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十従獣魔のエスクワイア  作者: 岩山 駆
ヤルンウィドの村編
1/99

プロローグ


 獣人の国ベスティアヘイム。そこにはヤルンウィドと呼ばれる地域があった。


 その呼び名の意味は鉄の森。由来は鉄鉱石を主とする資源が採れる山岳に隣接して広がり、豊かな森林に溢れているからである。


 その最寄りにある村は開拓されてまだ日が浅くも、平和でのどかな暮らしを彼らは送っていた。




 その筈だった。



 ある晩。村のあちこちで悲鳴や呻きが錯綜する。


 加えて、石と石を擦り合わせたような奇声が暗がりで共鳴していた。


「動けるヤツァ怪我人を入口からすぐに運べ出せェ! まだ連中が沸いてくるのかも定かじゃねぇンだ! まだ村に生き残ってるのがいたらすぐに教えろッ!」


 切迫した男のがなり声が夜気に染み渡る。熱気と緊迫感が辺りを包んでいた。


 ことの始まりは1時間前。村の中心に当たる林道で怪物が地表から出土(・・)した。



 鉱石のような堅牢さを誇る甲殻と大型犬ほどの体格を持つ昆虫。オブシディアント──黒曜蟻とも呼称されたモンスターだった。尻からは酸を出し、顎は岩をも齧るほどに強靭である。


 危険度は冒険者ギルドが定める中でも中堅にあたるC級。群れで活動するためその数によっては時に危険度がB級にも跳ね上がる厄介な生物だ。


 そんな黒い怪虫たちは掘った穴から何頭も這い出て、村の住居を荒らし、無防備だった住人たちを襲いかかった。


 幸いであったのは、かつて騎士の隊長という肩書きを背負っていた一人の男がその村に暮らしていたことである。


 彼の尽力により村内に出現したモンスターの撃退に成功。村の被害は民家が数軒半壊するまでに留めた。


 頭部や胴体を両断された黒曜蟻の死体を中央に集め、住人たちが今回の事件に情報を交わした。


「なんでこんな森林の多いところで鉱石を主食にするモンスターが……」


「恐らく、あの鉱山の地下に未踏のダンジョンがあったんだ。それがこちらにまで伸びていたんだろう」


「それが麓の村にまで這い出てきたってことは……!」


「ああ。大反乱(ランペイジ)の前触れだろう……」


 大反乱(ランペイジ)。各地の地下深くで確認されるダンジョンでは独自の生態系が築かれており、大量繁殖したモンスターが時折地上に溢れ出る現象のことである。


 従来であればそれを阻止するべく、ギルドに派遣された冒険者や騎士によって掃討作戦を行い、入口を封鎖して管理する。


 しかし、今回のケースのようにダンジョンが未発見のまま放置された場合、大反乱(ランペイジ)が引き起こされて街や集落が滅んだ事例は過去にいくつもある。


 すなわちダンジョンの入口が発生したこの村に未曾有の危機が迫っていることが示されていた。


「ギルドや騎士団への要請は!?」


「応えてくれても数日はかかる。それまでにモンスターがこの森に押し寄せない保証はない」


「一度は村から離れるしか、ないだろうよ……最悪放棄することも視野に入れないと」


「せっかくここまで頑張ってきたのに……クソッ」


「しょうがないだろ。いつこの穴からまたさっきのモンスターがわんさか出てきてもおかしくないんだ」


 落胆。焦燥。恐怖。村人たちの暗い感情が入り混じる。



「ま、ここで嘆いていても仕方ない。俺はちょっくら様子を見てくるわ。みんなは万が一を考えて村を出てくれ」


 その中で、ちょっと面倒な買い物にでも赴くような調子で名乗り上げる者がいた。軽鎧をまとい、使いなれた剣を手にして既に出発の手筈を整えていた。


「ベリルさん、まさか氾濫間近のダンジョンに潜るつもりかい? いくらアンタでも流石に無茶だよ!」


「掃討はできなくても避難までの時間稼ぎくらいにゃなるだろ。なぁに、引き際くらいわかる。ヤバくなったらすぐに離脱するさ」


「……でも単身乗り込むのは無謀でしょう。私も行くわベリル」


 申し出たのは子連れの母。ベリルの妻だ。


「戦闘勘は鈍っているかもしれないけれど、力にはなれる筈よ」


「ダーメだ」


 しかし即座に首を振り、その提案を却下する。


「今回は独りの方が離脱することまで考えると立ち回りやすい。それに、傷が癒えたとはいえお前はもうまともに戦える身体じゃねぇ」


「だけど……!」


「そもそもだコーラル、チビどもを置いて戦いの場にお前を連れ出せるかよ。コイツら、まだ五つにもなってないんだぜ? お前にもしものことがあったら母親をよく覚えてねぇままで育つんだぞ」


 言われて彼女は左右の幼い双子兄弟を見た。


 村の事態を理解できず、呆然とする子どもたちに対して父はニカッと笑いかける。


「心配すんな。父ちゃんはこれでも騎士のつえー隊長だったんだ。モンスターの群れごとき屁でもないからよ」


「わぅっ」


「ん、とうちゃ?」


 ワシワシと一通り撫で、父は背を向けて手を振った。


「じゃあ行ってくるぜ。チビども、母ちゃんの言うことを聞いていい子で待ってるんだぞ」


 犬耳と尾を持った一人の勇敢な男は、そうして母と子に告げてダンジョンの穴へと潜っていく。




 その後ベスティアヘイム王国によって派遣された王立獣魔騎士団たちによると、ダンジョン内には激しい戦闘跡と村に侵攻していた三桁に及ぶモンスターの亡骸だけが残されていたという。


 ベリル・マナガルムの消息は不明となり、村の英雄としてその名だけが残された。

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― 新着の感想 ―
緊張感あふれる状況描写と心温まる家族愛が織り交ぜられた素晴らしい作品ですね。特に、黒曜蟻というモンスターの詳細な描写や、それに翻弄される村人たちの心理が生き生きと伝わってきました。村を守るために立ち上…
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