夜陰に鳴く
その晩、森林では大砲を放ったような轟音が幾度となく響き渡っていた。
雑草のように大木が何本も吹き飛び、地面がパズルのピースみたいにバラバラとなって舞い上がる。
その光景がいち個人の所業であるとは遠くから見る者には理解できないだろう。
オニキスは魔法紋の力を存分に奮い、まだ幼い狼魔族の双子を蹂躙する。
厄災の黒暴猫の異名はその無差別な破壊力から所以するものだった。
「がはっ」
「うぐっ」
剥き出しとなった地面に転がったルチルとサーフィア。直撃は免れてるとはいえ、無数の傷が浮かんでいた。
彼らの苦悶に対して頓着がない調子でオニキスは投げ掛ける。
「どうした、もう降参か? まぁ確かにデイア姫がいなくなってダメージをすぐに治せない以上、見切りをつけるのは大事なことだ。その方が俺としても助かる」
「クソ、が……」
口汚い悪態を吐き、サーフィアが身体を起こす。
その場で手をつき膝をついたルチルは俯いたまま立ち上がろうとする気配がない。
「お、おいルチル! 早く立て! 野郎こっちきてんぞ! なにボーっとして……」
叱咤するサーフィアの言葉が彼の表情を見て途切れる。
目を見開き、奥歯をしきりに打ち鳴らして怯えの色を浮かべていた。とても闘える様子ではない。
「さっきの魔圧で戦意喪失か。だが、恥ずかしいことじゃあない。恐怖を知ってる奴ほど引き際がわかっていて生き残るもんだからな。お前は繊細な子供だよ」
オニキスに待ったはない。歩みを進め、早めていく。
「とはいえ、今回においてその判断は賢明とは言えないな」
「くっ」
──剣現陣形・防壁!
サーフィアはすかさず目の前に無数に出現させた幅広の銀剣をバリケードのように組み合わせて展開。足止めをして態勢を立て直そうとしていた。
しかし、それは薄氷よりも脆く蹴散らされた。銀剣の壁が砕け、バラバラになり、黒猫の男が飛矢のごとく迫る。
「はりぼて作って身を守れるわけがないだろ──」
「わかってんだよ!」
たやすく突破してくるのを待ち構えていたサーフィアは、次なる手を講じていた。
地面に深々と突き刺した取っ手のない銀の剣の上に幅広の大剣を立て掛け、ルチルを背負って下側に乗った。
奇妙な造形物にオニキスは目を瞬かせる。
(剣でできた、投石器か?)
銀剣をより合わせたシーソー台を即興で組み上げていた。刀身と刀身がくっついて骨組みのように生成されたものや両先端が柄になっているものと剣と呼ぶには歪な形状である。
形状やサイズ、重量さえも自在に変えられる《銀剣錬製》の応用。その用途はなにもただ武器として扱うだけでないことを彼は実演してのける。
「うらッ!」
次いで自重よりも圧倒的な質量の大剣を無数に出現させて反対側へ勢いよく落とす。けたたましい金属音が鳴り響いた。
テコの原理を利用して二人は森の上を飛び、闇の中に消えた。その場を離脱する一部始終を見て取り残されたオニキスは感心する。
「剣を生成するというシンプルな力でこんなことをするとは。ずいぶん器用なヤツだ。サーフィアの発想力には光るものがある。さて、ルチルの方はどうかな」
正念場だ、そうひとりごちたオニキスは、お望み通りサーフィアの時間稼ぎに付き合うために歩いて探すことにした。
†
倒木を背に身を潜めた双子は、息を整えて体力の回復に努めている。
周囲に警戒を張り詰めるサーフィアと膝を抱えてうずくまったルチル。
「遊びで作った技が役に立つとは。実戦だって言うのなら一時撤退も立派な選択肢だよな。しかしあの野郎、騎士を束ねる隊長とやらのくせに大人気ねぇったらありゃしねぇ。なぁそう思わねぇか兄弟?」
緊迫した状況を少し和ませようとおどけたが、弟はそれどころではなかった。
「サー、フィア」
「おいルチル、平気か」
「……え、へへ……ダメ、かも」
そう言って力なく笑う彼の身体は未だに震えが続いている。恐怖に全身が打ちのめされていた。
脳裏に熊の怪物に襲われた記憶がよぎり、新たに同じヒトの姿をした怪物に蹂躙された出来事が刻まれる。
なにより、自らの実力を真っ向から潰されたことがよっぽど堪えたのだろう。
