霊峰聖域
人が立ち入ることもない高い山々のさらに上、穢れすら寄せつけぬその一帯を――人は『聖域』と呼ぶ。
澄み渡るやや薄い空気、晴れ広がる雲近い空。
雪混じりの山肌が見える高原に爽やかな風が吹き抜ける。
背の低い山地特有の植物に彩られ、えらく透き通る水面が陽光を反射する。
雪解けの水が溜まる小さな湖畔に、一対の影が姿を見せた。
ひらひらとした袖と長い髪をなびかせた、そこには住まうはずのない人間に、巨大な翼をもつ人ならざるモノ。
笑い声を上げ、咆哮を上げ、語らい合うように触れ合って、寄り添う影は空へと羽ばたく。
それはもう、いつのことだっただろう。
泡沫に見えた夢の光景はより一層、胸を締めつけた。
巨大な翼を持ってしても届けることのできない想い。
悲しみに震わせて、切なさに身を切り刻まれ、嘆くことしかできないこの心。
――今のわたしには、もうわからないのです。
声を届けてくれる者も――もう、いない。
ただ待つだけというには――200年の時はあまりにも長すぎた。
あなたは今もそこにいるのでしょうか?
わたしはもう、あなたの名前もわからない。
きっとあなたも、わたしのことを覚えてはいないのでしょう。
語る言葉を失ったこの身体ではきっともう誰にも届かない。
それにおそらく、自我を保っていられる時間も長くない――彼女はそれを理解している。
――グゥゥゥオォォウゥゥゥゥ!
地を揺らし、空気を震わせ、風をも断ち切る咆哮が『聖域』を覆い包んだ。
哀しみに震えた慟哭が――人も踏み入らぬ山頂に木霊する。




