連れ去られた魔王候補生
「ここだよな!」
「あぁ、そのはずだ!」
「隙間から光が出ている!」
ドアの向こう側より三人の男の声が聞こえた。
それに金属音が混じる足音の数は、声の数よりも多い。
エリンスらはただならぬ気配を悟った。
――ダン、ダン、ダンッ
ドアが乱暴に叩かれる。
木のドアはすぐに破壊されてしまうようにも思えたが、ウィンダンハが仕掛けた細工――魔法のおかげで耐久性が強化されているようだ。
ただエリンスから見ても、一時しのぎに過ぎないことがわかってしまう。
「破られるのは時間の問題です。アメリアを頼みます」
急な来訪者に混乱もしているだろうアメリアは、疲れた表情は見せずにアグルエの手へとしがみついた。
アグルエはその手をしっかりと握り返して、アメリアに向かって微笑む。
「ウィンダンハさんは!」
既に腰に差した鞘より剣を抜いているウィンダンハを見て、エリンスも剣を抜こうと聞くのだが。
「ここはわしが時間を稼ぐ。来た道は使えんと思ってよいでしょう。
地下水道には出口がたくさんあります。だからどこかから地上を目指すのです!」
ウィンダンハは三人のことを逃がすために時間稼ぎをするつもりのようだ。
エリンスは見す見すそのまま逃げる気にはなれなかった。
ウィンダンハにはまだ聞きたいこともある。
しかし、刻一刻を争う事態だということも理解できている。
ウィンダンハはドアとは逆の壁に寄ると、剣で円を描くように腕を振るう。
剣より発せられた魔素が、描いた通りに壁へと穴を開ける。
ドスンッと切り抜かれた壁が倒れて、入り口とは逆側の通路へと出られそうだった。
「ここから、逃げるのです」
有無を言わせない圧のある目力に、エリンスは何も言えなくなってしまう。
エリンスは静かに頷いて、今しがた作られた出口の穴へと目を向ける。
アグルエの影より姿を現したツキノが、先導するように部屋を飛び出していく。
そして通路をキョロキョロと見まわして確認し、エリンスへと振り向いて頷いた。
どうやらまだ、部屋を取り囲われているわけではないようだ。
エリンスはアグルエと目を合わせて、二人は頷き合った。
不安そうな表情をしているアメリアのことは、アグルエに任せることにした。
「わかりました。けど街に出てもどうすれば!」
「アメリアを連れて街から出られたらいいんじゃがな……」
ドアから目を離さないウィンダンハがこたえた。
アメリアが追われている理由、アーキスたちが指名手配されている理由。
そこにはまだ何か思惑があるように思えたが――聞き返す暇はなかった。
「いこう!」
一足先にツキノについて部屋を出たアグルエが、エリンスへと声を掛ける。
その声を合図にエリンスも部屋を飛び出した。
それと同時――表側の木のドアが蹴り破られる音が、地下水道に響いた。
◇◇◇
足元を照らした魔素光と、アグルエが手から出した黒い炎の灯りを頼りに、三人は走って逃げた。
ウィンダンハが足止めをしてくれるとは言ったものの、四人を追う金属音が地下水道には響き渡っている。
兵士の数が、エリンスの思っていたよりも多かった。
きっとウィンダンハが思っていたよりもさらに多かった。
アグルエと手を繋いだまま走って逃げる少女の顔を見て、エリンスは考えた。
そこまで重要な意味がアメリアにあるということだろう。
そうして逃げた地下水道――四人は梯子が備えつけられた行き止まりへと辿り着いた。
背後より響いていた金属音が聞こえなくなっていたことには、逃げている途中で気づいていた。
入り組んで似たような道が続いた地下水道だ。
追っての兵士らをまくことには成功したらしい。
ようやく見えた出口でエリンスは少し安心してしまった。
一足先にツキノがピョンピョンと飛び跳ねるように梯子を上っていく。
エリンスはそれに続いて、アグルエはアメリアを下から支えるようにして梯子を上った。
空から差した夕陽が眩しく光って、四人はようやく地下水道を脱出した。
だが、先に上っていたツキノは尻尾を立てて、警戒したように辺りを見回している。
ツキノが静かに口を開く。
「……元より包囲されておったようじゃ」
エリンスの目が光に慣れて、自然とその状況が目に入った。
四人が地下水道より出た場所は、入った場所とは違う一本の路地のど真ん中だった。
街の地理に疎いため、エリンスには位置関係がわからなかったが。
背の低い建物の裏側で夕陽がよく差している。
馬車がすれ違えるほどの広さがある道には、止まっている馬車の姿も見えた。
窓がなく荷台がテントのようなもので覆われている簡易的な馬車だった
エリンスらの近くの積まれた木箱に、腰掛ける兵士の姿。
そしてその他にも、夕陽を反射する鎧の男の姿が六人。
通行人などの姿は見えない。
「地下水道に下りた時点で、貴様らは袋のねずみだったというわけだ」
髭を生やした顔がのぞく甲冑の男が、にやりと笑いながらそう言った。
「ここらの出入り口は全て騎士団が押さえている」
既に剥き出しとなっている両刃の剣と大きな盾を手にした兵士らに、エリンスは一歩退いて剣に手を掛ける。
「無駄な抵抗は止したほうがいい」
相手は七人、それも手練れの王国兵士、一人は隊長格。
戦力にならないツキノに、巻き込むわけにもいかないアメリアを抱えている以上、この場で戦うことは得策ではない。
それに兵士らは――悪意のない人間だ。
ただ幻術で認識を狂わされて、従わされているに過ぎないだろう。
エリンスが考えている間にも、一人の兵士が寄ってきてアグルエへと手を伸ばした。
アグルエは咄嗟に剣を抜いて振るうが、大きな盾により防がれ弾かれる。
「アグルエ! ダメだ!」
「うん、わかってるけど!」
アメリアを背中に隠すようにして、アグルエは剣を構える。
四人のことを、剣と盾を構えた兵士らが円になって取り囲んだ。
――逃げ場はないってことか。
エリンスも剣を抜いて事に備えた。
あまり戦う気も起きないが、相手が剣を構えている以上、応戦するしかない。
「その子を渡せば、いいだけだぞ?」
「どうしてこの子が狙われているのか、理由はわからない。
だけど、それだけじゃないってことが、わかるんだよ」
「ふん、痛い目見ないとわからないようだな!」
そう言って髭の男が剣を振り上げたのを合図に、兵士らが一丸となって距離を詰めてくる。
「威力は最小限、ごめんなさい! 滅尽!」
アグルエは一歩距離を取りながらも左手から黒い炎を放ち、兵士の一人へと牽制。
だがアグルエの背後より剣を振り上げた兵士が接近し――エリンスはそちらへと注意を向けて、剣を振り抜く。
一人兵士を弾き飛ばしたところで、しかし同時に二人の兵士がエリンス目掛けて剣を振った。
その剣筋に迷いはなく、本気で切り掛かってきていることが垣間見えてしまった。
――それだけ、結界に乗せられた幻術が強力だってことか!
