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託された剣


 宰相カベムの死――

 エリンスはその瞬間に目撃したカベムの表情を思い返してしまった。

 目を見開いて、驚くようにして――迫るきっさきを見つめただけ。

 避けるどころか、自分から飛び込んで。

 身代わり、盾。

 カベムは――ルミラータに操られて、ベダルダスを守って死んだ。


 倒れたままだったカベムを介抱して廊下の隅に寝かせなおしたアブキンスは、ふらつく足でエリンスに寄った。


「下へ、戻ろう」


 頷いたエリンスはアブキンスに肩を貸して階段を下りる。

 階を下っている途中、アブキンスが話をしてくれた。

 操影ルミラータの力に操られていたわけではなく、ずっと正気だったのだという。

 敵をあざむくにはまず味方から――とはよく言ったものだ。

 アーキスは戦いの最中、剣を交えた際に気づいたらしい――と言っていた。


 3階から1階へ――エリンスたちが踏み荒らされた中庭へ戻ったところで、気を失ったアメリアを抱えたアーキスは呆然と空を見上げていた。


「すまぬ、アーキス」


 エリンスの肩より離れたアブキンスが声を掛けたところで、アーキスはエリンスたちに気づいたようで、目を合わせてから頷いた。


「父上、無事ですか」

「あぁ、だが……天剣を渡して見逃してしまった」


 アブキンスには天剣を渡したとしても、ベダルダスを仕留めるだけの自信があったのだろう。

 実際に『鍵』を手にしたベダルダスは、目的を達成したという油断が大いにあった。


「ルミラータが、カベムを操って……ベダルダスを守ったんだ」


 エリンスがそう口にした説明で、事態を把握することができたのだろう。

 戦いの最中でアブキンスが操られていないことに気づいていたアーキスだ。

 きっとアブキンスへと天剣を渡したことも、アーキスはその考えを読んだ上での行動だったはずだ。


「そうか……」


 中庭からは見ることができなかったであろう事の顛末を聞いたアーキスは、ただ一言返事をする。

 アブキンスとアメリアを救うことはできたが、結果として天剣は奪われてしまった。


――事態は悪化の一途をたどっている……。


「おーい!」


 それぞれに考え事をはじめた三人の神妙な空気を打ち破ったのは、遠くから呼ぶようにして階段を駆け下りてきたメルトシスだった。

 同じようにして、横を駆けて寄って来るラージェスとアグルエの姿を見て、エリンスはハッとして胸をなでおろした。


――怪我をしている様子はない!


