表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】勇者と魔王の歪んだ世界~落ちこぼれ勇者候補生が救ったはらぺこは最強の魔王候補生!?二人はリバースワールドの果てに真実を探究する~【ぺこリバ】  作者: よるか
第6章、赤の軌跡編――迫る剣客、巡る世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/321

剣刃舞う力の試練


 赤の軌跡、力の試練。

 遺跡の地下広間に展開された赤い魔素マナの結界には、不思議な印象を覚えるが特段嫌な予感はしない。

 一足先に結界内へと進んだマリーに続いて、エリンスも結界内へと足を踏み入れる。


 身体に魔素マナがつき纏う感覚がした。

 まるで水の中に飛び込んだようだが、息苦しさもなければ重みを感じるようなこともない。

 結界内にはこれ見よがしに立ち位置が指定されるよう線が二本引かれている。

 マリーが線に並んだのを見て、エリンスはもう一方の線のところまで進む。


 程よい距離で対峙した二人をアグルエとツキノは結界の外より見守った。


「ルールは簡単、わたしに一撃でも入れられれば、合格。

 それで勇者の軌跡に認められたことになる」


 簡単な調子で言ったマリーに、エリンスは疑問を返す。


「そんなことで?」

「そんなことで!」


 マリーは即答する。


「この空間では人の身体に傷がつかないんだよ。傷つくのは持っている魔素マナ


 マリーは手本を見せるかのよういつの間にか右手で掴んでいた剣で自分の左腕を刺して見せた。

 エリンスは目を逸らそうとするのだが、マリーは笑って続ける。


「この通りね」


 マリーの左腕を貫く剣の刃は血で濡れているような様子も見えない。

 なんともないといった調子で剣を引き抜き、今しがた刃が貫通していた腕を振って見せてくれる。

 血が出た様子もなければ、傷が残っている様子もない。


「まあ、死にはしないけど痛みはそれなりにあるから」


 ただそう言って笑うマリーには痛みを覚えたような気配がない。


「あときみの体質はちょっと不利かも」


 剣のきっさきを向けられたエリンスはマリーの表情を見て考えた。

 弱魔体質のことも知っているのだろう。

 要するにこの結界は、物理的なダメージを魔素マナが肩代わりしてくれる空間というわけだ。

 魔素マナが元よりないエリンスがダメージを負ったらどうなるのか。

 それに加え――いくら身体が傷つかないとはいえ、エリンスは人に対して剣を構えることをためらった。


「大丈夫、死にはしないって言ったでしょ?」


 不安な眼差しを感じ取られたらしく、エリンスは半歩下がる。

 そのエリンスの動揺も見破るようにして、マリーは笑いながら手にした剣を構えた。

 銀色の刃は――アグルエがいつも振るっているリアリス・オリジンに似ていた。


「リィナーサがどうしてこの試練の管理者をしてるか、知ってる?」


 突然聞かれてエリンスは考える余裕がなく「いえ、知りません」とこたえることしかできなかった。


「人を痛めつけるのが好きなドSだからだよ」

「……えぇ?」


 突然なんの話をしているのか、と戸惑ったエリンスが返事をする間にも、マリーが一歩踏み込んだ。


「冗談! 隙あり!」


 軽い調子で話す言葉とは裏腹にその剣筋は鋭く重い。

 慌てて一歩飛んで避けたエリンスは気が乗らないままに剣の柄へと手を掛けた。


「さすがに軽い動きだわ」


 笑いながらそう言うマリーの金髪が勢いに押されて舞うように広がった。

 綺麗な光景に見惚れそうにもなるのだが、そう余計なことを考えている暇はない。

 エリンスは飛び退いたままに体勢を整えて、腰に差した剣を抜く。

 剣を構えなおすマリーを見て、エリンスも願星ネガイボシを構える。


「言ったでしょ? この空間では傷つかないよ?」


 諭すように言うマリーに、エリンスは返事ができなかった。

 そうして前傾姿勢をとったマリーは地面を蹴って一気に距離を詰める。

 その勢いのままに薙ぎ払われる剣筋に――エリンスは身体を引きながら受け止めて、衝撃を抑えようとする。


――キィンッ!


