出立
それから更に数年の月日が経った。
田畑の多い風景は変わることはなく、ゆったりとした時間が流れている。
しかし、ヤルンウィドの村では密かに事件が起こっていた。
ダンジョンの入り口で様々な種族の獣人たちが集まり、ただならぬ雰囲気を匂わせている。
一人の大人が暗闇の穴をうかがい、幼い子供に対して話を聞く。
「本当にまだ中に入ったままなのか?」
「うん……度胸試しをするって、やめようって言っても、聞かなくて……うえぇぇん」
悪戯で子供たちがダンジョンに潜り、戻らない子がいると聞きつけた彼らはその入り口で二の足を踏んでいた。
迂闊に入ればモンスターと遭遇する危険性があるため、歯痒い想いをしている。
「ハァ、まーたあそこに入ったヤツがいるのか。恒例行事じゃねーんだから」
「デジャヴを感じるよ。ボクらの時もこんな感じだったんだね」
そこに青銀の髪と山吹の髪を持つ狼魔族の双子が通りがかる。かつてより見違えるほどに背を伸ばし、逞しく成長していた。
彼らに気付いた一人が慌ててやってくる。
「おおルチルとサーフィア、ちょうどいいところに! 大変なんだ! 悪戯で潜った子供が帰ってこない! 冒険者の募集がまだ集まっていないようでな……!」
「見りゃわかる。半端に開放しているからこういうことが起こるんだよ。いっそ封鎖すればいいのに」
「意地悪を言うのはよしなって。貴重な食料源になるモンスターも入るからそれができないのはサーフィアも知っているでしょ?」
「へいへい。ちょっくら見に行くとしますか」
「助けに行ってくれるのか!? た、助かる!」
「安心して、お友達は必ず連れて帰るから」
柔和な面影を残した笑顔を子供に向けたルチルは、目が覚めるようなキレ長の美男子になったサーフィアと共にかつてのようにそのダンジョンへと潜って行く。
通路が枝分かれするダンジョン内は子供が引き返す際に道を間違えて迷いやすいというのが今回みたいな騒動に繋がる。
「うーん大きい足跡があるね」
奥に進むと、ルチルは足元で見るからに靴とは違う獣の歩いた痕跡を発見。
「マッドグリズリーか?」
「多分。でも血の匂いとかしていないしまだ襲われていないと思う」
「なら、そっちを先に片付けた方がいいな」
「夕飯は熊肉で決まりだね。スープがいいや」
「いや、そこはステーキだろ」
「ええ? 煮込んだ方が柔らかいよ」
「塩で豪快に焼いた方が美味いぞ」
「そしたら食べ辛いじゃん」
「せっかくの熊肉だし、食いごたえある方がいいだろ」
そんな倒してもいないのに皮算用な意見が平行線を辿る。だが、呑気なやり取りをしながら歩いていると、
──グゥウウウウウウッ。
「おっきたきた」
「ちょうどお出ましか」
獰猛な唸りが聞こえてきた。話し声を聞きつけてきたらしい。
熊の怪物がじりじりとやってくる。地元のモンスターの中でも危険度がずば抜けて高いマッドグリズリー。よりにもよって子供が迷い込んだタイミングで出現するのは不幸と言えよう。
「じゃあ仕留めた方が決めるっていうのはどう?」
「乗った。恨みっこなしだぞ」
だがルチルたちは脅威としては捉えておらず、標的として競い始めるほどの余裕を見せる。
モンスターの威嚇の遠吠えと同時に二人は飛び出した。
強靭な前脚が繰り出されるも、散開した双子は左右に別れて回避した。
熊の動きが硬直する。
一瞬の内にマッドグリズリーの全身が細かな銀の剣によってめった刺しにされていたためである。すれ違いざまにサーフィアが放っていた。
──剣現陣形・針千本!
ぐらりと巨体が揺れたところにルチルがメイスを振りかぶった。
──魔闘五技・波断!
