144.腕時計/学園での出来事
アクサンとクァズに雇われて、ならず者たちが攫って連れてきたという『アキエーサ』と『エリザ』。しかし、アクサンが顔を隠された『エリザ』を眺めているうちに違和感に気付いた。
「う、腕時計ですか?」
「ああ、そうだ。エリザは必ず腕時計を身につける癖があるんだ。ベスクイン公爵からの誕生日プレゼントだからと言って、よほどのことがない限り外さなかったんだ。それなのに、今ここにいる『エリザ』は身に付けていない。どういうことだ………!?」
アクサンがエリザのことでこんなに詳しいのは、昔その腕時計のことで一悶着あったからだ。
◇
それは学園での出来事。
「何であの男は私の側近になるのを拒んだのだ! しかも教師たちもそのことで私の方に非があるなどと言いやがって!」
「留学生を側近になどと言いだすからですよ。我が国の学園で学ぶために留学している他国の者を側近になどしていいはずがありませんわ。しかも、その理由が『女性が寄ってきそうだから』など……」
「いいじゃないか! あんなに女の子にモテモテなんだから、奴を側近にすれば私も、」
「同じになりませんよ。貴方と留学生の彼は違いすぎますから」
「~~~~っ!」
学園の教室にて、アクサンが些細なことで喚き散らしエリザに淡々と丁寧に流されるやり取りがあった。二人の学園生活はこんなことが日常茶飯事だった。この時、怒りが収まらないアクサンは理不尽なことを要求する。
「くそ! この私を馬鹿にしやがって、エリザ! 許してほしければその腕時計を寄こすのだ!」
「は?」
「それくらいで許してやると言ったのだ! さあ、寄こせ!」
寄こせと言いながら強引に腕時計を奪おうとしてエリザの手を掴も王とするアクサン。しかし、エリザはそんな蛮行を直前でかわす。そしてアクサンはその拍子にバランスが崩れて転倒する。
「いってえ! 何すんだ!」
「それはこっちのセリフです。何、女性に乱暴なさるのです。避けるのは当然でしょう?」
「ふ、ふざけるな!」
「それもこっちのセリフ。この腕時計はお父様が誕生日プレゼントとして私に下さったもの。それを奪い取ろうとするなど……貴方はお父様を敵にするおつもりで?」
「……えっ!?」
この頃のアクサンでもベスクイン公爵の立場が他の貴族の中でも別格であることくらいは理解してた。それを敵に回すことの危険性も国王である父からも散々言われていたからだ。
「お、お前は、親の力を笠に立てるつもりか……!?」
アクサンは驚愕と恐怖で固まった。立ち上がろうとした手足も止まる。何しろこの時までエリザが癒えのことを持ち出したことなど無かったのだ。
「殿下がさんざんやってきたことでしょう。留学生の件でもそうではないですか。ご自分が王族であることをいいことに好き放題なさろうとしていたではありませんか」
「そ、それは……」
全く反論できなくて悔しそうに歯ぎしりを鳴らすカーズと、冷たい目で見降ろすエリザ。そんな彼らの雰囲気に誰も入ってこれない。だが、そんな状況はすぐに終わるのも日常茶飯事だった。
「これで留学生の彼を含め、多くの生徒にご自分がしてきたことの理不尽さが少しでもわかったのでは? まあ、9割が失敗しているようですがね」
「くそっ! もういい!」
アクサンはなんとか立ち上がると、その勢いで走り去っていった。
この一件で、アクサンはエリザと腕時計のことを嫌でも頭に残ってしまったのだ。