支配された玉座の間
エリンスはメルトシスとアーキスに先導されて、階段を駆け上がる。
目的地は城の最上階、4階にあった。
吹き抜けとなっている城の中央から下をのぞけば、先ほどまでいた中庭が随分低く見える。
赤い絨毯の敷かれた長い廊下を回って、一番奥、目立つ大きな扉へと近づいた。
両開きの扉は見た目に違和感がない。
魔法の類でも鍵が掛けられているような形跡は見えなかった。
「ロックされてはないらしい」
扉の右側の取っ手を掴み少し引いて、感触を確かめるようにしたアーキスが言う。
随分と不用心にも思えたが、幻術の中ではここに立ち入る者がいなかったということなのかもしれない。
「いくぞ!」
メルトシスがアーキスとは逆側、左側の取っ手を掴み引いた。
その掛け声に合わせるようにして、アーキスも扉を思いっきり引く。
開け放たれた扉。
部屋に飛び込んだ三人は思わず部屋の中を見渡してから、立ち止まってしまった。
玉座まで赤い絨毯が敷かれており、その距離十メートルはある広い部屋。
部屋の奥は段差になっており、玉座には一人、腰掛ける人影が見えたのだが――
それよりもまず目に入って来たのは、部屋の歪な光景。
部屋の両脇に立ち並ぶ柱の隙間を縫うようにして、張り巡らされた鉄製の大きなパイプ。
部屋のあちこちには何に使用するのだかわからないような機器が立ち並び、時折、水蒸気を噴き出している。
玉座の間と呼ぶには似つかわしくない、それら。
熱気と不自然な魔素の光が溢れ出す部屋はまさに、研究室と呼ぶ方がふさわしいだろう。
そこは、はじめて部屋を訪れたエリンスにもわかってしまう異様さだった。
「なんだ、これは……」
メルトシスも驚愕したように辺りを見回している。
これがなんだか――こたえは三人ともが知っている。
ベダルダスとカベムが研究をしていたという、古代魔導技術。
「がーっはっは!」
そしてもう一つ、その場の雰囲気に似つかわしくない下品な大笑いが響いた。
「ようこそ、王子様。素晴らしいだろう?」
戸惑った様子の三人を見てバカにしたような口ぶりで喋る大男は、部屋の奥――玉座の裏から姿を現し、玉座に寄り掛かり立つ。
「ベダルダス!」
怒りを露わにしてメルトシスは剣を抜く。
ただ、すぐに動くことができない。
ベダルダスが寄り掛かる金をあしらわれて作られた大きな玉座には、白髭を生やした白髪の男が腰掛けている。
大層煌びやかな服装にマントを羽織って、頭には金の王冠が輝く。
威厳を感じさせる厳しい眼差しに、固く閉ざされた口元。
かつては剣を取った剣士でもある、とエリンスは聞いたことがあった。
腕っぷしが衰えていないことは、姿勢からも表れているようだった。
ファーラス王国、国王陛下。
ドラトシス・F・リカーリオ。
拘束されているような様子も苦しそうな表情もしていないが、身動き一つ取らずに沈黙を保つ。
「父上!」
メルトシスは叫ぶが、その声が届いていないようにエリンスには見えた。
「利用させてもらったよ、もう十分なほどにな」
そう言いながらベダルダスは腰に差した剣を抜く。
刃がギザギザとしており、「切りつける」というよりは、「傷つけること」に特化しているような歪な剣。
舌なめずりした表情を浮かべ、ベダルダスは笑う。
「許さねぇ! ベダルダス!」
メルトシスが一歩飛び出した。
そこでエリンスは違和感に気づく。
その異様な有様で見逃しそうになったが、部屋の中にはルミラータの姿も、ルミアートの姿も見当たらない。
そして、明らかな挑発するような態度を続けるベダルダス。
「まずい、罠かもしれない!」
エリンスは叫ぶのだが、メルトシスは止めるよりも早く玉座へと迫る。
「仕方ない!」
エリンスと同じように状況を見守るようにしていたアーキスだったが、メルトシスの後を追って走り出す。
二人の動きは早かった。
エリンスは一歩遅れて、その後を追うのだが――
「がーっはっは! 試させてもらうぞ、この力!」
大笑いを上げたベダルダスが剣を抜いた手とは逆の左手で、何やら人の顔ほどの大きさがある円盤のようなものを投げた。
クルクルと回転しながら円盤がメルトシスに迫る。
メルトシスは円盤を弾こうと剣を振るのだが、不思議なことに軌道を変えた円盤が天井付近まで上昇し、そこで停止した。
――なんだ……?
