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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
ヤルンウィドの村編
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原石の片鱗


 木々の中を見渡し、オニキスは散策していた。土地勘のある向こうが有利である以上、探し出すのは骨が折れそうだった。


 だからといってこのまま朝までかくれんぼをするつもりはあちらにもないだろう。あくまで闘わなければ合格になり得ないのだから。


 微かな草を描き分ける音と気配を察してオニキスは溜息を吐いた。


「おいおい冗談だろ」


 身を軽くよじり、攻撃を避ける。


 銀光を反射させる無数の剣が飛んできた。だがそれらを容易く避けられて急襲は杞憂に終わる。


「まさか単身で俺に挑んでくるとは、無謀もいいところだ」


「うるっせェ!」


 両手に銀剣を携えて飛び出したサーフィア。手数を増やした決死の特攻を仕掛ける。


 それを涼しい顔で猫魔族の男は片手の剣で捌いた。


 全霊を籠めるサーフィアの剣と数えきれない程交えながらオニキスは一歩も動いていない。その事実に少年自身も歯噛みする。


 投げつけたり策を講じたりと搦め手が多い彼なのだが、欠点があることをオニキスは見抜く。


 まずひとつは現状における決定打の欠如。ただ剣を生み出すというだけではいくら創意工夫をしようと限界がある。より研鑽することで切れ味や速度などを求められるだろう。


 そしてもうひとつは実戦経験の不足。こればかりは子供に求めるのも酷な話ではあるが、誤魔化しようのない事実だ。


 それを今、知らしめてやろう。彼は新たな手を切り出す。


「あーあ、お前一人と戦うのなら、この剣もいらなそうだな」


「……は?」


「代わりに」


 剣を鞘に納めたオニキスがそう言って地面から拾い上げたのは、手頃なサイズの木の枝だった。


「コイツで相手してやるよ。魔法紋(ルーン)も使わずにいてやろう。ほらかかってこい」


「……ざ……っ、て」


 サーフィアは信じられないものを見るように目を見開き、すぐに激昂した様相を見せる。


 これまでの稽古の時でさえ、こんなに舐められた真似はなかった。


「──ふざけやがってェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 木霊する子供の咆哮。


 安い挑発に乗ったサーフィアの猛攻撃であったが、感情任せに叩き込んだ刃が容易く折れてしまいそうなその木枝によって軽々と防がれていく。まるで、太刀筋が吸い込まれていくようだった。


 言うまでもなくこちらは鋭い銀剣である。打ち合えている現状が信じられない。


 屈辱と焦燥。そして幾分かの戸惑いが、サーフィアの胸中を支配する。


(なん、で……! ただの小枝が! 斬れねぇんだ!?)


「これも魔力の使い方だよ。枝を魔力で覆って硬化させているのさ」


 心の奥底にあった疑問を読み取ったとでもいうようにオニキスが回答する。


「魔闘五技。体内にある魔力を利用する近接戦闘術。さっきルチルの魔法を破った迸る斬撃もそのひとつだ。騎士団に入るためにはこれらの修得が必須。白兵戦闘においてこれがないのとあるのとでは次元が変わってくるぞ」


「クソ! クソ! クソクソ! 汚ねェぞ! 今までそんな技の存在すらも教えなかっただろうが!」


「だから言っただろう? 見定めるために俺が稽古をつけていたんだって。お前はもっと察しのいいヤツだと思っていたんだがな」


「テメェ、まさか……!?」


 見込みがない者に、おいそれと教えるわけにはいかなかったのだと。


 奴にとって自分たちの腕は所詮、お遊戯程度のものとしか見なされていなかったと。


 わななき、柄を握り締めたサーフィアはそれでも攻撃の手を緩めない。


「うォおおおおおおおおおおお!」


 遮二無二の一太刀。オニキスが差し出した枝先が刀身に触れるなり、


 火花にも似た閃光が瞬いたと思えば、銀剣が片割れが粉々に砕け散る。剣を構成する魔力ごと壊された感覚があった。


「勢いは買ってやるよ。だがもういい」


 あまりの出来事に呆然とするサーフィアの顔にオニキスの手が伸びた。


 まるで蛇が獲物に食らいつくように、その五指が前頭部をつかむ。そのまま一方的に吊り上げられた。


「が?!」


「見苦しいぞ」


「この……ぎぃやァァああああああああああああああああああああああああ!?」


 喉を引き裂きそうな絶叫が漏れた。反撃しようとした瞬間、彼の強靭な握力が頭蓋を襲う。銀剣を取り落とし、ぶら下がった足をバタバタと振り乱す。


 その足掻きの最中、のんびりとオニキスは語りかける。


「なぁサーフィア、昔は俺も結構やんちゃしててさ。お前みたいな跳ねっ返りの勘違いした同世代のガキを半殺しにして回ったもんだ。奴等にはちょっと悪いことしたかなって今では思うよ。それ以来だーれも俺の前に二度と現れないんだけどさ」


