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その出会いは路地裏で


 勇者誕生の日と呼ばれた一月いちのつき一日いちのひ

 はじまりの街は、勇者の生誕をうたう祭りで賑わっていた。

 世界各地より集められ、素質と資格を認められた勇者候補生たちはこの日、一斉にはじまりの地を旅立つのだ。


 時刻は夕暮れ時、魔素マナを動力とした街灯に明かりが灯る。

 祭り最中となった表通りは露店が立ち並び、歓声と人の波で溢れた。


 人混みの中を避けるようにして進んだ青年は一人、表通りとは正反対の静けさを保つ路地裏へと差しかかる。

 夕陽に雲がかげり、薄暗かかった行く手に黒き闇が広がっていく。

 ヘーゼル色の瞳で先を見据えるように目を凝らした青年は、一度足を止めた。


 キリッとした目に中性的な顔立ち。鍛えられ引き締まった身体つきに、長袖シャツと長ズボン。軽鎧ライトアーマーを上下装備して、剣を携えただけの身軽な剣士といった風貌をしている。

 手に持った革袋を背負いなおすように肩にかけて、この日、勇者候補生に選ばれたばかりの青年――エリンス・アークイルは一歩を踏み出した。


 路地の間を北風が吹き抜けて、耳たぶの辺りまで伸びるエリンスの茶色掛かった黒髪を揺らす。頬を刺す冷たい感触が意識を叩き起こしてくれるようだった。


――こんなところで立ち止まっている暇はない。この路地裏は街の出口までの近道だ。


 エリンスは先を急いでいた。他の勇者候補生たちより出発が遅れてしまったから。

『落ちこぼれ』とレッテルを張られ、候補生ランク最下位の不名誉を負ったエリンスが旅立ったのは、この年集まった全勇者候補生百二十一名中の、最後。


――少しでも遅れを取り戻すべく、最短で街を出て、次の町を目指す。


 エリンスはそれだけを考えながら歩いていた。

 だからだろうか。

 路地裏を進んだところで、向かいから近づいてくる人影に気づかなかった。


 いつの間にか目前へと迫った人影に、咄嗟に避けようとしたエリンスの肩がぶつかる。その拍子に人影は力が抜けたように後ろへ傾いた。

 コートのフードを目深に被って身を隠すようにした姿が一瞬目に入り――怪しい、と勘繰りながらも、気がつけば自然と身体からだは動いていた。


 エリンスは倒れそうになる人影に腕を回し抱え込むと、その軽さと柔らかさに目を見開く。鼻孔を甘い香りがくすぐって、外れるフードから長い金髪がサラサラと流れ落ちる。

 雲が流れ夕陽が差したのと同時――受け止めた彼女(・・)の顔を見て、エリンスはあまりの端麗たんれいさに息を呑む。


 きめ細やかな白い肌に、閉じられてもなおわかる大きな目は、まぶたが少し震えている。

 コートの下から見える高級な生地の使われた洋服やアクセサリーだけを見ても、育ちの良さが表れていた。

 弱々しくも力が抜けた身体は華奢でありながらスタイルもいい。溢れ出るほどの気品を彼女は持っている。


――何故こんな子が身を隠すようにして路地裏に? どこかの国の王女様が迷い込みでもしたのか……?


 エリンスの頭の中を埋め尽くしていく疑問は、彼女が発した次の一言で吹き飛んだ。薄く開いた碧眼と目が合って、彼女は譫言うわごとを呟いた。


「お腹が空いて、もう、歩けな……い……」


 今にも倒れそうだった彼女を受け止めた時点で、エリンスの運命は決まっていたのだろう。


 エリンスには目指すべき『勇者』という目標がある。そのために落ちこぼれや最下位と呼ばれようとも勇者候補生になったのだ。

 ただでさえ怪しかった風貌には、訳がありそうな雰囲気しか感じない。先を急ぐのならなおさら、関わらなければよかったのかもしれない。

 だが、エリンスの抱える一つの信念がそれを否定する。困った一人を助けられずして世界なんて救えるものか、と。


――ぐぅぅぅ。


 路地裏に響いた鳴き声をきっかけに、エリンスは彼女を起こして立ち上がる。それから肩を貸して、どこか近くにあるだろう料理店を目指したのだった。

 昔、面倒事を背負い込んで師匠や幼馴染の親友になじられたことを思い出す。エリンスは自分でも思った。とんだお人好しだ。



 でもだからこそ、彼は彼女と出会う運命だったのかもしれない。

 それは、巡る巡りの果て、二人の出会いからはじまった物語プロローグ

 彼は後に知ることになる。その彼女こそが、最強と謳われた魔王候補生――未来の魔王であったのだ、と。



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― 新着の感想 ―
[良い点] お人好し、大いに結構。素晴らしい作品の予感にワクワクが止まりませんねぇ。
[一言] 落ちこぼれ勇者候補生と、最強魔王候補生の出会い!運命的ですね!これからどうなっていくのか楽しみです(*^▽^*)
[良い点] エリンス君の人柄の良さが伝わってくる良い第一話でした。ちょっと不遇なのかなと匂わせる程度に留めておいて、主軸である女の子との出会いから目を逸らさせずにいるのが、うまい書きぶりだと感じました…
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