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天剣の煌き


 ザージアズは近づき対峙したエリンスの視線を赤く光る左目で捉えて、楽しそうに喉を鳴らす。


「かかかかかく! これは、イイ一撃だ!」


 ぎらりと光る牙に怯まないわけでもないが、エリンスは奥歯を噛みしめて踏ん張る足に力を込める。

 ぎりぎりと擦れる刃の音、揺れる剣身を通して交差する視線の中でエリンスが感じたのは、脅威、恐怖、覆うように広がる影――。この距離まで踏み込んでも――底知れぬ闇が広がり続けるような不安が襲ってくる。

 くわっと左目を見開くザージアズに、エリンスは慌てて刃を横に弾いて飛び退いた。身震いするような戦慄が背筋を伝い、たしかな恐怖を感じ取る。


 刀を振り解き構えなおしたザージアズの前、先ほどまでエリンスが立っていた位置には群がるように飛び出した細い影が見えた。

 黒く長い影、一本一本がまるで生きているかのようにうごめき、シュルシュルと音を立てて絡み合う――蛇だ。真っ黒な蛇が牙を剥き出し細い舌を揺らして、群がるように飛び出してはまたザージアズが落とした影の中へと消えていく。


「影の蛇……?」


 エリンスが疑問を口にしたところで、ザージアズは「くく」と小さく笑った。


「いい判断だ。喰らいついたと思ったのによぉ」


 ザージアズは感心したようにして、刀を肩に担ぐように持ち上げてトントンと揺らした。

 エリンスは空間を見渡すように首を振り、アーキスも傷を押さえながら、一連の攻撃を繰り出したザージアズから目を逸らさないように立ち上がった。

 黒く暗い天井だが、陽の光が届いているように明るい不思議な空間だとは最初から思っていた。そして、光が当たっているのだから、当然のようにして自分たちの影が白い床に伸びている。


 見えない斬撃、『影を断つ、黒蛇の牙』、その正体は、影――。


「そうか、そのままの意味だったんだな」


 エリンスが納得したところでザージアズも笑う。


「まあ、隠すつもりもないが。かかかくく」と笑い続けたザージアズの影の中で、にょろにょろとうごめく無数の黒い蛇が見えた。


「なるほど、斬撃を見切っても、かわしきれないはずだ」


 アーキスはザージアズに斬られた腕と脇腹から血を流しながらも、納得したように頷いて天剣を構えた。

 ザージアズの間合い、それは影が伸びる範囲でもある。影を伝う黒蛇に、おそらく、影への斬撃も本体へリンクしてダメージを与えられる力。それが、あの禍々しい気配を放つ刀――黒大蛇こくおろちと呼ばれた刀の力なのだろう。


「まあ、遊びは終わりか。黒大蛇こくおろちの種明かしをしたところで、貴様らに俺は斬れん」


 刀を構えなおしたザージアズが一歩を踏み込む。近づく影の間合い、一瞬の殺気にエリンスとアーキスは飛び退くも、刀を振るい、伸びる影を走る無数の蛇の姿が見える。黒き剣閃は、エリンスに向けて――。


「エリンスッ!」


 アーキスの危機迫る声に、エリンスは全身に胸のうちより溢れ出る想いを届けるように震わせる。


影大蛇シャドウ・サーペント!」


 振り抜かれた刀より伸びる影――飛び出す無数の漆黒の蛇が、エリンスの影へと噛みつこうと赤い目をぎらつかせて牙を剥く。

 エリンスはすかさず、自身の影へと伸びた蛇の群れへと剣を振り抜いた。


霊断れいだん!」


 刀剣の力であろうとも、それは魔力の流れによる作用。影を這う蛇も、飛び出したそれらも、魔力を帯びたザージアズの影に過ぎない。魔導霊断まどうれいだん――ツキノが持つ白き否定の炎は、この世界で起こる『魔法』と呼ばれる現象を否定する。

 断ち切られる影と黒蛇に、ザージアズは地面を蹴って身体の向きを変え、続けざまに刀を振り抜いた。


黒い蛇閃(ブラックレイル)!」


 黒き閃光が地を一直線に走る。枝分かれするように、伸びる閃光より影が分かれ、無数に飛び出した黒蛇がアーキスへと飛びかかる。

 アーキスは宙を蹴って、上方へと飛んで自身へと飛びかかってくる黒蛇を避けたものの、しかし――。


「影が!」


 エリンスが叫び、ザージアズはにっと笑って叫んだ。


「喰らえ!」


 宙へと飛んだところで、上から差す明るい光に当てられたアーキスの影は地に落ちる。本体が逃げられても、影は逃げられない。

 アーキスの影へと群がる黒蛇に、エリンスも危機を感じて一歩を踏み出すのだが――。空を飛んだことではためくマント――その陰より顔を見せたアーキスはにやりと笑って、天剣グランシエルを天へ向けて掲げていた。


「ここは空の下でなくても、陽の光の差す場所だ。天剣の呼吸に合わせる俺にはわかる、これは、外から差す陽の光だ」


「……ほう?」とザージアズは、アーキスのことを見上げて首を傾げた。


 外から差す陽の光――そう聞いて、エリンスは考える。

 この空間についてはわからないことも多い。最初は不思議な場所へと飛ばされたものだと思っていた。しかし、ここがザージアズの取り出した伽藍がらんの檻――古代魔導技術ロストマナの水晶玉の中であるのならば。外から陽が差している場所で、あるならば――。