 必死に締め付ける手の万力を掻きむしるも、微塵も緩まる気配はない。


「あのさぁ、こっちはトマトを握り潰さないような力加減をしなきゃならんのだ。もう面倒臭いし、これ以上手を煩わせる前に早く降参しろ」


「だ、れ、が!」


「くだらない意地を張っても仕方ないだろう。そこまでする意味はあるのか」


「やく、そく、してん、だよ……また……会う、って、ぐぁあああああ……!」


「ガキの口約束に付き合わせるな」


 冷酷に言い放ち、力を強める。サーフィアの抵抗が徐々に弱まりつつあった。


(……兆候はなし。まだ尚早だったか、それとも見込み違いか)


 このまま意識を刈り取ろうとした矢先に、視界が光った。


「おっと」


 パッと手放し飛び退くと、両者の間に大きな稲妻が通過した。


 解放されて地面に倒れ込むサーフィア。もう一人に向けてオニキスは標的を変える。


「なんだ、てっきり尻尾を撒いて逃げ出したのかと思ったんだがな、ルチル」


 マジックメイスを突きつけ、目を赤く腫らしながらも険しい表情をしていた。


「ごめん。遅くなった」


「……まったく、だ、おかげでロクに動けねぇよ……」


「ここからはボクがやる」


 選手交代するように今度はルチルが進み出る。すかさずメイスを振りかぶり地面に叩きつけた。


 ──【《超過氷結(オーバーアイス)》】!


 強烈な冷気を発するのでオニキスは更に後退。一面が凍りつき、大きな棘が彼を追って地を走る。


 しかし横合いに飛んで難なく回避されてしまった。


 だが、着地したところも凍結しており、わずかに滑りそうになって踏み留まる。


(なるほど、既に魔法具(アーティファクト)の魔石に魔法を装填していたわけか)


 マジックメイスの先端についている魔石は全部で四個。安物なら貯蔵できるのは一個につき一発。すなわち四発の魔法が準備してあと二発分残っていると見ていいだろう。


 さてどう出るかと窺っているとルチルは再度杖先をオニキスへ突きつけた。


 ──【《超過烈風(オーバーウィンド)》】!


 次なる増幅された魔法は、広範囲に広がる暴風だった。その意図は直接攻撃だけではない。たとえ防がれようと風圧でオニキスを押し込もうとしていた。凍り付いた路面でスリップを狙っているのだろう。


「見込みが甘い」


 オニキスは震脚を入れた。《剛力招来(ストレングス)》によって強化されたことで大地が割れる。せっかく足場を奪おうとして張り巡らせた氷がめくられ、風の攻撃も打ち消された。


(残るはあと一発、どうする?)


「余所見してんじゃねーぞ!」


 怒声が何故か頭上から降ってきた。


 見上げると、いつの間にかサーフィアが上空に移動している。さっきまで地面で力なく倒れていたはずだ。



(今放った風の魔法、本命は兄を打ち上げるためか)


 ──剣現陣形(ファランクス)衝突角(ラムホーン)


 自由落下している彼が繰り出したのは、これまでに見たことのない規模の銀剣。巨人でもなければ取り扱えないほどの重量で、出現させた当人も取っ手を抱くだけで精いっぱいのようだった。


 だが、そのまま落とすだけなら関係ない。真下にいるオニキスへ目掛けて一直線に落下した。


「食らってみやがれ!」


「……いいだろう」


 と、彼はその場から離脱することなく受けて立つ姿勢を見せた。



 ……──《剛力招来(ストレングス)


 間もなくズン、という轟音。近辺が揺れるほどの振動が発生する。



 オニキスの足場が沈む。彼は火力不足と思っていたがその認識を改めることになる。


 目を疑う光景。山脈に刺さってしまいそうな銀の大剣を受け止めている。しかも片手で。


剛力招来(ストレングス)》の発揮する膂力はこの程度では劣らなかった。


「こんなサイズの銀剣を生み出すとは、大した魔力量だ。だが、まだまだ足りない」


「ちく、しょう……!」


「でもさすがに師匠も動けないよね!」


 隙を逃すまいとルチルがメイスを振りかぶって接近。


 オニキスはこれを予期して片腕の余裕を残していた。最後の魔法をさっきと同じようにしのいでしまえばこれで彼らの攻撃は終わる。


 ──【火炎(ファイア)】×《英知の利器(フラクタルオーバー)》……!


