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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
ヤルンウィドの村編
13/107

訪れたその日


 それから更に数か月後。


 ルチルとサーフィアは普段通り学校へ通う途中にルビィとデイアの住む屋敷に赴く。


 いつものように尋ねるも既に先に登校したと聞き素直に向かう。


 この時はまだ、この日に待ち受ける出来事を知る由もなかった。





「おかしいなぁ。ルビィもデイアも見掛けないや」


「まさかズル休みか? モッフンのところにでも行ってるんじゃね?」


「デイアならまだしもルビィならね。もしかして校舎の近くまで乗ってきたりして」


 ありえそうな冗談を狼魔族の双子が交わしていると、



「はい皆さん今日は大事なお知らせがありますよ!」


 合いの手で注意を惹きつけた先生が教室へ入り、生徒は視線を集める。


「アレ? ルビィとデイアだ」


「まさか遅刻で大目玉ってヤツか」


 何故か後続に姿を見せなかった彼女たちが歩き教壇の前に並ぶ。



「昨年からこの学校にいらしていたお二方は、今日この日を最後に王都へお戻りになられます。かの王立学院シルバスコラに入学へ向けて本格的な教育に入られるためです。そこは一般人でも優秀な人材しか入学できない学院であり、そちらで卒業することこそ王族としての責務なのですよ!」




「……は?」


「……え?」



 最初は、言葉の意味がわからなかった。生徒たちも顔を見合わせたりざわついていたりした。


 特にルチルとサーフィアは身近にいた筈なのになにも聞かされていなかったことでショックのあまり受け入れられずにいる。


「はい静粛に! 本日は授業を中断し、送別会といたします。一緒に過ごされたこの時間に感謝を籠めて、皆さんも姫様たちをお送りしましょう」


 誤魔化すように先生は強引に切り出し、急ごしらえに花束などを用意した。恐らく教職員からしても寝耳に水であったのだろう。


 粛々と送別会は行われ、彼女たちにとってこの学校最後の一日はあっという間に過ぎていった。


 ルビィは明るく他の生徒たちにお別れを言い、デイアも普段よりも自分から話しかけて感謝の言葉を述べている。


 その間、いまいちそこに混ざれなかったルチルとサーフィアは二人に声を掛けることができずにいた。



 ようやく話ができたのはその帰り道である。四人はしばらく沈黙したままであった。


 雲を燃やすような夕焼けの下、話題を切り出したのはサーフィア。


「王都に戻るって、どういうことだよ」


「言葉通りの意味よ。引っ越すことになったの。王宮で勉強の毎日ですって」


「なんたって急にそんな話に!」


「そうね。それが持ち出されたのはつい先日のことね。けれどわかっているでしょう? いつまでもアタシとデイアはここにはいられないんだって」


 その時がきたのよ、とルビィはどこか他人事のように語る。


「その学院は王都から少し離れた森の奥にある全寮制の教育機関。騎士志望から博士号をとる学者まで幅広い分野の人材を養成する場所よ。貴族や他国の王族も通うらしいわ。そこでの交流に不備がないようにアタシたちは数年間しきたりや階級社会についても教え込まれるの。面倒なことこの上ないわ」


「……少しの間でも、こっちに戻れないの?」


「無理ね。お目付け役がこれまでみたいにちょっと村までお出掛けなんて許してくれないわ」


 話を聞いている内にルチルたちの顔は曇っていく。避けようがない事態なのであると悟ってしまった。


「だからここでお別れ。アンタたちには感謝しているわ、とても楽しかったし、友達を作ることもできたから」


「……っ!」


「デイア!」


 耐えかねた様子で突然デイアが走り出す。帰り道の方角ではない。


 すかさずサーフィアが追い、立ち止まったままのルビィとどうしようかとオロオロするルチルが取り残された。


「……あの子も往生際が悪いわね。今更反抗したってどうにもならないのに」


「ルビィ……」


「ま、サーフィアが居れば大丈夫でしょう。ねぇルチル、せっかくだから寄り道したい気分だわ。ちょっと散歩に付き合わない? 行きたい場所があるの」


 誘われた彼女に付き添い、寄り道をすることになった。


 そうして少し歩いたのが林道である。それは最初に出会った場所だった。


「懐かしいわねぇ、ここでアンタが雑木林から飛び出してぶつかってきたのよね」


「うん」


「あの時のアンタの泣きべそときたら、たちまち怒る気力も失くしたわ。あんな風に弱気なとこ、他の女の子に見せちゃダメだからね」


「うん……」


「あっという間だったわぁ、ここでの生活。暮らしてみたらのどかで平和でみんな楽しく暮らしていて、市民がどんな風に生きているのか知ってよかったわ。野イチゴの味、湖の冷たさ、原っぱの寝心地、干し草の香り。あと、ワイン作りに使うブドウが酸っぱい方がいいってこととか知らなかった。他にも色んなものを見て学んで教わったこと、絶対に忘れない」


