黒暴猫
オニキスが家へ稽古に訪れた日、狼魔族の双子の面持ちが違っていたことをすぐに察した。
理由は言わずもがな、猫魔族の双子姫がこの村を去ってしまったからであろう。
「師匠、お願いがあるんだ」
「オレたちを王立学院に入学するための手伝いをしてくれ。試験があるんだって言うのなら受ける。アンタならそういう伝手ぐらいあるだろ?」
「もっと鍛錬が必要だって言うならいくらでも増やすし勉強だってする。だから、師匠の力を借りたい」
大方、彼等が自分に頼み込んでくるだろうと想定していた。
「そう、だな。確かにシルバスコラへ行くのが騎士に入る正道でメジャーな手段だ。俺もそこを出た身だから入学へのいろはもわかる。その反面狭き門だがな」
卓上の向こうでオニキスは首肯する。返答にルチルは息巻いた。
「じゃあ……!」
「だがそうする義理もないんだなこれが」
バッサリと切り捨てる。面白いくらい戸惑う反応を見せた。
立ち上がり、壁に立て掛けてある誓約の羊皮紙を眺めながら黒い猫魔族の男は続ける。
「俺が請け負ったのはあくまで指南であってコネ作り役じゃあない。なんたってそんなことしなくちゃならないんだ?」
「じゃあ、どうしてボクたちを……」
「そりゃお前たちを見定めるため。それ以上でも以下でもない。ずっと面倒を看るなんて誰が言った?」
「……お眼鏡にかなわない、とでも言いてぇのか?」
「だからそれをこれから確かめるんだよ。今後も磨き上げるべき原石か、ただの路傍の石ころだったのか」
言って彼はその契約書を破り捨てる。潮時だ。
「オイ! なにやってんだ!?」
「俺の指導は今日ここまで。元々王女の経過観察とお目付け役という建前上のおまけだったんだ、これ以上付き合う必要もない。さっ、外に出るぞ。言うことを聞かせたいなら腕づくでやってみろ。一発でも入れられたら手続きの件、考えといてやる。だが、もしそれができなかったらあの二人のことは諦めろ」
「師匠……ねぇ師匠!」
「くっ!」
独りでに燃え消えた羊皮紙とショックを受けている双子であったが気にも留めずオニキスは家を後にした。
鬱蒼とした森の中で三人は移動していた。大分歩いて夕方から夜になり、人気のない暗がりで戦闘を行うようである。
「早速始めるとするか。準備はいいな?」
普段であればサーフィアから刃の潰した銀剣を借りて稽古を行うのだが、今回彼は自前の剣を帯刀しておりそれを抜く。
柄から刀身まで闇に紛れるような漆黒の剣だった。明らかに生半可な業物ではない。
二人がそれを目にした時にはそれの銘も正体も知るよしもなかったが、今は問題ではない。
「見ての通り、今回は実戦形式でやる。本気できた方がいいぞ。お前らのことだ、大方隠し玉とか用意して──」
オニキスが話をしている途中で、鼻先にまで銀の刃が迫っていた。
有無を言わさぬサーフィアの不意打ちであったが、彼は身軽に後退して避けてのける。
「まだ話の途中なんだがな」
「アンタが実戦感覚でやれって言ったんだ。ルチルも遠慮すんな!」
「う、うん!」
ルチルもマジックメイスを構え、二人がかりで彼と相対する。
それは初めての稽古を受けた時と同じだ。ただしルチルたちはそれなりに鍛え上げられ、あの頃よりも格段に実力を伸ばしている。
ただし、懸念すべきなのはかつて彼が課した条件……すなわち、オニキス・キャスパリーグに一本取るということなのだが、幾度となく剣を交えた中で成功した試しがないのだ。
だから今回の試練は、あまりに過酷で高難度であることは嫌というほどルチルたちはわかりきっていた。
サーフィアが先行。容赦を捨てた太刀筋はかつては触れることもできなかったオニキスに防御をさせるほどに早く、鋭く、苛烈になっていた。
彼がまた追撃している内にルチルは片手から【雷光】を繰り出し、メイスの魔石に装填。今回は制限不要と受け取り、持てる力を出して挑むつもりだった。
攻めあぐねていたサーフィアがオニキス目掛けて剣を投擲するも、一振りで弾かれる。
しかし素手となった筈の手には既に新たな銀剣が握られていた。彼の魔法紋である《銀剣錬製》は魔力がある限り無尽蔵に生み出される。
しかも逆手に再度投けつけるのと当時に変化が起こった。
手放された直後で銀剣が分裂したかのように数本に増えて飛来。投擲直前に合わせて生成された複数銀剣が、二投目の物理エネルギーと同じ状態になったのである。
──剣現陣形・針千本!