 悲しみに暮れた路地から――胸を締めつけていた想いが少し和らいだ。


「アグルエ!」


 エリンスは思わず名前を叫んでしまった。


「エリンス!」


 呼び返してくれるその声を聞くだけで、エリンスは笑みがこぼれた。

 が――冷静になって一言。


「無茶するなって!」

「ツキノさんにも同じように怒られた」


 少し声を荒げてしまったのが、エリンスには照れ隠しでもある自覚があった。


「けど……無事でよかった」

「うん、ごめん」


 はにかむように「えへへ」と笑って謝るアグルエに、エリンスは何も言い返せなくなってしまう。

 ふとアグルエの腕の中で丸くなって眠るツキノの姿が目に入った。


「ツキノは……?」

「力使わせすぎちゃって、眠ってる」

「そっか……」


 苦しむ様子もなく目を瞑り、白い腹の毛が上下する。

 無理をさせてしまったというが、至って穏やかな寝顔を見てエリンスは一息吐いた。


 エリンスとアグルエのやりとりを見守るようにしていたラージェスが、タイミングを見計らって口を開いた。


「状況は?」

「あまりかんばしくはないようだ」


 合わせて、アブキンスとアーキスを見比べたメルトシスが言葉を続けた。

 アーキスがアメリアを抱えていること。

 その腰にいつも差している剣が見当たらないこと。

 それだけを見れば、自ずと察するところがあったようだ。


「あぁ、そうだな……」


 アーキスはアメリアを抱えたまま頷いた。


「ここらでお互い確認をしといたほうがいいだろう」


 メルトシスがそう言ったのを合図に、それぞれ状況報告をし合った。


 デズボードとの決闘。

 ルミアートとの遭遇。

 いびつに書き換えられた結界装置の修復。


 メルトシスが説明し、アグルエが補足するように続けた。


 ベダルダスが『鍵』を手にし、カベムを盾に逃げたこと。

 カベムの死。

 ルミラータとの遭遇。

 ベダルダスとカベムが古代魔導技術ロストマナの研究を続けていたこと。


 アブキンスが状況を説明してくれて、最後にアグルエがルミアートの語った目的を話した。


『わたしたちは計画を完成させて、この国の人間の魔素マナを喰らい尽す!』


 ルスプンテルで結界装置の魔素マナを吸収したダーナレクと似たようなことを策謀している。

 ただその標的が国民の魔素マナとなると――被害がどうなるか、エリンスが想像できる範疇を越えている。

 それだけ大掛かりなことをするために、結界装置に細工まで加えたということだ。

 そこには「何者かわからない影の存在」まで見えるようだった。


「ベダルダスが何をしでかすつもりなのか、それにやつは魔王候補生の狙いを知っているのか?」


 話を聞いたアーキスが言う。

 それに対してアグルエがこたえた。


「ううん、多分、利用されているだけ……」

「どちらも止めなければ、まずいな」


 状況を整理したメルトシスが口にして、それにこたえたのはアブキンスだった。


「やつらが古代魔導技術ロストマナの研究をしていたのは、玉座の間だ。

 わたしですら立ち入りを許されなかった。余程、大事なことだったらしい」

「たしかに、玉座の間ならば許可のない兵士の立ち入りも難しい。それなりの広さもある。研究室を新たに作るよりも、装置を隠すにしても都合がいいのか……」


 アーキスが同調するように頷いて、アブキンスが「そのようだ」と言葉を続けた。


「……陛下もそこにいるのか?」


 メルトシスが心配しているのは国王のことのようだ。


「あぁ、おそらく。わたしも謁見を許されなかったが……玉座に囚われているだろう、くっ……」


 と、説明を続けたアブキンスは苦しそうな表情をして頭を押さえ膝をついた。


「父上!」


 叫んだアーキスを制するように、アブキンスは手を出す。


「いい、大丈夫だ……」


 エリンスから見ても大丈夫そうには見えない。


「無理をなさっていたんですね……幻術を心の持ちようで抑えるには、それだけ精神をすり減らすことになる……」


 アグルエが心配そうに見つめながら言った。

 その言葉を聞いたアーキスは頷いて、静かにアブキンスへと寄った。


「父上、ここからは任せてください」


 真っ直ぐとした瞳を向けるアーキスに、アブキンスは顔を上げて立ち上がる。

 動じることのない意志のこもる言葉に、エリンスも緊張感を覚えた。


「息子に託すことになるとはな、面目ない」


 アブキンスは手にしていた剣を、アーキスへと差し出した。

 アーキスが頷いたところで、アブキンスは再び頭を押さえながらよろめいた。


「騎士団長!」


 慌てて駆け寄って支えたのはラージェスだった。

 ラージェスが肩を貸したところで、アグルエが口を開いた。


「ツキノさんも安心して眠れるようにしてあげたいし……。

 わたしたちがアブキンスさんとアメリアちゃんをウィンダンハさんのところまで届ける」


 それを聞いたラージェスが背中を向けてアーキスへと促す。

 アーキスはただ無言のままに頷くと、抱えたままであったアメリアをラージェスの背中へと預けた。


「すまない、二人とも。よろしく頼む」

「お任せください」


 アメリアをしっかりと背負いなおして、ラージェスは頷く。


「アブキンスさん歩けますか?」

「あぁ、問題ない」


 アグルエが心配そうに見つめた視線を振り払うように、アブキンスは頷いて低い声で返事をした。

 すかさずラージェスが説明を補足する。


「ウィンダンハ師匠は、勇者協会の解放へ回ってくれている。そこまで送り届ければ、無事は確保できるだろう」


 方針は決まった――ラージェスの言葉にそれぞれ皆頷いた。


「アグルエ、そっちは任せた」

「うん、送り届けたらすぐに戻って来る!」


 エリンスはアグルエの頼もしい返事を聞いて一層身に力が入った。


「メルトシス様、必ず追いつきます」

「あぁ、頼りにしている」


 ラージェスの言葉にメルトシスは鼻をかいて笑う。

 アブキンスは手にした剣をアーキスへと託した。


「すまぬ、迷惑を掛けるな……」


 そうして、ツキノを抱えたアグルエと、アメリアを背負ったラージェス、アブキンスが中庭を去って城から脱出した。

 去り際、謝ったアブキンスの背中がエリンスには小さく見えた。


 五人を見送って、静かになった中庭。

 先陣を切ることになったエリンス、アーキス、メルトシスの三人はそれぞれ決意を胸に上階を見上げた。

 託された剣で素振りをし、試しに構えたアーキスが口を開く。


「目指すは玉座の間だ」

「あぁ、国を好き勝手したあいつは許せねぇ」


 決意を固めた二人の言葉を聞いて、エリンスも身を引き締めた。


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