精進するといいさ」
「昨日しばかれていた割に元気そうじゃねぇか」
「フッ、姫君の平手とあれば受けてしかるべきだろう。光栄なことだ」
と不覚をとった当人は全く堪えていない様子。
「ところでそこの二人組。ひとつ訊ねたいのだが、あの姫君たちと懇意であるという噂を耳にしたが事実なのかな?」
「それがどうしたの?」
「ああ、冗談であってほしかった。あまりの荒唐無稽さに眩暈を禁じえないな。身の丈というものを知った方がいい」
「……えっとぉ、どういうこと?」
芝居がかって哀れんでくる言動にルチルは困惑する。
そこでハッとなったメノウはサーフィアに仕掛けた。
「隙ありっ!」
「んがっ!? テメッ、なにしやがる!」
「なに、先程の侮蔑を取り消させるべく実食をして頂く次第!」
「ざっけんなっ、だ~れが食うか!」
ヘッドロックを掛けている背後でルチルとヘングストのやり取りが続いた。
「ちょうどベスティアヘイムの国とはコネクションを繋いでおきたかったところだったんだ。僕と一緒にこの学院に通われるとはなんと幸運なことか」
「ラッキーなの?」
「そうだとも。同じ学び舎ならば幾度となく交流する機会が多くなる。これならば我がヴァイス家の復権も飛躍したも同然」
要するにコネクションを結びつけるべく、お近づきになりたいようである。
「サムライとやらが不意打ちで襲っていいのかよ!」
「ヌハハ! 隙を狙うこそ武士の上手なれ、といったものだ! さぁ! 口を開け! さぁさぁさぁ!」
「やめろォ!」
ルチルも試験の際ダンジョンで魔石を奪われそうになったことがあり、あまりいい印象を持っていない。
だが、それでも同じ学び舎で過ごす相手と険悪な仲になりたくないルチルは邪険にしようとはしなかった。
「これはいわゆるひとつの助言だよ。王族との交流は少々重荷になるだろう? 相応しい立場であるこの僕がその仲を取り持ってあげようじゃないかという申し出さ」
「え? やだ」
迷いなく、きっぱりと断った。
「なんだって?」
「ボクはルビィの騎士になるって約束したからね。彼女と親しくなりたいのなら自分で証明した方がいいよ。邪魔はしないから」
「なるほど、やれるものならやってみろ……ということか。自分の立場が揺るがないという大した自信だ」
「好きに受け取ってもらっていいよ」
終始ルチルは真摯に応じた。
「……いいだろう。ではその余裕、後悔させてみせよう」
「うん。頑張れ」
と話が終わりそうな傍ら──
「うごごごごっ! この、いい加減にしやがれ……!」
「ええい往生際が悪い! 騙されたと思い一口試してみよ! 飛ぶぞ!?」
「さっきから人が真面目な話をしていればやかましい! なにをくんずほぐれつしているのだね!?」
「コイツが得体の知れん料理食わせようとすんだよ!」
「この者が祖国の食を貶したから取り消させるべく試食させているのだ!」
「そんなことで大袈裟な……は? これを料理と呼ぶのかい? わざわざ吐瀉物のように変えるとは食材への冒涜ではないか、君の故郷とやらは随分と品のない文化──ぶべぇ!」
ヘングストの無遠慮な失言は拳が顔面にめり込んだことで塞がれた。
「ちょっメノウ落ち着いて! 暴力はダメ! ヘングストにも悪気はないんだって!」
「案ずるなこれは無刀術の一種で甲当てと言う」
「いやただのパンチじゃねぇかどこがサムライだ」
逆鱗に触れられたメノウの起こした行動は、言うまでもなく暴力。
「他にもあるぞ、たとえば両親指を口に突っ込んで左右に勢いよく引き千切る顎裂きとか、抜き手で喉を突き刺し呼吸を一時的に封じて料理する無喉道とか……どれがお好みだ?」
「物騒だなぁ!」
「当然だルチル殿。サムライとて刀を振り回すだけが全てではない。得物がない状況でも相手を暗殺する術はいくらでも学びがある」
「暗殺って言っちゃったよ」
「つーかさっき後者の攻撃をオレにしようとしただろ」
すると殴打で錯乱気味なヘングストはビクッと反応した。
「あ、暗殺!? まさか何者かがヴァイス家の発展を妨害すべく僕の命を狙って……! く、くるなぁぁああ──《眩き栄光》ッ!」
襲いかかるメノウを迎撃すべく、目映い閃光を解き放ち食堂を埋め尽くす。
