落ちる太陽、重なる想い
地獄太陽は高濃度の魔素の塊であり、ダーナレクの持つ「炎蒸」の影響を受けた高温度の炎の集合体でもある。
直径300メートルはあるかというようなそんなものが町へと落ちてしまえば――想像しなくてもどれほどの被害を及ぼすかが歴然だ。
エリンスとアグルエの二人はダーナレクを取り逃してしまったことよりも、目の前に迫ったその巨大な危機に焦りを見せた。
「どうしよう!」
「こんな、巨大な……」
エリンスは眼前に迫るその巨大な太陽に呆然と立ち尽くしてしまう。
緩やかな落下をし続ける地獄太陽はすぐに町へ落ちるというような速度には見えないが、ただそうしている間にも着実に地上へと近づいている。
「大きいとはいえ、これって魔法だよな?」
エリンスは確認するように背後のアグルエへと聞く。
「うん!」
アグルエは一言返事をした。
――だったら!
エリンスは自身の持つ力によって打ち消すことができるのでは、と考えた。
そのエリンスの考えを感じ取り、アグルエも翼をはためかせて眼前迫った地獄太陽より距離を取る。
エリンスは剣を持った腕を真っ直ぐ斜めに伸ばし、そこに力を集中させるようにと意識をする。
白い輝きと黒い炎が交じり合う光が剣へと集まりはじめる。
「魔導霊断――届け!」
まるで魔法の詠唱をするかのようエリンスは叫んだ後に、力を込めたその腕を振り抜いて剣へと集まった力を飛ばすように剣を打ち振る。
剣より放たれた二人の力は衝撃波となって地獄太陽へと向かって行く。
――バシュンッ!
衝撃波が触れた部分の炎に裂け目が生まれはしたものの、その一撃では巨大な地獄太陽の破壊――その魔素の中心部まで届かない。
それでいてすぐに炎の裂け目を埋めるようにと地獄太陽は燃え続けるのみだった。
「くっ」
効果が見て取れないことにエリンスは苦悶の表情を浮かべた。
速度も落ちず、むしろ段々と早くなっているようにすら感じる落ちゆく太陽。
「なら、これなら!」
そんなエリンスとは反対に、アグルエはエリンスの背後から黒い炎へと力を込めた。
翼となったアグルエの魔素がさらに巨大に膨れ上がり、エリンスたちを覆い包むように広がり丸まる。
翼が二人を守る卵の殻のような形となって、さらにそこから魔素が広がり拡散する。
白い輝きと黒い炎が混ざり合ったその魔素は地獄太陽にも負けないような巨大さを持つ盾のような形となり二人の前へと広がった。
「想いよ、重なり届いて守りたまえ――シンクロナイズ・イージス!」
アグルエが魔法の詠唱を終えるや否や、盾のように広がった魔素は地獄太陽を受け止めるかのように展開される。
――ゴゴゴゴゴゴッン!
激しい地鳴りのような轟音を上げていた地獄太陽は、アグルエの繰り出した巨大な盾に触れるやその落下の勢いが弱まっていく。
「くっ」
「うっ」
ただその分の重量が魔法の使用者であった二人へと還元され、のしかかった。
勢いを殺すことはできているが、地獄太陽は翼によって守られたエリンスとアグルエを巻き込んで緩やかな落下を続ける。
ただの時間稼ぎにしかならない。
エリンスもアグルエも身体全体でそれを痛いほどに感じた。
アグルエは「それに……」と小さく口にして考える。
先の戦いでほとんどの魔素を使ってしまったところに、大技のような魔法を展開してしまったのだ。
アグルエ自身の限界も近い。
アグルエは苦悶の表情を浮かべながら、自身が展開した盾へと集中を続ける。
共鳴しているエリンスはそんなアグルエの気持ちを悟って思考を巡らせる。
しかし、強大すぎる危機を前に何も思いつかない
「こんなとき、どうすればいいんだ!」
このままでは地獄太陽もろとも、二人とも炎の下敷きだ。
町に落ちた最悪の光景を考えてしまったエリンスに――近づき声を掛けるものがいた。
「なーに、弱気になってんのよ!」
そうして二人の背後から聞こえたのはマリネッタの声だった。
エリンスは驚いて首だけ後ろに向けてその姿を確認する。
アーキスの左腕に抱えられるようにして、マリネッタはアーキスと共に空に立っていた。
「こんな格好、屈辱だけど……」
「あはは、悪い。こういう飛び方しかできないんだ」
アーキスは笑ってこたえ、マリネッタはその姿を見られて不服そうな顔のままに地獄太陽へと眼差しを向ける。
「アーキス! マリネッタ!」
嬉しそうな声を上げたのはアグルエだった。
その喜々とした感情がエリンスにも伝わる。
「――状況はわかったわ」
マリネッタは辺りにダーナレクの姿がないのを確認すると、二人へ言葉を続けた。
「勝負は……着いたようね」
「あぁ、逃げられたけど」
エリンスの返事を聞いて「そう……」とマリネッタは静かに返事をこぼす。
「勝負が着いたならこれをどうにかするだけだろ?」
アーキスはエリンスとアグルエが食い止め続ける地獄太陽を目にしてそう言った。
マリネッタはそれに加えて説明を続けた。
「この太陽が出現し落下をはじめたのは、地上からも確認されていたわ。嫌な予感はすぐにわかった。
だから、わたしとアーキスはウリアさんの協力も得て、近場の魔導士を集めた! 止める術はある!
