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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
王立学院シルバスコラ編
23/108

第Ⅱ覚醒


 胴に巻き付いた蔦をほどき、両足に地面を着くローブの少女は、裾を払って黒煙が晴れるのを待った。


「随分呆気なかったのだけれど期待し過ぎたかしら」


 その呟きには呆れと落胆の感情が含蓄されていた。


 この試験を始める前から事前情報で得た容姿と特徴からサーフィア・マナガルムなる人物を補足し、監視していた。


 初見では見破られにくい罠であったとはいえ、こうも容易く引っかかってくれるとは。拍子抜けだったのだ。


「とはいえこれで脱落なされるような体たらくなら、会った時にガッカリせずに済む……って流石に死んでないわよね? あ、れ……? 返事がない? そこは『これくらいでオレをやれると思ったか?』って出てくるところでなくって!? やっべやり過ぎたかしら!? これはマズイことだわさ──あら……?」


 だが、その独白は尻すぼみになっていく。


 爆心地で異変が起こっていた。


 炎と煙が横合いから吸い込まれてあっという間に消失していくのだ。爆発を起こした当人の意思ではない。



「なっ──うぐっ」


「キキーッ!」


 戸惑う暇もなくいきなり頭上から降ってきた猿魔族の男に組み伏せられ、彼女は地面に抑え付けられた。


「……間一髪だったなサーフィア。オイラに感謝してくれよ」


「いなけりゃいなくてどうにかしてたさ」


 その場にいたサーフィアは無傷のまま佇み、背後で猪魔族の男が口元で手を筒のように丸めて吸い込み口を作っていた。


 彼の魔法紋(ルーン)である《魔導食卓(マギカボラス)》は魔法攻撃の類いを吸収し、無効化する。そして味覚で属性を分析する術を持っているのだ。


 そういった原理も知らないのもさることながら彼女は混乱する。今しがたこの場から逃げ去った筈の二人組が、サーフィアと連携していたのだから。


「……あなたたち、仲違いをしていたはずでは……!」


「元から仲よくはねぇよ。だがただでさえバトルロワイアル状態なんだ。腐れ縁で手の内を互いに知ってる以上、それを利用し合う手はねぇだろ。オレも一人で全員を相手にして勝とうって思い込むほどうぬぼれちゃいないんでね」


「ま、背に腹は変えられねぇから仕方なく手を組んでやったわけよ」


「んなこと言ってエンキぃ、サーフィアと連携とるの満更でもないんだろ?」


「うるせー! 今回だけなんだからな!」


 と、三人は一芝居を打って誘き寄せる気であったことを話した。まんまと罠に掛かったのは彼女の方であった。


 被っていたフードを剥ぎ取られ、少女の素顔が露となる。


 褐色の肌、深緑の長い髪と瞳、木枝のような角。鹿魔族の獣人だろう。


「ところでサーフィア。コイツ、魔法紋(ルーン)を二種類使ってなかったか? 植物を操るだけじゃなくて、魔法的な爆発が起こってたぞ」


 獣人一人につき発現する魔法紋(ルーン)はひとつ。それが原則である。


「ああ、それは恐らく第Ⅱ覚醒(フサルク)に達していたんだろ」


「なんだそりゃ」


魔法紋(ルーン)の進化のことだ。ウチのアホ師匠が言ってたんだが魔法紋(ルーン)は成長するにつれ、従来にはなかった性質に目覚めることがあるらしい。隊長レベルの上流騎士やハイランクの冒険者といった一握りの連中が使えるかどうかなんだとさ」