「怖いんだよ。本当の実戦が、戦うのが……ひとつ間違えたら死ぬかもしれないって考えちゃうんだ」
「お前……」
「昔さ、お父さんは天国にいて死んだ時に会えるってお母さんが言っていたよね。もし今ここで死んだらどうなるんだろう。死ぬってどんな感覚なんだろう。どんな気分なんだろう。天国って本当にあるのかな? お父さんに会えるのかな? それともただ真っ暗で、ただなにも見えなくて、なにも感じなくなっちゃうの? そうやって色んなことを考えていく内に、ゾッとして身体がすくんじゃうんだ……」
気温とは別の寒気がルチルを襲う。
「ごめん……サーフィアごめん、ボク足手まといだ……」
何度も謝りながらついには涙声になるルチル。サーフィアは逡巡の後に肩をたたいた。
作戦会議をしたかったのだが、これではとても協力を期待できない。そう結論を出して彼は立ち上がる。
「わかった。オレだけで行く」
「……い、行くって、どこに?」
「オニキスに一発ぶちかましに決まってるだろ。でないと学院への入学を認めてくれなさそうだからな」
「怖く、ないの? あんな強い人に立ち向かっても、痛い目に遭うだけだ。本気だったとしても、本当の殺し合いじゃないんだよ?」
あれだけの力量の差を見せつけられてなおあっけらかんと立ち向かうとするサーフィアの態度が、ルチルには信じられなかった。
背を向けながら彼は言う。
「おっかねぇに決まってる。相手は王立獣魔騎士で百戦錬磨で名高い日鷹卿の称号を持つ隊長サマ。ヤツとオレたちじゃあチビの犬っころとライオン……種族としての立場がまるで逆だ。あんなバケモノじみた力を見せつけられてビビらないわけない」
「じゃあ、どうして……」
「ここで諦めて二度とデイアに会えなくなることの方が何倍も怖いからだ。お前は、ルビィにもう会えなくていいのか?」
その一言がルチルの胸を穿つ。
「たとえ会えたとして。今日のことを胸を張って言えると思うか? おめおめ合わせる顔はないだろ。一生後悔することになるぞ」
「…………」
「だからオレは行く。お前もどうするのかここで決めろ」
言い残してサーフィアは森の中を駆け出した。
独りになったルチルはポツリと呟く。
「ルビィ……」
彼がどんなことをデイアと話し合ったのかは詳しく聞いていない。だがきっと、自分のように再会を約束してこの困難に立ち向かおうとしているのだろう。
「ボク、だって……そうだよ……」
脳裏に浮かぶのはルビィの自信に溢れた笑顔、拗ねたり怒ったりしてむくれた顔、そして滅多に見せることはなかった涙に濡れた顔。これまでのやりとりの記憶がどんどん溢れてくる。
──その功績を讃えて将来はアタシの専属近衛騎士に任命してあげる。
──悪くは、なかったわ。
──だからルチル、アンタもアタシのこと忘れたら承知しないわよ。
──……せめて……最後くらい……おとなしくお別れを言わせなさいよ……バカぁ。
──アンタのこと信じているから、絶対に迎えにきなさい。
「ボクだって、会いたい。会いたいよぉ……ルビィぃぃ!」
吐露した葛藤は、夜陰に消えた。
「……もっと、色んなお話をして、一緒にご飯を食べて、一緒に一緒に遊んで……!」
まだ別れてそう長くはない。そんな気持ちだけが強くなる。
だが彼女は戻ってこないのだ。もう二度と、自分の役目と居たくなくても居るべき場所があるからだ。
ここで諦めたら、この想いをずっと背負って行かなくてはならなくなるのだ。そんな苦しみを、ずっと。
そんなの嫌だ。絶対嫌だ。絶対に絶対に。
反芻していく彼女の思い出の中でも特に印象的だったあの言葉が蘇った。
──男の子がそんなにみっともない顔するんじゃないの、ほら立てる?
泣くな、泣くな、ルチルは自らそう叱咤する。
「ふうぅぅ……うううぅぅヴヴヴッ! 」
嗚咽は唸りへと変わった。
震えは抜けきらないが、力は入る。ルチルは意思を固めて立ち上がる。
次回の更新は10月12日(水曜日)を予定しています!
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