まあそのためにこんな格好なんだけど……」
マリネッタはアーキスに抱えられた自身のその格好を未だに不服そうにしていた。
本当に嫌なのだろう
天剣グランシエルを手にし、空中に浮かび上がっているアーキスのことを見やったアグルエが心配そうな眼差しを送った。
「アーキス、あなた足は……」
「言っただろう? 無茶でもしなきゃ、収まらないって。
それにこれは、きみのその空の飛びかたを見て思いついたんだ」
そう言ったアーキスの背中には渦巻く風で作られたような魔法が確認できた。
「足に負担をかけることなく、空を翔られる!」
「無駄口叩いている暇はない!」
活を入れるように三人に向かって叫んだのはマリネッタだった。
「マリネッタ、策って!」
アグルエの限界を感じていたエリンスが慌てて結論を急かすように聞く。
「並の魔法ではこの高度まで魔素を届かせることはできない!
でも、わたしとアーキスがその中継地点となって魔素を集めれば、
地獄太陽まで魔法を届かせることができる」
「でも炎蒸に、水の魔法は」
アグルエがそう口を挟んだ通りだ。
現に一回――水魔法が通用していないことはマリネッタも十分承知。
「ただの水じゃ効果はないでしょう。でも、ここは! 港町!」
そう言ってマリネッタが目を向けたのは――暗い夜空の下に広がる大海原――
アグルエもマリネッタが何を考えたのかすぐに想像がついた。
「まさか」
「そのまさかよ!」
口角を上げたマリネッタが杖を掲げて、魔法の詠唱をはじめた。
夜空にキラリッと青く光ったその杖が作戦開始の合図となる。
地上にてその合図を確認した自警団副隊長ウリアの指示のもと、自警団の数十人に及ぶ魔導士部隊、さらには考えに同調してくれた魔法を使える住民までもが同時に魔法の詠唱をはじめる。
水と風の魔素を集めて、海の水を空へと送り出すように――
大海原――次第に渦巻くように上昇をはじめた海水が大空へと伸びてくる。
アーキスとマリネッタはその大渦のほうまで飛んで近づくと、マリネッタはその上昇してきた大渦にある魔素の流れを保ったままに受け継いで、さらに上空へと伸ばすようにと意識を続けた。
町の目前へと迫った地獄太陽の下――それを抑えながら、エリンスとアグルエは少し離れていたところからその様子を見守った。
「くうぅぅぅ!」
当然数十人にも及ぶ量の膨大な魔素をその身一つで受け止めるともなれば、マリネッタの身体には負担が掛かる。
腕の中で苦痛そうな声を上げたマリネッタにアーキスも力を貸すようにして自身も大渦へと魔素を送り込んだ。
マリネッタに掛かる負担は――その肩の上で踏ん張っている水瓶様も一緒に受けてくれていた。
そうして――皆の願いは一つとなって、巨大な海水の大渦が空まで舞い上がる。
アグルエはその巨大な一つの魔法を見て感動してしまう。
――物語の中で語られる伝説の大魔法、大海原を操る大渦の魔法。メイルシュトロームだ――と。
「っくらええぇぇ!」
マリネッタは自身に掛かった負荷ですらも全て解放して飛ばすかのように大声で叫んで、その大渦を操るように杖を振った。
大海原より伸びていた大渦はマリネッタの杖に反応するように捻じ曲がり、空を翔はじめる。
海より伸びた大渦――メイルシュトロームがそのまま地獄太陽へと炸裂した。
ただの水であれば「炎蒸」には効果がない。
しかし、皆の想いが一つになったその大渦は、轟々と燃え続けていた地獄太陽から炎の魔素を奪い去る。
メイルシュトロームが着弾するその間際にエリンスとアグルエは大きな盾の展開を止めて距離を取った。
燃える勢いを失ってその速度も減速した地獄太陽ではあったが――それだけでは消し去ることができない。
「エリンス!」
「あぁ! 止めだ!」
アグルエのその掛け声にエリンスは大きく返事をした。
それを合図に翼をはためかせ地獄太陽よりさらに距離を取った二人は、エリンスが持つ剣に全身全霊全魔力、ありったけの魔素を集中させた。
二人から――黒い炎の翼の魔法が消える。
空中で刹那の制止――
時間が止まったとも思えたその瞬間に二人は全ての意識を集中させた。
エリンスは空中で身体をねじり、アグルエがその反動を活かすようにエリンスの背中を押す。
その瞬間――エリンスは力を込めたその腕を――全身の勢いを乗せて振り抜いた。
「――届け!」
白い輝きと黒い炎が十字に交わる衝撃波が放たれて、今一度――メイルシュトロームが炸裂し続ける地獄太陽へと届く。
斬撃の衝撃波を放ったエリンスとアグルエはそのまま空中でバランスを崩して地上まで落下していく。
あわやそのまま地面に叩きつけられるかといったところで、アグルエは最後の力を振り絞って翼を作り出すと、そのままエリンスを受け止めて着地した。
無事を笑い合った二人は、自らの放った斬撃の行方を見守った――
二人の想いを乗せた斬撃は、大渦に乗った皆の想いと同調し、次第に大きくなっていき――
迫る地獄太陽を真っ二つに斬り裂き消し去って――空を覆った黒煙さえも斬り裂いて――そのまま大空へと突き抜ける。
その衝撃はメイルシュトロームの流れさえも断ち切って――行き場を無くした大量の海水が弾けるように町へと降り注ぐ――
キラキラと輝き散り散りとなって――それは恵みの雨であるように――
降り注いだ雨に、一様に空を見上げていた住民や自警団、勇者候補生の同盟仲間たちが目を輝かせる。
そうして、町に迫った大きな危機が去ったことを察するのであった。
空を覆った黒煙が晴れ、町の炎も鎮まって――辺りは夜の静けさを取り戻したかのように見えた。
だが、薄く――水平線より希望の光が溢れ出す――夜明けはもう近かった。




