親子、剣を交えて
エリンスは息を呑む。
対峙する二人の剣士は同時に動いた。
――カァンッ!
衝突する剣と剣。
足元を舞った土と散る花びら。
翻る互いのマント。
相対する二人の剣士が、鍔迫り合いを続けながら言葉を交わす。
「父上、気を確かに!」
「アーキス、その剣をこちらに渡してもらおう!」
両手で剣を構えた互いの鋭い視線がぶつかった。
「アメリアのこともわからないのですか!」
「何を言う。『王の命令』に従えずして、騎士団長は務まらぬ!」
力を込めるように声を上げたアブキンスに、アーキスは後ろへ押され、引きずるように中庭へ足跡をつけた。
「くっ」
苦しそうな表情をしたアーキスは剣を横へいなそうとするが、アブキンスの力がそれを許さない。
――ズズズッ
押され続けるアーキス――単純な力の差が歴然だった。
エリンスから見ても、身体つきに大差があるようには見えない。
筋肉の使い方、剣を持つ角度、力の汎用――潜り抜けてきた死線の数の差が違うのだ。
こらえるように踏ん張ったアーキスが、白い光を放つ魔素を放出する。
糸のように伸びて舞った光が、アーキスの持つ天剣グランシエルへと集中する。
「天剣、煌け!」
掛け声を合図に天剣が白く光を放った次の瞬間、アーキスは身体を捻って無理やりにアブキンスの剣から抜け出した。
そのまま一歩後ろへ飛び、宙へと浮かんだアーキスは振るわれる斬撃を交わして、再び剣を構えた。
「そうか、ここは空の下だったな……」
1メートルほど宙へと浮かんだアーキスを見て、空を見上げたアブキンスは一歩飛び退き、互いに距離を取る。
「父上、戦うべき相手は他にいます!」
宙へと立つように浮かんだままのアーキスが口を開く。
「『王の敵』が、我が敵よ!」
ドスンッと音が響くかのような重量感ある一歩を踏み出したアブキンスが、両手で握る剣を振るった。
空中で交わそうとアーキスは一歩さらに上へと飛ぶのだが――それよりも早いスピードで剣の鋒が迫る。
――早い!
傍から見ていたエリンスですら、アブキンスの振られた剣、腕の動きが捉えられなかった。
アーキスは慌てたように構えた天剣で攻撃を防ぐ。
ただ、その勢いを抑えることができなかった。
――キィンッ! ダンッ!
鋭い斬撃音が中庭へと響き、勢いを受け止めきれなかったアーキスは弾き飛ばされ、城内と中庭の境目に立つ柱へと叩きつけられた。
「ぐっ」
苦しそうに膝をついたアーキスが、目の前に歩いて寄るアブキンスを見上げたのと同時に――
エリンスも上の階を見上げて、そこにある人影に気づいた。
3階城内より飛び出したバルコニー。
そこから二人の人影が中庭を見下ろすようにして笑っている。
嫌味を含む下品な笑みを浮かべる、身長2メートルはあるような鎧の大男。
その隣にモノクルを掛けた腰が曲がった小太りの老人。
尖がった鼻に、口元を隠すように伸ばした髭。
曲がった腰を杖で支えるように立っていて、高そうな生地のあしらわれたマントを羽織っている。
横にいる大男と比べると随分小さく見えるが、ただその目つきは鋭く、横にいる大男と同じように嫌味を含む笑みを浮かべている。
エリンスは直感する。
この状況を楽しむようにしている二人こそが――ウィンダンハから聞いた国を貶めた元凶だろう。
「余興はもうよい!」
上階より中庭にいる三人へと言葉を放つ小太りの老人――宰相カベム。
アブキンスは歩みを止めて、声を聞いたアーキスもエリンスと同じように上階を見上げた。
「その『鍵』を渡してもらおう」
続けて言葉を放ったのは横にいた大男――裏切りの騎士ベダルダス。
立ち上がることのできないアーキスの右腕を指す。
「妹の命は惜しいだろう」
ベダルダスは傍らに抱えるようにしていた人影――
拘束を解かれてはいるが、気絶したまだであったアメリアの首元を乱暴に掴んで、中庭の上へと突き出した。
力の抜けた手足がぶらんと垂れ下がり、ベダルダスが手を離せばそのまま3階の高さから地面へと叩きつけられる――そういった最悪の光景すら浮かんでしまう。
「くっ、やめろ!」
立ち上がったアーキスが飛び上がろうと足腰に力を込めるのだが、目の前に立つアブキンスが剣を向けた。
無言の圧。
力の差はわかりきっている。
アーキスはアブキンスと視線を交わす。
「……わかった、渡すから先にアメリアを解放しろ!」
少し考えるようにして、アーキスは上方に向かって叫ぶ。
相手が人質を手元に抱えているままでは、エリンスにも手出しができない。
「ダメだ、先に渡せ」
見下ろしたままアメリアを掴んだ腕をわざと揺らして見せるベダルダス。
アーキスに考えている暇はなかった。
「許せ、天剣」
鞘へと天剣を戻したアーキスは、腰より外したそれを目の前にいたアブキンスに渡す。
