118ルカス視点/あばよ、クズ野郎
(ルカス視点)
兵士共に連れていかれる弟夫婦。自業自得であるから俺は黙って見送るだけのつもりだった。
あの馬鹿二人が耳を疑うような戯言をほざかなければな。
「あ、アキエーサ! 公爵殿に取り計らってくれないか!? 今までのことは悪かった! 頭を下げて謝るから助けてくれ!」
「お願いよアキエーサ! これまで不遇にして本当にごめんなさい! お願いだから私達とワカマリナを助けて!」
「……………………え?」
「「「「っ!?」」」」
…………何を言ったのか信じられなかった。リーベエとフミーナが絶縁したはずのアキエーサに助けてくれなどと抜かしたのだと理解した瞬間、頭が真っ白になりそうな気分になった……っていうか正気か、あいつら!? このタイミングで図々しくアキエーサに助けを呼ぶとかあるか!? お前ら親子の縁を切ったんだぞ!? それ忘れたのか!? まさか、その上で言ってんのか!?
「な、何、を…………?」
名前を呼ばれたアキエーサ本人も理解が追いついていない。いや違う。事実を受け入れられないんだ! あの聡明なアキエーサが目を虚ろにし、立ったまま微動だにしないで固まっているのがその証拠! 俺よりも賢いアキエーサがあんなことになるとは!
それほどまでに、あの馬鹿二人から助けを呼ばれたことに、拒絶反応を……。
そんなことも分からずあいつらは!
「……ふざけんじゃねえぞリーベエ! お前ら、自分たちが今までアキエーサに何をしてきたか分かっていってんのか! よくもそこまで恥の上塗りができるもんだな!?」
「あ、兄上……」
気づけば俺は怒りを露わにして叫んでいた。
◇
「リーベエ! お前はどこまで勝手なことが言えるんだ! フミーナもそうだ! お前らには、アキエーサに助けてもらえる資格などないくらい自覚してんだろ! それだけのことをしてきたんだからな! ああ!?」
ルカスは兵士を押しのけてでもリーベエに詰め寄った。少なくない数の兵士を押しのけられるのは、単純に侯爵であるルカスが強いということもあるが、ルカスの怒りの形相に兵士達すらも恐れて止める気力がなくなったからだ。もちろん、怒りを向けられる二人は更に恐怖している。
「ひぃっ! あ、兄上落ち着いてくれ……!」
「あ、あなた……」
遂には、リーベエの胸ぐらを掴んでしまうルカス。その勢いで重要な事実まで口にした。
「これが落ち着いてられるか! お前らの馬鹿な方の娘ワカマリナのせいでアキエーサが死にそうになったんだぞ!」
「「!?」」
ルカスの口から、リーベエとフミーナは初めて知った。ワカマリナが原因で『アキエーサが』死にそうになったという事実を。それを聞いた二人の反応は、聞く人によっては酷いものだった。
「「え? 公爵令嬢じゃなくて、アキエーサが危なかったの?」か?」
目を丸くして、ポカンとしたように軽く驚いたのだ。まるで、アキエーサのことは他人事化のような感じに見えなくもない反応だった。
「…………お前ら、それだけか?」
ルカスは、手を離した。二人の反応が思っていたのとは違っていたこと以上に、あまりにもあっさりした反応を見せたことに絶句したのだ。あまりにも娘に関心がない、そういうふうに受け取ったのだ。
「……は、はは、ははははは……こ、ここまで、クズで下種な奴だったとはな……は、はは……」
「あ、兄上?」
「…………?」
突然、笑い出したルカスに動揺を隠せないリーベエは嫌な予感がして身構える。フミーナは、これ以上刺激してはならないと思って黙って見守る。ただ、もう手遅れだった。
「……もういい、お前との兄弟の縁もこれっきりだ。あばよ、クズ野郎」
それだけ言うと、ルカスは渾身の力を込めてリーベエの顔面に拳を食らわせた。