182.流れが変わる/別荘
何とか落ち着いた辺境伯は娘の手掛かりを捜す過程で知り得た情報の全てを提示した。その有力情報の中には前辺境伯が所有していた別荘の存在があった。
「……その別荘は元々、先代の当主が趣味で購入したものなのですが……ジンダは行方をくらます三日前くらいに別荘のことを気にし始めたのでもしかしたらと……」
辺境伯自身も王宮に呼び出される直前に別荘を調べ始めたところであったそうだ。思い返せば隠れ家としてはうってつけと言えるだろう。
「それで、分かったことはあるのか?」
「……結果を知る前に王宮に呼び出されたので……」
「そうか、間が悪かったな……」
「ですが、私が王宮にいてもすぐに連絡するように、」
その時、辺境伯の言葉を遮るように会議室の扉が開かれる。それだけ重要な情報が舞い込んだのだ。
「え、エヌエイ辺境伯にご報告があります! 御息女らしき人影を目撃したと!」
「「「「「ッッ!!??」」」」」
御息女、それは無論ジンダ・エヌエイのことだ。この場にいる全員が居場所を知りたい者の一人。
「な、何だと! ジンダが見つかったのか!?」
「はい、例の別荘付近で見かけたとの目撃情報が!」
目撃情報は話にあった別荘だということで、この後、一気に状況の流れが変わるのであった。
◇
前エヌエイ辺境伯当主の別荘には、二つの騎士団が派遣された。当然、目的は脱走したワカマリナとそれを手引きした者達の捕縛、そして敵対する者全ての鎮圧だ。
王宮から逃亡した者たちを捕らえるだけに多大な戦力を投入しすぎではと思われたが、先の誘拐事件のことを考慮すると当然の判断となった。
ワカマリナは無力な娘だが、彼女を慕う者の中には騎士団長の息子という実力者、それにアクサンのことを踏まえて傭兵集団や他国のスパイもいる可能性がある。つまり、ある程度高い戦力があることを想定して、騎士団を二つも派遣したのだ。
しかし、激戦を覚悟した騎士団としては、結果は呆気ないものであった。
騎士団が別荘に踏み込んでみれば、元側近の三人が眠ったまま縛られている姿を発見。更に部屋の隅々まで調べようとした矢先に、地下室から怪しい男が出てきたので捕まえてみれば……
「ぼ、僕は怪しいものじゃない! 断じて、クァズ・ジューンズじゃないからな!」
……などと喚き散らすのだ。明らかに怪しすぎるこの男が何者かは後回しにして、騎士団は気になった地下室の先に進んでいった。そして、その先にあったのは、ある意味想定した状況だった。
「いたぞ! ジンダ・エヌエイだ!」
「く、来るな! 近づいたらすぐにこの女を殺しちゃうから!」
「…………」
牢屋の中で、ボロボロになったワカマリナの首筋にナイフを突きつけるジンダの姿があったのだ。
しかも、人質となったワカマリナは明らかに拷問を受けたような姿になっていた。手枷で動きが制限されているのをいいことに、体中を殴るなり蹴るなりされたようで、特に顔を集中的に痛めつけられていた。気を失って騒ぐ様子もない。
「ナイフを捨てて大人しくしろ! 彼女も離すんだ!」
「ふざけないでよ! この女のせいで私やクァズ……どれだけの人々が苦しめられたんだ思ってんのよ! 私の弟もこの女のせいで!」
「君の気持ちは分かるが、こんなやり方は間違っている! もう止めろ!」