だが一斉に襲い掛かる銀剣に対してもオニキスは動じることなく目にも留まらぬ剣裁きで弾き、いなしてのけた。決定打に欠けている。
しかし、それはあくまで注意を惹きつけるための牽制に過ぎない。
──【雷光】×《英知の利器》
横合いからルチルは稲妻を内包したメイスを携え、大きく振りかぶる。
──【《超過雷光》】!
眩い雷火がオニキスを包んだ。近距離での魔法具を介して増幅した大規模な魔法は、さしもの回避しようもないだろう。
さすがに師であれば死ぬことはない。そうたかをくくった上での本気の攻撃であった。
奥の木を焼き、薙ぎ倒すほどの威力を備えたそれを浴びせたのだが、ルチルは自らの目を疑った。
稲妻が二分された。見えないなにかがルチルの髪を掠めて通過する。
オニキスは受けていない。勿論避けてもいない。その場にいながら何事もなかったかのようにやり過ごしていた。
「え……?」
ただ、その足元の地面には大きな斬撃でも通ったように深く、長く、えぐられている。オニキスはなにかを振り下ろし終えたような姿勢だった。
ルチルの顔は凍りついたように固まり、サーフィアもその結果に絶句する。完全に決まったと思っていた。連携も上手くいって持てる力をありったけぶつけたつもりだった。
しかし、ここまで通用しないとは思ってみなかった。
「今のが隠し玉か? なるほど、子供にしては上出来だ。もっと実戦を経験すればちょっとしたダンジョン攻略やモンスター討伐くらいなら任せても構わないだろう」
涼しい顔をしたままオニキスは雷撃を切り開いた剣で自分の肩をたたく仕草を見せる。
「だが、悪い知らせをするとお前らくらいのレベルなんて掃いて捨てるほどいるぞ。王立学院の生徒の上級生ともなればこれでも赤点になるかどうかだ。まさか、この程度で強くなれた気でいたんじゃないだろうな?」
彼の本気からすれば二人の技量も赤子同然であると、ハッキリ言い放たれる。
呆然とするサーフィアが渇いた口をどうにか動かす。
「……今、なにをした……」
「おいおい、今の見たらわかるだろ? 斬っただけだ。鋭利な剣圧。単純な上から下への振り降ろし。魔力も多少籠めたその斬撃の余波が間合いを越えて奥まで行ったんだよ。そういう技があってな……まぁそれはそれとして、危なかったなルチル、下手に動いていたらお前真っ二つになるところだったぜ」
迎撃だけでなく反撃を含めたそれをあえて逸らしたのだと言外の意をルチルは受け取った。
「そしてこれはその中の応用──浸伝・魔圧」
極めつけに、オニキスの全身から見えない何かが噴き出した。それに二人は叩かれ、怯み、プレッシャーのような緊張感を覚えた。
「安心しろ。こいつはただの魔力放出だから害はない。格下のモンスターを追い払ったり、術者の力量を思い知らせる小技だよ」
知らず知らずのうちに身体が小刻みに震え出す。
「そして最後にひとつ教えてやる。俺の魔法紋は《剛力招来》。身体強化を行うというごくありふれた能力だ。ただ、その魔力に比例して上限知らずという点が特殊なんだけどな」
初めて知らされた師の力。
ルチルの震えが増していく。メイスを取り落としそうになるほど力が入らない。
彼は思い出していた。1年前、ダンジョンに入り込んだ際に経験したモンスターとの戦闘のことを。
そこで体感した実戦の……死を彷彿させたあの恐怖を。
怪物にも錯覚した黒猫の獣人の金眼が鬱蒼とした夜の森で妖しく光を反射していた。
彼の名はオニキス・キャスパリーグ。
「気を引き締めろよ。《剛力招来》を使うとなると手心を加えようにも加減が難しいんでな、生半可な覚悟で臨んだら……死ぬぞ?」
厄災の黒暴猫という通り名を持ち、これまでの戦争では敵味方にも畏れられた王国最強の騎士だった。
次回の更新は10月11日(火曜日)を予定しています!
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