「天剣グランシエル――この剣は大空を統べる。暗き中に差す月明かりであろうと、煌々(こうこう)と差す陽の光であろうと、光と、呼応する!」


 辺りの光が集束するようにして、アーキスの手元へ――掲げられた右手に握られる天剣グランシエルへと集まっていく。

 空間に溢れた光が一点に集まって行く――光の差し方が変わって、空間に落ちる影も動く。

 天剣が光球こうきゅうに――アーキスの手元に集まった光は、天剣グランシエルを通して光の魔素マナへと変換される。


――太陽だ。


 光を吸収し続けるアーキスと天剣の手のうちで白い光が眩く広がり、エリンスは目が開けていられずに目を細めた。

 熱く燃えるようにして拡散する光の波動に、ザージアズの伸ばした黒き閃光より飛び出した黒蛇は消滅する。熱の力なのだろう――上空で力を溜めるように剣を掲げ続けるアーキスの右腕の籠手ガントレットが、黒焦げていく様子がエリンスにも見えた。


――熱に、耐えているのか。


 だが、アーキスは苦しそうな表情は見せず、大きく息を吸い込むようにして剣を掲げ続けた。大空を統べる天剣――そのきらめきを。


「くくくかか、愚かな! 光を一点に集めたところで、影は広がった!」


 ザージアズはアーキスと同じ高度まで跳び上がり、楽しそうに笑いながら手のうちで黒き刀――黒大蛇こくおろちを回すように振り出した。


 一点に集まる空間の光――ザージアズの言う通り、先ほどより影は大きく広がった。

 空が落ちるように、床に落ちた影が伸びるように、強くなった光に照らされる影が無数にうごめき、大きな口を開けるようにしてその牙を剥く。

 赤く光るザージアズの左目に反応するようにして、影の中に浮かび上がる大きな赤い光。光球こうきゅう掲げるアーキスに、黒き影は鈍く光る牙を剥き、呑み込むようにして、さらに拡大し広がった。


大影食シャドウ・プレディション!」


 影がまるで巨大な大蛇の口のように広がってアーキスを包み込んだ。

 固唾を呑んで二人の戦いを見届けるエリンスは、覆う影の内側より広がった天剣の輝きから目が離せなかった。


天光シエルアーツ!」


 アーキスの力強い声に呼応して、溢れ出ていた光さえも天剣が吸収する。

 空間に差していた光を集めきったのだろう。辺りは一瞬、完全に影へと呑まれた。

 広がる闇に一抹の不安が過って、だけど、それはアーキスの作り出した反転の一手だった。


「な、にっ!」


 焦ったような声を初めて上げたザージアズに、エリンスは先ほどまでアーキスが浮かび上がっていた一点を見つめ続けた。

 そこに感じる鼓動は、アーキスのもの。次第に大きくなる予感に――眩しい光が弾ける。

 アーキスと天剣グランシエルは、光と同時に影さえも全て吸い込んで、光の魔素マナへと変換したのだろう。アーキスはそのまま光り輝く天剣を構えて、ザージアズとの間合いを一気に詰めた。


光刃天衝斬こうじんてんしょうざん!」


 振り抜かれる天剣グランシエルが描いた光の軌跡――白き斬撃に、ザージアズは黒き刀を振り弾くが、かき消されるようにして、弾き飛ばされたのはザージアズのほうだった。

 溢れ出した光が影に包まれた空間を覆い返して、全てを白く染めていく。

 エリンスは目が開けていられずに、ぎゅっと目を閉じて――だけど、二人の声が耳へと届いていた。


「くくかかかははははは! それが、全てを破壊する勇者の光。くか、くかははは、本気のおまえ(・・・・・・)と、戦いたくなっちまったぜ!」

「待て、知っていることを教えろ――!」


 二人の声が、弾けた白い光の中で木霊する。

 全てを破壊する勇者の白き光――溢れ出す天剣の光の魔素マナに混ざる白き炎の力は、この空間を覆う秩序と規則ルールでさえも破壊し尽す。

 凄まじい衝撃と勢いに、エリンスは地に足をつけていることもできず吹き飛ばされて――閉じた瞼の裏に、逃げるザージアズの影を見た。



◇◇◇



 遺骸いがいの森と呼ばれた黒の軌跡の遺跡群の中心地。

 アグルエは尻をついて座り込み、心配で溢れた胸のうちを紛らわすように両手で抱える黒い水晶玉の中を覗いている。

 傷を癒してひと息吐くも未だ感覚の戻らない腕を押さえるブエルハンスは、静かにそうしているアグルエを見つめていた。


 空を覆う灰色雲が一瞬裂けて陽の光が差す。その光に照らされて、アグルエが手にしていた黒い水晶玉がきらりと煌き、次の瞬間、白い光が溢れるほどに漏れ出した。


「なんじゃ!」と驚いた声を上げたツキノに、アグルエは「わぁ!」と声を上げて、両手に感じた凄まじい熱に驚き目を閉じて、思わず水晶玉を投げ放した。


 瞬間――感じた温もりはいつも横にいてくれた大切な人の気配。


 ブエルハンスも慌てたようにして立ち上がったものの、光に怯んだようにして半歩下がった。

 激しい閃光の後、続けてアグルエがゆっくり目を開くと、地面には砕けた水晶玉の破片が転がっており――膝をつく二人の勇者候補生が勝利をたしかめ合うようにして、傷を押さえながら笑い合っていた。


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