収穫祭
馬車に揺られながらルチルは身を乗り出して外の景色を覗いていた。
「もうすぐ着くかなぁ、もうすぐかなぁ」
「そうはしゃぐなルチル。祭りは逃げねーんだから」
「気持ちはわかるわ。アタシたちも参加するのは初めてなのよねぇ」
尻尾をはためかせてはしゃぐ彼を諫めるサーフィア。共感するように腕を組んで頷くルビィ。
更に相席しているのはもじもじしていたデイアと呑気に鼻唄をする王立獣魔騎士の隊長、オニキス・キャスパリーグであった。
「緊張、しちゃう……」
「大丈夫ですって。公共の場で着飾るドレスではなくお忍びの農民服姿なら、お二方を姫様だと認識する市民はいないでしょう。というか社交界で『この子たちが第一王女第二王女でーす!』というのもやってない齢の子を民草がぶっちゃけ判別出来るわけないっしょアッハハハー!」
「アンタよく母様にぶっとばされないわね」
今日は王都で秋の収穫祭があるため、ルチルたちは遊びに訪れていた。
ルビィとデイアにとっては帰省の一環であり、せっかくだからと誘われたのである。
「つーかなんで一緒にいるんだよオニキス」
「そりゃお目付け役兼護衛の任を仰せつかったからに決まっているからでしょーよ。でなけりゃ今頃これをクイっとやってるところだし」
言って酒をあおる仕草を見せるいい大人を見て質問したサーフィアは白い目を向ける。
検問を難なく通過し、街中の入り口で馬車は止まった。
見たこともない建物、獣人の数。王都に初めて訪れたルチルとサーフィアはその光景に圧倒され息を呑む。
自分たちの住む町がいかに矮小で閑散としたところであるのかをつくづく思い知らされた。ルビィが田舎と評するだけのことはある。
できるだけ田舎者丸出しにならないようにしないと。そう二人は心の中で誓った。
そうなるとまずは作法や身の回りの仕草からだ。
「オイ、転んだら危ないぞ」
「……ありがとう」
デイアがおずおずとサーフィアの手をとり馬車を降りる。紳士的なエスコートだ。
それを見ていたルチルは自分も見習おうとルビィの方を向いた。
「よ、よし……ルビィ、はぐれたら大変だし──」
「さぁ今日は祭りを存分に堪能するわよ~!」
差し伸べた手には一切気にも留めず彼女は屋台をぐるりと品定めしていた。空振りに終わって肩を落とす。
「前もって聞いておくがまた金貨とか持ち出してないだろうな?」
「甘く見ないでちょうだい! ちゃんとお店が釣銭に困らないように端した金用意してきたわ」
「その言い方はやめろ」
「でもこれでバッチリだね、じゃあ行こうよ」
そこかしこから陽気な音楽が流れ、ブドウやカボチャなどの収穫物が持ち寄られてそれらを加工した食べ物が振る舞われている。
露店も所狭しと建ち並び、肉串に腸の肉詰め、果物をふんだんに使ったケーキやパイなど目移りしてしまうものが並んでいた。
「これも美味しいわね。あらルチル、そのクレープは何味かしら」
「ハチミツとバターとレモンだってさ。美味しいよ! どうぞ」
「どうぞってちょっ」
ルビィの目の前に食べかけのクレープを差し出した。
「い、いいわよ! 自分で買うから!」
「お試しのために全部買っていたら食べきれないでしょ? 遠慮しなくていいからほら味見~」
うっ、と一瞬声をつまらせた彼女だったが、躊躇いながらもそのまま一口かじった。
「……美味しい、わ」
「でしょ~! やっぱり合うと思ったんだ~。ボクのも気になったらどんどん味見していいよ!」
「そ、それよりも他にも気になるものがあるわ! そっちへ行きましょう!」
誤魔化そうと足早に移動するルビィ。サーフィアたちも続く。
「おいオニキス、ちゃんと見張ってないとアイツらどんどん行っちま……」
「アンちゃんいい飲みっぷりだねぇ! どうだいもう一杯?」
「いやいやこれ以上はさすがにダメですって~」
「そんな固いこと言わずにほら、せっかくの祭りだろぅ?」
「えぇ~? そうですか~? そこまで言うのならお言葉に甘えて~」
ブドウ酒を薦められていたらしく、彼は何杯もあおってほろ酔いになっていた。