 甲高い金属の弾ける音が鳴り響き、エリンスは足腰に力を込めて持ちこたえる。

 剣を結ぶ二人の姿。

 マリーは変わらぬ様子で笑い、エリンスは歯を食いしばった。


「中途半端な気持ちで剣を握ると、痛い目を見るんだぞ」


 剣を合わせ向かい合って――エリンスは一瞬で心を見透かされたような妙な気配を感じた。

 そのままでいると何か自分の深いところまでのぞかれる気がして――エリンスはマリーの鋭い赤い視線から逃げるように、慌てて剣を振り解き、再び飛び退いた。

 いとも簡単に逃れたエリンスに感心するようにマリーは笑う。


「へぇー!」


 普段の掴みどころのない雰囲気はそのままに、だが剣を交えてわかるのは何か心の奥底に感じる闘争心。

 一太刀交えただけでもわかる――剣士としての強者の風格。


――それでいて本気じゃない。試されている。


 エリンスは自覚する。

 己が人に剣を向けられない甘さ――弱さを。

 傷けることが怖くて、傷つくことが怖くて、ただそれでは守りたいものを守ることができない。

 痛い目はもう見てきた。

 迷わないと決めたのなら、覚悟を決めなければいけない。


 笑うマリーを見定めたエリンスは、剣を持った手に力を込めて一歩飛び出す。

 リズムを整えて、速度を乗せて、三度――願星ネガイボシを素早く振り抜いた。

 エスライン流では、月影げつえいと呼ぶ技。

 しかし、マリーは素早く対応し、三連撃をすべて見切って剣で受け止め、軽々弾く。

 そのままマリーは身体を捻って――舞った金髪の隙間より、鋭い視線がエリンスを射抜いた。


 エリンスは視線に乗せられた殺気にたじろいだ。

 マリーはその隙を見逃さない。


「素直な剣筋! だけど!」


 振り抜かれる一閃――エリンスは慌てて剣を顔の前、縦に構えなおして受け止める。


「そんなんじゃ、わたしは燃えないねぇ!」


 弾かれる衝撃。

 重い一撃をエリンスは受け止めきれず、吹き飛ばされる。


「くぅっ!」


 肺から自然と吐き出された空気――抜けてしまった力。

 かろうじて斬撃をもらうことはなかったが、地面を滑ったエリンスは受け身を取って体勢を立てなおす。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「あはは、惜しいねぇ」


 一回の攻防で想像以上の体力と集中力が持っていかれる。

 剣の腕の力量差は明らかだ。

 普段と変わらない態度で笑うマリーには戦いを楽しんでいる余裕さえうかがえる。


 エリンスは息を整えてからもう一度、意識を集中させた。

 今度は自分の内側より力を引き出して、剣に乗せるイメージで。


――通じないなら、届かせるまで。


 想いには願星ネガイボシがこたえてくれる。

 蒼白い光を放つ刃に、マリーは目を丸くしてから頷いた。


「ほぉ、それはたしかに」


 マリーは結界の外、不安そうな顔をして見守っているアグルエの肩の上を一瞥して言葉を続ける


「その力はツキノを思い出す。つまり、当てられちゃあ、まずいってわけだ」


 エリンスもアグルエの肩の上のツキノを一瞥する。

 一瞬――ツキノが微かに笑ったように見えた。


「じゃあ、わたしも本気でやらせてもらおうか」


 感心したように頷いてマリーは両腕を広げる。


「集いし我が子よ、光輝く刃、踊り狂う剣舞の招集――剣刃の集約(オリジンズ)