剣をしまって天剣を奪い取ったアブキンスが、そのまま中庭の地面を蹴り、壁を蹴り3階へと飛んだ。
鎧を着ていることを感じさせない身軽な足取りに、エリンスは驚かされるが、考えるよりも早く駆け出した。
同時にベダルダスがアメリアを掴んだ左手から力を抜いた。
「アメリアッ!」
叫んだアーキスが落下してくるアメリアの着地点を予測して動き出す。
エリンスは振り返らず、階段を目指して駆け上がる。
『鍵』が敵の手に渡ってしまえば何が起こるか予測ができない。
2階を通り過ぎ、そのまま上り階段を駆けて、3階へ。
エリンスが辿り着いたとき、廊下の先にいるベダルダスはちょうどアブキンスから天剣を受け取るところだった。
「がーはっは、ついに手に入れたぞ! 『鍵』を!」
喜ぶように大笑いをするベダルダスの横で、カベムもにやりと笑みを浮かべる。
アブキンスは寡黙なまま、その様子を眺めているだけ。
「待て!」
そう叫んだところで、ベダルダスはようやくエリンスのことを一瞥する。
「なんだぁ? 邪魔な客人は頼んだぞ、騎士団長様」
嫌みを含めてアブキンスの肩を叩いたベダルダスは、そのまま背中を向けて立ち去ろうとした。
剣を抜くアブキンスに、エリンスは一瞬怯んでしまう。
だが、立ち止まっている暇はない。
飛び出したエリンスは、一直線――廊下の先、ベダルダスの背中を追い掛けて――
「なっ!」
エリンスは目の前で剣の鋒を変えた影を見て、思わず立ち止まってしまった。
その背中を追って先に動いたのは――アブキンスだった。
アブキンスは抜いた剣を両手で上段に構え一突き、油断したように背を向けたベダルダスに向けて腕を伸ばす。
殺気に気づくことに遅れたのだろう。
振り返ったベダルダスは、笑った表情より一変――ハッとして驚いたように後退る。
アブキンスの鋒は確実にベダルダスを捉えていた。
だが――両者の間に、何者かが飛び込んだ。
――ガハッ
鎧も纏わぬ腹を貫かれ、口から大量の血を吐き出したのはベダルダスの横にいたはずの宰相カベム。
その小さな身体がまるでベダルダスの盾になるかのように――自然と飛び込んだようにエリンスの瞳には映った。
「なんだと!」
驚いたような声を上げたのはアブキンス。
「あーぁ、全く。態度もでかけりゃ油断も隙も大きい。大きいのは身体だけにしてほしいね」
聞き覚えのない声。
その正体は――血を吐いて倒れたカベムの影より現れた。
蛍光色のような水色の髪。頭より飛び出した小さな二本の角。
肌は白く、顔つきは人に似ている。
大きな吊り上がった目が、エリンスのことを睨むように差す。
身体つきは12歳を超えた子供くらいだというのに、存在感は一際強い。
高級感が溢れる飾りのあしらわれたシャツとショートパンツという子供らしい格好に、背中からは小さな片翼と大きな尻尾が突き出していた。
「ここでおまえを失うわけにもいかないからな。こいつはもう用済みだろ」
倒れ伏したカベムのことを指差したその魔族が、横にいる大男を見上げるように笑った。
「あ、あぁ……助かった……」
未だ呆然と驚いたように固まったベダルダスが返事をする。
「ルミラータ・モズ!」
エリンスは手にした剣に力を込めて、その魔族を睨み返した。
「ふーん、ぼくのこと知ってるんだ。勇者候補生?」
口角を釣り上げて不気味に笑うルミラータ。
「きみが、アグルエのお友達かな」
エリンスがその言葉に返事をしようとした瞬間、アブキンスが剣を振るった。
ルミラータはそれをただぴょん、と上に飛んで避けて、ニタニタと笑う。
「ぎゃはは、どうやらお喋りしている時間はないようだ」
「逃がさぬぞ」
「おぉー怖い」
アブキンスの低い声に怯むような素振りも見せず、ルミラータは笑う。
「計画はまだ途中だろ、ベダルダス!」
「あぁ……!」
「じゃあ、とっととその『鍵』とやらで、完成を見せてくれよ」
その言葉を聞いてエリンスも慌てて駆け寄るのだが――
再び振るわれたアブキンスの剣を避けたルミラータが右腕を広げる。
「また後で。って言ってもまあ、どうなっちゃうかは、わからないけどね」
ルミラータの右腕から黒い靄が広がった。
「待て!」
エリンスの叫びにこたえるようルミラータは手を振る。
遊ぶように、からかうように。
そうして広がった靄の中に溶けるようにして、ベダルダスとルミラータがその場から姿を消した。
――カランッ!
「ぐっ、逃がしてしまったか……」
手にした剣を落として、頭を押さえたアブキンスが膝をつく。
落ちた剣を見て――エリンスは考えて、立ち止まってしまう。
天剣が敵の手に渡ってしまった。
一体やつらは、古代魔導技術を起動させて何を企んでいるのだろう――
取り残されたエリンスは――無惨に廊下へと広がった血の海をただ見つめた。