「あんの野郎~、言ってる傍から仕事ほっぽり出してるじゃねぇか」
「師匠……」
もう放っておこうと結論を出し四人は露店回りを再開する。
店に並ぶのは食べ物ばかりではない。甲冑を着た兵士の人形やパズルに笛、木を削ったドラゴンの模型などを取り扱う露店に釘付けになった。
「サーフィア、このドラゴンの模型なんてモッフンのお土産にどうかな?」
「いいんじゃねぇかな。デイアもそれ気に入ったのか」
「……可愛い」
手にとった羊毛フェルトで作った犬型の人形に夢中なデイアの様子をサーフィアは気に掛ける。
「じゃあそれ買っておくか」
「え?」
「せっかくの祭りなんだろ? これくらいオレが奢るよ」
そう言って彼は進んで支払った。受け取ったデイアは大事そうにそれを抱きしめる。
「……ありがと」
「ねぇアンタたち、アレ見なさい! 面白そうなことやっているわ!」
そんな中でルビィが息巻いて三人に促す。
そこでは、路地で奇抜な格好をした猿魔族らしき大道芸人が様々なパフォーマンスを披露していたところだった。
「アレがピエロか。初めて見るな」
ジャグリングに玉乗りといった曲芸を見てルチルたちも目を奪われた。
芸のひとつに口から火を吹く姿にギャラリーが驚いたり喜んだりして讃えている。
「おお、派手だな」
「あんなこともできるんだねぇ、すごーい」
「アタシだってあれくらいできるわ、見てなさい……!」
「「え?」」
そう言ってルビィの目が紅く光る。感心したルチルとサーフィアであったが、それが彼女の対抗心の火を燃やしてしまった。
彼が火を噴いた頭上で新たに炎が燃え上がり、ほんの一瞬だが大きく広がった。《神の火》の仕業である。
予想外の出来事にピエロはひっくり返り、アクシデントでちょっとした騒ぎになった。
「やっべ! この場から離れるぞ!」
「もー! なにやってるのルビィ~!」
「だってあんな火でちやほやされているなんて我慢ならないわ! アタシの方が凄いのに!」
「君のは危ないんだってっ」
「だからちゃんと上空で出したじゃない!」
「そういう問題じゃないよ~!」
デイアの手を引くサーフィアの後ろでルビィとルチルが走りながら言い合っていた。
なんだなんだと集まってくる人混みを描き分けていく内に民家に挟まれた通り道へ逃げ込んだ。
「ここまでくれば、大丈夫かな」
「あれ? 二人はどこに?」
辺りを見渡すもサーフィアとデイアの姿がないことに気付く。
「はぐれちゃったかぁ。ルビィ、お転婆もほどほどにしてくれないともうお祭り行けないよ?」
「……悪かったわよ。そうなるのは嫌だもの」
流石にやり過ぎたと思ったのか彼女は唇を尖らせながらも謝った。
ここまで素直に謝るのも珍しい。
反省したのならよし、とルチルは息をつく。
「じゃ、サーフィアたちを捜そう。そう遠くには行っていないと思うから」
「そうね。合流場所を決めていたからそこに向かっているかしらね」
「でもここがどこなのかわからないと……」
「おーいそこのお前ら」
人の少ない路地裏の奥から三人組の子供が呼び掛ける。
背丈からしてルチルたちより少し年上と見受けられた。
「道に迷っているようだから余所者だな? さては王都の外からやってきたんだろう?」
「あ、うん。道を教えて欲しいんだけれど」
「やっぱりか。だったらその前に通行料を払ってもらわないとな」
「え?」
素直なルチルが彼等に訊ねると、いきなり金銭を要求された。
「ここは俺たちの縄張りなんだよ。勝手に通られちゃ困るんだわ」
「二人でしめて1000J……いや、カップル料金なら2000Jだぜェーケケケ」
「え、ええー。そんなのおーぼーだよー」
「ちょっと! 市民の通り道で勝手に縄張り作ってる方がおかしいでしょう!? それと誰がカップルよ!」
戸惑うルチルに反して腰に手を当てたルビィが強気に前へ進み出る。
「せっかく祭りを楽しんでいるんだから水を差さないでちょうだい! 王都の民度が疑われるわ!」