 詠唱するマリーの周囲を白く光る魔素マナが舞っている。

 ただならぬ気配に、エリンスは咄嗟に上空を見上げた。

 何もない高い天井――だが次第に光る魔素マナが集う。


 一閃――光る何かが降って飛び出し、エリンスの横を通り過ぎた。

 目で追えない速度、視認できない何か。

 だが、そこにあるのはたしかな殺気。

 エリンスが振り返ろうとした刹那、もう一閃――近づく光の軌跡。


 エリンスは振り返るのをやめて、慌てて避ける。

 だが、その避けた先にも光る一閃が降り注ぐ。

 弾こうと剣を振って、「キィン」と高鳴る金属音でエリンスは気づく。


――通りすぎたのは刃。


 しかしそう状況を確認している暇もなかった。

 無数に降り注ぐ光の軌跡――高速で降り注ぐ剣の雨を、エリンスは避けながら弾きながら、かわし続けた。


 何度弾いたかわからない。

 気づけば空中に集まった光の魔素マナは消えていて、辺り一帯には地面へ突き刺さる数十本の剣と、弾かれて落ちた数十本の剣が散乱する。

 その剣どれもが似たような同じ形をしていて、エリンスはそれに見覚えがあった。


「リアリス・オリジン……」


 アグルエが腰に携えている剣、それと一緒だ。


「そう、これは全部わたしの生み出した子ら。でも『究極の一本』には程遠くてね。

 人の間ではそう呼ぶらしいね、酒の席だかで『リアリス』を名乗っちゃったのが運の尽きってやつ」


 空間を切り開く力。

 つまりマリーは独自の空間にこれだけの剣をしまっていて、いつでも取り出せる。

 同じような剣を打ち続け、究極の一本とやらを目指している、ということだろう。


「アグルエが持っているのもその一本ってことか」

「そう、欲しがる人に上げちゃったことがあるんだよ」


 マリーは笑って言う。

 だが、目が笑っていない。


「わたしが剣を抜いて(・・・・・)、ボケッとしてる暇があると思う?」


 再び前傾姿勢のまま飛び出したマリーは、地に突き刺さる二本の剣を手に取ると、エリンスへ飛び掛かる。

 動きを追うだけで精いっぱい――エリンスは目を離さず構えた剣で応戦する。

 だが、エリンスが剣を受け止めた瞬間、マリーは手にした剣を捨てて近くに突き刺さった剣の元へと飛び、エリンスの側面より追撃する。

 両手に構えた二刀流、地面に突き刺さる次弾。

 予測できない動きにエリンスは対応が遅れ、攻撃を防ぐことができなかった。


 右肩を掠る剣撃――身体に傷はつかないものの、鋭い痛みが走る。


「ぐっ」


 しかし痛みに気を取られている暇もない。

 エリンスを切りつけた剣はすぐに持ち主を失って地面へと落ちる。

 背後――再び地面へ突き刺さった剣に飛んだマリーが追撃をする。


 剣から剣へと飛ぶ間の動きが目で追えない。

 それはまるでメルトシスが使う神速剣のようだ。


 背後に感じた殺気から逃げるようにして、エリンスは前面に飛んで攻撃を避ける。

 慌てて振り返るもそこにマリーの姿はない。


「まだまだ、そんなものかい?」


 再び後ろから聞こえた声に、エリンスは振り返って――距離を取ったマリーが右腕を天高く掲げていた。


「剣刃踊れ!」


 マリーが詠唱を叫んだのと同時に、周囲に落ちていた剣が8本、マリーの元へと集まるように宙を舞い出した。

 そうして――マリーの周囲で動きを止めた剣は花開くように構えられる。

 両手にしている剣と合わせて10本のリアリス・オリジン。


「舞え!」


 マリーが手にする剣を振ったのを合図に、空中で動きを止めていた刃がエリンス目掛けて放たれる。

 意思を持つように宙を舞う剣がエリンスを切りつける。


「こんなの、ありか!?」


 エリンスの脳裏に先ほど聞いたマリーの二つ名がよぎった。

 剣刃けんじんのルマリア――剣と刃を操る魔族。


 人が手にしていない剣の動きは読みづらく、ただエリンスは視線で追ったままに剣撃を防ぎ続ける。

