思惑縺れた決戦前夜
「やつらがどこまでその力を想定しているのかわからない。だから、止めなければならない」
古代魔導技術の話を聞いたアーキスが口を開いた。
「まだ『鍵』はこちら側にある。アメリアを救出して、思惑を止めなければ!」
決意を口にしたアーキスに、ウィンダンハが言葉を続けた。
「それに時間もない。結界が途絶えてしまった今、わしらも三日経てば術中となってしまう」
敵の狙いがわかった今、アーキスを敵陣へと連れていくことに気が引けるエリンスだったが、アーキスは隠れて留まってはいられないだろう。
「アグルエとメルトシスを助けるためにも、城へいくしかない!」
エリンスの言葉にアーキスも頷いた。
「とはいえ、数千人の兵士を相手に戦うのは無茶です」
ラージェスは二人を止めるようにして口を開く。
たしかに――強行突破の策は、アーキスとメルトシスのことを見るに、一度失敗しているに近い。
「何か策を考えねば」
悩むようにしたラージェスに、エリンスも一緒になって考えを巡らそうとして――
――チリーン、と。
地下水道に聞き覚えのある不思議な音が響いた。
エリンスは慌てて辺りを見渡した。
その姿を――探そうとして。
「アグルエは、メルトシスと合流しておるぞ」
部屋の真ん中、机の上に白い狐のモフッとした尻尾が揺れる。
「ツキノ! 無事だったか!」
エリンスはツキノへと抱き着く勢いで机に手を伸ばして、ツキノはそれをひょいっと飛び跳ねてかわす。
「まったく、不安そうな顔をしおってからに」
エリンスの頭の上へと飛び乗った白い狐がそう言った。
エリンスはツキノを乗せたまま、体勢を立て直した。
「えーっと、こちらは?」
不思議そうな顔でその様子を眺めたアーキスが、エリンスに聞く。
「ツキノっていうんだ。俺たちの仲間かな?」
「どうして疑問形なのじゃ?」
人語を話す狐の姿に、アーキスもウィンダンハもラージェスも不思議そうな顔をしていた。
「そうか、そのツキノさんの言葉、信じていいんだな」
だがアーキスが頷いたのを合図に、他の二人も同じようにツキノの話へと耳を傾ける。
「あぁ、もちろん」
エリンスが返事をして、続けるようにツキノが語り出した。
「時間もないようだしの、簡潔に伝えるぞ。
合流した二人が、夜のうちに城の中より結界を止める。
街を覆った『幻操』の力を止めてしまえば、城へ入ることもできよう」
ツキノの言葉に返事をしたのは、ウィンダンハだった。
「結界装置に関与している魔素を消し、結界を再起動できれば可能性はありますね。
その際、影響下の近いところにいる者の意識が、一度失われることになるかもしれない」
幻術の反動が考えられるということ――もしその通りになるのならば、エリンスたちにとっては好都合だ。
操られた兵士たちとの余計な戦闘が避けられる。
「わかった。アグルエとメルトシスに伝えよう。
それともう一つ、敵の魔法についてじゃ」
一息置いてからツキノは説明を続けた。
「ルミアートの『幻操』は、広く対象の認識を操る魔法。
対して、ルミラータの『操影』は、狭く対象の認識を操る魔法。
両者は似ているようで違うものじゃ。
結界を止めたとて、ルミラータの魔法には気をつけよ、とアグルエが言っておった」
「わかった。覚えておくよ」
アグルエの伝言を肝に銘じて、エリンスは頷いた。
「ツキノは戻るのか?」
「うむ、そのつもりじゃ」
ピョンッとエリンスの頭から飛び降りたツキノは、四人に向かって再び口を開いた。
「妾は戻る。城の中のことはこちらに任せるとよかろう」
「時間を決めて置こう」
アーキスが冷静な様子で申し出た。
「そうじゃな、夜の内にといっても、どうなるかわからん。
なんせ、敵の本陣ど真ん中、じゃからなぁ」
「8時、朝、ファーラスの時計塔が鳴る時間だ。
ウィン先生の言った通り、結界が消えたのならば、鐘突きの兵士も意識を失う。鐘はならないはずだ」
「うむ、わかりやすいのう。それまでにどうにかすると約束しよう」
すっかりアーキスと呼吸を合わせるような会話をするツキノ。
「それまでにどうにか、できなかったら?」
そう聞いたのはラージェスだった。
事態が事態なだけに、最悪のことを考えてしまうのも頷ける。
「そのときの判断は、そちらに任せよう」
エリンスは信じていた。
アグルエならば、この国を覆った嫌な予感もどうにかしてくれる、と。
それに今は――その横に頼もしい親友と友がいるのだ。
「計画通りに進んだら中庭で合流したい!」
アーキスがそう言ったのを聞いたツキノは頷いた。
「うむ、わかった。それも伝えよう。では、妾は戻るぞ!」
「ツキノ、任せた!」
勢いよく飛ぶように走り出した親友の後姿を、エリンスは笑顔で見送った。
ツキノはチラッとその顔を一瞥し頷いた。
地下水道の部屋より飛び出していったツキノの姿は、あっという間に暗闇に紛れ見えなくなる。
「あちらは任せることにしよう」
冷静な様子でそう言ったアーキスは、凹んでしまったソファーに腰掛けるように背中を預けた。
「そうじゃな。エリンスくん、今は身体を休めたほうがよいでしょう。心もな」
ウィンダンハの優しい言葉に、エリンスは頷いて――近くにあった椅子へと戻って真っ暗な天井を見上げた。
――信じよう、三人を。
地下にいるエリンスたちには時間の感覚がわかりづらかった。
しかし、次第に夜は更けていった。
空へと昇った月が、幻惑に堕ちた静かな街を見守っている。
灯った街灯に、光の漏れる酒場。
寝静まり灯りの消えた民家の窓に、扉が閉まった商店の数々。
人通りの消えたメインストリートには、夜の静けさが漂っている。
平和が保たれて、異常などどこにもないようで。
だけどその裏で――思惑は縺れて絡まりはじめる。
暗い夜空の中、流れる魔素の結界に負けないように、星々たちが輝く。
それぞれの決意が光るように。