 つまり、彼女は試験の段階でそれだけの熟練した魔法紋(ルーン)を備えているという証左である。


「それだけじゃねぇ。コイツ、もう魔石揃ってるぞ」


 そう指摘するエンキの言葉に困惑を隠せない。サーフィアと闘わずとも既に合格の条件を満たしていたのだから。


「あん? つまりオレの魔石を狙ったわけじゃないってことだな。どういう了見だ? 恨みを買った記憶はないぜ」


「……素直に話せば解放していただけるのかしら」


「ああそりゃあ洗いざらい全部な。身元、動機、きっちりと説明するのなら痛い目に遭わなくて済むぜ?」


「口説き方が野蛮でお粗末ですこと」


 詰問に対してツンと顔を背けた。答えるつもりはないらしい。



「まぁ、ぶっちゃけそこらへんはどうでもいいんだがな。お前がどこの誰だろうと興味ねぇし」


「あらそう。それはつれないのね」


 それどころかクスクスと、自らの置かれた状況をわかっていないのか彼女はそうこぼしてほくそ笑んだ。サーフィアは顔色を変えずに挑発にあえて乗る。


「そんな相手に出し抜かれたのはどちらさまだ。いらねぇけど魔石を取り上げてふん縛って置き去りにしてやっても構わないんだが」


「そうなるのもごめん被るのだけれど。理想としては黙秘を貫いて解放されることかしら」


「この期に及んで強情なアマだ、まるで」


「──ルビィのようだ、とでも仰りたくて? 随分彼女のことを知ったような口を利くのだけれど、もう何年もろくすっぽ顔を合わせていないのでしょう?」



 先取った台詞にさしものサーフィアの顔も強張る。


「お前、オレとアイツらのことまで知っているのか」


「あらあら? わたくしがどこの誰かなんて興味がないと仰られなかったかしら?」


「惚けんじゃねぇ」


「いやだ野蛮で恐ろしいこと……でも残念」


 ──《緑の恋人(エバーグリーン)》……


 両手を抑えられているのにかかわらず、その周囲から蔦が生えた。四方向から束縛役のエンキに伸ばしたかと思うと不穏な火花が先端から飛び出る。


 ──《魔知草(ラプラスプラント)》・電伝蔦(ヴァインボルト)


 果実が爆発した次は伸びた蔦から放電が起こった。


「ウギャギャギャギャ!?」


 背中の上にいた猿魔族が感電し、たまらず倒れたところを見計らい鹿魔族の少女は出口へ走り出す。


「エンキ!」


「腕を抑えたくらいで無力化した気でいるのは浅はかと思うのだけれど!」


 通路まで逃げ切ったところで彼女はその入り口に蔦を無数に張り巡らせる。追いかけられないように塞ぐつもりだ。


 ──魔闘五技・破断(はだん)……!


 植物のバリケードを斬り倒すべく銀剣を振るい斬撃を迸る。


 が、一部が切断されるなり、そこから同じく電撃が発生して行く手を阻む。


「チッ。迂闊に近寄ればエテ公の二の舞か」


「大丈夫かぁ~エンキ」


「……ま、まだ舌が痺れるぜ」


 エンキは軽いショック状態から復帰し、頭を振るう。無事だった。



「今日のところはこのくらいで勘弁して差し上げるのだわ。せいぜい寝首を掻かれないようにお気を付けなさい」


「オレを狙うのはルビィとデイアの知り合いだからか? 目的はなんだ?」


「答えてもよいのだけれど教えてあげない。なぜなら謎を纏うのが女の魅力のひとつなのだからウフフ」


 根の向こう側で隙間から鹿魔族の少女は勝ち誇ったように笑っているのが見えた。サーフィアはこのアマ……と毒づく。


 私怨なのか誰かに依頼されたのか。それもハッキリしない襲撃を受け、意味深な情報をばら撒いては有耶無耶にされる。そんなやり口に翻弄されていい迷惑だ。


「フフ……それではごきげんようウフフ──」


 魔性な女の微笑を縁取っていたが、去り際に彼女の立派な鹿角が通路の壁に激突。


「──フグッ?!」


 その拍子に素っ頓狂な奇声が漏れたかと思えばたたらを踏み、つまづいて顔からビターンと床に転倒。


「びゃっ!? ウヴァぁぁあああッ!」


 見事に顔を打ち付け、乙女にあるまじき絶叫が響き渡った。


 一連の自滅芸に一同は動きを止める。敵として見なすにはあまりに間抜けで拍子抜けである。



「……オーイ、平気か?」


「……ご、ごれぐらびだびじょうぶよ!」


 たまらず気遣うサーフィアに、フガフガと彼女は応じた。鼻血が出ていた。


 自力で立ち上がり、自前のハンカチで顔を拭き、それからキリッと表情を繕う。


「今日のところはこれくらいで勘弁してさしあげましてよ。それではごきげんよう。一足お先にゴールへ向かわせていただくわ」


「すげぇ、何事もなかったようにしてるぞこのアマ」


「か、彼女たちにお伝えなさい。いずれこのエメラルダ・ケリュネイアが引導を渡すと!」


 塞いだ通路の向こうでそう言い捨てた後、遠ざかりながら独り言を大声で漏らしていた。


『あああああああもぉおおおおおおお! ミステリアスな雰囲気で売っていくつもりが最後の最後でェえええええええ! あれだけ練習したのにィいいいいいい……!』


 遠退く絶叫が反響した後、しばらく沈黙が続いた。


「……よくわからんがどうするサーフィア?」


「深追いするメリットがねぇから放っておけ。合格することのほうが優先だ」


 これ以上関わるのも面倒臭そうだ、とサーフィアは判断を下す。とりわけ困ることはない。


(本当になんだったんだアイツ。私怨にしては随分気の抜ける相手だったし、さっぱりわからん)


 意味不明な刺客に振り回され、げんなりとダンジョンの脱出を彼らは目指し始めた。

次回の更新は10月19日(水曜日)を予定しています!

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