†
入学式は雲行きの怪しい空の下で執り行われる。武芸科と魔導科、そして学問科で百余名にもなる一年生が集まった。
「本日より我々はこの王立学院シルバスコラの生徒として同じ学び舎の下、日々研鑽を培い……」
新入生代表としてデイアが登壇し、見事なスピーチを続けている。
以前であれば人前に出ることをためらい委縮してしまっていただろう。そんな彼女が臆することなく人前に立ち、堂々と役回りをこなした。
それを退屈そうに半分聞き流す猿魔族のエンキと比較的真面目な様子でじっとしている猪魔族のボークがいた。
「こんな天気でなーんでわざわざ外でやるのかねぇ。屋内でやりゃいいのに」
「エンキは辛抱弱いよな。文句言ってもしょうがないぞ」
「続いて、アレキサンダー学長からのご挨拶です」
彼女の宣誓により話を聞いていた生徒たちの空気が緊張感で張り詰める。
「……おっ。ようやく五芒魔星のお出ましか」
「それって昨日言ってたあの?」
「そうだボーク。王国にいるもう一人の魔導士の頂点、アレキサンダー・タングニョースト。天気を操ることからその称号は天導士。マジの大物だぜ」
ヒソヒソとエンキが解説する。
そうして現れたその人物は、長い白髪にねじれ角を生やした山羊魔族の老人だった。頭頂部が綺麗に禿げており、晴天の下で逆光を反射させる。
かなりの齢を召しているようで枯れ木のごとく細く、よたよたと古木の杖をつきながらゆっくりと登壇する。
一同が固唾を呑んで学長の言葉を待つ。
「ほがぁ……」
第一声は、到底言語とは呼べるものではない呻き。
それからもごもごと歯があるかも怪しい口元を動かしてどうにか続きの言葉を絞り出した。
「……ほご……入学おめでと。みんな、よろしくね」
「──以上で学長の挨拶を終了といたします」
プルプルと震えながら学長がそう告げるなり、踵を返して同じように時間をかけて降りていった。デイアは努めて冷静に締めくくる。
それだけ!? と拝聴していた生徒たちは戸惑いを隠せずにいる。
ざわめきに拍車をかけるようにポツポツと雨の雫が降落ちてきていた。
このままではどしゃ降りになる。そう危惧していたところに、
アレキサンダー学長は天に指を掲げた。
──《気象使い》
カッと突然頭上の暗雲に穴が空き、陽光がその場に射し込んだ。晴天が瞬く間に広がっていく。
「これ、あの爺さんがやってるのか?」
「すげぇ……!」
一転した天候の変化に、周囲から感嘆の声があがった。
「……さては、この演出のためにワザと外で行ったんだな」
だが物事を斜に構えたエンキだけがボヤく。
「……ほっほっほっ、この空の如く諸君らも未来を切り開かんことを……」
やがて満足そうに頷き、退壇しようと亀のようにゆっくりと踵を返そうとしたところ、鼻がムズムズしてくしゃみが出そうになったのか立ち止まって身体を微かに前後する。
「……はーっはーっ……へっぶしぃ──ほぎっ!?」
そしてグキリィッ! という不穏な音が腰から響きだした。
「ほげぇぇ……!」
「大変だ! 学長のお腰が爆発したァ!?」
通称魔女の一撃、またの名をぎっくり腰である。
「デイア殿下! すぐに回復を!」
「すみません、怪我ではないものをわたしの力ではちょっと……」
「……ほごご……お、おのれ、魔女王……」
「魔女でも母は関係ないと思います」
教師陣に介抱される騒ぎとなった。
「なんというか、大分……おじいちゃんだな」
「あぁ、くしゃみで腰痛めるヤツ初めて見たぜ」
「なぁエンキぃ? あの爺さんホントにすげぇ人なの?」
「そう思いたい。思いたいところだがなぁ……てかルチルたちはどうした?」
「なんか食堂で食文化について揉めた結果乱闘騒ぎを起こして入学初日から別室で反省中だってさ」
「なにやってんだよあの成績優秀組は……」
こうして、波乱の入学式は過ぎていった。
なお、同時刻にてベスティアヘイム王国の城では、女王が盛大なくしゃみをしていたことをこの場にいた者は知るよしもない。
次回の更新は10月23日(日曜日)を予定しています!
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