 だが、その魔法を発動せんと先端から溢れ出した炎は異常な熱量をほこっている。これまでとは違う。威力が更なる段階へと踏み出していた。


 メイスに亀裂が走るのも構わず、ルチルは解放する。


(アレが例の陛下の杖をぶっ壊した力か。まさに──)


 直前にてオニキス・キャスパリーグは見逃さなかった。


 握りしめる彼の腕が、橙色に輝く光の線が静脈のように枝分かれしながら杖にまで伝っていく変化を。


原石(・・)の力の片鱗……!)


 ──【《極限(フル)超過火炎(オーバーファイア)》】ッ!


 道具の耐久を越えた正真正銘全力の魔法増幅。かつてマッドグリズリーを蒸発させ、ダンジョンの下層まで焼いた灼熱の噴出がオニキスを包み込む。


 同時にマジックメイスはバラバラに砕け散り、ルチルも反動で吹き飛ぶ。


 爆心地が焦土となった。中心では未だに黒い煙がもうもうと立ち昇る。森を越える角度に放ったので焼野原になるのは避けられた。ルチルは這うようにして身体を起こし、ハッとなる。


「サーフィア!」


 銀剣が消失し、サーフィアが力尽きた様子で墜落していた。10メートル近い高さから受け身を取れずに激突しようとしている。


 すると黒煙の中から飛び出したオニキスが彼を拾う。全身にうっすらと煤を被っているも健在のようである。ルチルは戦闘をしていたことを忘れて駆け寄る。


「し、師匠、サーフィアは……」


「大丈夫、気絶しているだけだ。しばらくすれば目を覚ますさ。どっちも大したもんだよ、まさか本当に俺に一撃くらわせるとは」


「じゃあ……!」


「よくやった、合格だ。忘れるなよ、その気持ちを」



 緊張感が抜けたのかへなへなとその場で膝をつき、ルチルは嗚咽を漏らす。



 それから少しの時間を置くとサーフィアが目覚め、あらためてオニキスからの話があった。


「試験、だっただと?」


「ああ。もし達成できなかったらできなかったで、学院のエリートコースとは別に騎士団の下っ端として働き口を融通するつもりでいたんだがね。出世からはかなり遠いが堅実な道だろ?」


「師匠~人が悪すぎるよぉ……」


「ハハ、これぐらいの修羅場のひとつやふたつはくぐって貰わないとお姫様方といるのにケチがつく。追い詰められたお前たちの実力も十分にわかった。いずれはどこの隊に出しても恥ずかしくない人材になるさ」


 そこまで太鼓判を押してくれた。


 いや、オニキスはそれでも内心足りないくらいだと思っていた。想定以上だったのだ。


 自分に一撃をくらわせるという条件は元より合格の範疇にない。彼が課していた本当の試験は『不屈』である。


 壁にぶつかり、挫折を見せつけ、それでも立ち向かい全霊を見せてくればそれでよし。なのに、この双子は──


(将来、化けるだろうな。さすがはあの人の……)


「これで遠慮なく学院に入れるってことだな」


「えへへ、またルビィたちと一緒になれるね」


 希望と喜びに満ち溢れたルチルたちであったが、オニキスは首を傾げる。



「学院に入学するための試験は受けて貰うぞ? 座学とかこれから頑張らないと」


「「は?」」


「だって俺にそこまでのコネなんてないし、そんな横暴通せるわけないじゃん。陛下ぐらいにならないと」


「じ、じゃあ今夜の試験て入学の手続きをさせてくれるためだったんじゃあないの……?」


「お前たちを見極めろとのご命令だったから成長具合を試しただけ。王立学院シルバスコラを目指せるかどうかを決めてやるのには実戦がてっとり早いでしょ。いやぁよかったよ本当、十分通用するレベルだ」


 ポンポンと二人の肩をたたき、朗らかにオニキスは笑う。


 双子から同時にグーパンが顔面めがけて放たれた。


「ほげェ!?」


「テんメェー! あれだけ痛めつけられた成果がなんの見返りなしとかふざけてんのか! オレたちがどんな目に遭わされたか母さんに言い付けてやろうか!?」


「師匠のバカー アホー! メイス壊れちゃったじゃないか!? 弁償しろォー!」


「悪かった悪かったって! そう怒るな! 契約書なんざなくてもちゃんと面倒看てやるし買ってやるって!」



 こうして二人はオニキスの試練を無事に乗り越え、学院を目指す第一歩を踏み出したのであった。


次回の更新は10月13日(木曜日)を予定しています!

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