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勇者協会の方針


 エリンスたちがその部屋へ入ったところで、大きな壁掛け時計がちょうど夜の八時を指し示した。窓の外はすっかり夜の帳が下りている。 

 勇者協会の二階に用意された広々とした部屋には、木の長机が長方形の形に並べられ、会議室兼執務室として今は運用されているようだ。

 その広さの割には集められた人々の数は少なく感じた。ぼんやりと灯りを宿す魔素光マナ・ライトが部屋の中を照らし、沈黙を守って腰掛けるリィナーサを中心とする大人たちの顔が照らし出される。


 本来はファーラス王国勇者協会に務める赤の管理者、リィナーサ・シャレン。トレードマークである羽飾りのついたつばが広い魔女帽子をかぶっており、疲れた表情もその影に落ちているが、静かにひと言、「集まってもらえて感謝するわ」とエリンスたちのことを出迎えてくれる。

 その横の座席についたのは、右腕を首から提げた包帯で支えたままのブエルハンス・オールウェズ。外ではしていなかった眼鏡を掛けて、机の上に積まれた書類の山に向き合っている。

 さらに挟むようにしてその反対側に座っているのは、カンバルク・レンムドル。傷だらけの黒鉄の鎧にどかりと腕を組んで机につき、だけど、プレシードではしていた左腕を覆う包帯はすっかり取れていた。

 後は、ふさりとした髭を蓄えた白銀の鎧を着たおじさんが、目を細めて優しそうな雰囲気を醸し出して席についていた。

 見慣れない人だとは思ったが、エリンスは遠い記憶に彼のことを見たことがあった。ファーラス騎士団を支える騎士団長の一人、ラルトクス・レーミナン。広報など表舞台に立つ機会が多く、人当たりも良く国民からの支持も厚いベテラン騎士だ。そんな人まで最前線に駆り出されているのか――と思うところではあるが、それだけ実力もあるという表れなのだろう。


 そんな大人たちと対峙するようにして、向かいの席に座るのは先に集められていた勇者候補生たち。

 アーキス・エルフレイに、エノル・アンダルス。二人とも緊張した面持ちで、会議室の空気に呑まれたようにして顔を向けている。

 エリンスたちがその横に並ぶように席についたところで、帽子を上げたリィナーサが机に肘をついて話をはじめた。


「先遣隊の話と、カンバルクさんの話を聞いて、最前線の状況も、戦況も、だいぶ把握できてきたところよ」


 何のために呼ばれたかなんてことは、エリンスも席につく前からわかっていた話だ。

 ただ、こうして集められた錚々《そうそう》たる顔触れに、エリンスとしても緊張してしまった。


「皇女様のこともある。まだ、直接はお話を聞ける状態ではないけれどね」


 目の下のくまが目立つ疲れた顔をしているリィナーサではあったが、先ほど会ったときに感じた弱々しさはすっかり消えていた。深く暗い瞳の奥底に、燃ゆるような光を灯して、エリンスたち勇者候補生の顔をそれぞれ見つめていく。

 エリンスもその横に座ったアグルエも緊張した様子で、そうしたリィナーサを見つめて、ごくりと固唾を呑んで言葉の続きを待っていた。


「勇者協会としても、方針を決めかねているところがあるの。勇者候補生諸君にも、これからの話は聞いてもらいたいし、知っていることは教えてほしい、と思っているわ」


 そう言ったリィナーサの横でカンバルクは険しい表情をしていたが、それはきっと同席するファーラス騎士団の顔があったからなのだろう。


「これは、こうして挨拶するのは初めてになりますかな。ファーラス王国騎士団、第二騎士団長ラルトクスと申します」


 穏やかな表情のままに目を細めて笑ったラルトクスは、軽く頭を下げた。


「ファーラス、ラーデスア、両騎士団の協力を持って、話し合いを進めていきたい所存よ」


 すかさず口を出したリィナーサは、帽子を外して机の上に置くと、横へ座るカンバルクへと目を向けた。

 カンバルクは険しい表情をしていたが、リィナーサに目を合わせて静かに頷く。


「これは国家の存続に関わる問題。果ては、世界を巡る話になる」


 リィナーサにも何か予感していることはあったのだろう。遠くを見つめるような眼差しを一瞬見せた。

 事の大きさに勇者候補生たちは息を呑んだが、まず代表するように返事をしたのは、勇者候補生ランク第1位を冠して、元より勇者候補生を代表するような立場であったアーキスだった。


「もちろんです。俺らもそのつもりで、集まった」


 そう言ったアーキスに続いて、エリンスも頷いてこたえる。


「『このままでは終わらせない』、その気持ちは一緒だから」


 エリンスの言葉に続いて、アグルエは力強い眼差しをリィナーサへと向けて頷き、他の勇者候補生たちも頷いて意志を示した。

 今や広くステータス扱いされる勇者候補生の称号も、今この場に集まった面子にとっては特別な意味を持つ表れだ。背負っているものがあるのだから。


 そんな気持ちまで悟ってくれたのだろう。リィナーサは柔らかく「頼もしいわ」と微笑む。続けて、アーキスへと目を向けたまま「アーキス、そっちの状況から報告お願い」と促した。


