110.分からない/分かっていた
あらゆる感情を含ませた叫びを放った後もワカマリナの暴走は続く。
「聞くんじゃなかった! こんな馬鹿な話なんか聞くんじゃなかった! もういい! お姉様を殺して全部元通り!」
「もはや言葉すら通じなくなりましたか………!」
アキエーサに対する拒絶反応を憎悪と殺意にすり替えるワカマリナは、遂に『殺す』と発言してしまう。しかも、それは出まかせではない。
「「…………っ!?」」
実際にアキエーサに対して、殺意をむき出しにしたワカマリナは、落とした果物ナイフをもう一度手に持ってしっかりと握る。そして、そのナイフをアキエーサに向けて興奮しながら罵詈雑言を言い放った。
「お姉さまなんか大嫌い! 地味でつまんない女のくせに商会でお金集めてちやほやされて! しかも、お金を利用してわたくしやアクサン様を弄んで、この外道! お姉さまさえいなければ、アクサン様はずっとわたくしを見てくれたんだ! お姉様みたいなお邪魔虫はい無くなればいいんだ!」
あまりにも滅茶苦茶な言い分を放つワカマリナ、もはや何を言ても無駄だと判断したエリザは逃げるべきだと悟った。
「アキエーサ様! ここはもうワカマリナ様から離れましょう! 何をしでかすか分かりません!」
「……エリザ様こそ逃げてください。私は彼女と向き合わなければなりません」
「何を言うんです!?」
アキエーサの予想だにしない言葉に驚くエリザ。それはワカマリナも同じだった。更に逆上させる材料という意味でも。
「はぁ!? 今更姉を気取るというのですか!? お姉様の分際で!?」
「姉として思うところはあるかもしれないですが、そんなことを言ってる場合ではないでしょう!?」
「いいえ、そういう場合なのですよ」
「「っ!?」」
行っている意味が分からない。そう思った両者の行動は正反対だった。
「ああああああ! うるさいから、もう死ねえええええええええええええ!」
「アキエーサ! 逃げましょう!」
ナイフを構えてアキエーサめがけて走ってくるワカマリナ、逃げるためにアキエーサの手を引こうとするエリザ。そんな状況でも、ワカマリナを真剣に見つめるアキエーサ。
そして……。
「「そこまでだ!」」
二人分の男の声とともに、ナイフを持ったワカマリナの手を掴む二人分の手が現れた。がっしりとワカマリナの手を掴まれたおかげで、肝心のワカマリナ自身もそれ以上進むことができない。つまり、アキエーサには届かなくなったということだ。
「「……え? 何?」
何が起こったのか分からない、エリザとワカマリナは同時にそう思った。ただ、アキエーサは違う。アキエーサは『最初から』分かっていたのだ。頼もしい味方が二人も身を潜めて、ワカマリナの動きを止めるタイミングを狙っていたということを。
「……もっと早く助けてくれてもよかったのですよ? 義父様、テール様」
「「えっ!?」」
ホッと安心して笑みを見せるアキエーサ。彼女の反応を見て冷静になったエリザは、アキエーサの『義父様、テール様』という言葉を聞いてハッとした。ワカマリナの手を掴む男達をよく見れば、確かにアキエーサの義父と婚約者の姿だったのだ。
ワカマリナもまたアキエーサの言葉で気づいた。彼女の手を掴んで邪魔をする男二人は、今のワカマリナにとって嫌いな男達だったのだ。