36.リーベエ視点/伯爵になった時
(リーベエ視点)
私の名はリーベエ・イカゾノス。イカゾノス家の当主にしてフーシャ王国の貴族の一人、それも伯爵だ。かつてはイムラン侯爵家の次男として生を受け、親類だったイカゾノス家に婿養子として迎えられて伯爵となったのだ。つまり、当時イカゾノス家の一人娘である前妻のシュラウラ・イカゾノスの夫になったから今に至るのだ。
……馬車の中、私は後妻であるフミーナと共に我らの屋敷に戻る。果たすべきことは果たしたからな。ただ、先ほど私は、実の娘を、アキエーサを失った。いや、手放したという方が正確か。兄のルカスから金を得るための条件として『アキエーサをイムラン侯爵家の養女にする』と言われて最終的にその通りにした。
まあ、アキエーサが兄上の養女になることは、彼らの思惑通りのようだがな。いくら私でも、アキエーサと兄上が示し合わせているくらい分かる。そうでなければ、いくら何でも私達が必要とする金の八割も貸してくれるはずがないのだ。それだけ貸してくれるというのなら何とか首の皮一枚はつなぎとめることができる。おかげで家の危機の八割も軽減した。
しかし、だからこそ解せない。これだけの金を貸してくれるなんてどういうことだ? 兄上にとってはアキエーサがそこまでの価値があるというのか? 思えば、私はアキエーサには大変な思いをさせてきたと反省している。だからこそ、疑問に思わずにはいられないのだ。兄ルカスがそこまでアキエーサに味方する理由があるのか、と……。
それとも、兄上にとっては私には大金に見える金額が大したことでもないというのだろうか? まさか、そういうことでも兄上に差を見せつけられているということののだろうか?
……くそ、嫌なことを思い出させてくれるな。兄の優秀さが見せつけられるたびに私は自分が嫌になる。凄く惨めな気分になるのだ。それは今も昔も変わらないからうんざりする。
そう、昔からそうだったな。そんな兄との関りが薄れていったのは、私が伯爵になった時からだった。まあ、伯爵になった初めのうちはいいことばかりではなかったのだが……。
◇
伯爵になった時は本当にうれしかったものだ。何しろ生家であるイムラン侯爵家の屋敷は息苦しかったのだ。私は兄であるルカスと比べられることがすごくつらくて仕方がなかったのだ。私もそこそこ優秀なほうなのだが、兄ルカスは飛びぬけて優れていたのだ。俗にいう天才という奴だ。
ある時、そんな兄がいる屋敷から解放されることになった。当時のイムラン侯爵家の当主、つまり父の決定によって、私は伯爵家に婿養子に出されることになったのだ。相談もなく勝手に決められたことだが、兄から離れられるきっかえがあれば何でもよかったと私は思った。更に伯爵にまでなれたとあれば本当に嬉しかったものだ。
当時、伯爵家の令嬢シュラウラ・イカゾノスは美人だが地味な感じではあったが、次男坊である私が貴族の一当主に成り上がるのだと思うと妻となる女に贅沢なことは言えない。だからこそ、私は一切反対せずに父の言う通りに婿養子として結婚した。しかし、妻となるシュラウラとは本当に最後まで気が合わなかった。
シュラウラは、我が家の親類だから私と髪と目の色が同じなのだが、性格は全く違っていた。ハッキリ言って兄ルカスに近い性格だったな。細かいことにまで気にかけたりするほど几帳面で、むやみに金を使いたがらないくらいケチるし、質素で慎ましい生き方を好む女だった。そのくせ気が強いから、本当に苦手なタイプだった。
そんな妻では、細かいことをあまり気にしない私とではそりが合わなくて当然と言えば当然だろう。まあ、当時のイカゾノス家でも私の居場所がなかったわけだ。それで私は妻とも関わらないために、屋敷で過ごす時間を極力減らしたのだ。
私は屋敷の外で行動した。屋敷の外での私の行動は社交に出たり、他の家に招かれたり、お忍びで市街に遊びに行ったりというもの。時には……女性と戯れる風俗店にも足を運んだこともあった。後はちょっと非合法な遊びにも手を付けたことも。……つまり、若気の至りというやつだ、うん。