 右から左から、前から後ろから、予測できない軌道を辿る剣の舞に、エリンスはなんとかついていく。

 だが自由自在に振られる8本の剣を相手にすれば手出しができない。マリーに近づくことができない。


 すっかり防戦一方だ。

 一瞥した際に見えたマリーはその場から動かず、剣を振って(・・・・・)、宙を舞うこれらを指揮するよう操るだけ。

 余裕そうに笑って、攻撃を防ぎ続けるエリンスを見やっている。


 まるで「期待はずれかな」と――そう言われているような視線。

 エリンスは、それが悔しくて――自然とマリーの表情を――動きを、目で追った。


 右腕を振って、右から飛んでくる剣撃。

 左腕を振って、左から飛んでくる剣撃。

 再び左腕を振り上げて、左から抉ってくるような剣の動き。


 そうしてマリーの動きを追っていると気づくのだ――自然とその動きに合わせて攻撃を防いでいることに。


 見える攻撃の隙。

 見えた動きの間。

 掴んだリズム。

 連動した剣撃。

 自由自在に舞っているように見えて、その意思はマリーが握っている。


 エリンスは振られた剣を弾いて、宙を舞った8本の剣から逃げるよう飛び退き距離を取る。


「射程距離くらい理解していると思ったけど、離れたところでそこはわたしの射程」

「それくらい、わかってるさ」


 エリンスは笑ってこたえる。


「へぇ、いい笑顔!」


 キリッと目に力を込めたマリーの視線に怯みそうになったものの、エリンスは迷いを捨てて宙を舞う8本の剣の輪に飛び込んだ。

 冷静になって見てみると――まるで一瞬一瞬が切り取られるかのように、マリーの動きも、宙を舞う剣の動きも目で追える。


 振られるマリーの右腕に、追随する右から来る斬撃。

 単調な攻撃は姿勢を低くして避けることが容易い。

 振られる左腕、左側より追ってくる攻撃は手にした願星ネガイボシで弾き返す。

 その隙を縫うように再び左から振られる剣をもう一度弾く。

 右側より来る剣も、左側より迫る剣も、前方へ飛び出すことで避ける。

 続いて右側より来る斬撃を再び弾いて、行く手を阻む二本の剣も、その勢いのままに願星ネガイボシを振って弾き飛ばして――


 8本すべての剣の軌道が、エリンスの脳裏には描かれている。

 一瞬のうちにどう判断したのか――エリンス自身にも理解はできなかったが。


 そうしてマリーの懐まで一気に距離を詰めた。


「やるじゃん」


 マリーは剣を振る動作を止めて――目の前まで迫ったエリンスを見て、やはり笑った。

 思考が交差する刹那の間――互いに目を合わせて。

 エリンスは迷いを捨てたそのままに、一閃――マリーに向かって剣を振り抜き、後ろへ飛び退く。

 腹を斬られたマリーは膝をつき身体を半分に折り曲げた。


「いっっったーーーい!」


 我慢しきれずといった様子で叫んで、そしてそのまま右手を振り上げる。

 降参の合図。

 そう見えた格好はただ己が展開していた魔法を解くためのもの。

 周囲に散った剣も、宙を舞っていた剣も、再び空中に現れた光の魔素マナの中へと吸われて消えていく。


『ルールは簡単、わたしに一撃でもダメージを入れられれば、合格』


 マリーが戦いをはじめる前に言っていたことをエリンスは思い返した。

 ルール通り合格、勝ちはしたのだろう。

 だが、エリンスも気づいている。

 最後の一撃も避けようがあったはずで、マリーは本気を出したわけではない。

 赤の軌跡を乗り越えはしたものの、エリンスは自分の中にある『強さ』というものを今一度噛み締めさせられる。


 そうして思い出したのは、杖を突いて剣を片手にした師匠の背中だった。

 足を怪我して剣士を引退した師匠。

 しかしエリンスはその師匠に一度も勝てたことがない。


 まだ――届かない。

 本当の『強さ』には。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