エリンスが違和感を覚えたのと同時に、円盤が黒紫色に光り出した。
「ぐっ!」
「がっ!」
異常はすぐに発生した。
エリンスの前、走り出していたメルトシスもアーキスも胸を押さえるようにして膝をつく。
部屋に張り巡らされていた機器からも黒紫色の魔素が放出され、宙に止まった円盤へと繋がるように魔素が集まり出す。
バチバチと電撃を放出するように、異様な魔素が部屋の中で膨れ上がる。
円盤が停止したところを中心にして、黒紫色の膜が広がり垂れるように広がった。
ちょうど玉座を避けるようにして部屋へと広がった異様な魔素。
三人は黒紫色の膜の中へ閉じ込められてしまう形となった。
「くっ」
エリンスも突如覚えた息苦しさに胸を押さえる。
呼吸が浅い。
息を吸うことが難しい。
足を一歩踏み出すこともできない。
何が起こっているのかはわからない。
エリンスにはまだ冷静なままに状況を見るだけの余裕があった。
だがメルトシスとアーキスは、苦しそうな声を上げて今にも倒れそうな勢いだ。
――二人の苦しみ方が、異常だ。
身動きが取れず、息苦しさはある。
だが、そこまでではない。
「がーっはっは! 効果は覿面!」
大笑いを上げるのは、この状況を作り出した元凶ベダルダス。
「何を、した!」
聞き返すことも難しそうな二人に代わり、エリンスが声を荒げる。
そう聞かれることを待っていたかのように、ベダルダスはにやりと口角を上げた。
「これこそが、古代魔導技術の心髄。かつて大陸中の魔導士が追い求めた魔導技術! 断絶魔術式よ!」
エリンスが聞いたこともない言葉だった。
「まあ、その苦しみを味わえる実験体第一号になれたんだ、光栄に思いな! 王子様!」
ベダルダスは一頻り笑い切ったところでもう一枚円盤を投げると、それを自身の頭の上に浮かべて静かに歩き出した。
黒紫色の魔素で作られた膜の内側に侵入するベダルダス。
ただエリンスたちのように苦しむ様子はない。
――あの円盤で、何か、制御しているのか……。
エリンスにそう察することはできても、身動きを取ることができなかった。
下卑た笑いを浮かべる大男は、剣を構えたままに歩き続ける。
苦しむメルトシスに近づくよう――その首を見定めて。
◇◇◇
一方――
アグルエたちは城を抜け出して城門へと差し掛かったところだった。
ルミアートらの計画が気になって、一早く戻りたくもあるのだが――今はアメリアらの安全を確保するのが最優先。
あちらはエリンスたちに任せることにしたのだ。
アグルエはそう言い聞かせて、城門を越える。
城門をくぐったところで、ふいに正面より吹きつけた突風にアグルエは思わず目を閉じた。
髪が引っ張られるような勢いで吹き抜ける風が、横を歩いていたラージェスの髪をも揺らす。
――パリンッ!
何かが割れるような音に驚いて、アグルエは目を見開いた。
アメリアを背負いなおすようにしたラージェスが、俯いて地面を見つめている。
「あぁ……」
その悲しそうな表情をした目線を追うと、足元には先ほどまでラージェスの髪を止めていたバレッタが落ちていて、割れてしまっていた。
綺麗な花柄の洒落たものだった。
アグルエは初対面のときに覚えた、言ってしまえば騎士に似つかわしくないそれが印象的だったのだ。
「それ、綺麗だったのに……」
アグルエの言葉に「はい……」とラージェスは静かに返事をする。
「ラージェス、もう大丈夫だ。アメリアを預かろう」
アブキンスはその様子を見守るようにして、背負ったアメリアをラージェスから受け取って抱える。
「すみません、騎士団長」
そのままラージェスはかしこまったように敬礼をしてから、しゃがんで欠片を拾い集めた。
「これ……メルトシス様からいただいたものだったんです」
手元に集めた欠片を見つめ、何かを思うようにしたラージェス。
「落としただけで壊れるようなものではないのに……何か嫌な予感がします。
アグルエさん、二人のこと送り届けるのを任せてもいいですか?」
今しがた歩いて来た城のほうを見つめなおすラージェスの視線には、有無を言わせない覚悟が宿っていた。
本音を言えば、アグルエもすぐに戻りたかった。
だがアグルエには、腕の中で眠っているツキノのこともある。
どこかゆっくりできるところで休ませてあげたい。
今するべきことがなんなのか、アグルエはよくわかっている。
「任せて」
静かに寝息を立てて丸まっているツキノを見つめてから、アグルエは返事をした。
「勇者協会だったよね」
「はい!」
「そこまでの道はわたしが案内しよう」
アメリアを抱えたアブキンスが頷いて、一歩先を歩き出す。
「すみません、頼みます!」
ラージェスはそれだけ言うと再び城門をくぐって、城内を目指して走り去っていく。
嫌な予感がすると語ったラージェスの背中がどんどんと小さくなっていく。
アグルエも何か――ふつふつと、城より溢れる嫌な魔素の気配を感じていた。
後ろ髪を引かれる気持ちはあったものの、アグルエはアブキンスの背中を追って城を後にした。