 言って夕焼けに照らされた田畑を眺める。まるで、最後にこの眼に焼き付けるように。


 かつて彼女はその風景をド田舎と揶揄していたが、今では第二の故郷のように思っている。



「だからルチル、アンタもアタシのこと忘れたら承知しないわよ」


「……あのさ、ルビィ」


「ん? なにかしら」


 言動は相変わらずでも、彼女の表情はいつになく穏やかだった。振り返り、ルチルの顔を見て話を聞こうとした。


「君は、本当に転校することに納得しているの?」


「そうね。こればかりは仕方ないわ。だってこれは母様が決めたことで──」


「そうじゃないっ!」


 反して、感情的に声を荒げるルチル。


「なによ、急に。アンタらしくないわよ」


「らしくないのはルビィの方だ! こんなにあっさり受け入れるなんてルビィじゃない!」


「ちょ、ちょっとルチル……!」


「君は! 本当に! これで納得しているの!?」


 両肩をつかんで迫り、心の丈を言葉にして捲し立てる。


「せっかくルビィたちと知り合えたのに、これまでずっと一緒だったのに! 突然のお別れなんて受け入れられない! これで離れ離れだなんてボクは嫌だ! どうしてそんな場所に行かなくちゃならないんだよ!?」


「……っ」


「ボクは君の専属近衛騎士なんじゃなかったの!? 約束したじゃないか! 誓ったじゃないか! なれるようにボクは頑張ってきたんだよ!?」


 彼女は唇を噛み締める。葛藤を堪えるように。


「ルビィ、いつもみたいにワガママを言ってよ。本当の気持ちを教えてよ。なんでも話してくれたじゃないか。楽しいって気持ちも、悔しいって気分も、面白いって思った出来事も、辛かった日の時も」


 切実な訴えは彼女の琴線に触れていく。


「それとも本当は、ボクらのことなんか、ボクのことなんかどうでもいいと思っているの? もう二度と会う気がないから、なにも言わなくても構わないって……」


「いいわけないでしょッ!」


 少女も声を張り上げた。



「そんなわけない! アタシだって嫌に決まってるじゃない! こんなに早くここでの生活が終わるなんて考えもしなかったわよ! だけど遅かれ早かれこうなっていたの!」


「だったら……!」


「とっくに抗議したわよ! でも、ダメだった。これでも猶予を伸ばしてやったんだって、だからこれ以上は引き延ばせないって。母様にハッキリ言われたの!」


 母である女王との交渉は上手くいかなかったという。


「決まったことなの。明日には王都に戻らないといけないわ」


「そん、な、それじゃ……」


 それでは学校どころかこの町で最後の一日ではないか。


 力が抜け、彼女の肩に置いていた手が落ちる。


「本当は……この村から、ルチルたちから離れたくないわよ……! もっと、一緒に学校に通って、モッフンと遊んで、またみんなでお祭り行って、お買い物して、ただ一緒にいるだけでも、よかったのに」


「ルビィ……」


「せ、せめて……最後くらい……おとなしくお別れを言わせなさいよ……バカぁ」


 後腐れがないようにと振る舞おうとしていたのに、保つことができなかった。


 涙をポロポロとこぼしながら絞り出すように訴える。ずっと我慢していた心の内を曝け出す。



「……やっぱり、いやよ、やだ、やだ……もっとここにいたい。もっと暮らしてたい、もっと四人でいたいずっと一緒にいたいそばにいたいの戻るのなんていやよ……あっちに友達なんていないルチルもサーフィアもいない。ここがいいわ……離れたくないわ……だから、こんなに早く、お別れなんてしたくないわよ……」


 やがて嗚咽を漏らし、顔を覆った。いつもの気丈な女の子が弱々しい面を見せた。


 ルチルも顔をくしゃりと歪め、握り拳を作る。


「ル、ルチルぅ……アタシ、どうしたら……いいの」


 今の自分では、幼い子供では、なにもできない。いや、どんなに力をつけていたって王女である彼女をどうこうしようというのが無理難題なのだ。


 どうしたらいい。葛藤にもがき、懸命に考える。

 

 しかし、ルチルはひとつの結論に辿り着いた。


 だったら、


「だったら、ボクが君のもとへ行く」


「……え?」


「だから、その学院へボクも通うって言っているんだ」


 突然の発言にルビィは悲嘆の息を止める。


「……む、無理よ。だって、アタシが通うのは貴族や王族だけのクラスで……」


「でも、先生が言っていたよね、その学院は優秀な人材を求めるんだって。それってつまり、ボクやサーフィアみたいな平民の生徒でも優秀だと認めたら入学できるところがあるんじゃないの?」