エリンスは冷静に考えながらも、襲い来る剣を捌き、兵士らと距離を取る。
アグルエもまた兵士らに剣撃を浴びせた。
盾で防がれてしまうのだが、距離を取ることには成功する。
一本の路地の中、囲われていた形から七人と対峙する形へと、背後に逃げ道を確保した。
「ほう、ただ者ではないな」
髭の男がそう言った。
「魔力を感じないが……傭兵か?」
「だとしたら?」
「『国王様の命令は絶対だ』。目的は達成させていただく!」
エリンスもアグルエも、前方に気を取られていた。
兵士は七人で場所は一本道の路地だ。
一方に押しやってしまえば、逃げられるとも考えていた。
だから気づかなかった。
「きゃあああ、んぐむ!」
その声に一早く反応を見せたツキノが振り返る。
エリンスとアグルエもつられて振り返ったところで――
アメリアが兵士の一人に抱えられ、その口に猿轡を噛まされてしまっているところだった。
「なっ!」
エリンスは全く人の気配がなかったことに驚いた。
しかし、エリンスが目を向けてみれば、背後の道にも二人の兵士がいたのだ。
そして路地の先――そこに止まっている馬車が、兵士たちのものだった。
「言っただろう。ここらは全域押さえていると」
油断していたわけではない。
しかし考えさせられることの連続で、エリンスもアグルエも、ツキノでさえも集中力が散漫となっていたのだ。
アメリアを抱えた兵士が馬車へと乗り込んでいく。
このままでは逃がしてしまう。
エリンスは焦る気持ちを抑えられず、飛び出そうと一歩を踏み出すのだが――瞬間、背後より髭の男が剣を振り上げ距離を詰めてきた。
その殺気を感じ取り、エリンスはすかさず剣撃を剣で受け止めた。
――カンッ!
剣身と剣身がぶつかって、火花が飛んだ。
エリンスはそのまま鍔迫り合いへと持ち込まれ、完全に足を止められてしまった。
「任務完了だ!」
「くっ」
近づく髭の男の声に、エリンスは眉をしかめて応戦することしかできなかった。
「城へ、侵入できれば、いいんだよね」
耳をなでるようなアグルエの声に、エリンスは何か嫌な予感がした。
その刹那――返事をするよりも先に、アグルエは飛び出していた。
「っな、何をするつもりだっ!」
前方から注意を逸らすわけにもいかず、エリンスはアグルエを止めることができなかった。
前方で立ち塞がっていた兵士らも、アグルエの黒い炎を纏った機敏な速度に追いつけなかった。
エリンスが慌てて力を込めて、髭の男の剣を弾き、振り向いたところで――
アグルエがちょうどアメリアの連れ去られた馬車へと飛び込むところだった。
今にも馬を走らせようとしていた御者の兵士は急な乱入者に驚いたようで、しかし馬車の中にいた兵士らがアグルエを取り押さえる。
馬車の後部より顔を出したアグルエが、エリンスに向かって手を振った。
緊迫した様子とは裏腹に、アグルエは笑っていた。
「だいじょうぐむっ!」
アグルエはエリンスに何かを伝えようとしたらしいが、兵士の一人に口を押さえられて言葉が遮られた。
そしてその姿も――馬車の中に引きずり込まれて見えなくなってしまう。
エリンスの足元にいたツキノは慌ててその後を追い、馬車の中へと飛び込んでいく。
エリンスが呆然とその様子を眺めている間にも馬車は発進し、路地を曲がったところで見えなくなってしまった。
気づけば路地にいた兵士らも姿を消していて、エリンスはただ一人、その場に取り残されてしまった。
気持ちが追いつかず、状況を理解するのに数分の時間を要した。
ツキノが早く行動してくれたことが唯一の救いだろう。
しかし冷静になって考えて――エリンスは胸を刺す痛みに気づく。
――アグルエ!
守ると決めたのに。
もう二度と、アグルエを囮にするようなことはさせないと誓ったのに。
その手を離さないと、決めたはずなのに。
「アグルエェェェ!」
返事がないことはわかっていたけれど、どうしようもなくその名が呼びたくなって――
エリンスの慟哭が誰もいない路地へと響いた。