「うるせぇこの田舎娘。ダッセェ農民服で都会にきやがって、大人しく田舎にこもって畑で土いじりしてりゃよかったんだよ」
「……ハァアアアアアア!? よくも洗ってない根野菜みたいに土だらけのダッサイ農民オベベ服を着た田舎娘なんて言ったわね~!」
「そこまで言ってないと思う」ルチルは諌めようとした。
が、ルビィは止まらない。
「ええそうねいい度胸ねどうやら身の程ってもんがわかってないようねこりゃちょっとブチ焦がしてやる必要があるみたいねこのクソガキども……!」
「うわーそれ駄目だ!」
彼女の眼が妖しく光り、燃え上がりそうな雰囲気を察してルチルは即座に反応した。両手で視界を塞いで強引に振り向かせる。
「ひぎゃ!? ニャにすんの!」
「退散しよう」
「あっ、待ちやがれ!」
ルビィの手を引き、路地を引き返す。逃亡劇が繰り広げられた。
「待ちなさいよ! アイツらなんて一捻りなのに!」
「これ以上の騒ぎは不味いよ。ルビィの正体がバレたら大変でしょ?」
「このままおめおめ逃げるつもり!?」
「そうだよ。逃げることは悪いことじゃないもん」
「だからって、あんな連中に、背を、向けるだなんて……アタシの、プライド、が……っ」
走りながらの問答に彼女の息が途切れ始める。このままでは逃げ切れない。
「ちょっと失礼」
「きゃぁ!」
見かねたルチルは彼女を両腕で軽々と抱き上げながら駆け出す。お姫様だっこだ。
その上で軽快な足取りで走り、むしろ彼女を気遣って落としていた分の速度が増す。日頃鍛えていた成果がこんな場面で役に立った。
「あ、アンタ! いきなり! なにしてんの!?」
「わっ暴れないで。姫をお姫様だっこしているんだからおかしくないでしょ」
「そこじゃなくてこんな人前で……もう!」
ルビィは観念したのか、気恥ずかしさに顔を背けた。
すれ違う人々からなんだなんだと視線を向けられながらすたすたと逃げ出していく。
10分ほど走って撒くことができたようで、ルビィを降ろして一息つく。待ち合わせの入り口にまで辿り着いたようだった。
「ふぅ、ここまでくれば大丈夫かな。サーフィアたちとも合流できそうだね……ルビィ?」
「…………」
「もしかして、怒ってる?」
「フン」
腕を組んでそっぽを向いてしまう様子にルチルはほとほと困り果てる。
「ごめん。機嫌直してよルビィ、勝手に悪かったって~」
「悪くは、なかったわ」
「……ん? どういう意味?」
「うるさいうるさい! レディの身体を抱き上げるなんて失礼しちゃうわ! ……って怒るところだけれど今回は許してあげる。次勝手にやったら承知しないわよ!」
「う、うん」
よく意味が分からなかった彼であったが、怒ってはない様子であったのでホッと一安心。
「まーたツンデレやってるのか」
「ぎニャァ!?」
「あっ、サーフィア! デイアも」
近くにいたらしく、ひょっこりと二人が現れる。
「きたのならもっと早く言いなさいよ!」
「先に待っていたのはこっちだぞ。ったく、姉の方は問題ばかり起こして困ったもんだ。デイアを見習えよ」
「でも……わたしは楽しい。こうやって、ワイワイするの」
「ハァ、そうやって甘やかすからじゃじゃ馬……いいやじゃじゃ猫になるんだ。少しは懲りろ」
「懲りたわよ。反省したわよ。もうお説教しなくていいから」
「嘘つけ絶対口先だけだぞ」
「嘘じゃないわ! 炎出さなければいいんでしょ!?」
「も~、せっかくのお祭りなんだから喧嘩はよそうよ。気を取り直してもう一度回ろう……そういえば師匠は?」
「ああ。さっきここに戻った時にはオニキスのヤツもうできあがって馬車で寝てたぞ……アイツ本当になにしにきたんだろうな」
こうして祭りの時間はあっという間に過ぎていった。
デイアの言う通りトラブルを含めて楽しいと感じている節がルチルにはあり、こんな風に毎日が続けばいいなと彼は願う。
だが、その日々もそう長くは続かなかった。
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