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一人目の来訪者


「あーらら、これはまた……何が『問題なし』なんだか!」


 高い城壁で囲まれたファーラス王国を目前に、その南門に掛かる石造りの大きな橋の上。

 顔と首元以外全身の肌を隠す濃紺色の修道服を身に纏った女性が、城門外にできた難民キャンプ跡地を見渡しながら一人、怒ったよう口にする。

 一見して、旅の修道女シスター――そう見えなくもないのだが、その出で立ちが少し特殊だった。

 旅をしてきたにしては荷物がない。

 手ぶらであり、鞄のたぐいを背負ってもいない。


「こりゃー、文句の一つでも言いたくなるね」


 橋を渡る人々が怪訝けげんな眼差しを向けていることを気にする様子もなく、独り言をぶつぶつと呟きながら、彼女は腕を組んだままに頷いている。


「異常あり、じゃん」


 スッと右手を挙げたシスターが虚空を掴むようにすると、その指の間にはペンと手帳が握られていた。

 上位の魔導士にしか扱うことのできない、空間収納魔法――彼女はそれを無詠唱でやってのける。

 あまりにも自然な動作に、回りを歩く人々が気づく様子もなく、シスターは橋の欄干の上に手帳を開いた。

 そしてそのまま、『国の外にて既に異常あり』と書き込んだ。


 閉じた手帳とペンをひょいっと上に投げるシスター。

 その動作に合わせて、それらは虚空へと消える。

 他人には見えない、魔素マナで作った独自の空間に道具などをしまい込める上位の魔法だ。


「はぁ、全く。嫌な予感はやっぱり当たるよ」


 そう言って不機嫌そうにしながらも、切れ長の大きな目を妖艶に光らせ笑う。

 橋をゆく人々は、もう彼女のことを気にしている様子もなかった。


 彼女の名は――シスターマリー。

 勇者協会総本部サークリア大聖堂よりとある任務を受けて、わざわざ(・・・・)自分の足を使ってこの地を訪れた。


 大規模な難民キャンプ跡地。

 街の外にそのようなものがあれば、今しがたファーラスへと到着したマリーにも何か異常が起こったことくらい、すぐに察しがついた。

 勇者協会の職員と城の兵士たちが現在進行形で協力して、簡易テントなどの後片付けをしているようだが。


「町民の姿は見えないね」


 目を細めてその様子を横目に眺めたマリーは進む先、ファーラス王国南門を見上げた。

 修道服の首元より溢れた長い金髪が風に吹かれて揺れる。


「一体何があったんだか……まあ、それにこの感じ。

 そろそろ追いつけるはずなんだよね、わたしの勘だと」


 マリーは不敵に笑ってから、目的を遂行するために歩き出す。

 その言葉には何か含みがあって――彼女もまたとある思惑を持って、彼ら(・・)を追って来たのであった。


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