「はい、黒の軌跡については先遣隊やブエルハンスさんから報告があった通りです」


 アーキスの言葉にブエルハンスも頷いた。この場では既に共有されている話なのだろう。

 崩落した黒の軌跡。復旧には時間もかかるし人手もいる。エリンスが目指す最優先目標ではあるが、今すぐどうにかできることでもない。勇者協会が復旧作業に当たるにしてもまずは――ラーデスアを支配している魔族のほうをどうにかするしかない。

 ザージアズがああしてあの場に現れたことを思うと、魔族たちにしてもあの場所は特別だ。


「頼まれていた本国への連絡はこちらのほうでしておきましたぞ」


 アーキスに続いて言葉を発したのは、ふさりとした髭を揺らして微笑むラルトクス。


「はい、父上に確認をしてもらっています」


 アーキスがそう口にして、頷いたブエルハンスが言葉を続けた。


「特急で馬を走らせました。ファーラスまで行って戻ってくるまで、そう時間も取らせないかと」


 事態が事態なだけにファーラスの協力も必須だろう。だからこうして、ファーラス騎士団としての立場もあるラルトクスが同席しているわけだ。

 アーキスの父親、アブキンス・エルフレイはファーラス騎士団の第一騎士団長(トップ)だ。今はファーラス王国で魔族軍の動きに備えているのだろう。


「そう……そちらは了解よ。ファーラスの協力に感謝を示すわ」


 報告を聞いたリィナーサはラルトクスに目配せすると軽く頭を下げた。ラルトクスはにこやかな雰囲気のままにこたえた。


「えぇ、当然です。今や200年前の再来とも言われる事態ですよ。明日は我が身……ラーデスアが何をしていたかは知りませんが、ね」


 ラルトクスはカンバルクへと目を向けて、その細めた目の奥が鋭く光った。

 ふん、と不快感を表すような息を漏らしたカンバルクであったが、ラルトクスの言いたいことはわからなかったらしい。きっと、カンバルクも知らないこと(・・・・・・)なのだろう。


「その辺は、こちらに任せてくださると話を決めましたよね、ラルトクスさん」


 仲裁するように声を挟むリィナーサに、ラルトクスはそれ以上カンバルクに対して何も言おうとはせず、「えぇ、そうでしたな」と笑った。

 ピリピリとした緊張感は残る。両国の間に未だわだかまりが残っていることは察することもできたが、勇者候補生たちも当然何も言うことができなかった。

 それぞれへと目を向けたリィナーサが、話を切り替えるようにして言葉を続けた。


「それで、よ。ファーラス側の協力は得られたところで、ラーデスア側の話に移るのだけど。カンバルクさんから話は聞いている通り、帝国騎士団はほぼ壊滅。生き残ったのはカンバルクさんが率いた第四部隊の二百人ほどだけ」


 ラーデスア帝国の壊滅――世界に名を馳せたラーデスア帝国騎士団も、今や二百人程まで減ってしまったということだろう。

 話に度々聞いてはいてもエリンスには未だ想像できない話でもあった。プレシードで見た現状を思い返して、胸が締め付けられる。


「だけどね、ラーデスアの帝都付近まで送り出した先遣隊から報告が入った」


 敵陣の奥深くだろう、そんな場所まで潜入することができたということだろうか。

「残念ながら、連絡は途絶えてしまったけど……」とリィナーサは目を伏せて言葉を続けた。


「だから詳しい状況までは把握できていない。だけど、帝都ラーデスアにも生きている人々が残されていると、たしかな報告はもらった」


 それは言ってしまえば、わずかな希望でもあった。

 リィナーサの話を聞いて、カンバルクは「本当か……」と信じられない話を耳にしたかのように目を見開いて顔を上げた。

 全滅かと思われた帝国にもまだ人の息吹がある。エリンスたちがプレシードで目の当たりにしたように、まだ生きている人々はいる。逃げ出してくる人がいるから、勇者協会も救援活動に当たっていることはわかっていたが、まだ全滅などしてはいない。

 リィナーサは首を縦に振って、カンバルクへとこたえた。


「えぇ、たしかな報告よ。今、帝都ラーデスア港に魔導船を寄せられるよう、勇者協会総本部と連携を取っている」


 勇者協会は何よりも人命を優先して動いていると聞きもしていた。魔導船での難民避難。それが、勇者協会が用意した手立て。

 海からであれば――魔導船を用いれば、一度に大勢の人を動かすこともできるだろう。だが、それにしたって――とエリンスも考えてしまった。


「しかし、それにもね……」


 同時にそう口にしたリィナーサが言いたいこともわかる。

 結局、壁になるのは崩落した黒の軌跡の復旧作業の話と一緒だ。


「魔族の目があるうちは、無理だ……」


 わずかに見えた希望に、だけど、立ち塞がる壁の大きさにはカンバルクも気付いていただろう。「くっ」と苦しそうに奥歯を噛み締めて、机の上に腕をつく。

 帝都に近づいた先遣隊と連絡が取れなくなるほどだ。少人数でそれなのだから、魔導船を動かして海から近づきでもしたらラーデスアを占拠している魔族軍が黙っているはずもない。

 リィナーサも静かに頷く。だが、その瞳には希望の光が宿っていた。


「……だけど、チャンスはある。反撃の一手を、これから、打つ」


 リィナーサは力強い言葉で語る。

 その場にいた皆の瞳に、その光は伝染する――。



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