 そうだ。あくまで彼女が通うというその特別準備クラスというのは幼少の内から英才教育をするために設けられた場所。


 それが過ぎれば王立学院シルバスコラで一般の生徒と席を並べるのではないかとルチルは考えた。


 それならば、あとは単純だ。彼女が此処にいられないのなら、自分たちがそこに向かえばいい。


 死ぬ気で勉強して、死ぬ気で鍛錬して、死ぬ気で努力して、彼女たちと同じ学び舎になればいいのだ。



「君の言う通り、今は無理なのかもしれない。でも将来その学院に合格して合流できれば、また一緒にいられるはずだよ」


「ルチル……」


 目を赤く泣き腫らしたルビィがこちらをまっすぐ見つめる。ルチルの眼には覚悟の光が宿っていた。


「約束するよ。君にまた、会いに行くって」


「本当に?」


「どれだけ時間が掛かっても、何年経っても。だから……──」


 泣かないで、と言い掛けた狼魔族の少年の顔に赤髪の猫魔族の少女が重なった。


 濡れた温もりが伝わる。突然のことにルチルはたじろぐ。


 頬に口づけを受けたのだ。


「ル、ルルルビ……ッ!?」


「……これは、保険よ。離れていても約束を破らせないための……その、見えない印、みたいな感じ……こ、こんな光栄なことはないんだからね! あ、ありがたく、受け取るといいわ!」



 口元を隠し、別の意味で赤くなったルビィが歯切れも悪く言う。


 お互い気恥ずかしさで少しの間目をそらした。


 だが、もう憂鬱で悲観的な気分は霧散していた。未来を見据え、二人は進もうとしている。


「アンタのこと信じているから、絶対に迎えにきなさい。それまで……がんばるから」


「……うん」


 ルチルはその場に跪き、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。


「ルチル・マナガルムは、あなたの騎士になることをここに誓います」



 一方。


 白い髪をした猫魔族の少女は片隅で座り込み、さめざめと泣いていた。


 しゃくり上げ悲嘆に喘ぐ彼女の隣でサーフィアが腰を下ろす。



「嫌に決まってるよなぁ。親が決めたことでも強引に居場所を引き離されるなんて」


「……」


「悪い。こういう時に気の利いた言葉が思いつかない。だから俺にしてやれるのはこれくらいだ」


 なんの気なしに彼女の頭に手を置き、慰めるように撫でた。


「まぁ楽観的に考えたら、こんな片田舎で暮らすより王都の方が過ごしやすい筈だろ? その学院できちんと友達作れるかどうかは心配だな。お前は引っ込み思案だから」


「ち、がう……」


 蚊の鳴くような小さな声でデイアは呟く。


「わ、わたしが、悲しいのは、二人と……サーフィアと、一緒にいられないこと……」


「オレ?」


「……すき」




 沈黙がしばらく続いた。


 涙ぐんだ少女の言葉に、サーフィアは暗くなってきた空を仰ぐ。


「そっか。そっちだったか。正直、世話のやける妹分ができてたつもりだったが──」


「っ! ふぇぇぇー……」


「ああっ待て泣くな落ち着けわかったスマン今のはナシだ振ったつもりはねぇから安心しろっ」


 異性として見られてなかったというショックでついに耐えきれずに嗚咽を漏らしたデイア。サーフィアは慌ててなだめる。


「……もう、遅い、よぉ……」


「大丈夫だ大丈夫。お前もまだこれからだから」


「違、くて……もぅ、会えな……」


「ああなんだ。そっちは遅くねぇ」


 腕の中にデイアを引き寄せた。寒さをしのぐように寄り添う。


「決めたからよ、オレもお前の騎士になってやる。ルビィの受け売りってわけじゃないけどさ」


「サー、フィア?」


「学院の話なら聞いているぜ。数年後のオレたちにも一般入学の枠が用意されるということもな。そこに乗りさえすりゃ同じ生徒になれる筈だ」


 彼は既にルチルと同じ結論にたどり着いている。


「だからその間だけそっちで辛抱しちゃくれないか? 必ず、会いに行く。その間にその泣き虫、ちゃんと直せよ」


「……うん、うんっ……!」


 強い抱擁で応じた少女は、サーフィアの胸元に顔を埋めた。その温もりを忘れないようにと。



 かくして、彼らが決意を固める日暮れの時間は過ぎていった。

次回の更新は10月10日(月曜日)を予定しています!

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