一閃の軌跡から真空波が巻き起こり、迸った。それはかつてオニキスが見せた間合いを越える斬撃。
熊が鮮血を吹き出して崩れ落ちる。鈍器から繰り出された斬撃を受けたということを、認知できなかっただろう。
そのまま横倒しになったモンスターは沈黙。戦闘に要した時間は数秒に満たなかった。
「はーいボクがトドメ刺したからスープで決まり~」
「待てよオレが攻撃した時点で既に絶命してたんだ。オーバーキルだったんでオレの手柄」
「いや~そんなことないって。まだグラグラ動いていたから確実に息の根を止めたんだよ」
「オイオイこの期に及んで往生際が悪いぜルチルさんよ」
そんな今晩のメニューを決める口論を再開しているとなにかが動く気配があった。マッドグリズリーではない。
「どうやら探す手間が省けたな」
「おーいこっちこっち、助けにきたよー」
隅っこから怯えた様子の子供を見つけ出す。怪我もないようで無事に保護することができた。
そうして二人は熊のジビエを土産に子供を連れ出してダンジョンから凱旋する。
†
「ということがあってね。これはおすそわけ」
「キュキュゥー」
森の泉を訪れたルチルは熊肉の一部を緑のフェザードラゴンは受け渡す。すると『ありがとう』と石板ボードに書かれた文字を見せた。
モッフンも年月を経て体が大きくなっており、立派な成竜になったようである。ルチルたちとの付き合いも長く、かけがえのない親友だ。
だからこそ、今日ルチルは話さなくてはならないことがあった。
「モッフン、時間がきたんだ。ボクらは学院の入学試験を受ける」
「……キュイキュ」
「うん。この町を出て王都へ行く。約束があるんだ」
オニキスから遂に連絡がきた。学院にて一般試験があることを。
当然二人は受験するつもりである。そのためにこの数年間ルチルはサーフィアとともに鍛え上げてきた。
「だからしばらく留守にするよ……モッフン?」
石板をルチルに向けて差し出した。
それには『さびしい』という文字が書き直されている。
「キュゥ……キュゥゥゥ」
「モッフン……」
ぐいぐいと『さびしい』の言葉を押し付けて目を伏せたモッフン。
行かないで、と言いたいようだった。
「……ボクだって寂しいよ。友達だもん」
「キュゥン」
「ごめんね、モッフン。君ともっと過ごしたかった」
フェザードラゴンの顔に触れて身を寄せ合う。別れを惜しみ、その一時を過ごす。
「でも、大丈夫。また休暇の時にでも会いにくるから」
「キゥ?」『ほんとうに?』
「もちろん。王都の色んなお土産を持ってみんなと一緒にね」
またひとつルチルは約束を交わした。
†
そうして出発の日を迎える。
母コーラルは穏やかに息子二人を送り出し、町の人々も門出を祝いにきていた。
「なに!? ブタザルコンビも受験するために先に出発しただと!?」
思いも寄らない一報にサーフィアが仰天する。
同じ学び舎にいた悪童たち……猪魔族のボークと猿魔族のエンキも同じように王立学院を志望していたというのは寝耳に水の話であった。ダンジョン事件から更生したように大人しくなった彼らがよもやこの進路を選んでいたとは。
「試験で一緒になれるんだね。同じ出身の子がいるのはなんだか安心するよ」
「バカ言え、入学の枠が減っちまうだろ……まぁちょうどいい。洗礼式でオレたちを虚仮にした借りを返してやる」
「まだ根に持ってたんだ」
好戦的に息巻くサーフィアに苦笑するルチルであったが、断じて落第しておめおめ帰郷するつもりがないのは同じである。
荷物を背負いながら王都までは徒歩で丸一日移動することになるだろう。
「よし、そろそろ出発するか」
「それじゃあみんな、行ってきます」
「サーフィア、ルチル。その前に──」
──《お伽被り》発動。
母コーラルは魔法紋を用いて姿を変えた。
それは鎧を纏った橙狼の男。双子にとってはうろ覚えなその姿は……
「父、さん?」
「親父……」
「よくここまでデカくなったなチビども!」
ガバッと父ベリルに変身した姿で二人を力強く抱き締める。ルチルたちは戸惑いを隠せない。
「この数年、ずっと頑張っていたことも知ってるぞ! もうどこに出しても恥ずかしくねぇ! お前らはこのヤルンウィドの誇りだ! だから行ってこい、お姫さんたちも待ってるだろうぜ」
豪快な口調まで演じた後に、変身を解除しながらコーラルはコロコロと笑う。
「うふふ、懐かしかった? 本物のお父さんに代わって激励を送るわ」
「ひ、人前なんだからよせって」
照れるサーフィアの言葉を受け、開放しながら続ける。
「お父さんは昔、貴方たちに夢を持って生きて欲しいと言っていたわ。だから騎士になること、王都に行くことにも反対しなかった。きっと嬉しいことや楽しいことばかりじゃなくて、辛いことに危ないこともあるでしょう。でもお母さんも信じている。だからいつでも、その元気な顔を見せにきてちょうだい。手紙も定期的に欲しいわ」
「うん」
「おう」
「それと二人の大好きなミートパイ作っておいたからそれ食べて力つけてね。ちょっとした入学祝い!」
「わぁい!」
「試験前なのにお祝いは気が早ぇよ」
最後に後押しを受けたルチルとサーフィアは、望郷の想いと我が家への名残り惜しさを振り切って旅立つのであった。
その道すがら、遠くから緑のドラゴンが上空で旋回飛行を披露した。
モッフンからも見送りを受けて双子は手を振り、出発する。
次回の更新は10月14日(金曜日)を予定しています!
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